第20話 それは……二次性徴ではないかと……
そんなこんなであたし達は契約を結んだ。
あたしは慶次郎さんのために週二~三(ちょうどもうすぐ夏休みだし)でここに通って、彼が立派な陰陽師として復活するべく力を貸し、そして慶次郎さんはあたしと先輩との間を取り持つ、という。
ただ、正直なところ、立派な陰陽師として復活するためにあたしが何をしたら良いのかはさっぱりである。それは慶次郎さんの方でも同様らしく、とにかく波長の合う人間が近くにいると心が元気になる気がする、というだけである。とりあえずこの店内にいて、のんびり過ごしていれば良いらしい。
だからまぁ、彼の言う「はっちゃんは僕の太陽なんです」というのもあながち間違いではないようだ。どうやら陰陽師というのはカテゴリ的には植物に近い生き物らしい。そんなわけあるかい。
そんで(あたし的に)肝心な縁結びの方だが――、
「もちろん、僕も陰陽師の端くれとして、協力は惜しみませんが」
端くれとか言ってるけど、いや、たぶん現代の日本では君くらいなものでしょ、式神云々のガチな陰陽師って。まぁ、端くれだと思ってても良いけどさ。
「ただ、彼の心の方をどうこうすることは出来ません」
「やっぱ陰陽師でも出来ないのね」
「出来ない、というのは、不可能という意味の『出来ない』ではありませんけどね」
「何? てことは出来るは出来るってこと?」
「出来ます。やろうと思えば。ですが、人の心を操作するというのは邪法です。だから、出来ません。そういう意味です。いくらはっちゃんでも、それだけは絶対にしません」
慶次郎さんはきっぱりとそう言って、口を真一文字に結んだ。
「うん、まぁあたしもさ、何もそこまでしてほしいわけじゃないっていうか。そこは安心してよ。そりゃ中学生くらいの頃はおまじないとかいって『好きな人を惚れさせる』みたいな、怪しい雑誌に載ってた黒魔術的なのをやってみたこともあったけどさ。結局効果なかったし」
「やってみたんですか?! 駄目だった、って……、それじゃ跳ね返って来たはずですが。大丈夫でしたか?」
「跳ね返って……来るとかあんの? わかんないや」
ああ、恐ろしい、と彼は頭を抱えて、「そんなこと、もう絶対に絶対に駄目ですよ」と念を押してきた。
「例え子ども騙しの
「お、おぉ……何か怖ぁ。それ、五、六年前のあたしに言って欲しかったなぁ」
と胸元を擦りつつ答えて気付く。そういやこの胸がここまで育ったのもその頃だな、と。
……てことは、もしかして。
「慶次郎さん、跳ね返って来てたかも」
「や、やっぱり! 祓いますか? いまからでも効果あるかなぁ……? いや、でもやらないよりは! それで、具体的にどのような?!」
「これよ、これ!」
と、胸を指差す。たわんたわんに育った見事なまでの双丘である。
中華街で売ってるタイプの肉まん(コンビニのよりデカい)だの、コンビニで売ってるタイプのメロンパン(パン屋のよりデカい)だのと、よくからかわれた忌々しき脂肪の集合体である。
女友達からはご利益がありそうと会う度に揉まれ、こんなことをしている自分がみじめになると泣かれてしまう罪深き禁断の贅肉である。
この双子の肉塊はある日突然むくむくと大きくなり、一年でブラジャーを三回も買い替えさせられたのだ。
あんね、三回ってのはね、三枚って意味じゃないから。ブラジャーってのは一度に最低でも三、四枚は用意するからね? いや、本当は一週間分なのよ? だけどね、あーもうこの感じからしてどうせまたあっという間に着られなくなるんだろうなーって思ったらね? そりゃあ三枚に収めようとするわ。特に大きいサイズのやつは高ぇんだよ! 『
母さんからもね、ちくちく嫌味言われたっつーの!
「ふーん、また小さくなったの、
って。
知らねぇよ! 母親の乳事情なんて! そんでおばあちゃんが勝ち誇ったように笑ってるのがまた怖い! ウチの嫁姑関係って良好なんじゃなかったんですかぁっ?!
だけど、成る程。
呪いだったわけか。
オーケーオーケー、だったら仕方ない。
てことは祓えば縮むってことじゃん? いっちょ頼むわ。いっそ三つくらいサイズダウンさせてくれ。もういい加減肩凝りがヤバいし、就活の時期になったらワイシャツ着ないといけないから、マジで切羽詰まってるんだって!
「中学生くらいから、いきなりめっちゃすくすく育ったんだよね。これ、呪いじゃね?」
「そ、れは……、いわゆる二次性徴ではないかと……。その中に蛇でも入っているなら呪いの類でしょうが……入ってる感じします……? その、勝手に動く、とか」
「さすがに蛇がいる感覚はないかな」
「じゃあ……、二次性徴ですね」
「なぁんだぁ……そっかぁ」
「すみません、お力になれず」
真っ赤な顔で顔を逸らす。すまんな、服越しとはいえ、ウブな君にこんな刺激の強いものを見させてしまって。大丈夫、次来る時は色気の欠片もないTシャツとジーンズにするから。ただしTシャツもなかなか油断が出来ねぇとの呼び声も高いがな。そんなこと言ったらもうこの地球上に巨乳の着られるトップスはねぇよ! 葉っぱで隠せってか!? 隠れるかぁっ!
いやいや、落ち着けって、あたし。
「だけどさ、そうなると縁結びってどうやるわけ? まさかお守り買っておしまい、とかじゃないよね?」
いくら効果があるったって、と言うと、彼はまだ赤みの残る顔をふるふると振った。
「僕が機を読みます」
「き? 木?」
わさわさと手の動きで大木を表すと、どうやらそれは案外正確に伝わったらしく「いいえ、そっちの……樹木の木ではなくて」と彼は苦笑した。
「好機――いわゆるチャンスですとか、そういう意味の『機』です。星の巡りとでも言いましょうか」
「ほぉ。何か陰陽師っていうか、占い師みたい」
「似たようなものだと思っていただいて結構ですよ。陰陽道というのは、式神や呪など、そういった魔法みたいなものを指すのではなくて、まぁ難しい話になりますのでざっくり説明しますと、学問の一つなんです。例えば月の満ち欠けや星の動き、方角、その他諸々から情勢を読んで吉凶を占ったりするわけです」
「ほぁ。たぶんめっちゃざっくりな説明なんだろうけど、早くもついていけてません、先生」
そう手を挙げて発言すると、先生?! と慶次郎さんは一瞬目を丸くしたが、すぐに落ち着きを取り戻し、ですから――、と視線を泳がせた。
「本来、好機――チャンスというのは、誰にでも何度も巡ってくるものなんです。ただ、それは当然目に見えるものではありません。稀に肌で感じ取れる方なんかはいるみたいですが」
「そういうものなんだ。それじゃあたしはそれを逃しまくって来た、ってこと?」
「そういうことになります、かね。ですから、僕がさっき説明した諸々から機を読んで、彼との星が重なる――つまり、
「ほぉ! 何か効きそう!」
「き、効きます! 僕は陰陽師です!」
「うん、何かもうそれ一万回聞いた気がするわ」
「一万回も言ってませんよぉ!」
かくして現代社会に実在する、『安倍晴明レベルの陰陽師(ただしヘタレ)』の専属太陽となったあたし、
専属太陽って何だよ、とこの肩書にもう突っ込む気力もない。今日はもう一日中声を張り上げていた気がする。
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