05話.[こういうタイプ]
「おはよう」
「ええ」
顔を洗って歯も磨いてしまう。
当たり前のように挨拶をしたが、彼女がこんな時間から家にいるというのは珍しいことだから少しだけ新鮮だったりもする。
あとは昨日の葉ことかな、乙女だったということがよく分かったし。
「この後はどうするの? まだいるということならゆっくりしていけばいいけど」
「まだ帰らないわ、それに葉ちゃんに勉強を教えるという約束をしているから」
「そうなんだ? じゃあよろしくね、ご飯とかは僕が作るからゆっくりしてってよ」
で、早速朝食作りを開始。
葉はまだ寝ているからできてから起こそうと思う。
たまにああして弱ると大人しく吐いてくれるからありがたいことだ。
抱え込まれるのが一番気になるから。
見ていてよくない状態になっているのが分かるのになにもできないのは苦しいから。
その点は彼女も一緒で吐いてくれるからいいかなと。
「ちょっと葉を呼んでくるよ」
「ええ、待っているわ」
部屋に行ってみたら丁度体を起こしたところだったから来るように言って戻ってきた。
特にダメージを引きずっている感じでもなさそうだったからなにもないと思いたい。
仮になにかがあっても唯に協力してもらえば多少はすっきりできることだろう。
とりあえず冷めてしまう前に食べてしまって、後になればなるほど大変になるから洗い物も済ませてしまった。
「兄貴、ちょっと図書館に行ってくるね」
「うん、気をつけて」
「兄貴もどこかに行くなら気をつけて」
「うん、ありがとう」
やっぱりここではひとり行動と。
そもそも勉強をするために行っているわけではないのかもしれない。
本を読んで気分転換~みたいな可能性もあるからなんとも言えないところだった。
そしてリビングには全く気にしていなさそうな唯が残ったまま。
勉強を教えるという約束はどうなったんだろうか?
「昨日はどこに行ったの?」
「色々お店を見て回ったの、葉ちゃんは途中からテンションが下がってしまったけれど……」
「最後まで同じ感じのままでいるのは僕らだって難しいからね」
あの話を彼女にもしたのかどうかは分からないからこういう言い方しかできなかった。
仮に言っているのであればどうすればいいのかと相談できたのだが……。
僕よりも間違いなくいいアドバイスをしてあげられるからもったいない気がする。
「唯さえよければ葉のことよく見てあげてほしいなって」
「私にできることならするつもりでいるわ、でも、求められないとあくまでお節介になってしまうから難しいわね」
「あ、そうだね、それで責められるのは唯なんだからちょっと考えなしな発言だったね」
「兄として心配になるのは当然よ、自分の力だけでどうにかなると考えているよりはよっぽどいいと思うわ」
少しこっちの雰囲気も暗くなってしまった。
夏休みなんだから楽しまなければ損だ。
まだ八月になってもいないし、なにより八月にはお祭りがあるから悪くはない時間を過ごせるはず。
暗い気持ちのままでいたらそういうことも楽しめなくなるから駄目なんだ。
「海に行かない?」
「いきなりね」
「ほら、人の多さでプールはあんまり楽しめてなかったからさ」
暑いのが嫌なら日陰で休んでいればいい。
波の音を聴いているだけでも落ち着けるだろうから悪くはない時間を過ごせることだろう。
歩くのが嫌だということなら別に背負って帰ってもいいわけだから損することばかりというわけではないし……。
「つまりもう一回水着姿が見たいということなの?」
「涼しい空間でゆっくり過ごすのもいいけど、去年みたいに一緒に行きたいんだよ。本当は久も行ければいいんだけどね」
そりゃ見たくないか見たいかで問われれば見たいと言える。
ただ、そこまで脳内ピンク色というわけではないから別に水着を着てくれなくてもいいんだ。
今年も一緒に過ごせるならそれで十分だから。
四月のことを考えればこうして一緒にいられているだけでもすごいことなんだから。
