02話.[相手の前でだけ]
「はあ? どんな勘違いだよ――あ、それで冷たかったのか!?」
「う、うん、だってなんか妹が自分の友達と付き合っていたら嫌だなって……」
僕はまだ信じていなかった。
ふたりで嘘をついている可能性があるからだ。
まあ、そんなことをしてメリットがあるかどうかと言えば、ないとしか言えないが。
「はぁ、抱きしめたことはあるけどキスなんかしたことないよ」
「ほらやっぱり!」
「ちなみにそれは俺らが小学生の頃にだからな?」
「そ、それで葉は惚れちゃったんじゃないのっ?」
「ないぞ、つか、普段のあの態度を見てよくそんなこと言えるな」
だ、だって夜中のときは甘い声を出していたからっ。
僕がいるところで甘えるのが恥ずかしいだけかもしれない。
それもまた全て吐いたら「馬鹿か」と冷たい顔で言われてしまった。
「しかもな、そのときには恋愛アニメを見ていただけだぞ?」
「え、嘘をつくとしてももう少しマシなのにしなよ……」
「本当だよ、それでキス云々の話になったんだ、それを聞いていたんだろうな」
じゃあ妹は恋愛アニメを見てあんな女の子みたいな声を出すということか。
いやまあ、女の子なわけだが……。
「つか、入ってこいよ」
「だってなんか葉がさ……」
「あのときは珍しくハイテンションだったからな、あ」
「ん? あ、唯だ」
何故か腕を組んで後ろに立っていた。
何気に視力が微妙で眼鏡をかけているから余計にしっかりしてそうに見える。
彼女は僕をどかすと久に真っ直ぐ向き合った。
「葉ちゃんと付き合っているって本当なの?」
「……もしかしてそこの人間から聞いたのか?」
彼女は自信満々といった感じに頷くと「ええ、それでどうなの?」と。
責めたいという気持ちは伝わってこないから、仮にそうなら「それなら早く言いなさいよ」と言いたいのかもしれない。
昨日も言っていたように一緒にいる時間は長いからそれぐらい言えるでしょうと。
「付き合ってないよ、もちろん、葉は魅力的だけどな」
「そうなのね」
もしかしたら彼女のことを意識している、とかって展開もありそうだ。
仮にそうなっても対妹が相手のときより断然気持ち的にも楽だから素直におめでとうと言えそうだった。
ただ、唯が勘違いだったとはいえあのときの葉みたいな声を出すとは思えないなあと。
常にというわけではないが、変なことを言うと「馬鹿じゃないの?」と言ってくるぐらいの子だから絶対に口にしたりはしないけども。
「それにいまは部活だけで十分だからな」
「モテるんだから受け入れてあげればいいのに」
「その気もないのに受け入れたら可哀想だろ、これからもそれだけはほとんど変わらないよ」
もったいないな、それだけ僕がモテるならこの子! って決めて動くのに。
彼の見た目と性格が同じであれば間違いなく振り向いてくれる、いや、待っているだけでいいぐらいだ。
「それにモテるのは川口だろ、最近告白されているのを見たぜ」
「告白されることは本当にたまにだけあるわ、ただ、全く一緒にいたことない人ばかりだから断ることになってしまうけれど」
「まあ普通はそういうもんだよな」
たまにすらない人間からしたら加われないから寂しかった。
いやでも、断るのも結構あれらしいからいいのかもしれない。
そもそも楽しませてあげられないからどうせすぐに別れることになるだろうし。
だからあくまで羨ましいと考えながら生きているのが一番だと思った。
「っと、そろそろ戻るわ」
「うん、また放課後に」
「おう」
もっとも、家に来るわけではないから部活に行く前に少し話す程度ではある。
それよりもだ。
「唯は戻らなくていいの?」
こうしていられるようになったことはいいことではあるが、なにも話していないときにじっと見られていると怖いんだよなあと。
顔を見て話すというか、ちゃんと目を見て話せる子だから別になにかがあるというわけではないことを分かっているのだが、なんとなく慣れないのだ。
