第10話 糠ったら釘に決まってんだろ!
「そうじゃなくてさ、あたしが来たのはね」
「知ってる。俺と会うため、だろ? ……だろ?」
間違ってはいない。
こいつに用があるから来たのである。でも何だろう、言い方がクッソむかつくな。無駄に良い声出してんじゃねぇよ。セルフでエコーかけてんじゃねぇぞ。
「まぁ、それはそうなんだけど。ていうかさ、さっきそのカフェについて文句言いに来たって言ったじゃん、あたし」
「そうだっけ? あれ? 俺のことが好きだから嫁入りしに来たって言ってなかった?」
「ひとッ言も言ってねぇわ、そんなこと!」
こいつ、目だけじゃなくて耳までイカレてんのかよ。
「まぁいいや、それは追々で」
「追々も何もそんな展開になんかなんねぇけどな!」
「つれないなぁ。でもそんなところも最高に可愛いよ」
ばちこーん、とウィンクまで決めながら、わけのわからないことを供述しており――。
いや、こいつ何なのマジで。
ちょ、誰か助けてプリーズ、といつか見た任侠映画のワンシーンのように壁際できちんと横並びになっている四人に視線を走らせる。何、やっぱりソッチの人なの?! 神主じゃないの!? 実は若頭とかって呼ばれてたりしない?!
すると、いい加減あたしのSOSが届いたのだろう、着流し店長が一歩前に出た。おお、さすがは店の代表。
「歓太郎、話が進まないから」
「おお、そうだったそうだった。それで? あのカフェについてどんな文句があるのかな、子猫ちゃん?」
――イチイチうっぜぇぇぇぇ!
「歓太郎、だから」
「わかったって。もう、慶次郎はうるさいなぁ」
やれやれ、みたいなジェスチャーしてるけど、いや、この場合は着流し店長が正しいからね? いまどきいる? ガチで『子猫ちゃん』とか言うやつ! いたわ! ここにな! おい、天然記念物だぞ! 捕獲しろ! そんでどこかに隔離しろ!
けれども一応着流し店長――いや、そろそろマジで慶次郎さんって呼んでやるか――慶次郎さんの声は届いたと見えて、こほん、と咳払いをした歓太郎さんは小首を傾げて「続けて?」と促してきた。それにつられて思わずこちらも咳払いすると、彼は、にや、と笑った。
その笑みが何となく、
「お揃いだね」
のように見えてしまうのが腹立たしい。
「いや、文句っていうか、升でコーヒーはないでしょ、ってそんだけの話ではあるんだけど」
「えぇ? 駄目? 升?」
「駄目でしょ! 飲みづらいから!」
「それはホットだからでしょ? アイスなら飲めるって、イケるイケる!」
「温度の問題じゃねぇんだよ!」
「うひょー、怒ったぁ~。かぁ~わい~い!」
「何なんだよこいつ! マジで! おい、慶次郎さん! どうなってんだ、このオーナー! ていうか、マジでオーナー?!」
「ええと、マジでオーナーです」
「いかにも、マジでオーナーだが?」
「クッソ、その顔むかつくなぁ!」
顔の横に『キリッ』って書いてるのが見えるんだよちくしょうが! キメ顔すんじゃねぇ!