「嫌ならいいよ、涼しいからここで過ごすのも悪くないし」
「行きましょ」
「いいの? それなら行こう」
必要な物を持ってから外へ出て海が見える場所まで向かう。
向かっている最中は特に会話などはなかったものの、気まずさとかはなにもなかった。
お喋りが大好きな女の子というわけではないのもあって、これが普通だからだと思う。
僕が彼女のことを意識し始めたら物足りなくなるのかもしれないけどね。
「葉ちゃんから聞いたわ、一緒に寝たって」
「うん、たまにあるんだよ、そういうときはなにかがあったときだね」
「……当たり前だと言われてしまうだろうけれど、私相手には言えないってことよね」
「うーん、やっぱり家族とは違うだろうからね。あ、だからって信用されてないというわけじゃないから不安にならなくていいよ、信用できていないなら一緒に行動したりしないよ」
相談できる相手が増えてくれれば兄としては安心できる。
でも、本当に信用できる相手だけにしてほしいとも思う。
裏では言いふらされていた~なんて可能性もゼロではないから。
「長く一緒にいるのに相変わらず名字で呼んでくるじゃない? そういうところも気になったりするのよね」
「言ってみたらどうかな? 人によってはそうやって相手から言ってくれないと勇気を出して呼べない可能性だってあるわけだからさ」
ちなみにそれについては彼女も同じだ。
喧嘩をしたから名字呼びに戻したとかではなく、最初からずっとこれだった。
名字呼び捨てとかになるよりはいいものの、なんとなく寂しいところはある。
こっちが唯と呼んでいるのだって求められたから、ではないからね。
「着いたわね」
「そうだね」
場所によっては沢山人がいるところもあるが、ここはそうでもなかった。
それでも他者と来ている人が楽しそうにしているから見ているだけでも結構楽しい。
「唯も困ったら言ってよ、聞くぐらいだったらできるからさ」
「ふふ、どちらかと言えばあなたが頼ってくる側じゃないの?」
「うん、それも多いだろうけど、僕としては大切な友達のために動きたいからね」
「たまにご飯を食べさせてくれるじゃない? それだけで十分よ」
意外と厳しいことを言ってきたりするのに求めてはこない子だった。
そういうのがまたこちらとしてはもやもやする理由になるわけだが。
だからって無理やり引き出そうとしてもきっと駄目になる。
あとはまたすれ違いみたいな状態になっても嫌だからこのままでいいのかもしれない。
現状維持ほど精神的に楽なことはないから。
「それよりせっかく来たんだから行ってきなさいよ」
「いや、唯とこうして見られているだけで十分だよ」
久みたいに活発的に行動することだけが全てではない。
たまにはこうしてゆっくりと話すのも悪くはないことなんだ。
場所がこういうところなら尚更そう思う。
それに彼女が付き合ってくれていることが普通に嬉しかった。
「それなら動画投稿サイトでも見ておけばよかったでしょう?」
「いやいや、過ごせなかった可能性もあるんだからやっぱり違うよ」
「過ごせなかったって……どういうこと?」
「だって四月と五月はほとんど来ていなかったんだからそう思うでしょ……」
出会ったばかりというわけではなかったから寂しかったんだ。
Mというわけではないが、痛いところを突いてきてもいいからいてほしいと思った。
別に厳しいだけの存在というわけじゃないから仕方がないことだと片付けられる。
「なるほど、前にも言ったように怒っていたからじゃないのよ?」
「……だけど大嫌いと言ってきたわけだし」
「確かにそれは事実ね、けれど、一ヶ月目は大切じゃない? だからきちんと集中する必要があったのよ、そうしないと後々に困ることになるのは私自身だから」
「でもさ、唯がそういうことで困ったことってないよね? さっきも言ったように、僕の方が頼ってまったく……ってなる感じだよね?」
「小中学生時代とは違うから、私だって不安になることぐらいあるわよ」
