第78話 連れ去られた人々
「おいカナタ! おまえな?!」
「ごめんなさい」
村長のエゴンさんが大きな声で怒鳴ったのでいつもの癖ですぐに謝った。
建設が進む温泉街に、送迎用シャトルバスが次々と帰還する。エゴンさん達は第二陣で到着したようだった。
足湯で村の周囲を囲った温泉街は、瞬く間に出来上がっていく。俺のスキルで完成品を出せるのもあるけれど、ござる兄さんがどこかから連れてきた建設系のスキルを持った人たちの活躍もあるようだ。第一陣で到着したどこかの村人たちもすぐに建設に参加させられていた。スパルタだ。
俺は温泉街入り口付近の足湯に陣取って、タブレットを見ながら見知らぬどこかの元村人たちの手を握る作業を繰り返している。これが終わったらござる兄さんの指示に従いながら従業員登録をしなければならない。たぶん今、ブラック企業で働いていた時と同じ表情をしていると思う。
「村の奴らが箱の中で跳ねて頭ぶつけてるってのに、箱を動かす奴が止まらんかった」
「それは俺のせいじゃないと思います」
「人を選べって言ってんだよ!」
「ごめんなさい」
数週間ぶりに見るエゴンさん達は疲れていた。丸一日寝ずに車に乗ってたのだから当たり前か。でも全員揃って入国出来たようで良かった。いつもうるさいルイスとクラウスは疲れたのか酔ったのか、送迎バスから降りるなりうずくまって動かない。静かなので大いに結構。
「それで、元の村がなくなってるって?」
「そうなんです。でもここに住居は用意されるみたいで、仕事も好きなのを選べるっぽいですよ。転居するの嫌でした?」
「いや、移住ははまあいいんだがなぁ……」
村長は口ごもりながら温泉街を見渡している。もう村長じゃないか。それに色んな村からごっぞり人を攫ってくるだろうから、そこらじゅう村長だらけになってしまう。今後はエゴンさんと呼ばないとな。
どこかから現れた忍者装束の人達が誘導し、すぐ働ける人と休息が必要な人に分けて指示していく。元気が残っていた無口な村人ペーターは、すぐに温泉街入り口の警備員に任命されていた。
いつも突然現れる忍者の人達は気配を感じないし、でも気づけば傍にわらわらいるし、全体の人数も分からないし、一体何なんだろう。
「エゴンじゃねえか! 久しぶりだな!」
「まさかトミーか?! しばらく見ないうちに老けたなあ!」
エゴンさんに似た雰囲気の、どこから見ても村人にしか見えない人達が集まってくる。誰だろうと思って座り込んでるクラウスに聞くと、デンブルク王国に攫われる前に元の村で一緒に生活していた仲間だそうだ。
そういえばエゴンさんの村を出発するときに、分裂させられてどこかに奴隷として暮らす仲間たちの事を心配していた。ルイスが居場所を掴んでいたみたいけれど、彼らが第一陣で攫ってきた人達だったのか。どこかで情報共有したのかな。せっかく昔の仲間に出会えたというのに、クラウスは虫の息だ。あとひといきでしぬ。
「うちの開拓村は立地が良くなくてな。全員がまだ奴隷だったんだが、妙な液体で解放されたんだ!」
嬉しそうに話すのは、開拓村の奴隷たちをまとめていたという黒髪のトミーという男性だった。トミーさんはエゴンさんと雰囲気が似ていて、体が大きく働き盛りといった表現がぴったりだ。トミーさんの話によれば、彼らの開拓村も当初は同じ村出身の人たち40名ほどでスタートしたという。助け合いながらもなんとかやっていたが畑に出来そうな土地が少なく、安全な土地ではあったが魔物も少なかったために自らを買い上げるためのお金が貯まらなかったそうだ。
「不審な黒い奴らが村に来て、首に浮かび上がってた紋様を消してくれてな。トワールにも連れ帰ってもらえるってんで喜んで飛びついたんだ!」
「そりゃ良かったな。トミーとまた会えてうれしいぞ!」
旧友たちに再会できたことで、エゴンさんの意識が逸れた。トミーさんという男性と肩を叩き合って喜んでいる。この隙に逃げよう。
でも奴隷の紋様を消して喜んでもらうとか、俺の仕事じゃないのかな。俺のスキルなのに、知らないところで物事が進んでいく。
『湯浅先輩、お久しぶりです。私の事覚えてますか? あっ、その顔は忘れてましたよねえ?』
「ん、この頭に直接響く感じは……佐久間?!」
行方不明になっていた後輩で怨霊の佐久間芽衣がそこにいた。今まで着ていた白いワンピースではなく、ブラック企業で働いていた時のままの格好でいる。長い黒髪も茶色になって一つにまとめてある。
「貞子の格好してたのに、どうした?!」
『アバターが脱げちゃったみたいで、元の姿に戻れました!』
「やっぱり着脱可能だったのか……そのブラウスは脱げる?」
『湯浅先輩、そういうとこですよ』
佐久間の説明では、ござる兄さんの屋敷を探索していた時にメイドさんに浄化されそうになったとのことだった。あまりの痛さに逃げ出して、気づいたらレーメンの町まで戻っていたとか。エゴンさんたちと合流し、バスに乗って温泉街まで来たようだった。
バスに乗る怨霊。地獄行きバス。絶対乗りたくない。
『それで私気づいたんです。メイドたちを訓練すれば、もっとうまく浄化できるようになるんじゃないかって』
スキルの訓練が出来るかは分からなかったけど、そういえばペーターは蜂の魔獣を倒しまくった後に明らかに強くなっていた。あれでスキルレベルが上がったと考えるなら、メイドさんたちも浄化スキルを使いまくればレベルが上がる可能性があるか。でもそれには浄化しまくらなければならない気がする。佐久間は逃げ出すほどの痛みに耐える覚悟があるんだろうか。
『ほら私って、生前はおじさんに人気があったじゃないですか?』
「うん、やたらと好色な上司たちに好かれてたな」
『それで、貞子から元の姿に戻ったら、やっぱりおじさんを惹きつけてしまうみたいで……』
いかにも新人女性社員といった服装をした怨霊の佐久間は、おずおずと後方のバスを指さす。バスの乗車口から一人の高齢男性が降りてきた。いや、あいつ死んでないか?
