06話.[強い自信がある]
「もう問題ないよね」
少し動いて確認してみたが全く問題はなかった。
ただひとつ気になることがあるとすれば、
「風邪を引いちゃうよそれじゃ……」
葉がずっとこの部屋に留まっていた、ということだろう。
気づいてから布団を掛けておいたが、それまではなにも掛けずに座って寝ていたことになるから不安になる。
一緒にいてくれたのはありがたかった、でも、それで体調が悪くなってしまったら結果的に悲しいことになるからやめてほしい。
あの久だって途中で帰ったぐらいなんだから部屋とか一階にいればよかったのにね。
「葉、起きて」
幸い、特に問題もなさそうな感じで「おはよ」と言ってきた。
挨拶と感謝と、それと少しの注意的なことをして一階へ向かう。
お風呂に入れなかったから正直ベタベタしていて気持ちが悪いのもあったのだ。
そんな状態なのに近くにいてほしくないという気持ちもあった。
「ふぅ」
お風呂に入れるって幸せだ、ご飯を食べられることと同じぐらいだと言える。
湯船につかるということはできなかったものの、すっきりさっぱりすることができた。
今日も母は働いてくれているから家にいないんだよなあとなんとなくそんなことを思って。
「兄貴」
「あ、お腹空いたでしょ? ご飯を作るよ」
「いいよ、お昼ご飯を食べられればいいから」
「あ、そう? じゃあそういうことにしようか」
それならこちらは一度サボってしまったから掃除をしてしまうことに、お?
「部屋でゆっくりしていればいいよ?」
「……勉強しているところを見ていてほしい、ひとりだと脱線しちゃうから」
「分かった、じゃあ飲み物とか持っていって一緒にやろう」
七月の内に課題を終わらせてしまえばこちらも楽になる。
今年は少しだけのんびりとしてしまっているから気をつけなければならない。
楽しむためにも頑張ることが必要だ。
「葉の部屋に入ったのはすごい久しぶりだ」
「基本的に私が行くしね」
「そうそう、それにどうしても年頃の妹の部屋に入るのはね……」
こうして入ってしまっている時点で説得力がないからこの話は終わらせる。
葉は勉強机で、僕はローテーブルを借りて課題をすることになった。
一応何分かに一度確認してみたものの、特に体調が悪そうとかそういう感じが伝わってこなかったから集中することができた。
でも、なんとなく葉の方は止まりがちになっているというか……。
「葉――なんか落ち着かないみたいだね」
「……嘘をつかないでほしかった」
「嘘? あー、夜ふかししたから云々というやつか……」
隠したところであまり意味がないことは自分でも分かっていた。
だけど受験生だし、最後の夏休みだから楽しんでほしかったのだ。
あとは単純に体調が悪いとか言ったら管理が云々とか言われそうだったから。
僕はやっぱり仲良くできている風には思えないからなあ……。
「葉は僕のことあんまり好きじゃないでしょ?」
……嫌いなんでしょ? なんて聞いてうんと答えられたら傷つくからできなかった。
そういう点では、こういう聞き方が一番安心できる感じではある。
「勝手に決めないでよ、それに嫌いなんて思ったことないけど」
「そうなの? 久にも友達でいることをやめた方がいい的なことを言っているけど……」
「違うよ。私は単純に全然性格とかが違うのに、一緒にいるから不思議に見えるだけ」
久の中にはひとりぼっちにさせたらいけないという気持ちがあるんだろう。
しっかり者で、周りには人が集まる存在だから余計に気になるのかもしれない。
僕達が関わるようになったきっかけは珍しく僕の方から話しかけた結果だが、長く時間を重ねてしまったからそれで離れることができないでいるんだ。
だから本当はこっちから離れることを選択するのが一番なのかもしれない。
けど、久とだって一緒にいられなくなるのは嫌だから多分それを選択するときは延々にこないだろうなと。
