04話.[なにもないのに]
「暇だ……」
妹に相手をしてもらおうにも今日は珍しく唯と遊びに行っているから不可能だった。
久は依然として部活生活なので誘うことはぜきず、家事を済ませてしまった身としてはやることがない。
なので、制服に着替えて活動しているところを見に行くことにした。
何気に僕と過ごしたがっている稀有な同性だから嫌がることはないだろう。
「サッカーってルール分からないんだよなー」
野球みたいに留まっていることが少ないから見つけるまでに時間がかかる。
あと、体育の授業でキーパーをやらされて嫌な思いを味わったから引っかかったままなのも影響していた。
「へい!」
あ、だけど親友の声は分かりやすいな。
この前まで妹と不埒なことをしているからということで少し冷たく対応してしまっていたが、やっぱり久といられているときはごちゃごちゃ考えなくて済むからいい。
妹を含め、異性といるときは過去のこととかが影響して結構対応が難しいんだ。
それにどちらからも好かれているような、好かれていないようなという感じだからね……。
「あれ、なにやってんだよ?」
「久こそ部活はいいの?」
「いまは休憩中だ」
「お疲れ、あ、これあげるよ」
「さんきゅ」
飲みかけではなく彼のことを考えて買ってきておいたんだ。
こんなことをしなくても持ってきていることは分かっている。
夏なんだし、飲まなければ体調が悪くなってしまうんだから飲まないなんて馬鹿なことをするわけがない。
でもまあ、これはお礼みたいなものだから細かいことはどうでもいいと言える。
「実は十四時に終わるんだ、それまで待っていてくれないか?」
「いいよ、どうせ葉は唯と遊びに行ってて家にいないしね」
「おいおい、受験勉強は大丈夫なのか?」
「うん、基本真面目な子だからね。待っているからのびのびやってきたらいいよ」
「ま、俺はまだ一年だから全然だけどな、行ってくる」
行ってらっしゃいと背中にぶつけて日陰に移動することにした。
流石に明るいところにいると暑すぎてどうにかなりそうだったから。
それにしても強制ではないのによく入って活動するなあと。
コミュニケーション能力が普通程度にあって、運動能力も普通かそれ以上程度あればやろうと思えたかもしれないが、残念ながらこちらにはそういうのがなかったので無理だった。
単純にやる気の問題もあるし、家事をしなければならないというのがあるから仕方がない――と正当化してしまった面もある。
「お昼頃に出てきてよかった」
暇人でも二時間程度待つというのは退屈で結構辛いから。
で、暑い暑いと言いつつ、飲み物も飲みつつ過ごしていたらなんとか終了の時間がやってきたことになる。
「悪い、待たせたな」
「いいよ、帰ろう」
「久しぶりに俺の家に来いよ」
「うん、行かせてもらうよ」
誰かに相手をしてもらえるというのは普通に幸せなことだ。
彼は昔から一緒にいてくれているから特にそう思う。
特になにができたというわけではないが、一緒にいてやるかと考えてもらえるぐらいの魅力はある……あるはずなんだ。
僕が悪い人間とかだったらまず間違いなくいてくれてはいないだろうから、うん、そこについては自信を持っていいはず。
「わんっ!」
「お~、よしよし」
家族であるわんこに挨拶をしてから中へ。
シャワーを浴びてきたいということだったから部屋でひとり待つことになった。
こうなったら気になるのは、その、えっちな本とかがあるのかということ。
なので部屋主が戻ってくるまでの間探していたのだが、
「なにやってんだ?」
と、本人が戻ってきてしまったために諦めて床に正座することになった。
つまらない、なにも見つからないなんて本当に。
仮に見つけられていたら好みとかも分かるだろうし、この前聞いた好きな人間というのも想像できるかもしれなかったから残念だ。
「えっちな本とかないのかなーって」
