第19話 だったら交換条件だ!
「彼らがいることで助かっている部分はあるにはあるんですが」
と、慶次郎さんは言う。
だけれども、彼らは昔々、それこそ慶次郎さんが学生の頃に呼び出していた式神なのだという。幼稚園や学校には通っていたものの、彼には友人が出来ず、話し相手といえば一つ上の兄のみ。けれどその兄の方は社交的で友人も多い。小学生くらいならまだしも、中学、高校ともなれば弟とばかりつるんでもいられない。
そこで彼は、式神を呼び出した。
三人一度にではなく、一人ずつだったらしい。当時はまだ一度に何人も呼べなくて、と。
けれども、それはある日、消えてしまったのだという。例の神輿炎上事件の日である。
その頃というのは、ちょうど彼の両親のハワイ行きの準備として、本格的に神事を学んだり手伝ったりで忙しかった時期だったらしい。彼の両親も引き継ぎがあるとのことで、ハワイ分社の方に何度か行っていたらしく、祭の前後も不在だった。
祭りの準備だの、神輿が燃えただので
「寂しくなかったの? いなくなっちゃってさ」
そう尋ねると、慶次郎さんは一度小さく「いえ」と言ってから、ふるふる、と首を振った。
「寂しかったですけど。でも、もしかしたら、僕にとって彼らが必要なくなったのかもしれないと思って、ほんのちょっと嬉しい気持ちもありました」
これが大人になるってことなんだろうな、などと、遠い目をして、ピーターパン辺りが言いそうな台詞を吐く。いや、あなた言うほど大人でもないけどね、悪いけど。
「それにほら、しばらくの間は式神を呼び出すことも禁じられていましたので」
「成る程」
が。
彼らは現れた。
ただ、あの時と同じ姿ではなかった。
「あの時は、全身もふもふだったんです。僕、ウチの神社の狛犬が好きで。それで」
「ほぉ、てことはあのケモ耳と尻尾は狛犬のやつなんだ。でもさ」
「はい。どういうわけだか」
そう、どういうわけだか、彼らは青年の姿で現れた。確かにいきなり飲食店にもふもふわんこが助っ人として現れても可愛いだけでどうしようもないので、その判断はグッジョブであるわけだし、ケモ耳尻尾があるお陰で彼らがあの時の式神だと判断も出来たわけだが。
ただ、客達にはそのケモ耳尻尾は見えていないようだった。もし仮に見えていたとしたら無反応ということはないだろう。
呆気にとられる慶次郎さんに向かって、揃いも揃って見目麗しいケモ耳尻尾式神達は、にこにこと笑って言った。
「やっぱり慶次郎は、ぼくらがいないと駄目なんだよ」
「私達が来たからには、もう大丈夫ですよ慶次郎」
「もう何も心配しなくて良いぞ。一緒に頑張ろうな、慶次郎」
その気持ちは嬉しいけれども、だ。
「いや、僕、君達を呼んでないよね?」
呼んでないのである。
少年漫画でもあるまいし、ピンチの際に秘められた力が発動して云々、ということもない。そもそも彼の力は特に秘めているわけでもない。追い込まれた主人公が無意識のうちに――という展開もなくはないのだろうが、無意識といっても、彼らを呼び出すにはまず式札か何かを用意してホンワカパッパと唱えなくてはならないのだ。あの混雑した店内で無意識にそんなことが出来るとは思えないし、式札をどうこうする時間があったら湯を沸かして豆を挽きますよ、と慶次郎さんは熱弁をふるった。
で。
客を制限したものの、それでも人手はやはりあった方が良いとのことで、最初のうちは上手くやっていたのだそうだ。
調理関係をおパさんが。
掃除や片付けを麦さんが。
ホール業務全般を純コさんが。
だけれども。
おかしいな、と思ったのは、それから一週間後のことだった。
やはりあの吊戸棚から、茶葉やコーヒー豆の袋が落ちて来たのだという。麦さんに注意をしたが、それは全く改善されない。何度言っても、パズルのようにきちきちと並べたり積んだりするものだから、手前のものを取ろうとしただけでそれが崩れて降って来る。
それだけではない。
やがておパさんが、次々と新メニューを考案するようになった。店長である慶次郎さんに何の許可もなく、である。例のヒレカツ定食というか、そもそも定食メニューすべてがそうらしい。道理でカフェっぽくないわけだ。