「落ち着いて、お客さん」
「深呼吸ですよ、お客さん」
「おしぼりいるか、お客さん」
と、背中を壁にぴったりくっ付けていたイケメン共までわらわらと寄って来た。三人寄れば文殊の知恵っていう言葉もあるし、三本の矢の教えなんかもあるし、何かこう、『三』って何となく良い感じの言葉と結びつきやすいイメージではあるんだけど、いまのあたしにとっては、『女三人寄れば
「お客さんお客さんうるせぇ! あたしは
冷静に考えてみれば、だ。これまで一切名乗っていなかったのに、名前で呼べとかとんだクレーマーである。だけれども、その場にいた五人は皆、一瞬驚いた顔をしたものの、揃って嬉しそうに目尻を下げた。
そして――、
「はい! ぼく『葉月』って呼ぶー!」
とおパさんが元気よく挙手し(可愛さ百点)、
「おパがそう言うなら、じゃあ私も」
と麦さんが、眼鏡を中指で、くい、と上げ(眼鏡キャラ度百点)、
「てことは、おれも当然そうだな」
と純コさんが深く頷く(まとめ役っぽさ百点)。何が当然そうなのかはわからない。
そのケモ耳達が全員『葉月』呼びと決まったところで、「はいはーい」と歓太郎さんが前のめりになって、高く上げた片手を「はい! はい!」とぶんぶんと振り出した。もう嫌な予感しかしないが、とりあえず「どうぞ」と促す。
「そんじゃあ俺はねー、『はっちゃん』って呼ぶことにする! 可愛いから!」
「げぇ。まだ言うか、こいつ」
「えー? そりゃあさぁ、ベッドで囁くなら葉月の方が良いけど、それなら尚更普段は『はっちゃん』って言ってた方がギャップでキュンと来るじゃん? んもー、俺ってば策士~!」
「策士策に溺れろ! そのまま太平洋まで流されてしまえ!」
もうマジで何なの? 何でこんなにグイグイ来るのよ。あれ? 今日可愛い恰好してるから? おおよっしゃ、そんなら次は完全にいつもの
すると、「はい」と慶次郎さんもおずおずと挙手をした。ここまで来たら、彼の話も聞いてやらねばなるまい。うう、面倒臭い。
「僕も『はっちゃん』で良いですか」
「――っアァン?! アレか?! お前もアレか?! ベッドの中云々とかほざくのか、オォン?!」
「っち、違います! そ、そそそんなことは決して!」
「ほんとだな?」
「はいっ! 決して、そんな破廉恥なことを考えていたりは――」
「え~? 慶次郎さぁ、男として逆にそれはどうなの? 目の前にこんな可愛い子がいたらさ? そりゃあ脳内で一旦裸にするでしょ」
「オイ、誰か警察呼べ! このわいせつ神主を連行しろ!」
のほほんとした顔でとんでもないことをほざき出したわいせつ神主を指差して叫ぶが、怯む様子は微塵もない。全く糠に釘も良いところである。その糠に顔を沈めてやりたい。
「まぁまぁ葉月、落ち着いてよ」
「そうですよ。歓太郎には何言っても無駄なんです」
「ほら、何ていったっけ、暖簾に釘?」
「糠だ!」
それただ単に固定するやつだろ!
そんなにしっかり固定しちゃったら下ろせない! いつまでも店じまい出来ないから! 二十四時間営業になるから!
「違うよ純コ」
おお、おパさん、君はわかるんだな。よーし、言ってやれ。
「糠に手刀だよ」
「めり込むだけだろ!」
いやそれを言ったら釘もめり込むだけだけど!
何をどうしたらそれがことわざにノミネートされんだよ! それは単に野菜を漬けてる時のやつだろ!
「全く、おパも純コも……。葉月が呆れているではありませんか」
おお、良いぞ麦さん。伊達に眼鏡キャラじゃない。……それ伊達じゃないよね? 大丈夫だよね? 頼むぜ頭脳明晰な生徒会長(キャラ)!
「馬の耳に真珠と言うんです」
「それはもうただのおしゃれなお馬だ!」
糠から離れた! 別のアプローチで来た! だけれども違う!
お前いますぐその眼鏡叩き割れ!
「皆ちょっと落ち着いて」
「何、慶次郎? 落ち着いてるよ、ぼくらは」
「そうですよ。いたって冷静です」
「そうそう、熱くなってんのは葉月だけだろ?」
「だとしたらお前達揃いも揃って冷静に馬鹿なんだな? そうなんだな?」
おうおうおう、と凄むと、心なしか青い顔をした慶次郎さんが、どうどう、と割り込んでくる。
「はっちゃん、落ち着いてください。何か冷たいもの持って来ましょうか?」
「何だ?! 頭冷やせってか?! 腹ちゃぷちゃぷなんだからいらんっての! 言っとくけど、あたしはね、ちょっと声がデカいだけだから! 全ッ然冷静だから!」
そう言うと、視界の隅で歓太郎さんが「そうかなぁ?」とでも言いたげに、人差し指を顎に当てて首を傾げる。仕草がイチイチあざとくてムカつく野郎である。さらに、それにつられてか、ケモ耳ーズまで、こてん、と同じ角度に首を傾けた。
それにもカチンと来る。
まぁ冷静はちょっと言い過ぎたかもだけど。
しかしいつからあたしの導火線はこんなに短くなってしまったんだ。
だから言ってやったのである。
「第一ね、こんな真面目な話をしに来てるってのに、アンタらはいつまでそのケモ耳と尻尾つけてんのよ! こういう時はそういうふざけたコスプレやめなさいよね!」
いやほんと、よくよく考えたら、完全に部外者であるあたしが、いきなりオーナーのいる神社に乗り込んで何偉そうに説教垂れてんだ、って話なんだけれども。
なんだけれども。
ただ、そう叫ぶと、五人は目をまん丸くして固まってしまった。
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