第9話 そんでお前はタピってんじゃねぇ!

「大変失礼いたしました」


 社務所のソファにどっかりと身を沈めたあたしに頭を下げたのは着流し店長だ。


「最後のコーヒーとか、余計だったみたいで」

「いや、まぁ、あんな風に言っといてなんだけど、余計とかじゃなくて。全然それは美味しかったし、良いんだけど」


 それよりも慣れない靴で食後すぐに結構な段数の石段を上ったことの方が大きいかな、と言うと、今度はおパさんと麦さん、そして純コさんが一斉に慌て出した。


「じゃ、じゃあぼくらのせいじゃん! ごめんなさぁいっ!」

「私としたことが! 申し訳ありませんでした!」

「ぐぅぅっ! いつもはストッパー役なのに、どうして止めなかった、おれぇ! すまねぇお客さん!」


 と、三人揃って腰を九十度に曲げる。金、白、焦げ茶のふかふか三角ケモ耳までもが、へにょ、と垂れ(金色のは最初から垂れてるけど)、同じ色の尻尾もだらりと元気がない。すげぇ、そんなことも出来るの? どこに売ってんのよ、それ!


「まぁまぁ、こいつらも反省してるみたいだしさ、許してやってよ? ね?」


 そんで歓太郎さんこいつはこいつでなんか偉そうだし! まぁオーナーだから仕方ないのかな? それでもとりあえず神職ってことは、『ヤ』のつく反社会勢力的な人ではないんだろうし、ひとまず安心ではある。


 ひとまず安心ではあるんだけど――、


「いやー、神社ウチに若い女の子のお客さんなんて受験シーズンぶりかなぁ。あっはっは。ねぇ、おみくじ引いてかない? お守りもあるよ」

「それさっきも聞いてきたけど、マジいらないから」

「そう? 結構当たるんだよ、ウチのおみくじ。それにさ、見て見てっ。ウチのお守りめちゃくちゃ可愛くなーいっ? デザインしたの俺なんだよ。ネット通販もしてるんだけどさぁ、そっちの売り上げはかなり良いんだよねぇ。これはあれだね、思春期の女子が買ってるね、間違いない、ぐふふふ」


 聞いてもいないことをペラペラとしゃべりつつ、キャッキャとネット通販のページを表示させたスマホ画面を向けて来る。まぁ確かに? それは可愛い。もちろんちゃんとしたお守りなんだろうけども、袋の色もたくさん種類があるし、ラメ入りバージョンとか、スマホにもつけられるようなストラップのやつもあるし、あと、ワンポイントの……これは犬? いや、神社だし、デフォルメしまくった狛犬? かな? そのキャラクターも可愛い。


「だけどさぁ、年寄り連中はあんまり良い顔しないんだよね、このネットってやつはさ。何ていうの? ご利益がどうたらこうたらっていうかさ。いやいや、ここで売ってるやつを発送してるんだから、良いじゃんねぇ。それとも何? クッション材入りの封筒にインした時点でご利益って消えてなくなるもんなの? 運送会社経由したらなくなるもんなの? そんじゃあさ、離れたところに住む孫のためにおばあちゃんが買ったお守りを郵送した場合はどうなんの? そうでしょう?」


 そうでしょう、って言われてもさ。知らんよ。


「野菜でも何でもさ? いまの時代、生産者の顔――なんつって、スーパーのポップなり、袋なりにさ、写真とか印刷してたりすんじゃん? あれだってぶっちゃけ、わかんなくない? 誤魔化そうと思えば出来ちゃうわけよ。写真だってフリー素材とか使えば良いし、ま、電話番号なんかはね? 問い合わせの際には必要だからちゃんと自分の使うにしてもさ。だけど、消費者を騙そうと思えば出来ちゃうわけじゃん。だけどさ、なんかさ、そういうのがあった方が消費者は安心して買うわけよ。あー、この人が作ってるのねーって」

「……はぁ」


 一体何を語り出したんだ、この人。えっ、あたし何しに来たんだっけ。


「だからさ、俺の写真をね? ちゃんとビシーッと決めたやつをね? 載せてるわけ。ほら、ある意味『生産者』であるわけだから。そしたらさ、それもブーイングよ。お前みたいな若造がでしゃばるな、ってさ。やっぱある程度オッサンじゃないと説得力がないんだって。よっく言うよねぇ、ただ長くやってるってだけの癖にさぁ」


 俺の方が断ッ然優秀なのに! とまで言って、湯呑の中のものを、ぐびり、と飲む。ちなみに、『湯呑の中のもの』と濁したのにはわけがある。ちらりと見えたその中身が、どこからどう見てもお茶ではなかったからだ。いや、厳密にはではあるんだろうけど、その、何ていうかな、普通湯呑に入ってるものってさ、まぁ、緑茶とか番茶じゃん。まぁ麦茶でも玄米茶でも抹茶でも良いんだけど、とにかく、そういうお茶じゃん。


 ……明らかにタピオカミルクティーなんだけど。


 いや、升にコーヒー淹れようぜって言った張本人みたいだから、湯呑にコーヒーが入ってるくらいなら全然驚かなかったんだけど、さすがにタピオカミルクティーはなくない? いや、そんな濁った液体でよくタピオカまで見えたな、って思ったかもしれないけど、残り僅かになったミルクティーから透けてんのよ、黒い物体が! 物体Xが! ていうかタピオカが! もきゅもきゅ可愛く食ってんじゃねぇ! 女子か貴様! 仕草もイチイチあざとすぎるんだよ! 流行に乗ってんじゃねぇぞ! ていうかまだ流行ってんの?! ストロー使えや!


「……えっと、何の話だっけ」

「知らんがな! お前が勝手にしゃべり出したんだろ!」


 きょとんと首傾げてんじゃねぇぞマジで!

 思わず関西人でもないのに「知らんがな」とか言ってしまったわ。何だろうね、もう日本人のDNAに組み込まれてると思うのよ、ある程度の関西弁って。「なんでやねん」とか「~やんけ」とか、これくらいはもう何県民でも出ちゃうやつ。


「ああそうそう、思い出した。そんなわけだから、お守り買っていかない?」

「そんな話だった?!」

「え? 違ったっけ? たまにはフェイストゥーフェイスで売りたいな、って思って。君、可愛いから特別におまけもつけちゃうけど、どう?」


 はっ、言うに事欠いて、このあたしに『可愛い』と来たもんだ。さてはお前のおめめ腐ってんな?


 でもまぁ正直『おまけ』は気になる。


「……ちなみにおまけって何?」

「んふふ、俺からのチュー」

「絶対いらねぇ」

「え? 嘘!? 何で!?」


 何でそんな意外そうな顔してんだよ。

 何で!? じゃねぇよ。わかれよ。

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