「ないよ。それにいまはスマホでなんとかする時代だろ、雑誌なんかで持っているのはリスクがありすぎるからな」
「ほほう、それはつまりあなたのスマホの中にはあるということですね?」
別にあってもなくても正直どうでもいい。
彼の好きな人を知ることができてもなにができるというわけでもない。
相手が唯や妹以外だったら話すことだってできないわけだからね。
「興味がない方がやばくないか?」
「え、じゃあ僕は……」
「いやでも陸はむっつりすけべだからな」
……まあ確かに完全にそういう欲がないわけじゃない。
物理的接触をされると妹相手でもやばくなるときがあるわけだし。
下手をすれば妹にも欲情できてしまうということだからやばいことだが……。
「この前だって川口の胸を何度も見ていたし、葉に突撃されていたときは顔がやばかったぞ」
「……近くで見るには刺激的すぎるんだよ」
「そうか? 元々川口の胸が大きいことなんて分かっているし、葉に限って言えば陸の妹なんだから兄である陸は特になにも感じないはずだろ」
この話題を続けるとむっつりすけべということになってしまうからやめた。
今更気にするような中ではないから床に寝転んで目を閉じる。
窓を開けてくれているのが影響しているのか、何故か普通に涼しかった。
村上家のリビングでは常にエアコンを使用しているから無理だと思ったんだけどね。
「よいしょっと」
「部活楽しい?」
近くにいるだけで熱がこもっていることが分かる。
真夏に運動なんてしていれば当然と言えば当然か。
なにもしていないこっちだって下手をすればそうなる可能性があるから危険で。
でも、危険視ばかりしていてもなんにも始まらないことは分かっているので、こちらから言えるのはとにかく水分補給とかを忘れないでくれとかそういうことだった。
「きついことは多いけど楽しいぞ? まあでも、やっぱりもっとメインでやりたいな」
「できるよ、中学のときだって一年生からスタメンになれてたじゃん」
「んー、だけど先輩達は上手いからなあ、同級生だってみんな頑張っているんだしさ」
最初から無理、疲れる、面倒くさいからとやめているこちらよりは遥かにいい。
努力できる人間だと知っているし、努力している人間を馬鹿にする人間でもない。
そういう相手にはやっぱり上手くいってほしいと思う。
……それにやっぱり親友だからね。
「この前はごめん、なんか変な想像とかしたりして」
「葉が付き合っているなら言うよ、隠しても会うのが大変になるだけだろ」
「確かにそうだね、言ってしまえば堂々といちゃいちゃできるんだからそうするよね」
彼なら嬉々として言ってくるだろうからこれはこちらが馬鹿だったことになる。
「葉は魅力的だけどこの前も言ったように好きな人間がいるからな」
「あれだけ振ってきたわけだからさ、その人は相当魅力的な人なんだね」
しかもそれを言えてしまうということは僕らは知らない人なのかもしれない。
教えてくれるなら普通に嬉しいし、仮に言えなくても仕方がないことだと片付けられる。
僕だって好きな相手ができたら彼にぐらいは言うつもりでいる。
ただ、こちらは両思いになれる可能性が低いから……。
「陸はそれこそ川口みたいなタイプが好きだろ? 相手はしっかり者じゃないとな」
「確かに唯みたいな存在は貴重かな、間違っていることがあったら間違っていると言ってくれる相手なわけだしね」
でも、あんなことを言っている割には相手をしてくれないんだよなあと。
今日のあれだって今朝初めて聞いたわけだし……。
しかも気をつけてと言ったのに「あなたに言われなくても気をつけるわよ」とどこか冷たい感じだったし。
「たまにはデート、してこいよ」
「メッセージも送ってこないからね……」
「そこはほら、たまには陸から勇気を出さないとな」
よし、初めての夏休みで暇死したくないから直接話すことにしよう。
それでも、とにかくいまは彼の家でゆっくりするのみだ。