まあそこは人間だから仕方がないと言える。
なんにも不安にならない人がいたとしたらもうすごいと褒めるしかできない。
だけど結局外側でしか判断できないんだから本当にそうなのかどうかは分からないままと。
「じゃあ言ってよ、唯の力になりたい」
「もうそれは解決したわ、仮に相談するにしても次がきたらね」
「約束だからね? 隠されるのは嫌だから」
説得力はないが、嘘をつかれるのは嫌だった。
言えないなら言えないと真っ直ぐ言ってくれた方がいい。
その方がダメージも少ない、信用されていないって先程の唯みたいに思わなくていい。
「……やっぱりいいよね、私服の方が目のやり場に困らなくて」
「確かに目のやり場に困るような格好をしているつもりはないわね」
「でも、綺麗だからそれでも見られるよね」
「それは綺麗にしているもの」
こういうときに限ってからかうような笑みを浮かべてくれないんだ。
察し力がないというか、自分のことに関することだとこういうことになる。
ナルシストよりはいいのかもしれないが、異性が頑張って口にしているわけだからもう少し理解してほしかった。
「違うよ、見た目の話、容姿の話だよ」
「なんでいきなりそっちの話になるの?」
「……この前、似合っていると言ったときに言いたかったことだよ」
少しの気恥ずかしさはあっても後悔はしていなかった。
別に適当に言っているわけじゃない。
「あれは私が催促したから言ってきたものだとばかり思っていたわ」
「……中々言いづらいでしょ、似合っていると言って気持ち悪いとか言われたら寝込むよ?」
「私がそんなことを言うような人間だと思われていることがショックね」
「で、でも、笑ってくるわけだから――」
彼女は反対を向きながら「照れ隠しみたいなものよ」と答えてくれた。
が、それすらも笑っているんじゃないかと思ってそっちへ移動してみたら、
「……すごい真っ赤だけど大丈夫?」
「き、聞いている暇があるなら空気を読んで戻りなさいっ」
「ご、ごめん」
なんかそんな可愛い反応を見せてくれたからむず痒い気持ちになったのだった。
「あれ、陸はどうしたんだ?」
「今日はまだ寝てますね」
「え、それは意外だな」
少し気になったから部屋に行ってみることにした。
普通は早起きをしていてゆっくり寝ているこっちを起こしてくるのが陸だから少し不安になるというのが正直なところ。
「陸、入るぞ」
入ってみたら確かにベッドに寝転んでいることに気づいた。
近づいても反応することはないから寝ているだけだと思ったのだが、
「これは……」
間違いなく体調が悪いんだと気づく。
多分家族に、特に母親には移したくないから言わずにこもっているんだ。
それなら仕方がないからこっちが動いてやることにした。
最近は暑い中待たせたりもしたから俺が原因の可能性もあるわけだし……。
どうせばれるし、動きづらいからということで葉には説明してから色々持ってきた。
そもそもジェルシートとかの位置とかも教えてもらわないと分からないしな。
「ん……つめたい」
「大丈夫か? とりあえず水を飲んでくれ」
「……なんで久がいるの?」
「暇だったから来たんだよ、とにかくほら」
しっかしそういうところが陸らしいなと。
言わないと怒られるから俺ならはっきりと言ってしまうけどな。
体調が悪い状態のときに変な絡み方をされてもあれだし、結局ばれれば相手を巻き込むことになるんだから意味がない。
「……ちょっと体が重くてね、朝ご飯を作る元気もなかったんだ」
「それでも葉にぐらいは言えよ」
「八時ぐらいに来てくれたけど、夜ふかしして眠たいから寝させてって言ったら聞いてくれた形になるかな」
相手のことを考えて行動できていることはいいことだが……。
ただ、俺は今日休みだって言ってあったんだから俺にぐらい言ってくれてもよかっただろと。
なんかむかついたからまた転ばせて今日はここにずっといることにした。
大抵ある程度の時間になると動かなきゃいけないとか言って部屋から出ようとするから。