「僕が久や唯と仲良くしておくメリットはいっぱいあるよね。例えば葉がなにか困ったときは相談に乗ってもらえばいいわけだし、異性に言いづらいことも唯には言えるわけだから。決してそのためだけにふたりといるわけじゃないけど、そういう面でも助けられているなと思ってるよ」
妹のために利用しているようにも見えてしまうからなにかができればいい。
そういうのもあってなるべく要求を受け入れているわけだった。
もちろんできることは少ないが、少なくとも当然だと考えて行動しないよりはいいだろう。
「ちょっと話が逸れたね。だからつまりその、葉にとっても久や唯のふたりは頼れる先輩だろうからさ」
「確かにそうだね、しっかりしているから近くにいてくれると安心できるよ」
「うん、そうだね、それは僕にとってもそうだよ」
上手く話せないのがもどかしい。
とにかく、僕では大して力になれなくてもあのふたりならって考えてしまうんだ。
「……兄貴でもいいの?」
「それはね、だって僕は葉のお兄ちゃんなんだし」
本当は他者よりもこっちを頼ってほしかった。
兄妹で仲良くできるならそれほどいいことはないから。
「じゃあ風邪のときにも言ったけど早く帰ってきてほしい、面倒くさいかもしれないけどお買い物にも一緒に行きたいから一旦帰ってきほしい……」
「そっか、じゃあこれからはそうするよ、僕だって葉といたいから」
学校での話とか聞いておきたい。
なにかがあったらとにかく吐けば少しは落ち着けるだろうから。
「あと、こうしているだけでいいから一緒にいてほしい」
「うん、家事を済ませたら時間はいっぱいあるからね」
ご飯を食べてお風呂に入ってしまっても時間はあるから問題ない。
そのかわり学校でのことをちゃんと話すようにと言ったら頷いてくれた。
喋ってばかりだともったいないからお互いに勉強に集中することに。
で、大体正午頃になったらご飯を作ってふたりで食べた。
「お腹いっぱい」
「すぐに転んだら駄目だよ」
「でも、食後のこの時間が好きだから」
……洗い物を済ませてから僕も転んでみたらやばかった。
久もこうすることが多いからいつも注意する側だったものの、今回のこれでこうしたくなる気持ちが分かってしまった。
にやにやと笑みを浮かべた葉に見られてしまったからすぐにやめたのだった。
「ん……は?」
「あ、起きた」
体を起こしてもう一度見てみたらやっぱり陸がいた。
今日は別に家というわけではないのによく分かったな。
日陰を選んで寝転がっていたから発見できる可能性は低いと思うが。
「なんでこんなところで寝てるの、他の人が見たら死んでいると思われるよ?」
「胸が上下に動いているんだから大丈夫だろ」
持ってきていたボトルの蓋を開けて流し込んでいく。
別になにがあったというわけではないが、たまには外で寝るのも悪くはないと分かった。
ただ、陸が言ってきたようにこんなところで転んでいたら死体と間違われそうだから気をつけなければならない面もあるか。
変に騒ぎになっても面倒くさいからやっぱり誰かがいてくれるときにするのが一番だな。
「で、どうして陸は来たんだ?」
「連絡しても反応しないし、家に行ってみても出かけたって言われたから探したんだよ」
「探すなよ、見つからなかったら汗をかくだけで損だろ」
俺だったら絶対に探そうとなんてしない。
結局昼寝というやつをしてしまったが、そういうことで時間をつぶそうとするだけだ。
ずっと誰かといるのは流石の俺でも疲れるし、誰だってひとりの時間というやつもほしいだろうから普通の思考だと思う。
「損じゃないよ、探してこうして見つけられたら久と過ごせるし、仮に見つからなくても散歩をできたということで片付けられるからね」
……こういうところは慣れないんだよなあ。
普段は少し弱気な発言とかもしたりするのに急に変わってしまう。
あれか、ひとつのことに関してはぶれずにいられていると褒めることもできるのか。
