第6話 この店、残念イケメンしかおらんのか!
「そんで、あんじゃん! 湯呑がよぉっ!」
いよいよ脳内ではおさまりきらなくなったのか、それとも単に我慢の限界か、湯呑みに淹れられたコーヒーが目の前に置かれた瞬間にあたしはそう叫んだ。
「あ……あります、けど?」
駄目でしたか、と着流し店長はしょぼんと眉を下げた。客が他にいないのを良いことに無意識的に声量リミッターまで解除していたらしく、店内に響き渡るほどの大きさだったからか、従業員のケモ耳ーズも皆一様に目を丸くしている。
「升だと飲みづらいということで、早速改善してみたんですが」
と、しょぼしょぼと肩を落とす和装イケメンというのもなかなか良い。イケメンはどんな表情をしても様になるなぁ、ちくしょうが。
「いや、ごめんなさい。良いです、升より断然飲みやすいです」
なるべく声を落とすことを意識してそう返すと、着流し店長は「良かった」と胸に手を当てた。まさに『胸を撫で下ろす』といったところだろうか。
そして、カウンター内の麦さんとおパさん、それからホールにいる純コさんをぐるりと見て、
「というわけだから、これからは升をやめて湯呑にしようと思う」
とここ一番のキメ顔と共に言い放った。おお、店長っぽい。
「良いんじゃないですか」
「ぼくは何でも良いと思う」
「だいたいおれも升はねぇな、って思ってたんだ」
まさかの反対意見0。となると、升をごり押ししていたのは、この店長を雇う側の人間、つまりはオーナーとかそういう立場の人間なのだろう。
「でも、歓太郎が何と言うでしょうかね」
「そうだよねぇ、升が良いんじゃないかって言ったの、歓太郎だもんねぇ」
「いくらおれらが反対してもなぁ、歓太郎が升でっつぅならどうしようもねぇよなぁ」
どうやら、この『歓太郎』氏がボスらしい。彼の鶴の一声によって『升コーヒー』が誕生したものと思われる。
三人の反応で、せっかくしゃんと伸びていた店長の背中が、きゅ、と丸まった。
「うう、そうなんだよなぁ。どうしてこんなにも升を推すんだろう。でも歓太郎が言うんだし」
「慶次郎、あなたがしっかりしないと」
「そうだよ、ここは慶次郎のお店でしょ」
「オーナーは歓太郎だけどな」
「うう」
ああ、また頭抱えちゃったわ。
ここまで来ると何だか可哀相になってくる。
「あの」
思わず割り込んでしまった。
一斉にイケメン達の目があたしに向く。ワァーオ、眼福ぅ。って違うか。いや、違わないけど。
「おかわりですか?」
麦さんのその言葉に、ぴくりと反応したのは着流し店長とおパさんだ。
「コーヒーですか?!」
「お味噌汁だよね?!」
「何を言ってるんだ、おパ。もう食べ終わったんだから、味噌汁なわけがないだろう?」
「わかんないじゃん! コーヒーのお口直しとか、あるじゃん!」
「食事の口直しにコーヒーを飲んでるんだよ!」
「日本人なら味噌汁でしょぉー!」
「日本人でもコーヒーを飲むよ!」
最早あたしを蚊帳の外に置いて、ぎゃあぎゃあと口論し始めた二人に割って入ったのは純コさんである。
「ああもう、うるせぇうるせぇ!」
あたしの心の声を代弁してくれたのかと思ったよね。
ていうか何、着流し店長――いやそろそろ慶次郎さんって呼んだ方が良いんだろうか――、でけぇ声出せるんじゃん。なんて思わなくもなかったけど。いや、それよりも、あれかな、この四人の中だと純コさんがツッコミ役だったりするのかな。などと考える。
「議論すべきはそこじゃねぇだろうが!」
ええ、全くおっしゃる通りで。
「そうですよ」
おお、麦さんは冷静だ。白髪ストレートロングに銀縁眼鏡だもんな。もう存在からして『THE冷静』枠だよ。学園を舞台にした乙女ゲームだったら、頭脳明晰な生徒会長とかそういう役どころだな、これは。
「もしかしたら、彼女は『日本人』ではない可能性もあるじゃないですか」
「――は?」
違うわ。
違ったわ。
頭脳明晰な生徒会長はこんな頓珍漢なこと言わねぇわ。
ほら、着流し店長もおパさんもきょとーんとしてるもの。お前何言ってんだ的な目で見てるもんよ。
「確かに」
「もしお客さんが外国人ならお口直しにお味噌汁はないかぁ……」
はい、馬鹿――!
お前何言ってんだ的な目じゃなかったわ。うろこが落ちた方だったわ。
こいつら揃いも揃って天然かよ! 目から落とすのはコンタクトレンズだけにしてくれ!
おい、ツッコミ役の彼! ばしーっと言ってやれ! ツッコミ役が足りないってんなら、いつだって加勢してやるぜ?! そんな思いで気持ち前のめりになる。
「そう、おれはそれが言いたかった」
ウッソだろ、オイ!
そこじゃねぇだろ明らかに! ここのイケメン達、揃いも揃ってどうなってんだ!
「はいストップ。もういよいよ我慢ならねぇ」
もう敬語とかも半ばどうでも良くなってきた。そう思って、ずい、と手刀を割り込ませる。
「あんね、あたし、日本人。味噌汁大好き。だけどコーヒーは飲む。これでオーケー?」
ぐるりと四人を睨みつけながらそう言うと、四人はそれぞれバラバラに、オーケーだの、わかりましただのと、とりあえず理解したことを告げてきた。
「はい、だからそれについてはもうおしまい。そうじゃなくてさ」
「何でしょうか」
「お味噌汁じゃなくてご飯だった?」
「いや、コーヒーですよね? あの、ホットじゃなくてアイスでも全然」
「いや、さすがにお冷だろ。そうだよなぁ?」
「――シャーラァァァーップ! もうめんどくせぇからコーヒーと味噌汁とお冷持ってこぉい! 全部飲んでやらぁ!」
ええいどいつもこいつもぉっ!
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