そうなると次は純コさんになるわけだが、彼は意外にもあの中では一番従順なのだという。とはいえ、百パーセントこちらの指示を聞いてくれるかというとそうではないらしく、やはり自分の判断であれこれ動いてしまうのだという。それはそれで有能なのではないか、と思うんだけど、式神というのはあくまでも主人の命で動くものらしいので、それではいけないのだとか。
そして一番厄介なのが買い出しらしい。
「買い出し? 何、全然違うもの買ってきちゃうとか?」
「いえ……そういうわけではなくて……」
まず、おパさんは必ず自由気ままに歩き回ってしまうので一度はぐれると探すのが大変らしく、
麦さんは雑誌コーナーを見つけると、立ち読みを始めてしばらく動かないようで、
純コさんは行きつけの精肉店や屋台の前を通ると絶対に買い食いをするのだとか。
そんなこんなで、ちょっとしたお遣いのはずなのに、一時間も二時間も戻ってこない。
「昔はこんなことなかったのに!」
「……はぁ」
「信じてください。昔の彼らは全然そんなことなかったんです! 僕の命令にきちんと従って口答えもしなかったんです!」
「いや、別に信じてないわけじゃないけどさ」
あたしとしてはそっちの方が人間らしくて良いんじゃない? って思うんだけど、そうか、彼らは人間じゃないんだもんな。ていうか口答えも何も、当時は大型犬だったんでしょ?
「僕は、一人の人間としても、陰陽師としても、もっとしっかりしないと、神社を継げないんです」
「まぁ……そうねぇ……」
陰陽師の部分はさておくとしても、まず『一人の人間として』の部分をどうにかした方が良いと思う。
「それにはまず、あの三人をどうにかしないといけないんです」
「ああ、まぁ確かにそうかもねぇ。いまのまんまだったら完全にバイト君に舐められまくってる若い店長だもんね」
「うぐぅ……っ!」
やっべ、ボディに入ったみたいだ。丸まっちゃった。前世はアルマジロかな。ダンゴムシかもしれないけど。さーてどうすっかな。
けれども。
「だ、だから」
「うぉ!?」
ぷるぷると震えながら、カウンターに手をついて、彼は身体を起こした。何度やられても立ち上がる。そんなところだけはヒーローっぽい。それじゃなんだ、この場合、あたしが
「はっちゃんにいてほしいんです」
「だから何であたしよ」
「さっきも言いましたけど、歓太郎以外では初めてなんです、あの三人の耳と尻尾が見えたのは」
「それは聞いたけどさ」
「つまり、波長が合うんです。だからか、一緒にいると何だか力が湧いてくるような気がして。ここでも立派にやれるような気がするんです!」
「それはさ、あたしの勢いにあてられてるだけだと思うけど?」
「うう……。そうかもしれませんけど。でも、僕にとってはっちゃんは太陽なんです。どうか、僕を助けると思ってぇ」
「ええぇ……」
ええい、そんな涙目でこっちを見るな! イケメンのそれは反則だぞ?! ていうかあたしには先輩が(振られたけど)いるんだから!
――お?
そうだ。
そうだよ。
「あのさ、だったら交換条件」
「交換条件、ですか?」
「そ。飲んでくれるなら、週二でも週三でもここに通ってあげるよ」
「ほ、ほんとですか! それで、ちなみに、その条件というのは……?」
あの、犯罪以外でお願いします、と怯えたような目で懇願される。
いや、お前、あたしを何だと思ってるわけ?!
「あたしと先輩の縁結びしてよ」
「縁結び……?」
「ここ、縁結びでは結構有名だってさっき歓太郎さんも言ってたじゃん」
「はい、そうです」
「そんで慶次郎さんはスーパー陰陽師なわけだし」
「いえ、僕はそこまでのものでは……」
「そこまでのモンになんのよ、これから! あたしがいれば力が湧いて来るんでしょ?」
「そ、そうです! 湧いてきます! もりもりです!」
「だったら、いっちょ頼むわ。あたしと先輩の縁を結んでよ。レッツ深い仲! いえー!」
そう言って、手のひらを向けると、「深い仲、ですか」と彼は恐る恐るそれに自身の手を重ねてきた。えーっと、あたし的にはここはパッチンって勢いよくタッチするところだったんだけど? そういうところだからな、まず!
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