07話.[少しあれだけど]
「兄貴は好きな人ができたって言われたらどうする?」
妹は僕と違って宿題+受験勉強をしなければならないからまだ頑張っているわけだが、たまにこうして唐突に聞いてくることがあるから咄嗟に反応できないことがある。
「うん? あ、それは親しい相手からってこと?」
「うん」
「それだったらちょっと偉そうだけど頑張ってとしか言えないかな」
久や唯から好きな人ができたと聞いてもおおとしかならない……かな。
ただ、唯からなら少し驚くのもあるかもしれない。
「実はこの前、言われたんだ」
「あ、もしかして……」
「うん、まあ別にそれはいいんだけどさ」
表情も別に無理している感じはないから本当にそう思っているのかもしれない。
じゃあお弁当の件はなんだったんだろうか、その疑問はあるけども。
「正直私は不安でいっぱいだから少し羨ましいなって、だって好きになれるってことは余裕があるということでしょ?」
「でも、人を好きになれないからって余裕がないというわけではないでしょ?」
僕なんか最後の夏休みを満喫しようと努力をしていたぐらいだけどな。
いまから不安になっているってやっぱり葉は繊細なんだなって。
実は普段の少し厳しいあれも、そういうのを隠すためのものなのかもしれない。
「だから勉強会というのもなくしたの?」
「そもそもやる気が出ていなかったのと、うん、それを聞いたからというのはあるよ。それに兄貴が一緒にやってくれるから十分なんだよ」
「僕でよければ付き合えるときは付き合うよ」
課題は終わってしまっているからこちらはただ存在しているだけなんだけど……。
それでもこうして話し相手になることで不安なことや不満を吐けるということだろうし、決して悪いことではないと思いたい。
……たまに可愛げのないところもあったりするがシスコンなのかもしれないと気づいた。
可愛げのないことばかり言ってくるわけじゃないし、たまにその……うん、という感じで。
「いまからお買い物に行こ、今日のご飯は全部私が作るから」
「そっか、じゃあ行こうか」
特に苦労はしていないが誰かが作ってくれるということは嬉しいことだからちょっとテンションが上がっていた。
ただ、葉が作ってくれたご飯を食べたことがほとんどないからできるのかどうかが少し気になるところではある。
過去に作ってくれたのはカレーとかシチューとかどれも素があって味が濃い系のものだから失敗しようがないからね。
「今日は青椒肉絲を作りたいと思うんだ」
「そうなんだ、それはどうして?」
「なんかこう、パワーがつきそうだから」
基本的に切って炒めるだけだから失敗しようはない……よね?
素だってあるし、葉だってタレとかを全部自作するつもりはないだろうし。
それに苦戦していたら手伝えばいいんだから兄としては止めるべきではないところだろう。
「あら、珍しいわね、葉ちゃんも来ているなんて」
「はい、今日は全部私がやるつもりなんです」
「どうして急に?」
「……普段兄貴にやってもらってばかりですからね、それに私も……お母さんのためにご飯を作ってあげたりしたいんです」
「その気持ちは嬉しいだろうけど、お母さん的にはお勉強を頑張ってくれた方が――野暮ね」
せっかく出会ったのにこれで別れるのはもったいないから付き合ってもらうことにした。
覚える気があるなら唯に教えてもらうのが一番だと思う。
細かく丁寧にできるし、だからといって、長時間になるわけではないから効率よくできる可能性が上がるからだ。
「どうして私はあなたに腕を掴まれているのかしら?」
「帰るとか言い出しそうだから」
「いまさっき分かったって言ったじゃない」
「それにほら、唯は僕といたがっているんだから嬉しいでしょ?」
「それでもこの扱いは嫌よ、言うことを聞かない小さな子みたいじゃない」
葉のためにもいてもらわなければならないから手を離そうとしたときのことだった。
彼女はこっちの手を握って「これならあなたが弟みたいな立場でいいわね」と言ってきた。
彼女の手を繋いだのなんて小学生以来だから少しだけ気恥ずかしい。
しかも葉は「いちゃいちゃを見せつけられるために来たんじゃないんですけど」とか呟いて別行動を始めようとしてしまったぐらい。
「お、もしかしてもう付き合い始めたのか?」
「それはないわね、私は弟の相手をしてあげているだけなの」
「よく分からねえ設定だな、よし、俺も行くわ」
「ええ、葉ちゃんがご飯を作ってくれるみたいだから食べさせてもらえばいいわ」
なんかそういうことになったから久も連れて行くことにした。
唯と話しているときは楽しそうで本当にお似合いに見えるのに、そういう意味で意識することが全くないからなんだかなあという気持ちになる。
普通ぐらいの子の方がいいということなのだろうか?