「これまでみたいに過ごすって言ったじゃない、嫌だと言うのなら戻るけれど」
「嫌じゃないよ」
それでもあまり余裕があるわけではなかったからある程度のところで別れて戻った。
なんとなくほっとしているのはまたあの怖い唯を見なくて済んだからだろう。
怖いというか、単純に引っかかっていることがあって僕が避けたいだけなのかもしれない。
しょうもない嘘をついて大嫌いとまで言われた人間だから仕方がないのかもしれないが。
「授業始めるぞー」
普段の唯であればそこを突いてくるはずなんだ。
というかこちらが謝ったりしない限りは動かないのが唯で。
だからだいぶおかしなことが起きているのは確かだった。
ただ、来てくれるということなら同じような感じにはしなければいい。
嘘をつかれることが大嫌いな子なんだからそれさえしなければ大丈夫なはず。
なので、そう不安にならなくてもいいのかもしれなかった。
「あ、兄貴、ちょっと相談があるんだけど……」
家事を終わらせたところで葉がそんなことを言ってきた。
結構冷たいようでそうではない子だからこれもおかしなことではないのかもしれない。
が、今日であれば久も部活がないからそっちに行った方がいいかなと。
「もうちょっとで夏になるわけだけど、夏休みになったら友達を連れてきてもいい?」
「それってこの前の男の子?」
「うん、一緒に勉強を頑張ろうって決めたんだよね」
って、別に自分だけの家というわけではないからそんなことを言う必要すらなかった。
でも、聞かれているわけだから大丈夫だと答えておいたが。
「通っている中学校は珍しく部活強制入部というわけじゃないし、いまから頑張ろうとするのは違うかもしれないけど……」
「大丈夫だよ、夏休みからでも頑張れれば間違いなくいいことだよ」
僕なんて頑張り始めたのは十月からだった。
やる気がなかったというわけではなく、授業を真面目に受けていればそれだけで足りることだったからというのはある。
が、残念ながら唯に怒られてしまって言うことを聞くしかなかったんだ。
「でも、なかなかやる気がでないんだよね……」
「とりあえず三十分! と決めて頑張ってみるのもいいんじゃない?」
それで段々と時間を増やしていけばいい。
最初から多くやろうとするから駄目になるんだ。
それを達成できたらご褒美をあげるのもよかった。
あ、頑張れたらその男の子になにかを作ってもらうというのもいいかもしれない。
「それに夏休みからではなくいまからやってもいいんじゃない?」
「え、いまから呼んで一緒にって?」
「いや、男の子と一緒にいるのはそのときからでいいけど、葉がひとりでやることはいまからでもでき――なんかごめん」
「い、いや……」
モチベーションがないとできないということなんだろう。
ひとりでやるとだらけてしまう可能性があるからそういう意味でも誰かが一緒にやってくれるというのはありがたいか。
「よし、久を呼ぶよ、頭がいいから効率良く教えてくれると思うよ」
「……それなら唯さんの方がいいかな」
「それはまた今度ね」
というわけで早速村上家に久を召喚。
リビングではなく葉の部屋でやってもらうことにしたから静かになってしまった。
明日から学校とはいえ、せっかくの休日に家でだらだらとしてばかりなのもちょっとなあと。
「歩こう」
家事をしなければならないとはいえずっと拘束されるわけではない。
休日は寧ろ時間が余ってしまうからこうして歩くことが多かった。
「「あ……」」
なにもなかったことにして違う方へ向かって歩いていく。
「ねえ、なんで無視をしたの?」
「……いや違うよ、休日に会ってもスルーするのがマナーかなーって」
「そんなマナーはないわよ、あなたが私を避けているだけよね」
そもそも話すことばかりになってしまうからと距離を置いていたのは彼女の方だ。
僕的には避けていないし、これからもそれは変わらない。
大体、大嫌いとまで言ってきたんだからここで近づいて来る方がおかしいのでは?