それもまた普通にいいことだが風邪のときぐらい休めばいいんだ。
「久も気をつけてよ? ちゃんと水分とか摂らないとすぐ体調が悪くなるからね」
「寧ろ運動しているんだから陸より飲んでるよ」
「あと、お腹を出して寝たりしないこと、夏でも関係なく風邪を引くから」
「体調が悪い人間に言われてもなあ」
なんにも説得力がない。
陸の場合はそういうことで体調が悪くなったということではないだろうがな。
「というか、せっかく部活もないんだから家でゆっくりしていればよかったのに」
「俺の友達は基本部に入っているからな、暇人である陸の家に行くのが一番だったんだよ」
「はは、相手をしてくれるのはありがたいけどね」
まあ連絡もしないでここに来たことは少しあれかもしれない。
でも、普段活動している人間としては家でずっとだらだらしていることに耐えられなかったから仕方がない面もあると片付けてほしかった。
両親は共働きで家にいないし、ゲーム機とかがあるわけではないからとにかく暇なんだ。
休んでおけばいいと言われても活動した日にちゃんと寝れば翌日にはもうなくなっているから昼寝とかは無駄なわけだし、少し損している気分になってくるからしたくない。
「とにかくいてやるから休めよ」
「はは、じゃあちょっとだけまた寝るよ……」
すぐに静かな寝息を立て始めた陸を見てなんとも言えない気持ちになった。
「……兄貴、入るよ?」
どうやって暇をつぶすかを考えているときに葉がやって来てくれて少し助かった形になる。
「私もここにいます」
「ああ、その方が陸も安心できるだろ」
葉の意外な点は敬語をやめろと言っても聞いてくれないところだった。
こういうタイプは寧ろ最初からタメ口であることが多いから少し気になる。
「久さんにとって兄貴ってどういう存在ですか?」
「どういう存在と言われてもな」
「だって全然違うじゃないですか、久さんみたいに部活も頑張る人なら同じような人といようとすると思うんですけど」
「俺的にはひとりぐらい陸みたいな人間がいてくれた方がいいけどな」
割とじっとしていたくないタイプではあるが、こうしてゆっくり過ごすのも悪くはないと考える自分もいるんだ。
そのときにいてくれる人間が陸とか親しい相手だったらもっとよくなるわけで。
「葉は兄貴が俺といてほしくないのか? それとも、俺が陸といてほしくないのか?」
「……別にそういうわけでは、ただ、こうして一緒にいるところを見る度に違和感がすごくて」
「一緒にいたいと思えるいい人間だけどな」
暇つぶしのためだったとはいえ、ああして何時間も待つとかしてくれる人間ばかりじゃない。
基本的に要求を受け入れてくれる人間だから当たり前になりそうだが、当たり前だと考えてはいけないんだ。
自分のためにも相手のためにもならないから気をつけなければならない。
「……正直に言うと、私は兄貴にすぐに帰ってきてもらいたいです」
「放課後はそうだろ?」
「でも、お買い物のとき以外にも遅いときがありますから」
好かれていないとか言っていたからそれは恐らく時間をつぶしているか、川口と過ごしていてすぐに帰られない状態ということだろうな。
俺的には少しそっけないだけで本当のところは兄が大好きな妹、って感じのイメージだが。
そうでもなければここで過ごそうとなんてしないだろう。
俺がいるからと来るような存在じゃないから分かりやすくて面白い。
「ん……あれ、葉も来たんだ?」
「うん、大丈夫なの?」
「……結構寝たから大丈夫だよ、でも、お腹空いたからご飯でも作ろうかなと思って――」
「私が作るから寝てて」
「そう……? それならお願いしようかな」
いるだけじゃあれだから俺も手伝うことにした。
ツンデレ、とまではいかなくても素直になれないお年頃ってやつで忙しそうだった。
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