それとも、僕が仲良くしてもらっている相手だから遠慮しているのかな?
部活が大好きなのは分かっているが、だからといって完全に興味がないわけじゃないだろう。
「……兄貴、あんなことを言っておいてあれだけど、この人数は無理だよ」
「手伝うから安心して」
「うん、お願い」
青椒肉絲は夜にすることにして、お昼は葉がオムライスを作ってくれた。
流石にこれはできるからなのか手伝うことを許可してくれなかったけども。
とにかく温かい内に食べさせてもらったら凄く美味しくてちょっとハイテンションになってしまった……。
微妙そうな顔で見られてしまったので、そそくさと台所に逃げて洗い物をしているというのが現在だ。
「……本当は兄貴やお母さんに食べてもらって味が大丈夫なんだと分かってからふたりには食べてほしかったんだけど……」
「十分美味かったから安心しろ、食わせてくれてありがとな」
「私も同意見ね、美味しかったから得した気分よ」
あー、顔を赤くして黙ってしまった。
こういうところは可愛いから全面に出していけばモテると思う。
もっとも、恋愛なんかしている場合じゃないということなら仕方がないことだ。
……そっちばかりを優先して全く相手をしてくれない状態の葉を想像してみたらなんか悲しくなってきたからすぐにやめたのだった。
「どうしたの?」
「風呂から出たらどこにもいなかったから探してたんだ」
「ごめん、空が綺麗だったから出てきたんだよ」
夜は静かだからこうして夜空を見るときがある。
ベランダからでもいいわけだが、玄関前だと段差に座ることができるからこっちの方が実は好きだったりする。
何気に夜は少しだけ物悲しい気持ちになるからこういうことを繰り返していた。
だから地味に彼が来てくれたのはありがたかったりするんだよね。
「もう八月だね」
「だな」
「正直、唯とはいられなくなると思ってたんだ」
もう一緒にいられないかもしれないという気持ちと、これでよかったんだと、解放してあげられたんだという気持ちがごちゃごちゃになって楽しめていなかった。
久がいるからまだなんとかなっていたようなものだ。
でも、彼からすれば利用されているわけだから面白くはないはずで。
「嘘をついて嫌いって言われたんだよな? でも、川口は戻ってきたと」
「うん、だけどほとんど諦めていたんだ。それに、久がいてくれたから物凄く寂しい気持ちに襲われるとかそういうこともなかったし」
「俺がいてくれたからって言うけどさ、俺は朝と放課後にしか行かなかったろ? その放課後だって部活で全然いられなかったわけだし」
「朝と放課後にちょっと話せるだけでもよかったんだよ、完全にひとりぼっちじゃないというだけでどれだけ救われていたか……」
もしそれすらなかったときのことを考えると夏なのに震えてくるぐらいだ。
まあ、ひとりならひとりなりに上手くやろうとしていただろうが……。
そのまま受け取るしかないんだから、そうではなかったときのことを考えても結局のところは想像の域を超えない。
「じゃあなにかしてくれよ」
「僕にできることなら」
その僕でもできることってやつを考えて考えて考えているのに全く出てこないんだ。
一緒にいるだけで相手のためになれているとかそんなことはありえない。
彼であれば僕にとってはそうだから、少し羨ましく感じるときがある。
いるだけで相手の力になれるような人間だったらよかったのにってね。
「じゃあ、川口と仲良くするな」
「え」
仲良くしろ、早く付き合えばいいのに。
そうやって言い続けてきていた彼の言葉とは思えなかった。
ふざけているのかと思えばそうではなく、こっちを見る顔はやけに真剣で。
