第77話 再び廃墟にて (sideメイ)

 町はずれの廃洋館には、今日も幽霊たちが漂っている。



 私は佐久間さくま芽衣めい、享年24歳。異世界転生した日本人女子である。


『いたたた……あれっ? 何で痛いんだろ? 怨霊になって痛みは感じなくなったはずなのに』


 日本で死んで異世界に魂だけが転移し、怨霊になった。何がどうなったのかは分からないけれど、それはまあいい。その後なんやかんやあって日本での知り合いだった湯浅先輩と一緒に隣の国へ遊びに行ったはずだった。


 お人形みたいに整った顔をした金髪おかっぱショタの別荘に着いて、銀髪でとにかく顔がイイ人が別荘から出てきて、口調がござるで。


『あっそうだ。別荘の中を探索しようとしてたんだ』


 貴族の別荘はこれまで見てきた村人の民家とは一味違っていた。二階建てで部屋がたくさんあったし、地下に食糧庫もあった。面白くなってついつい色んな部屋を覗いたりしていたら、使用人部屋のような小部屋の前で数人のメイドたちと鉢合わせした。


 普通の人間に怨霊の私の姿は見えないはずなのに、メイドたちは目を真ん丸にして私の事を凝視してきたのだ。


『モップやらデッキブラシやらでタコ殴りにされた……』


 しばらく驚いた顔のままで固まっていたメイドたちは、一人が叫ぶと連鎖するように全員が叫び出した。そして手に持った掃除道具で私を攻撃し始めたのだ。何もかもを通り抜けてしまう私の体は、なぜかメイドの持つ掃除道具だけは通り抜けられなかった。つまりボコボコにされた。


『何で当たったんだろ? あっもしかして、浄化スキル持ち?!』


 考えられるのはメイドたちが聖職者っぽいスキルを所有している可能性。普通の人には見えない私の姿が見えていたのもそのせいだと思われる。彼女たちの反応を見る限り、幽霊を見るのは初めてだったのだろう。浄化系のスキルを自分自身が持っているのも彼女たちは知らないのかもしれない。そして訳も分からず目の前の怨霊を排除しようとしてきた。


『たまたま手に持っていたモップに聖なる力が宿った……? モップに浄化される私って……』


 メイドのスキルについて考えようとしたけれど、今はそれどころではない事にやっと気がついた。隣国の別荘にいたはずなのに、いつの間にか場所を移動している。今いる場所はどこかの屋敷の一室のようで、周りは暗く不穏な空気が漂っていた。


 そういえばタコ殴りにされた時にあまりの痛さで魂が飛び出しそうになり、全力で走って逃げたのだった。今も魂なんだけど、魂の中の魂が抜け出しそうだったのだ。私ってマトリョシカだったんだ。自分でも何を言っているのかわからないが、つまりはそういうことだ。


『あれ、このあたり見覚えあるなぁ……地下? あっ、サウナがある!」


 暗くてホールのようにだだっ広い空間の隅には、見慣れた塩サウナが並べて設置してあった。これは間違いようがない。湯浅先輩と再会する前に過ごしていた、レーメンの町の廃洋館まで来てしまったようだ。


 けれど車で一日以上かかる距離を走っていつの間にかたどり着いたとは考えにくい。何かミラクルが起きてここまで飛ばされてしまったのだろうか。


『今から湯浅先輩のとこに戻るのは無理かな。道が分からないし……クラウスさん達の村なら道が分かるから行ってみようかな』


 サウナカーで国境を越えた時は車内にいたので、どの道を通ったのか全く知らない。物体を通り抜け出来る霊体でどのように車に乗って移動したのか。そこはほら、ホラー映画ではタクシーを拾う幽霊とかいるし、乗せて走ってたらいつの間にか消えて水たまりになってるし。という事は幽霊は車に乗れるのだ。


 過ごし慣れた廃洋館は依然として悪霊たちが漂っている。洋館の入り口に数人が倒れているのも見慣れた光景だった。悪霊たちは生きた人間の生気を吸っているようだけど、吸ったらどうなるんだろう。元気になれるのかな。


