08話.[言い訳はしない]
「もうお腹いっぱい」
「そっか、じゃあ少し休憩にしよう」
なにも歩いていることだけがお祭りを楽しむ方法ではない。
座って賑やかな音を聴き続けるだけでも十分楽しめる。
「唯さん達はまだ来られないの?」
「あともう少しかな、本当なら唯達と見て回りたかっただろうから申し訳ないけど……」
「なんで? 別に兄貴がいてくれればいいけど」
お世辞でも普通に嬉しかった。
これぐらいの年齢になると厳しいイメージしかないから余計に。
だけど僕の中では久とお似合いだと思っているからいたらよかったねって思っている。
「告白されたって本当?」
「うん、好きだって唯から言われたよ」
「返事、したの?」
「いや、まだかな、あの日は久との問題もあったからさ」
寝て起きた後は至ってふたりはいつも通りだった。
まるで夜のことがなかったかのように楽しそうで、こっちも嫌だなあという気持ちにはならなくて済んだことになる。
ただ、お酒に酔っていたとかそういうことはないし、久が我慢しているだけということは分かりきっていることだ。
ちなみにあれから僕に対する久の態度も特に変わってはいなかった。
少しだけ変わったのは部活が終わった後に必ず家に来るようになったことだ。
「私、兄貴――」
「よーっす」
「お、結構早く来られたんだね」
「おう、祭りだからということで少し早く終わらせてくれたんだ」
今日はいつもより長くなる予定だと聞いていたからこれは普通に嬉しかった。
だって下手をすれば花火を一緒に見られるかどうか、というレベルだったため、ゆっくり見て回ることができるというのはやっぱりいいよねと。
毎年久とは来ていたから今年はそれができないかもしれないと考えるだけで寂しかったぐらいだから……。
「葉がなにか言いたげな顔をしているぞ」
「あ、そういえばそうだ、葉、なにが言いた――」
「私、兄貴のこと好きだよ」
少しだけ固まったものの、すぐに戻ることができたけど……。
「大胆だな」
「付き合うことは無理でも言っておこうと思ったんです」
「兄貴を好きになるとかやばいな」
「同性なのに好きなあなたが言うんですか?」
「……それを言われると痛えけど」
勘違いというわけではなく、久からのそれも本当のことだったらしい。
形だけで見れば、唯、葉、久から好かれていると見ることもできるのか。
みんな物好きだな、卑下するつもりはないけどこんな僕を好きになるなんてさ。
「ごめん、僕は唯って決めているから」
「うん、分かってるよ、それにいまので返事になったよね」
「ん? お、唯も来てくれたんだ」
「ええ、約束をしていたから」
僕達はともかくとして、ふたりはまだ見て回っていないから動くことにした――ら、何故か唯は葉と休憩しているということだったから久とふたりで見て回ることにする。
「今年も一緒に来られてよかったよ」
「毎年行ってたもんな、小さい頃は遅くなって一緒に怒られたこともあったよな」
「ははは、あったね、お母さんが珍しく鬼のような顔をしてね」
お祭りを楽しんだ後に川に行って遊んで濡れていたから余計に酷いことになった。
でも、あれも青春って気がしてよかったんだ。
あの頃はまだ部活とかもなかったから遊ぼうと思えばすぐに遊べたが、それでも当たり前というわけじゃなかったから久といられる時間を無駄にしたくなかったというか。
「……本当はあんまり行きたくなかったけどな、川口だっているんだし」
「そうなの……?」
「ああ、部活が遅くまであるって聞いて少しよかったと感じたこともあったんだ」
「そうなんだ……」
それを直接言われるのは結構痛いな……。
これまでは寧ろ久が誘ってきていた側だったから余計に。
「でも、結局こうして来て陸と行動しているわけだからな」
「部活が早く終わったから休もうとはならなかったの?」
「ならなかったな、約束をしていたから早く行かないとって考えしかなかった」
その約束がなかったら今年は誘ってくれていなかったかもしれない。
毎年必ず当然のように一緒に行けるわけじゃないこの感じで、今年もこうして一緒に見て回ることができた、ということを幸せなことだと思っておけばいい。
「寂しいこと言わないでよ、僕はいまだって久とさ」
「……そもそもあんな露骨な発言をしたのにスルーされていたからな」
「スルーというか、あくまで友達として取られたくないのかなと……」
だって女の子から好かれる彼がわざわざ僕みたいな人間を好きになるのはおかしいし。
どうしてそうなってしまったのかが全く分からない。
別に苛められているところを助けたわけでも、ひとりぼっちでいるところに近づいて友達になったわけでもないんだから。
助けるどころか助けられてばかりの人間相手にそれはね。
なんか好意とかではなくて、ひとりにすると不安になるからという感情が大きそうだった。
「焼きそばか」
「美味しかったよ?」
「買って食うかな」
「うん、付き合うからどんどん買って食べてよ」
少しだけ不安になるからそう長時間にならないといいかなと。