「正直、仲良くしているところを見ていたらむかついたこともあるんだよな」
「どうして?」
「だって一度離れたくせに戻ってきてこれまでも当たり前のようにいましたよ~みたいな雰囲気を出してんだぜ?」
「いやでも……その理由を作ったのは僕だから……」
僕に対する不満ならいいが、唯に対するそれなら聞きたくなかった。
だって僕と唯ほどではなくても長く一緒にいる相手のことを馬鹿にしているところなんて見たくないんだ。
「やめてよ、思っていても言わないでほしい。久だって大切な友達のことをそんな風に言われたら嫌でしょ?」
「でも、俺は――」
「私はそういう風に思われていたのね」
……実は葉も唯も寝ていると思っていた。
何故ならいまの時間は普通に二十三時を過ぎているから。
久の入浴時間が遅くなったのは僕と喋りすぎてしまったから、というのが影響している。
少し話が逸れたが、つまり唯が来ることはないと考えていたのにこれだから驚いた。
「私は誰になんと言われようが、思われようが、村上君から離れてほしいと言われない限りは行かせてもらうわ」
彼女のことを考えれば離れるのが一番だ。
ただ、前にも言ったようにそんなことはずっと選べないままでいる。
本当に小さい頃からずっといるんだから余程相手の性格がアレではない限り、離れたいなんて考える人間はいないだろう。
厳しいだけではなく優しい子なら尚更同じような展開になるんだ。
「なんでそんなに拘るんだ? 男なら他にもいっぱいいるだろ?」
「男の子なら誰でもいいというわけじゃないわよ」
誰だってそうだろう。
誰でもいいという人がいたら普通に驚く。
「じゃあ好きってことなのか?」
「ええ、そうね」
「ならなんで離れたんだよ、嘘をつかれた程度で」
「あなたには関係ないことよ」
彼女的にも久はあくまで友達の友達だった、ということなのだろうか?
お昼のあれと違って全く仲良さそうには見えない。
これまでは本音を出さずに、我慢して過ごしてきていただけなのかもしれない。
「おい――」
「ま、まあまあ、喧嘩はよしてよ」
「ちっ……寝る」
彼女から好かれていたことは嬉しいけど……。
「寝てたんじゃなかったの?」
「あなたの部屋にもリビングにもいなかったからここに来たの」
「そうなんだ、あ、そろそろ部屋に戻ろう」
「そうね」
で、何故か僕の部屋の方に来たから少し会話をして寝ることにした。
正直、ごちゃごちゃしすぎていてすぐに寝られる自信がなかったから実はありがたい。
「あの反応を見るに、佐藤君はあなたのことが好きなの?」
「うーん、僕が仮に唯と付き合うことになったらそっちばかり優先することになるからだと思うよ。流石に同性である僕を好きになるというのはな――」
何故かそこで黙るようにジェスチャーをしてきたから従う。
彼女は静かに扉の前まで歩くと、そこからゆっくり扉を開けた。
「最低ね、盗み聞きをするなんて」
「……こんな時間に異性の部屋にいる川口はどうなんだよ」
「別になにかをするわけではないわ。でも、行きたいなら行きたいと言えばいいじゃない」
彼女は彼を部屋の中に入れて扉を閉めた。
これだけ来ないということは葉は寝ているということなんだろう。
正直僕も寝てごちゃごちゃをどこかにやりたい。
またふたりが怖い雰囲気を出しながら言い合っているところを見たくない。
「はぁ、陸も可哀想だよなー、川口みたいな人間に好かれて」
「自分が彼にとって最高の存在とは言えないわ、けれど、可哀想では……ないと思いたいわ」
