第14話 9 洋菓子店の客



 相変わらず、美咲は洋菓子店で働いている。洋菓子店に限らず、店、とういうところには色々な人物が客として訪れて来る。美咲の働いている洋菓子店では、以前、チョコレートケーキばかり4個を買って行った人物がいる。それだけなら、洋菓子店を訪れる客としては、そんなに少なくもない。ただ、その客は妙に不幸そうな顔をしていた。その割には何処かイギリス紳士を思わせるような立ち居振る舞いがある。それが板についていない。滑稽、と言えばいいのか。美咲は、その客が何処となく気になっている。

 その日は、少しづつ寒くなって来ている秋の日の午後だった。店先で少し大きな声が聴こえる。美咲は店の前を見ると二人連れの男が店の中に入ろうとしている。一人は例のぎこちない紳士を装った人物。その背後からは身なりは良いが、何処となくずっこけている、と言へばいいのか。店の扉を開けると後ろの男性が前の紳士もどきに掛けている声が聞き取れた。

「ほんなら、お前な、死んでもうたら何が残るねん」

「頼むから大きな声で喋らないでくれ」

「何んでなん?」

「兎に角、注文しよう。私は、ザットハルレとアイスコーヒーでお願いします」

「はい、ザッハトルテとアイスコーヒーですね」

「せやなぁ、ワシ、モンブランとホットで、頼むわ」

「もう少し、小さな声で喋れないのか」

「何んでなん、あかんの?」

丸山の関西弁は何処へ行っても変わらない。二人は店の奥にある喫茶コーナーの小さなテーブル席に着いた。美咲はコップに水と氷を入れてテーブル席まで運ぼうとすると、先程の話の続きが行われている様子だった。

「ほんで、死んでもうたら何んにも残らへんのちゃうん。何が残る言うの?」

「花が残る、その花を咲かせたのは私だ、生きることは炎の中にいるが如し、私は燃え尽きて灰になり、その灰が肥料となり世界で一番美しい花を咲かすのだ」

答えている人物の顔は真剣そのものであった。


 美咲はテーブルに水の入ったコップを置いた。笑いそうになったが、お客さんの前では笑えない。今にも噴き出しそうなくらいの笑いを漸く堪えることができて、ケーキとコーヒーをテーブルに運んだが、紳士もどきの二人は、先程の話とは変わって、何やら同窓会のような話をしていた。

 美咲は、さっきまで笑いを堪えていたが、いつの間にか死んでどうなるのかを真剣に考えていた。

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