第8話 出たな! 極悪オーナー!
「裏って……」
おパさんと麦さんに手を引かれ、どこまでも続くんじゃないかってくらいの長い石段をえっちらおっちらと上りきり、ぜぇはぁと肩で息をする。見上げた先にあるのは、鳥居だ。
「神社?」
こんなところに神社なんてあったんだ。地元民でも知らないとは。まぁ地元民っつっても、この近くに住んでるわけじゃないし、神社なんて初詣くらい? そういや、あれ、何年くらい行ってないんだっけ。あれかな? 知る人ぞ知る、とか? いや、あたしが知らないだけか。
しかし、お世辞にもきれいとは言い難い神社である。まぁ、新築でぴっかぴかの神社ってのも何か違うけどさ。
にしても――
「寂れすぎじゃない?」
思わずこぼれた本音に、両脇の二人が苦笑する。あたしが転げ落ちた時のために、とのことで後ろを歩いていた純コさんが、「それを言うなよ」と沈んだ声を上げた。
そこへ、先頭を歩いていた着流し店長がくるりとこちらを向く。
慣れているのか、息一つ乱れておらず、汗もかいていない。そんな細っこい身体の癖にやるじゃん、と感心する。これで余裕たっぷりの涼しい顔をしてでもいたら、ちょっとめちゃくちゃイケメンじゃん、と見直すところなんだけど――、
「ゆ、由緒はあるんです! 由緒は! この神社はかの有名な
台無し。
確かに息も切れてないし、汗もかいていない。だけれども、この慌てよう。うん成る程、わかった。この人、ここぞという時に全然恰好良くないんだ。
「いや、良いよ良いよ、そこは。あたし素人だし、安倍晴明も名前くらいは知ってるけど、逆に言ったら名前しか知らないわけだし」
「ううう、き、聞いてくださいぃ……」
「だから、良いって。どうせ聞いてもわかんねぇもん。安倍晴明ね? うん、安倍晴明関連のアレなのね? うん、はい、そこだけわかったからもう良いって」
「そんなぁ……」
と、着流し店長はしょんぼりと肩を落とす。それをよしよし、と慰めるのはおパさんだ。おお、やはり癒し系か。これアレだな。あたしがいわゆる『腐女子』ってやつだったらウホウホとドラミングする展開だな。だけど残念、あたしは少女漫画とか恋愛小説は好きだけど、BLに関しては全然範囲外なんだよね。まぁ、イケメン達がキャッキャウフフしているのは目の保養ではあるけど。
いや、そんなことよりも。
「ちょっと、そこでじゃれてるお二方。そんなことよりさ、『歓太郎』さんとやらはどこにいるわけ? ていうか、本当に
ぐるりと見回すが、どこからどう見ても、『THE神社』である。
玉砂利の敷かれた参道。
あんまりおっかなくない顔をした狛犬。
それからあとなんて言ったっけ、名前はわからないけど、とにかく、そう、手を洗うところ。洗うところだよね?
えーっとそれから、何だっけ、事務所? 違うな、そう、社務所。あそこでおみくじとか買えるんだっけか。
そんで、あの、でっかい鈴をがらんがらんしてお賽銭投げるところ。何ていうの、その、本丸? いや、本丸は違うか。とにかく、その、神様がいらっしゃる、ってところよ、うん。
ていうか、ごく普通の女子大生が神社の建物のことなんかわかるか!
とりあえず、大学受験の合格祈願でお世話になった神社と、ほぼほぼ同じような感じなのである。ただちょっと規模が小さいというか、寂れまくっているだけで。
「こんなとこで結婚式とか挙げたり出来んのかな」
などとぶつぶつ失礼なことを呟いていると。
「いやいや、ここだって、全然挙げられるからね?」
そんな声が聞こえてきた。
後ろから、だ。
何なんだよ。
何でここの関係者は揃いも揃って皆あたしが見ていないところから現れるんだ!
こんちくしょう! てめえが元締めか! 歓太郎か! 北風小僧か! いまは夏だっつぅの! あのふざけた引き戸と升コーヒーを考案した極悪オーナーなんだな?! そうなんだな?! おうおうおう!
またも一気に怒りが込み上げ、ぐわぁ、と勢いよく振り向くと――、
「おみくじ引いてく? お守りもあるよ? ううんと、君ならアレかな? 恋愛祈願とか」
これまたタイプの違うイケメンがそこにいた。こいつにはケモ耳と尻尾がない。
真っ白な着物に、紫色の袴を着た、すらりとした身体つきのイケメンである。中性的な顔というか、まぁぶっちゃけ女顔で、そのしっかりと低い声を聞かなければ男か女か判断に迷うところだった。これくらいの高身長の女性もいるにはいるし。
肩くらいの黒髪を後ろで一つに束ね、長めの前髪は仕事の邪魔になるからだろうか、横に流してピンで留めている。いや、ピンで留めるとか女子かよ。そんでそのピンも幼児がつけるようなパッチンってやつだし。何か安っぽいプラスチックのいちごちゃんがついてるし。ええ、大丈夫?
ていうかさ、ここでその恰好ってことはだよ? 何、神社の人なの? 神主さん? え? 歓太郎さんって神主さんなの? ていうか、めっちゃ若いんだけど!? どう見たってこいつも二十代前半じゃん! 神主さんって、おっさんのイメージなんだが?!
「ふっふっふ……良い感じに混乱しているようだね」
台詞こそ、悪の秘密結社とかの噛ませ犬的中堅怪人みたいだが、その表情は不適ながらも何だか憎めないというか、子ども相手にガチでヒーローごっこに付き合ってる時みたいな、っていうか、とにかくそんな『作り物の悪い顔』である。
「アンタが『歓太郎』さん?」
「いかにも! 俺が歓太郎さんだ! で、俺に何か用?」
「そこのカフェについて、一言文句言いに来た」
「ふぅん、そうなんだ。とりあえず、立ち話も何だし、
「良い。もう何かよくわからないサービスでコーヒーと味噌汁のおかわりとお冷までいただいたから、お腹たっぷんたっぷんなんだよね」
「おや、慶次郎、そうなの?」
「うん。だっておパが」
「ちょっと待ってよ。ぼくのせいなの? 慶次郎が勝手に張り合ってきたんじゃないか!」
「僕は別に張り合ってなんかないよ。それにとどめを刺したのは純コだと思う」
「おれぇ?!」
真ん中にあたしを挟んだ状態で、またも口論に発展しそうになる。いや、もう始まってんのか、これ。
「だあぁ! もう!」
三人の顔面すれすれに拳をぴたりと制止させ、「キャンキャンキャンキャンうるせぇんだよ」とぎろりと睨みつける。そして、彼らが狙い通りにお口にチャックをじぃぃと締めたのを見届けてから、
「とりあえず、お茶はいらないけど、座らせて。お腹ちゃぽちゃぽであの長い石段とかぶっちゃけ色々限界」
と言った。
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