どうせなら川口とか女子相手にこういう風に出していけばいいのにな。
「探すにしても葉とか川口とかにしておけ」
「なんで? 普段部活で相手をしてもらえない分、夏休みでこうしてお休みの日ぐらいは相手をしておくれよ」
「そりゃまあ一緒に過ごしたいということなら相手をするけどさ」
「じゃあいいでしょ? 迷惑なら迷惑って言ってくれればこっちだってやめるしさ」
いやでも普通は女子を優先するところだろ。
なんかズレてんだよな、昔も同じような問答をしたことがある。
「もったいねえな、川口と過ごせばいいのに」
「それとこれとは別だよ、だって久と過ごせるのも嬉しいから」
「……あのときはあんなに冷たかったのにか?」
「あのとき? あ、勘違いしていたときのこと? あれはもう謝ったわけだし……」
「ちげえよ、一時期は話してなかったときもあっただろ」
あのときもいまみたいに俺だけが部活に所属していて一緒にいられないことが多かった。
無所属の人間はなるべく残らずに帰るというルールがあったから余計に影響を受けた。
陸も部活があるから相手をできないということを分かっていたみたいだが、段々とそれを繰り返すごとに不満が溜まったのか怒鳴ってきたときがあったんだ。
俺としては所属している以上仕方がないと言い続けることしかできなかった。
でも、それに納得できない陸がもういい的なことを言ってそこから一ヶ月半ぐらいは全く話さない生活が続いたんだ。
俺としても喋って当たり前の相手といられないのは寂しかったわけだが……。
「でも、あれがあったからたまにだけでも相手をしてくれるようになったわけだしさ……」
「俺だって陸といられないのは嫌だからな、もう陸と話したり過ごしたりするのは当たり前のことだから」
……いやなんだこれ、滅茶苦茶恥ずかしいぞ。
なんで陸はあんな真顔、真面目な顔で言えるんだ……。
「帰るぞ!」
「え、あ、久の家に行ってもいい?」
「いいから行くぞ!」
いまはどうにかして慌てさせたい気分だった。
ただ、強いときはとことん強い奴だから余計なことをするのはやめておいた。
自分が慌てるところしか想像できなかったんだ。
「――ということがあったの」
「そうなんだ」
やって来た唯から聞けたのは葉が男の子といたということだった。
雰囲気も悪くなかったということから件の男の子なんだと思う。
結局勉強会というやつを一度もしていないから気になっていたが、もしかしたら八月に入ったいまからやり始めるかもしれない。
「もし付き合い始めると言われたらあなた、素直におめでとうと言える?」
「相手の子のことが本当に好きな状態でならね」
「そう、それなら自分が言ったことぐらい守りなさいよ」
正直、誰と付き合おうが兄に言えることなんてそれぐらいでしかない。
干渉できることではないし、別にそこまで面倒くさい生き方はしていない。
葉のことは好きだ、でも、シスコン……? みたいな人間じゃないからね。
そもそもやっぱり僕は好かれていないだろうし。
「それよりあなたは私に冷たいわよね、全く会ってくれないわけだし」
「体調が悪かったりして色々とあった――」
「聞いていないんだけど」
「そのときは久と葉がいてくれたんだ、葉に限っては朝までいてくれたから本当に助かった形になるかな」
それと同じぐらい申し訳ない気持ちにもなったけど。
まあでもあれか、彼女に言ったら体調が悪いときに管理云々と痛いところを突かれていただろうからあれでよかったんだ。
仮に来てもらっていてもこっちは寝ることに専念しなければ治らなかった。
「兄妹揃って私には言えないのね、隠すのね」
「いやほら、それを言われても困ったでしょ?」
「仮にあなたの体調が悪くなったことを知っていたら葉ちゃんみたいに行動していたわよ」
僕だって唯がそうなったらご飯でも作りに家に行く。
彼女のご両親も、久のご両親も共働きだからひとりになってしまうし。