女の子ふたりを放置して来てしまっているわけだから時間が経過する毎にそわそわし始める。
「安心しろ、食べるのはふたりがいるところにするから」
「あ、ごめん……」
「俺だって女子ふたりを放置してきていることは少し気になっているからな」
彼はある程度買い溜めをしてふたりのところに向かう。
「ほら」
「え?」
「まだなにも食ってないだろ、食べろ」
なるほど、運動部の彼とはいえ少し量が多いなと思っていたけどそういうことか。
複雑さはあっても、結局のところは変わらないということだ。
こういうときにそういうことができてしまうのが彼らしいと言える。
「それならお金――」
「いい、いいから食え」
彼は葉の横にどかっと座るとずずずと焼きそばをすすり始めた。
葉はそんな彼をにやにやと笑みを浮かべて見ている形になる。
「……なんだよ?」
「いえ、やっぱり久さんは優しいんですね」
「……なんか人が多いところは苦手そうだからだ」
僕も同じような反応をしそうになったものの、頑張って我慢した。
いいことをしているんだからからかうようなことはしてはならない。
とにかくそんな感じで花火の時間まで過ごして。
「陸の裏切り者」
「兄貴の裏切り者」
綺麗な花火を見終えて、残り続けても寂しくなるだけだから帰っていたときのこと。
急にそんなことを言われて振り返ってみたら何故かふたりは既にいなかった。
そこにいたのは俯きながら歩いている唯だけ。
「きゃ――」
「おっ……と、ふたりはどこに行ったの?」
「……先程の脇道に走っていってしまったわ」
「そっか。じゃあ隣を歩いてよ、心配になるからさ」
口数が少なかったのはあれの影響なのだろうか?
それとも、今更になってやっぱりなしにしたいとかそういうことだろうか?
仮にそうでも受け入れられる。
我慢してまで一緒にいてほしくないしね。
「唯、さっき言ったことは誕生日のときみたいに嘘をついたわけじゃないからね?」
「……分かっているわ」
「だから唯さえよければ付き合いたい」
というか誕生日の
魅力的な異性が近くにいてくれる生活というのは本当にいいことだったから、ただただ付き合えたらもっといいなって少しだけ考えなしなところもあったかなと。
「もしかして今日も体調が悪いとか?」
「……そうではないわ、あなたがお祭りのときに余計なことを言うからよ」
「はっきりしておく必要があったんだ、まさかあのタイミングで来るとは思わなかったけど」
「用事も結構早く終わったから少し急いだの、あそこで集まる約束をしていたから丁度よかったってあなた達を見つけたときはそう思った。でも、いざ近づいてみればあれだったから……」
確かに集合場所に行ってみたらいきなりそれだと僕でも驚くかなと。
立場が逆なら女の子の方から大胆な発言をされているということになるわけだし。
まあ、元々好きとか言われていたわけだから唯は大胆なんだけど。
「送るよ、流石にこれ以上連れ歩くのは許されないだろうから」
「ええ、また明日お家に行くわ」
「うん、待ってる」
彼女を家まで送って帰宅したら、
「おかえりー」
「おかえり」
当たり前のようにふたりがいてなんだこれとなったが我慢。
挨拶を返してお風呂に入らせてもらうことにした。
「わっ!?」
「あ、ごめん、入ろうとしていたんだ」
洗面所に入ったらいま正に母が服を脱ごうとしていたところだった。
こういうことは滅多にないものの、なにかがあってからでは遅いから今度ボードみたいな物を買ってこようと決める。
母はともかく、葉のときにこうなったら困るわけだしね。
「うん、いまさっき帰ってきたから」
「お疲れ様、リビングで待ってるよ」
「すぐに出てくるからっ」
「ゆっくりでいいよ」
リビングで楽しそうに話をしているふたりを他所に、僕は床に寝転んで目を閉じた。
そういう賑やかさもいい方に影響して、どんどんと眠くなっていく……。
「おい陸、布団掛けないと風邪引くぞ」
「……うん、だけど少し面倒くさくて……」
心地よすぎるから仕方がない。
誰だってなにかを食べたり、ああいうイベントの後ならこうなることだろう。
「仕方ねえな、客間まで運んでやるよ」
「え、いや、まだお風呂に入っていないから――」
……正直、いまので眠気が覚めてしまった。
そもそも、僕といればいるほど複雑な気持ちになるのに久はよくいてくれているなって。
僕だったら気持ちをすぐに捨てきれず、また、その相手といるときはもやもやが凄くなるだろうからきっとできないことで。
「久、ちょっと無理してない?」
「言うなよ」
とりあえず客間の床に下ろしてもらって彼のために布団を敷いた。
どうせそろそろ母は出てくるから入ってからお喋りすればいい。
一緒に寝たいということならここで寝るし、ずっと喋りたいということなら付き合うつもりでいる。
「……ちゃんと言い直してやったのか?」
「うん、ちゃんと言ったよ。それでも今日はもう遅かったから解散にしたんだ」
「ならいい、これからも俺の相手もしてくれよ?」