「なんで久は唯って呼ばないの? 葉だけ名前で呼んでいると僕はまた勘違いしちゃうよ?」
「それは一緒にいる時間の長さの違いだな」
葉はどういう理由でかは知らないものの、同じように名字呼びのままでいる。
ただ、葉は母とも上手く話せていないようなお年頃な感じが影響しているだけだろうから、彼の方が気になってくるというわけだ。
僕のことを相変わらず名字で呼んできている唯なんかもいるからおかしくはないのかもしれないが……。
「それに求められていないからな」
「つまりそれは、葉からは求められたって?」
「『奥村って呼ぶと兄貴も反応するかもしれないからやめてよ』と言われたな」
やっぱり僕は嫌われているんだろうなあ。
仮にそれでも特に問題はないと言えばないが、なんか寂しいのは確かだった。
久と唯のふたりとしかいられていないのもあって、家族とぐらいは問題なく仲良くしておきたいという考えがあるんだ。
いやまあ、友達に関してはそのふたりだけで十分どころの話ではないけども。
「というかやけに気にするな? 葉が他の男と仲良くしていると嫌なのか?」
「久には悪いけど親友が妹と付き合うっていうのはちょっとね……」
「そうか? 仮に俺に妹がいたとして、その妹が陸のことを好きになって付き合い始めたとしても全く気にならないけどな」
面倒くさくて気持ちが悪いというのは分かっている。
が、よく知っている久みたいな相手と付き合ってほしいと考える自分もいるのだ。
もやもやするところがあるから難しく悩んでいるわけで……。
「あ、それかもしくは俺を取られるのが嫌なのか?」
「そうでなくても部活で相手をしてくれないからね、そういう面は普通にあるよ?」
そうでなくても朝と放課後しか来てくれないんだから普通に寂しい。
彼女ができればその時間もなくなるかもしれないから恥ずかしがっている場合じゃない。
長く一緒にいるんだから一緒にいたいならいたいと言っておくべきだ。
例え笑われても、気持ち悪いなとか言われても。
「……真顔で返すなよ、返事に困るだろ」
「僕にとって貴重な友達の内のひとりだからね、こうなるのが普通だよ」
今日だって部活で疲れているのに相手をしてくれている優しい存在だった。
いくら待っていたとは言っても、こればかりは自分が暇をつぶすために勝手に来たわけだから解散にしても彼が悪いわけじゃないしね。
「よし、いまから冷やし中華でも食いに行こうぜ」
「はは、分かった」
「ちょっと早めの夕飯になってしまうけどな」
こっちとしてもそれでよかった。
帰ったらふたりのためになにかを作ればいい。
なにかをやれれば時間もつぶせるから悪いことではなかった。
「あら、仮にも異性が住んでいる家の前で待っているのはどうなのかしら」
「あ、ちょっと今日の内に言いたいことがあって」
「これでいいじゃない、連絡先だって交換しているわけなんだし」
彼女はスマホを取り出したがそれでは駄目なんだ。
意気地なしとか言われても嫌だから仕方がない。
ここでずっといるのも馬鹿らしいからさっさと言ってしまった。
「遅いわよ、ずっと待っていたのよ?」
「いやでも今朝は……」
「あなたが全く送ってこないからよ、それより家に来なさい」
「あ、家事をしないといけないから」
「それならあなたのお家に行くわ」
どうせならご飯も食べてもらっていくことにした。
今日はどうやら母は遅いようだから三人で食べられるというのは悪くない。
しかも葉は自分から誘わったわけだから唯のことを好いているはずで、そんな相手とまだいられるということなら喜んでくれるはずだった。
それなりにいい時間だったから帰ったらすぐにご飯を作って食べてもらった。
……三人で云々と言っていた僕だが、先程食べたばかりなことを思い出したのだ。
「あなたの服を貸してちょうだい」
「うん、うん?」
「泊まるわ、葉ちゃんもいてくれればいいと言ってくれたから」
「あ、そうなんだ? じゃあ着替えを持ってくるから待ってて」
