09話.[言ったりしない]

「あ、振られた人だ」

「それは葉もだろ」


 今日は実に珍しいところであった。

 そして顔を合わせるなりこれだから可愛げがない。


「あ、私は妥協したりしませんからね?」

「俺だってそうだよ、いつか捨てるときはくるかもしれないけどな」

「えー、それぐらいの覚悟だったんですかー?」

「いやでもよ、捨てないで居続けられるか?」

「……結構厳しいかもしれませんね、兄貴は唯さんをよく連れて来るから」


 友達が川口と俺しかいないから俺は学校でそれを見ることになるわけだが。

 朝と放課後だけに限定しているのは実はそれから影響を受けていたりもする。

 昔はあくまで普通の友達って感じだったのになあ……。

 変な気持ちに気づいてしまってからは川口と仲良くしているところを見ると気になって仕方がなかった。


「つか、いい加減お兄ちゃん呼びに戻せよ」

「……いいんですよ、お兄ちゃんと呼んだからってなにがどうなるというわけではないですし」

「そうか? 絶対に嬉しそうな顔をしてくれると思うけどな」


 丁度向こうから陸が歩いて来ていたから呼ばせてみることにした。


「お兄ちゃん」

「うん、その呼び方は珍しいね」

「たまにはいいかなって、昔の私はこうして呼んでいたわけだし」

「でも、呼びやすい呼び方が一番だよ、無理はしてほしくないからね」


 ああ、葉は黙ってしまった。

 それを柔らかい表情を浮かべつつ見ている陸はいつも通りで。

 なんか可哀想だったから俺がそうするように頼んだことを説明しておく。


「久は意地悪だね」

「は? なんでだよ」

「だってしたくなかったから兄貴呼びに変えていたんだよ?」


 いやそれ、結局葉がその呼び方を恥ずかしくてできなくなっただけだろ……。

 本当にシスコンなところもあるというか、昔から葉及び川口優先なところは変わらない。

 なんかむかつくな、俺なんか一度も……。


「おい、たまには俺も優先してくれよ」

「いいよ」

「よし、葉も一緒に来い、カツ食いに行くぞ!」


 こういう気持ちになってしまったらなにかを食うのが一番だ。

 こういうときに最悪なのが八つ当たりしてしまうことだからそれだけは避けたい。

 あと、葉がいるときに葉だけ帰らせたら露骨すぎるからそれもできなかった。

 これから川口達に見せつけられる日々になるからできればふたりきりがよかったんだがな。


「久さん、本当はふたりきりがよかったですよね?」

「いいんだよ、俺は葉といるのも嫌いじゃないからな」

「はは、どうだか」


 少なくとも川口よりは普通にいい相手だと言える。

 なんて、陸の前では絶対に言ったりしないが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る