「当たり前だよ、絶対に離れたりしないよ」
それだけは絶対だ、これからも変わらない。
彼が離れることを選ぶまでは絶対に一緒にいる。
だから安心してどんどん来てほしかった。
夏休み最終日。
明日の朝に慌てなくて済むよう準備をしていたときのことだった、一枚のプリントを見つけたのは。
普通であればこれも課題の一部だから解けばいいのだが、残念ながら僕が苦手としている問題ばかりだったから早々に諦めて唯の家へと向かう。
元々約束していたのもあったから迷惑というわけではないと思いたい。
「はい、あ、来たのね」
「うん、それでなんだけど唯さん――」
「嫌」
「ま、まだ、なにも言ってないんだけど……」
とりあえずは上がらせてもらってソファに座らせてもらう。
小さい頃以外は彼女の部屋に入ったことがないからいまはどうなっているのかは分からない。
でも、別に変なことをするわけではないからこうして家に来られているだけで十分だった。
「はぁ、それで?」
「あ、難しい課題を思い出して……」
「はぁ、教えることはするけど見せたりはしないわ」
「うん、それでいいから」
元々答えを移させてもらうために来たわけじゃない。
僕は単純に彼女といたいのと、いまの難題を片付けるためにここに来たんだ。
「教えなくてもできるじゃない」
「じゃあ唯に会いたかったということで」
一応関係は変わったわけだからもっと時間を増やそうとするのは悪いことではないだろう。
あと、ちゃんと仲良くしておかないと久からしたら複雑だろうし。
まあそんなことも余計な思考なのかもしれないけど……。
「……こちらとしては課題を持って来られて残念としか言えないけれど」
「まあでも、明日になって慌てる相棒を見るよりもいいでしょ?」
「ほとんど脅しみたいなものじゃない」
「違う違う、それにこうして終わったんだからいいんだよ」
これで明日からまた問題なく頑張れる。
少し不安になるのは葉が学校でのことを全く話してくれないことかなと。
学校が始まればいつだってトラブルが起きる可能性があるわけだから……。
でも、兄としてはただただなにもないことを願うだけだ。
「いま、違う子のことを考えているでしょ」
「また中学校に通い始めるわけだからね、受験生ということでぴりぴりすることもあるだろうから不安になるんだよ」
今度こそ部活も終わってみんな勉強モードに変わっていく。
その中で、普段ならなんてことはないことで言い争いとかになるかもしれない。
「あの子ももう三年生なのよ? 入学したばかりというわけではないわけだし、どんなことがあろうと上手くやるわよ。それに学校で起きたことなら私には話してくれるわ、佐藤君にだって話を聞いてもらっているって教えてくれたわよ」
「あ、そうなの? やっぱり兄には相談しづらいのかなあ……」
「そういうのはあるでしょうね」
だけど少しは役に立てているということだ。
一応、僕が唯や久といたからこそできていることだし。
それに仮に僕と友達ではなくなっても葉とだけ関わり続けるということだってできる。
「大丈夫よ、あなたがなにもできないときは私達が動くから」
「うん、よろしくね」
「それでもいまは……」
「あ、そうだね、まだ夏休みだもんね」
こっちに寄りかかってきたからその心地のいい重みも味わっていた。
って、この感じだと変態みたいになってしまうが、本当に絶妙な重さなんだ。
「佐藤君からの要求はともかくとして、葉ちゃんからの告白をよく断れたわね」
「え、受け入れると思っていたの?」
「ええ、葉ちゃんの態度は少しあれだったけど、あなたはあくまでずっと妹優先で過ごしてきたじゃない?」
うーん、だけど自分にできたことはほとんどなかったからなあ。
それに最近までは嫌われているとすら思ったぐらいだし、いやでもだからこそ、実際はあんな結果になって驚いているわけだけど。
「唯がいなかったら受け入れたかもね」
「ふふ、容易に想像できるわ」
「いや、唯がいなかったら間違いなく受け入れてた」
「……何度も言わなくていいのよ」
いたぁ……本当にたまにだけこうしてつねってきたりするから分からない子だった。
ただ、それ以外はとにかくいいところばかりだから言う必要はないと。
いやでも本当によくずっと近くにいてくれたと思う。
なにもできていなかったというわけではないのかもしれない。
「あなたは駄目ね、いまでも落ち着きがなくて」
「え、この前なんで慌てないのって言ってきたじゃん」
「それ以外が駄目なのよ」
なんかダメ出しをくらってしまったから特に言い訳はしないでおいた。
が、黙られていることが気になったのか「……他人に優しくできるのはいいところね」と言ってくれたから頭を撫でておいた。
物凄く怖い顔で睨まれてしまったが、気にすることはしないでおいて。
少ししてからまたすれ違いみたいになっても嫌だったから謝罪しておいたのだった。
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