ちょっと彼女の家に行くときはそれなりに勇気がいるわけだけど……。
「僕はいいんだよ、だけど唯は隠さないでほしい」
「……おかしいじゃない、自分は言わないのに私には言えなんて」
「そうかな? 面倒くさいことに巻き込みたくないと考えるのは悪いことじゃないでしょ?」
言ってしまえば一緒にいてくれているだけでも十分僕のためになってくれている。
だから返さなければならないのはこっちの方なんだ。
「あなたは昔からずっとそう、……実はあのときに終わってもいいと思っていたわ」
「あ、四月のときのことか。まあでも、あれは誕生日のときに嘘なんかついた僕が悪いわけだからそうなっても責められるようなことじゃないよね」
僕だって四月と五月が終わっても来てくれていなかったから諦めていた。
自業自得だと、そういうものだと、ちょっと最低かもしれないが久がいてくれるからそれで十分だとも。
彼女は間違っていることをきちんと指摘してくれるいい存在だった、が、それが自分にとって結構痛いことも多かったから聞きたくないと思ったことも何度もあるんだ。
正直、あれを聞かなくて済むということを考えてほっとした部分もあるというか……。
実は葉も同じだったりする。
誰だって厳しく、冷たく対応されたくなんかないから。
「じゃあいまから考えてくれればいいよ。離れたいと言うなら僕をそれを受け止めるしかないし、一緒にいてくれるということなら僕はそれを受け入れるだけだ」
勘違いしないでほしいが僕は唯といたい。
いまから友達を作ろうと動いたところで上手くいかない可能性が高いから。
あとは単純に一緒に過ごしてきた時間の長さだ。
魅力的なところや格好いいところを知っている。
少しあれな話になるが、こんなに綺麗な女の子がいてくれているというだけで奇跡に近い。
なのに自ら離れられるかもしれないきっかけを作ろうとしているんだから馬鹿な話だ。
それでもやっぱり相手のことも考えてあげないといけないんだからこれでいいのだろう。
「……離れるわけがないでしょう? こうして戻ってきたのに離れたら構ってほしくてしているみたいになってしまうじゃない」
「無理してない? 僕のことは別に気にしなくていいからね?」
「……それって結局あなたが離れたいからじゃないの?」
「そんなわけないでしょ、大切な友達と一緒にいたいと思うのが普通だよ」
うっ、なんかまだ睨まれているぞ……。
いやでも言いたいことと、言わなければならないことは伝えたからあとは彼女次第だ。
「あなたは最低ね、離れないと言ってもらえる前提でそんなことを言っているのでしょう?」
「いや、大切だからこそ我慢していてくれているなら解放したいと思うんだ」
「……少しは慌てなさいよ」
「ははは、こういうことでは慌てないよ」
この点に関しては久よりも強い自信がある。
まあ、他で圧勝されていたら意味はないのかもしれないけどね。
それでもなにもないよりは、常に慌てているとかよりはマシだろうと思いたい。
「と、とにかく、佐藤君や葉ちゃんの相手ばかりしていないで私の相手もしなさい」
「久や僕以外の友達がいないもんね」
「必要ないわよ、あなた達以外は」
何気にみんな別のクラスだから本当はお喋りぐらいしているのかもしれない。
彼女は優秀だし、しっかり者だから頼ってくる子もいそうだから。
だけど必要ないとかいまみたいに考えてひとりでいることが多そうだった。
「一緒にご飯を作りましょ」
「いや、唯先生には教えてもらうつもりで一緒にやるよ」
「ふふ、分かったわ」
覚えれば覚えるほど自分的にも葉達的にもよくなる。
美味しいご飯というのは力を貰えるからね。
いまはネットでもいくらでもレシピを見られる時代だから、やる気さえあればどうとでもなるというのがいいところだった。
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