 廃洋館を後にした私は、エゴンさんの村を目指して走った。





『あれれ? 何だか賑わってるなあ。どうしたんだろう?』


 数日ぶりに見るエゴンさんの村は、すごく人が増えているようで村中に賑やかな声が響いていた。村の入り口には見慣れない人達がずらりと並び、村を出入りする人を検分しているように見える。近寄って見ると、どうやら通行料を取っているようだった。レーメンの町に入るときは無料だったのに、町よりも規模の小さな村に入るときに料金を取るのはなぜだろう。


 検問を通り抜けて村へ入ると、見慣れた土堀と木造の家々、そして土に埋まった客室などが見えてくる。村の中には見知らぬ人がうろついていて、知った顔は見当たらなかった。


『家の中に入ってるのかな? 知り合いが恋しい……』


 どこかに集まっているとしたら、和風平屋の露天風呂付客室だろうとあたりをつけて向かう。村の中央に設置したほうではなく、端に設置した客室へと近づく。何故か建物にへばりついている人たちが目に留まった。何をしているんだろう。


 露天風呂付客室に入ると、予想通り知っている顔の村人たちが集合していた。村長のエゴンさんを中心に全員が集まって話し合いをしているようだった。


『ええと、私のことが見えるのってルイスさんだけだったよね。ルイスさんはどこだろう?』

「あれっ? もしかしてメイか?」


 ギャル男のルイスさんを探していると、背後から声をかけられた。振り向くと呆然とした顔で立ち竦むルイスさんがいる。茶髪のイケメンは呆然としたまま、私の頭から足先までを何度も目で往復してじろじろと見つめてきた。


『ルイスさん、レディをそうやって見るもんじゃないですよ』

「やっぱりメイか! いやでもさ、見た目がすげえ違うからさあ!」

『えっ、見た目? 私、変わりました?』

「変わったも何も……あの白い服と黒い髪はやめたのか?」


 自分の手足を改めて見てみると、黒い膝丈スカートと薄い水色のシャツを着ていた。白いワンピースを着ていたはずなのに、いつの間に着替えたんだろう。ルイスさんの言葉によると、長かった黒髪も茶髪のおだんごに変わっているという。自分で見える範囲では、顔の左右に垂らした後れ毛の長さが生前と同じ顎のあたりにまで短くなっているのが見えた。足も裸足ではなくパンプスを履いている。幽霊だけど靴履く必要あるのかな。


 あ、でもこれ、死んだときの服装だ。この格好で一人暮らしの家の玄関先で倒れたんだった。死ぬならせめて美味しいスイーツ食べながら死にたかったな。


「メイって可愛い顔してたんだな。あの怖い姿と全然ちがうじゃん!」

『アバター脱げてたの今まで気づきませんでした。でもルイスさんはよく私だって気づきましたよね?』

「それはその……愛の力、かな?」

『へえ』


 アバターが脱げたのはきっとメイドの振り回したモップによるものだろう。もしかしたらあのまま大人しく殴られ続けていたら成仏できたのかもしれない。でもすごく痛かった。もう一度同じ方法で浄化してやると言われたとしても断ると思う。


 もしもスキルを使うのが初めてだからあの方法しかとれなかったのだとしたら、きちんとスキルを使う練習をすれば痛みなく葬れるようになる可能性がある。彼女たちの腕前が上がったのを確認したら、浄化してもらおうかな。湯浅先輩のスーパー銭湯を楽しんでからでもいいし。


『それよりも、村の中がおかしくないですか? あれから数日しか経ってないですよね?』

「数日? メイたちが出て行ってから結構経ってるぞ? それより聞いてくれよお! カナタのせいでえらいことになっててさぁ!」


 ルイスさんは村に何が起きたかを説明してくれた。和室では依然として村長のエゴンさんを中心に話し合いが行われているけれど、ルイスさん一人が端っこで独り言をつぶやいていても影響はないようだった。青髪のインテリクラウスさんは積極的に意見を出しているけど、ルイスさんには誰も期待してないみたい。それでも明るいルイスさん、心が強い。


 村のこれまでの経緯を聞くと、湯浅先輩がペテン師のふりをして設置した平屋の露天風呂付客室が村に災いを呼び込んだようだった。


 湯浅先輩にお金をだまし取られた貴族たちからこの地の領主様に報告が上がり、領主様が本格的に村に目を付けた。村は元々魔獣の討伐数が多い事で目を付けられていたのだけど、領主様はさらに突如出現した露天風呂付客室を金儲けの材料として利用しようと考えたらしい。