「……冗談だよ、川口が糞人間なら俺が止めてる。つか、陸がそうやって回避しようと動いていない時点でそれが答えだろ」
可哀想どころか得すぎるぐらいだった。
やはりなんだかんだいっても恋には興味があるのと、一緒にいる時間が長いのと、厳しくも優しいのと、少しあれだけど見た目がいいのと。
寧ろ好きだということが本当なら可哀想なのは彼女の方だった。
だってそれこそいい男の子はいっぱいいるから。
「でもな、陸は独占するのは許さないからな」
やっぱりこれは単純に友達として好きってことだろう。
自惚れでなければ彼もまた僕のことを大切だと思ってくれている可能性がある。
そうでもなければ仮に独占されようが構わないといった態度でいることだろうし、そもそもこうして貴重なお休みを使って一緒にいようとはしないはずだ。
「そもそもあなたはもっと行ってあげなさいよ、休み時間には行けるでしょう?」
「……眠たいから仕方がない」
「好きなら行きなさい、あなたのせいで彼がどれだけ寂しい思いを味わっているか分かっているのかしら?」
「いやそれ、離れた川口が言うのは違うだろ……」
まあでも、行くも行かないも結局は彼女や彼の自由だからなにかを言われる謂われはないというやつだった。
無理やりにではなく、あくまで自分の意思で来てくれているということなら、僕からすればただただ感謝しかないわけだが、我慢してまで来てくれているということならやめてくれとしか言いようがなかった。
「……俺が行けないときは川口が行ってやってくれ」
「ええ」
「俺は行けるときに行くからそれでいいだろ?」
「そうね」
なんか本当に弟的な、弱い人間的な扱いをされている気がする。
そりゃまあ誰かといられた方がいいが、だからといってこういう扱いはねえ……。
それこそふたりの方が寂しくてこっちに来ているんだろうからさ。
「寧ろ僕が相手をしてあげている側だよね?」
「それは違うな、まあ、たまにそういうときもあるけど」
「そうね、基本的に私達が相手をしてあげている側ね、たまにそういうこともあるけれど」
「素直じゃないなあ、そこを認めてもなにがどうなるというわけではないのに」
どんな人間だって言わないだけでそういうことになるときがある。
常に相手をしてもらっている立場の人は少ないのではないだろうか。
それこそ予定とかに付き合ったらもうそれは言うことを聞いている状態になるんだからね。
「あなたは弟的な立場なのよ?」
「確かにそれが一番しっくりくるな」
「じゃあその弟的な立場の人間を好きになっているのはどうなの?」
「「……」」
……相手になにも言わせないようにするってこんな感じなのか。
少しだけ優越感を得られたような気がするが、僕としては楽しくお喋りできる方がいいから謝罪をしておいた。
このまま調子に乗るとふたりとも近くにはいてくれなくなるからというのはある。
「そろそろ寝ようか、夏休みだからって夜ふかしはよくないからさ」
「どうせなら下で三人で寝ようぜ」
「私は構わないわよ?」
「僕も大丈夫だよ」
敷布団は二組あるから使ってもらえばいい。
僕は布団だけ持って下に向かう。
「……私も寝る」
「え、だけど……」
「寝るっ、唯さんに抱きついて寝れば大丈夫でしょっ」
「わ、分かったよ、唯」
「大丈夫だから安心しなさい」
唯ひとりだけだと少し問題になるからこれは実はよかったりもする。
とにかく、明日も早く起きられるように寝てしまうことにしよう。
割り切れないことだってあるだろうが、久が大人な対応をしてくれてよかったのだった。
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