第18話 颯爽と現れた、消えたはずの彼ら
まぁ理由は何であれ、だ。
確かにこの人は何かこう全体的に頼りないというか、まともに働けそうな感じはしない。
だから慶次郎さんの中では、神社を継ぐというのが既定路線だったのだ。大人になったら神社を継いで、残りの人生をそこで過ごす、という。
けれども。
十七になって、実際にその仕事をいくつか任せてもらうようになると、神様よりも生きた人間を相手にすることの方が多いことがわかった。彼はあっという間に音を上げ、兄の歓太郎さんに泣きついたのだという。
「よし、それなら、慶次郎は裏に回れ。しばらくの間、俺が人の方の窓口になってやる」
そうして、二人で分担していたらしい。
俺は何の力もないからさ、と言いつつも、とりあえず何も知らないのはまずいだろうと、神事について学び始めたところ、座学は苦手だなどと言いつつも、あっさりと覚えてしまった。慶次郎さん曰く、「歓太郎は優秀なんですよ」とのこと。本人が言ってたのはあながち間違いではないらしい。
社交的で、商才もあり、神主としての仕事も出来る兄。
陰陽師としての能力はあっても、それしか出来ない弟。
慶次郎さんにしてみれば、その能力だけが支えだった。祈祷、占術、厄祓いや怨霊退治。世が世なら、彼はとんでもないヒーローだっただろう。まぁ、彼のキャラ的にそんなヒーローっぽいことは出来なそうだけど。
だけど、何度もいうように、現代ではそうそう必要のない力である。
そりゃあ祈祷や厄払いくらいはね? 必要だけどさ。もっとこう派手な感じの活躍っていうの? やっぱり映画とかみたいにさ、悪霊たいさぁーん、みたいなのがないとね。いまいち陰陽師感がないっていうか。だってそれ以外なら歓太郎さんにも出来るらしいし。形式上のやつ、っていうのかな。何も陰陽師じゃなくちゃ出来ない、やっちゃいけない、ってもんじゃないのだとか。
それで神輿炎上事件の後、数ヶ月の式神禁止処分を受け、しばらくの間は呼び出すことを禁じられたわけだが、それが解けた時、彼は酷いスランプに陥ったのだという。
「うまくコントロール出来なくなっちゃったんです」
そう言って、慶次郎さんはこの世の終わりみたいな顔をした。もともと白い顔がさらに白くなっている。そのまま倒れてしまうんじゃないかと思い、椅子を勧めると、彼は「ありがとうございます」と言って、崩れるように腰を下ろした。良いのよ、お客がいる時だけシャキッとしてりゃさぁ。ていうか、そろそろわかって来た。さてはこの店、客なんて来ねぇな?
「コントロール出来てたじゃん。さっきあたしのことちゃんと運んでくれたしさ」
「はい、ああいうのは良いんです」
「ああいうのって、その、簡単な命令しか聞けない、っていう?」
「いえ、多少難しい命令のでもいけます。新しく作った式神に関しては大丈夫なんです」
「新しく? てことは――」
と口に出して、もしや、と思った。
彼ら、なのでは。
例のケモ耳ーズなのではないか。
あたしの表情でそれに気付いたのだろう。慶次郎さんは「そうです」と言って背中を丸めた。
「全然僕の言うことを聞いてくれないんですぅぅ」
「あぁ――……まぁ、そう、かもねぇ」
完全に舐められてたもんね、とはさすがに言えなかったけど。
「でもさ、それならさっきみたいにパッと消しちゃえば良いんじゃない? どうやったら消えんの?」
我ながらとんでもないことを言っている自覚はある。いくら式神とはいっても、どこからどう見ても人と変わらない彼らに対して軽々しく「消せ」とかさ。
「通常は目的を果たせば式札に戻ります。それから、主の意思によって消すことも出来ます。あとは――、形を保てないほどに損傷すれば消えます」
「ああ、あの火事の時みたいな?」
「そうです。ですけど、僕はもう自分の式神を傷つけたくないんです。さすがに懲りました。第一、力を借りたくて使役しているのに、こちらの都合でほいほい消すというのも礼に欠けますし。だから、僕としては、僕の意思でしっかり操れるようになれば、と」
だけど、と言って、慶次郎さんはこの世の終わりみたいな顔をした。
「さすがにこれはと思って、消そうとしたんですが。消せないんです。消えないんです」
「はぁ?」
