第5話 そりゃ『コ』がつく名前ならね?!

「嘘でしょ……めっちゃ美味しいんだけど……」


 揚げたてのヒレカツはサックサク、ご飯は程よい柔らかさでつやっつや、味噌汁は出汁が効いてて最高。そんでもってこの日替わり小鉢のきんぴらよ。甘く味付けられたサクサクのれんこんに輪切りの唐辛子がピリリとアクセント。


 えー、ちょっとどこからどう見てもゆるふわの若者なのに、何者なのよ、彼!? 和の鉄人のところで修行してませんでしたぁ!?


「美味しいでしょ? ぼくのご飯美味しいでしょ?」


 そんでそれをにっこにこの笑顔で見つめてくるとか。えー、私、食べてる時の顔大丈夫かな? 飢えた獣みたいにがっついてなかったかな? こんなゆるふわイケメンの熱い視線を受けながらヒレカツ食すなんて、あたしの人生では起こり得ないイベントだと思ってたんですけど!? あたし前世で何か徳でも積んだっけ? 世界でも救ったのかな?


「おっ……美味しい……です!」


 ごくんと飲んでそう答えると、ゆるふわおパさんは「んふぅ」と鼻から息を出して得意気だ。その顔を着流し店長と麦さん、それから黒髪ツーブロック君に向けている。ていうかツーブロック君は何て名前なんだろう。この感じからしてきっとあだ名なんだろうけど。このままだと、あたしの中で彼の呼び名が『ツーブロックン』とかになりそう。やべぇ、強そうじゃん。『Jr.』とかつけたい。『ツーブロックンJr.』。ヤバい、色々と。


「あの……あの、あの、お客さん……?」


 そこでそわそわと着流し店長が声をかけてきた。何? 長い時間滞在しすぎた? それとも無銭飲食でもすると思われてる? あっ、わかった! さてはここ、実はホストクラブだな? そりゃあそうだよ、こんなにイケメンいるんだもん。てことは何? チャージ料金的なアレ? えーどうしよ。それともアレ? ボトル入れろ的な?


「何でしょう……あの、あたしそんなに持ち合わせがないので、ボトルとかはちょっと」

「ボトル……?」

「えっ?」

「えっ?」


 どうやら違ったらしい。


「あの、すみません間違えました。それで、何でしょうか」

「はい、えっと、その……もし良かったら……あの、コーヒーのおかわりはいかがでしょう。その、サービスしますから、ぜひ」

「良いんですか? それじゃあの、すみませんけど食後にお願い出来ます? さすがにヒレカツコレとは合わないんで」

「そう! ですよね! ですよねぇ!」


 着流し店長は何やらホッとしたような顔をして、ですよね、ですよね、と繰り返し、いそいそとおかわりの準備をし始めた。彼が、くるり、とこちら側に背中を向けたタイミングで、黒髪ツーブロック君が「ありゃあ嫉妬だな」とこっそり耳打ちしてきた。


「は? 嫉妬ですか?」

「おパに『お客さん』を取られたと思ったんだろ」

「あぁ、なーる……」


 たった一人の客を取り合うとか、この店どんだけ暇なんだよ。まぁ、ただでおかわりがもらえるのは嬉しいけど、でもそれまた升に入ってんだよね? いやもういっそこの汁椀でも良いからさ、升はやめようぜ?


「純コ、口よりも手を動かす」

「いや麦よぅ、手を動かせったって、仕事ねぇじゃん」

「仕事は自分で探すものです。あっちの卓を拭いてきてください。ほら」

「あっちはお客さんいねぇじゃん」

「いなくても!」

「へいへい」


 ぶうぶうと文句を垂れる黒髪ツーブロック君改め『純コ』さんは、麦さんから台拭きを受け取り、まさに渋々といった体で奥のテーブルへ行ってしまった。


 いや、『ジュンコ』って!?


「あの……」


 テキパキとカウンターの上にあるものを片付けている麦さんに声をかける。


「何でしょう。お冷ですか?」

「おかわり? ねぇ、おかわりだよね!? ご飯? キャベツ? お味噌汁もほかほかだよ!」

「おパ、うるさいです。申し訳ありません、騒々しくて」

「いえ。あの、あちらの店員さん……」

「純コですか? 呼びます?」

「い、いえ! いや、その、女性の……方、なんですか?」


 別に男でも女でもどっちも良いんだけど、いや、ちょっと気になるというか。女性なのだとしたらカッコ良すぎるし、実はオネエというパターンだとしたらそれはそれで興味深い! 


「いいえ?」

「よく言われるんだけどさぁ、純コは男の子だよ?」


 どうして皆さん同じこと聞くんでしょうね、不思議だよねぇ、と白髪の麦さんとゆるふわおパさんが顔を向かい合わせて首を傾げる。


 いや、どう考えても名前! そんなあだ名にしちゃったからでしょうよ!


 とはいえ、世の中には『あきら』や『かおる』、『ちひろ』なんて中性的な名前もあることだし、名前に罪があるわけではない。ただ、『コ』がついていると格段に女度が増す、というだけで。


「だから僕は『純コ』じゃなくて『純』で良いんじゃないかって言ったのに」


 と、そこに割り込んできたのは着流し店長である。なんだっけ、ケイ何とかさんだった気がする。


「慶次郎はそう言いますけどね」


 あぁそうそう、慶次郎さんよ。これまた着流しスタイルが似合う名前だなぁ、オイ。


「もうそれで定着してしまったんですから、仕方ないでしょう」

「そうだよ。それに『純』より絶対『純コ』だって」

「そうですよ。『コ』も重要な要素なんですし」

「そうそう、むしろ大事なのはそこっていうかさぁ」

「それはそうだけど」


 うわぁ、何、この会話。

 内輪でしかわからないネタで盛り上がるとか、ちょっと疎外感なんですけど? まぁ良いけどさ。それにしても『コ』が重要って何なんだろ。あれかな、『純』部分は名字からとったやつで、『コ』が名前からとったとか? でも『純』がつくような名字ってなんだろ。


 まぁ、別に良いや。

 そんなことより食べ終わったし、食後のコーヒーでもいただこうかな。


 わいわいと口論をしている三人の真ん中にいる着流し店長をちらりと見ると、彼が「あぁ」と発したその瞬間に――、


「食ったやつ下げるぞ」


 と、いつの間に近くにいたのか、純コさんが目の前のトレイを回収した。足音も気配もなかったんだけど? 何?! 忍者なの!? 食べ終わった途端に下膳とか、有能かよ! 


 いや、有能すぎて、何かいい加減この店怖いんだけど!?

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