『なんか気づいたら付いて来ちゃってて、知らない間にあんなに……』
バスの乗車口からまた一人初老の男性が降りてくる。彼も透けている。続いてまた透明な老人が降りてくる。次々に降りてくる。幽霊なんだから律儀に乗降口から降りなくてもいいと思う。彼らは全員男で、しかも新人女性社員にちょっかいを出しそうな顔をしていた。人を見た目で判断するのは良くないが、全員がちょっとスケベそうな顔だった。もう死んでそうだし人じゃないからいいか。というか何故俺は見えているんだろう。
『彼ら悪霊たちを、その練習台にしようかなって思うんです!』
「ええ……? 浄化って痛いんだろ? 奴らはいいって言ってるのか?」
『聞いてませんけど、メイドさんに浄化されるなら彼らも本望じゃないですかね? それに、彼らの下心は浄化に負けないくらい強固っぽいですよ?』
生前のちょっと可愛い笑顔で佐久間は言った。透けてるけど。佐久間はメイドさん達の腕が上がったら自分も浄化してもらうんだと張り切っているので、口出しせずに見守ろう。生きる目標が出来るのは良い事だ。死んでるけど。
『あっでもでも、スーパー銭湯が買えるまではこの世にいるので、お金が溜まったら教えてくださいねっ!』
かつての後輩は、姿が変わっても中身は全く変わっていなかった。
送迎バスは村人たちを降ろした後は運転手を交代してまたデンブルク王国へと旅立っていく。ルイスの聞き込みした情報や他の村の人達からの口コミ、そして謎の忍者部隊の情報をすり合わせた結果、攫われたほどんどの人の居場所が判明したらしい。
バスの数が足りないと言われ、追加でシャトルバス付温泉宿を数軒設置した。出しすぎかと思ったけれど、送迎バスはのちのち利用予定があるらしい。
ござる兄さんと一緒にいるとお金が湯水のように湧いてくる。最初からござる兄さんと出会っていれば苦労しなかったのか。いや、異世界転移して最初に出会ったのがござる兄さんだったとしたら不審すぎて全力で逃げ出していた可能性が高い。
『それはそうと湯浅先輩、エゴンさんの村に設置した客室が原因で、村全体が大変な事になってましたよ?』
「嫌な予感はしてた。村長に怒られなくて良かったぁ」
『客室内に入れない人達が周りにへばりついて気持ち悪かったです』
怨霊佐久間によると、謎の魔術師として村人に迷惑をかけるなと警告したのは全く効果がなかったようだった。今では俺のスキルで出した建物に、色んな人が群がっているらしい。そして金儲けの材料にされているとか。
タブレットの画面にマップ機能を立ち上げると、かつての村の地図がドットで表示される。距離が離れすぎているので、村を占領しているという人達は表示されなかった。でも佐久間の話では誰一人客室には入れていなかったようだ。
村人は全員攫ってきたしもうあの村に戻る事もないだろうけど、そのまま置いておくのもマズいかな。何があるか分からない。
「念のため全部消しとくか」
『一夜にして国じゅうの村人が神隠しにあって、建物は消滅。なんかおとぎ話みたいですね!』
「黒装束のやつらに白い仮面をつけさせれば、映画が一本出来てしま……おっと誰か来たようだ」
【家族風呂・内湯一据え・和風(保護付き)を削除しました】
【小型塩サウナ・温度調節機能有(保護付き)を削除しました】
【露天風呂付客室・外湯一据え・内湯一据え 欧風メゾネットタイプ(白青) 大人二名・夕食あり(保護付き)を削除しました】
【露天風呂付客室・外湯一据え 団体用大広間・松(和室) 大人十名・ビュッフェあり(保護付き)を削除しました】
【露天風呂付客室・外湯一据え 団体用大広間・竹(和室) 大人十名・ビュッフェあり(保護付き)を削除しました】
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