「あ、今日は家に久が来ているんだよ、会いたいなら行ってきたらどうかな?」
「あなたがここにいるということは葉ちゃんと一緒にいるということよね? 私はいまでも怪しいと思っているし、邪魔できるわけがないじゃない」
「疑り深いな~、久も葉も付き合っていないって言っているんだからそれはな――」
いや待て、部屋ではしているかもしれない。
僕に対してはなんとも言えない態度を貫く妹のことだから隠している可能性もある。
じゃあ暇すぎてよかったとしか言いようがないな。
そうでもなければ部屋に戻った際にまたあれを聞く羽目になっていたかもしれない。
「村上君はこうして歩くのが好きよね」
「家が大好き人間というわけではないからたまたまだよ」
どこかに行くにしても外に出て歩き始めなければなにも始まらない。
その先でなにもなくなって問題にはならない。
「あ、なにか用事があったんだよね? そろそろ行かないと駄目だよね」
「なにもないわよ、なにかがあるならこうして付いてきていないわ」
「そうなんだ? じゃあ一緒に歩かない? 時間はいっぱいあるからさ」
「そうね、私も帰ったところでどうしようもないからそうさせてもらうわ」
トラブルに巻き込まれるとかそういうことでなければこういうことになっても別によかった。
相手が彼女ということで相変わらず少し引っかかることはあるが、対応できない人間というわけではないから上手くやれる。
あと、仲直りしておくことは悪いことではないだろう。
「あのときはあんなことをしてごめん」
「……いつの話をしているのよ」
「いつって、四月の話だけど……」
四月一日が彼女の誕生日だった。
それで馬鹿みたいに嘘をついたら本気で受け取られて冗談だとも言えずに~という感じだ。
なんでもそうだが、やってしまったと気づいたときにはもう遅いんだ。
悪い方に傾くかもしれないと全く考えつかなかった僕は馬鹿だった。
これまで仲良くやれてきたことと、すぐに冗談、嘘だと言ってしまえば呆れながらも許してくれるとかそういう風に楽観視してしまったのがね……。
「……仮にあれで終わりでも、今年も誕生日プレゼントを渡せたことはよかったことだってずっと考えて行動していたよ。事実、最近まで来なかったわけだし、これからもそれは変わらないんだなって思っていたんだけど……」
彼女はこうしてまた来てくれるようになった。
責めたいからそうしているのではなくて、あくまでこっちといたいから……そうしてくれているはずだった。
「本当は必要ないことだと片付けようとしたのよ、けれど、そうしようとすればするほどできなくなってしまったの……」
「きみからすれば不必要だと切り捨てられた方がよかったかも、ね」
いつもそこが駄目、これが駄目と指摘してきていた子だったから尚更そう思う。
多分、一緒にいても言いたいことが多くなりすぎて落ち着かなかっただろうから。
僕としては大切な友達の内のひとりだから来てくれるなら嬉しいと言えるが、だからって自分だけがいい思いを味わえられればいいとは考えていない。
一応これでも他人のことを考えて行動しているわけだ。
決して卑下しているわけでもないし、自分といることが完全に損だとか決めつけるつもりもないが……。
「それ、やめてって言ったわよね」
「ごめん、悪い癖なんだよ」
痛い思いを味わいたくないからすぐにこういうことを言いたがる。
結果、残ってくれたのは彼女と久だけということになるわけで。
間違いなくいいことには繋がらず、結果的に痛くなると経験して分かっているはずなのに繰り返してしまうのが救いようがないところだった。
「そういうところを直してほしいの、でも、ひとりでてきないということなら私や佐藤君の力を借りればいいわ」
「ふたりがいてくれてもこればかり――そんな怖い顔をしないでよ……」
「そのままじゃ損することばかりになるわ」