「それも含めて、コントロール出来ないんです」
僕は、陰陽師失格なんですぅぅぅぅぅ、とカウンターに突っ伏す。へー、陰陽師の合格ラインってそこなんだー、などと感心している場合ではない。
おおよしよしと慰めてやりたい気持ちがないわけではないが、ここで下手なことをして(これ以上)懐かれても困る。泣きたいやつは泣かせとけば良い。
と、静観しつつ、冷めたコーヒーを飲んでいると――、
がば、と彼は顔を上げた。
「そう!」
「おわぁ! 何?! 急に何!」
「そうなんですよ! それでなんですよ!」
「何が!」
ぐい、と涙を袖で拭い、彼は立ち上がった。
そして、「お願いします」と言いながら、腰を九十度。
「週二で良いので、僕に付き合っていただけませんか!」
「はぁ? またその話?! だから嫌だってば」
「そこを何とか!」
「いや、何とかって言われてもさぁ」
「お願いします。僕を助けてください!」
「どういうこと?」
そんな腰を曲げたままでいるのも辛かろう。お前このまま一生を終える気か? とも思ったので、とりあえず一旦着席を促し、飲みかけの升コーヒーを勧めて、まぁ落ち着けや、と声をかける。店員と客の立場が逆転した状態である。
「このカフェは、僕のために、歓太郎が用意してくれたんです」
冷めきった升コーヒーを一口飲んだ慶次郎さんは、ぽつぽつと話し始めた。
「ここで接客をして、人に慣れて、式神なしでも立派に一人でも働けるようになったら、また神社に戻れば良い、って」
「いや、でも……」
一人でも、っていうけど、
そう言うと、彼は小さく頷いた。
「最初は本当に僕だけだったんです」
最初は、本当にたった一人だったらしい。
料理はもともと得意だったらしく、コーヒーも独学ではあるものの、歓太郎さんから「これならイケるだろう」とのお墨付きもいただいたとのこと。うん、確かにこのコーヒーは美味い。
けれども、最初に来たお客さんがまずかった。
キラキラSNS女子である。そりゃカフェだもんな。
彼女は「ものすごいイケメン店員発見!」という一文と共に、キメキメの自撮り画像をアップした。自分の顔に添えられたご機嫌なピースサインの奥には、コーヒーを淹れている慶次郎さんが写っていたらしい。
もう想像がつくだろうけれども――、
殺到したのである。
慶次郎さん目当ての女性客が。
結果として、小さな店内はキラキラ女子で埋め尽くされた。
さすがに色んな意味でキャパオーバーとなり、歓太郎さんを呼ぼうかと思っていたその時である。
颯爽と現れたらしいのだ、例の三人が。
「てことは慶次郎さんが呼び出したんじゃないの?」
「いえ、僕が呼び出してるんです。それは間違いないんです。ただ」
「ただ?」
「彼らはずっと前に呼び出して、消えたはずの式神達なんです」
「……どゆこと?」
とにもかくにも、である。
ピンチヒッターの登場で、店は何とかなったらしい。
ただまぁ、イケメン×1だったのが、イケメン×4になっただけではある。しかもタイプの違うイケメンである。和服の清楚系イケメン、ゆるふわ天使系イケメン、クール眼鏡系イケメン、俺様ワイルド系イケメンというラインナップ。別の意味で、店内は混乱を極めたらしいが。
そして彼女達を捌き切った後で、慶次郎さんは突然現れた三人を問い詰めるよりも先に、ドアに『
「『しゅ』?」
「はい」
「何それ」
「えっと……まぁ、
「ほえー、さっすが陰陽師」
そう言うと、慶次郎さんは、まんざらでもないような顔をしてふにゃりと笑った。
そうしてあのドアは、慶次郎さんにしか開けられなくなったのだという。成る程、だからあの時押しても引いても駄目だったのか。いや、引き戸だったけどね。
「だって、押しても引いても危ないと思ったんです」
「は?」
「押したらはっちゃんにぶつかると思いましたし、引いたら倒れ込んでくると思って。それで」
「それで引き戸にしたわけ? ていうかその場でほいほい変えれるの?」
「まぁ、一応」
「すげぇけど、変な気遣い」
とにかく、そんな経緯で、この閑古鳥カフェは誕生した。店主が認めた客以外は入れないという、何とも強気の営業姿勢である。
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