下着はどうするのとか聞くのはやめておいた。
元々泊まるつもりで来たのに違いないからだ。
実は家に来る前に彼女は自宅に入ってバッグを持ってきたから分かりやすい。
「兄貴ー……」
「どうしたの? あ、今日は楽しかったんだよね?」
「うん、それはね。だけど、家でゆっくりしておけばよかったと考える自分もいるんだよ」
「暑いし移動距離が増えると疲れるからね、親しい相手と一緒にいてもそういう風に考えてしまうことは僕でもあるかな」
でも、結局その相手といられていれば消えていくから問題がないとも言える。
そういうことを考えてしまうと少しだけ自分に悲しくなってしまうからない方がいいし。
ただ、妹が言いたかったのは少し違かったのかなんか複雑そうな顔になってしまった。
相変わらず名字で呼び続けるところも影響しているのかもしれない。
それかもしくは、勉強をやりなさいと言われてやる気がなくなってしまったか、というところかなと想像してみた。
「……兄貴も連れていけばよかったと後悔した」
「あ、そうなの? 僕もやることがなさすぎて久が活動しているところを見に行っちゃったぐらいだからね……」
「あ、だから制服を着ていたんだ? 特に理由もないのに着る人じゃないからなにかがあったんだと思ったけどさ」
なにもないのに制服を着ていたとしたら余程それが気に入っているか、少し頭がお花畑の人かというところだ。
私服を選ぶセンスがないからデートなんかのときにそれを着ていく、なんてことはあるかもしれないけども。
……夏にそんな格好でいるのはとにかく暑いからもう強制力がない限りはしたくないな。
「入らせてくれてありがとう」
「うん、じゃあ僕も入ってくるよ」
「行ってらっしゃい、私達はあなたのお部屋で待っているわ」
特に問題もないから頷いて洗面所へ。
「下着があってきゃー! みたいなことにはならなくていいね」
葉の下着は家族であることと、干す身としては見る機会があるがそれとは違うんだ。
付き合っているわけでもない同級生のそれを見たらどうなるのかは分からない。
水着姿を見ても、刺激が強くても特になにもなかったから大丈夫なのかもしれないが……。
それでもなんとなく気恥ずかしいから湯船にはつからずに洗って出た。
「ただいま――あれ? 唯はどうしたの?」
「眠たくなったから客間で寝るって言ってたよ」
「そっか、まあ暑い中行動したら疲れるからね」
何気に妹とふたりの時間というのも大切だから悪くはない。
ある程度の時間までと決めて話していても時間を過ぎてしまうことがあるのが難点か。
「……今日は一緒に寝てもいい?」
「嫌じゃないならいいよ、昔はこれが当たり前だったもんね」
「……そんな当たり前はないけど、まあ、兄貴といられると安心できるから」
「はは、そう言ってもらえるのは嬉しいけどね」
いまはこうして一緒にいてくれているが、いつかは完全に兄離れするときはくる。
いまだって好かれているとは断言できないので、それまでにはちゃんと兄妹としては上手くやっていきたかった。
その途中で誰かと付き合い始めたとしても、それで相手をしてくれなくなったとしても、葉が幸せそうならそれでいい。
「……実はさ、この前お弁当を作ってくれた男子のことなんだけどさ」
どうやら他の女の子と楽しそうなところを目撃してしまって気分が落ちているらしかった。
僕で言えば唯が久や他の男の子と仲良くしているところを見た、という感じか。
うーん、自分よりも魅力的な人間が多いから傷つかないだろうなあ。
いやでも、気になっているわけではないからなのかもしれない。
誰かに好意を抱けることは普通にいいことだから自信を持って行動してほしいかな。
なにを言っても怒られそうだったからそういうことだったんだと答えて黙っておいた。
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