だけどひとりでいることがなにも全部悪いわけではないことを僕は彼女が来るまでの間に知ることができてしまった。
結局いつかは離れられてしまうということなら仲良くしない方がいいのかもしれない。
ただ、なにをどうしてもこう決めた彼女が変えるわけがないから言うことを聞いておく。
わざわざ敵を作りたいわけではないからそうするしかなかった。
「もう七月か」
初めての夏休みももう目の前まできていることを考えると少し不思議だった。
入学式とかはとにかく緊張したから、ここまで当たり前のように通えてきていることが自分のことなのにおかしなことのように感じる。
「兄貴ー」
「あれ、もう帰っていたの?」
「うん、部屋にいたよ」
靴とかを確認する趣味はないからこういうことも起きる。
僕があれなどではなく、靴をしまうということを当たり前のようにできている妹が偉いというだけだ。
僕はお買い物とかそれ以外のことでもよく家を出るから出しっぱなしだし。
「あ、それで今日の用件は?」
「水着が欲しくて」
「あ、じゃあ唯に頼んでおく――……もしかして僕に付いてこいって?」
「うん、いまから行こ」
いきなりそういうことになったものの、仕方がなく付いていくことにした。
久かその件の男の子に見せるために買おうとしているのならお兄ちゃんは少し寂しい。
だけど口出しすることはできるので、露出が激しいやつを選ぼうとしていたら嫌われる覚悟で止めようと決めた。
「ちょっとお腹に自信がないからこういうのかな」
「それがいいよ、お腹だって冷えづらいだろうし」
「そういう観点から選んでいるわけじゃないんだけど……」
「いいの、不特定多数の人間に見られるんだから気にしないと」
なんて、妹より遥かに経験がない人間が偉そうに言っているとおかしくなってくるな。
軽い人間というわけではないから大丈夫なのに。
「兄貴的にはどんなのがいいの?」
「うーん、その本人が気に入って購入した物ならいいんじゃない?」
「答えになってないよ、それは結局ノーコメントってことと一緒じゃん」
「久とか件の子とかを連れてくるべきだった、ぐえ!」
売り物で首を絞めるのはやめよう。
「まだ勘違いしてるの?」
「いやほら、センスがいいだろうから」
ここではりきりすぎても気持ちが悪くなるからこれでいいんだ。
そもそも妹の中では結局決まっていると思うし。
それを試着なりなんなりをして、感想を求められたら似合っていると言っておけばいい。
本命に見せるためにこうして選んでいるんだからこちらからの意見なんかどうでも……。
「そもそもどこをどう見たら、聞いたらそういう風に勘違いできるわけ?」
「外で待っているからゆっくり選んできたらいいよ」
恋した乙女のような声を聞いてしまったからだ。
きゃんきゃん甲高い感じというわけではなく、いや、特定の相手の前でだけはそうかも。
「お待たせ」
「うん、帰ろうか」
ご飯を作ってきてあったからよかったものの、放課後に出るのはなるべくしたくないなあと。
何故ならお腹が空くというのもあるし、遅くなれば同行者が危険に巻き込まれるかもしれないからだ。
「あ、兄貴」
「うん?」
「……プール、一緒に行きたいんだけど」
「分かった、久と唯はこっちから誘っておくよ」
「……うん、よろしく」
自分で言っておきながら失敗したかもしれないと後悔していた。
久と一緒に行きたい、だったら唯の存在は邪魔ということになる。
よし、それなら当日は別れることにしよう。
唯的には残念どころの話ではないだろうが、そこはまあ我慢してもらうしかない。
「あれ、それって僕は――」
「一緒に行きたいって言っているのに兄貴が含まれていないわけないでしょ」
「いやほら、久とふたりきりぃい!? ……ごめん」
もっと上手くやる必要がありそうだった。
僕にそれができるかどうかは……分からないが。
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