 謎の魔術師と名乗る怪しい男が建てた家の中には金銀財宝が眠っていて、それを持ち出せた者には褒賞を与えるとかの甘言で人を集めているそうだった。貧しい村人から高位の貴族までがこぞってこの村をめざすようになり、村に入るには高額な通行料がかかる。通行料はもちろん領主様の懐へ。


 ペテン先輩がさんざん忠告した、この村に迷惑をかけるなとか、成敗してくれるとか、心の綺麗な人間にしか入れないとかは完全に忘れ去られているようだった。


『成敗されるの怖くないんですかねえ?』

「実際に何か起きたわけじゃないし、こんだけ好き放題やっても何も起きないんだからしゃーない」


 元の村人たちは露天風呂付客室の中に入れるので、どうすれば中に入れるのかと訪れた人たちから問い詰められる毎日だという。村に人が溢れて畑は荒らされ、昼夜問わず貴族に捕縛されそうになっているとか。昼はまだ人の目があるから大丈夫だけれど、夕方から朝にかけては客室の中に籠っていないと危ないらしい。村人なのに村に居場所がなくなり、今後どうするかを毎日話し合っているそうだった。


 謎の魔術師についても捕縛命令が出ているそうだ。村人が魔術師じゃないかと疑われたりして大変だという。


『村長さん、激おこ?』

「おこだよ、おこ! でもなんか、動きがあったっぽい」


 ルイスさんと話している間にも、玄関の扉付近でガンガンと大きな音がするし、家の外側から壁を殴る音がする。露天風呂がある庭の外にも人が張り付いていた。外からはただの木の壁に這い上がっているつもりでも、内側から見れば空中に人が張り付いているように見えて何だか怖い。


「……というわけでなあ、おいルイス、聞いてんのか?!」

「きいてなかった!」

「おまえ、人の話聞くくらいは出来るかと思ってたってのに!」


 急に村長のエゴンさんが割り込んできた。村長が言うには、今朝早くに黒ずくめの偵察隊が村に忍び込んできて、伝言を残してどこかへ消えていったという。ベネ君を護衛してた人達かな。別荘には他にも忍者装束を着た人がいたからその人たちかな。


「今日の深夜に村に迎えが来る。反対する奴はいねえと思うが、全員でこの村を出る。行き先はカナタのいるトワール王国だ。もう戻ってこねえだろうから、荷物は全部まとめてこの家の入り口に置いといてくれ!」


 タイミングが良かった。もしも一日違っていれば、村には知っている村人が誰一人いなくなっていただろうし、湯浅先輩のところにも戻れなかっただろう。全員で移動するって事は馬車か、いやついにあれを買ったのかな。ベネ君に買わせたのかな。



 深夜に和風平屋の露天風呂付客室に集合して待っていると、黒ずくめの人が天井から降ってきて少人数ずつ移動するようにと言われた。指定された場所を見に行くと、日本の街中で見たことのある送迎用のシャトルバスと大きな木箱が数台並んで停められている。


「見た目がすげえ! ひとつだけ何かよく分からんモンで出来てる。さすがカナタ! 超目立ってるう!」

『村人全員が一夜にして神隠し。そして温泉へ……どこかで見た事あるような気がするんだけど、ご飯食べたら豚になったりしないよね?』


 黒ずくめの人に誘導されるまま次々とバスに乗り込む。村人は四十人以上いたようだったけれど、バスは二十人乗りのようで数台に分かれて乗るとスペースにはだいぶ余裕があった。


 私が話が出来るのがルイスさんだけなので、自然とバス前方に座ったルイスさんの隣に陣取る。彼はまたしても私の事をジロジロと怪訝な目で見てきた。


『なんですかぁ? さっきも言いましたけど、レディをそうやって見るもんじゃないですよ』

「いや、メイ、あのさぁ……後ろの奴ら、誰?」

『うしろ? またそうやって怖がらせようとして。私は怨霊だから怖くなんて……』


 台詞を最後まで言えなかった。振り返ると、私達の後ろには人型の悪霊たちが大量にいて、バスの座席に行儀よく座っていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る