第79話 働く日々とご招待

 砂漠の温泉街に設置した宿で働く日々が続いている。どうしてこうなった。


 ござる兄さんの計画を聞いた時は、俺は座ったまま浴槽設置のスキルを使うだけで良かったはずだった。だけど実際に設置が始まると色々と不具合が出てきて、温泉街の中をサウナカーで引っ張りまわされた。


 不具合は会議室で起きているんじゃなく現場で起きているのは分かるけど、タブレット操作するだけの俺がどうして現場に行かなければならないのか。


 大方の設置が終わった現場は、通常の宿屋や民家の建築が始まった。その後は次々と村に攫われてくる元村人たちの手を握る作業、それが終われば各々の働く温泉宿での従業員登録。


 休憩時間に温泉巡りをすることだけが楽しみになりつつあった。社畜時代に戻ったみたいだ。



「エステって楽しいわね。ただ受けるだけより、体の仕組みを勉強してから受けたほうが効果が出そうな気がするの!」


 ビアンカとアマーリエはエステ内で施術の勉強をしたり、新しく村に連れてこられた女性たちに施術方法を教えたりしている。この女性たちは幼女から老女まで幅広い年齢層がいたけれど、一度手を握って足湯内に招き入れた後は接点がなくなってしまった。綺麗なお姉さんも数人いたけれど、ビアンカたちがあることないこと吹き込んでいるのか、誰も俺に近づこうとしない。


 綺麗なお姉さんにエステの施術をしてもらったり、綺麗なお姉さんと温泉で混浴したり、綺麗なお姉さんと懐石料理を食べながら一緒にお酒を飲んでみたり……すべてが幻想でしかなかった。


「大人しくしてるなら、アタシが施術してあげてもいいわよ」

「ほんとか?! やっぱりビアンカは可愛いだけじゃなかった!」

「か、かわい……ふんっ! 一回だけだからねっ!」 



 ベネディクトとティモは建設現場の邪魔になってしまうので、別荘で大人しくサミュエル先生の授業を受けている。会おうと思えばサウナカーを飛ばせばすぐに会える。温泉街が完成したら呼び寄せてみんなで観光しよう。



 怨霊の佐久間はギャル男ルイスと組んで、メイドさんの浄化スキルを訓練している。


『ミラって名前の女の人とリアって名前の女の子が将来有望なんですよ!』

「メイの方が可愛いけどな!」

『やだぁルイスさんったら!』


 佐久間一人では何かあった時に間違えて浄化されてしまうかもしれないということで、ルイスが間に入って守ってもらっているようだ。ルイスは町の飲食店でお姉さんとコミュニケーションをとるのが得意だったのもあって、メイドさんたちと楽しそうにしている。羨ましい。彼女たちが育てば、今は手こずっている各地の悪霊たちをまとめて退治できるとかで、国のためにもなるらしい。実験台になっている好色な男性悪霊たちについては俺は興味がない。


 無口な村人ペーターは、最初に配置された村の入り口の警備をそのまま続けている。元々殺生を好むタイプでもなかったようで、武力行使してくる相手を鎮静化させるだけの仕事が性に合っているようだ。でも攫ってきた村人だし、顔出しはまずい気がするから対策を考えないとだな。


 警備員として温泉街で働き始めた人の中に、見たことのある顔があった。俺がこの世界に来た時に初めて喋った、クリストフさんとエグなんとかさんだった。


 彼らは冒険者として開拓村周辺の見回り依頼を受けていたけれど、相次ぐ奴隷の失踪によってデンブルク王国に見切りをつけてトワール王国へとやってきたらしい。偶然が重なってこの温泉街へとたどり着いたそうだけど、彼らは良い人ぽいし強いので、働いてもらえるなら嬉しい。


 元村長のエゴンさんとトミーさんたちは、建設現場で働いている。旧友に再会できたことと出身国に戻れたことで、俺に対するお小言は激減した。死ぬときは母国で死にたいとか思っていたらしい。まあ俺も日本で暮らし続けていたとして、死ぬ寸前にどこか遠い地で死ねと言われたら嫌だからそういう事だと思う。


 インテリ青髪クラウスは経理部門にまわされた。ござる兄さんはクラウスを表に出してはいけない人だと判断したらしい。その直感は正しいと思う。癒されるために温泉に入りに来て、延々とうんちくを垂れる人が従業員にいれば心が休まらない。


「ここは良い。私の理想が詰まっています。元々体力仕事は苦手でしたし、土を掘り進めるスキルについても持て余していました」

「土堀造るの楽しそうだったけど」

「衣食住が保障されていてその上賃金まで支払われる。村での生活にはもう戻れません」


 クラウスは同じく書類仕事を任されているおばさんたちとそれはもう楽しそうに経理の勉強をしている。そういえば熟女好きだった。




 そんなある日、ござる兄さんが唐突に言った。


「困ったことになったでござる。拙者の両親が……来る」

「両親って、公爵様ご夫妻ってこと?」

「そうでござる。娘に会いたいとは以前から言っていたが……」


 ござる兄さんの話では公爵であるご両親とは話を付けていて、この温泉街には一切の関与や詮索をしないと約束していたはずだった。その約束には公爵だけでなく国も含まれていて、トワール王国の王様であっても温泉街の復興には手出ししない約束を取り付けたと聞いていた。


「ここまで来るのか? アマーリエに会うなら別荘でいいのに。わざわざ温泉街に何しに来るんだ?」

「ただの観光客として宿泊するつもりのようでござる」

「観光客ならいいんじゃないか? 従業員の練習台になってもいいならだけど」


 温泉街ではまだ正式に宿泊客を受け入れていない。宿で働く従業員の教育は進めているけれど、元は畑を耕していた人が多いのもあって実践はもう少し先になりそうだった。温泉宿の中の案内や売店商品の販売などについても調整が必要だし、身内が練習台になってくれるのなら心強い。


「カナタは能天気でござるな。拙者の両親は貴族だ。特技は腹の探り合いと揚げ足取りで、人の粗探しが趣味でござる」


 貴族というならござる兄さんも弟のベネディクトも妹のアマーリエもじゃないか。彼らこそ能天気で、こちらの警戒心とかを粉々に砕いてくる。だからその両親の事も同じような性格だと思ったけど、ござる兄さんによると一筋縄ではいかない人達のようだ。


 ござる兄さんによると今でも少額ではあるけれどご両親から援助を受けているせいもあって断れないという。


「拙者の両親はカナタが案内してやってくれ。成功を祈るでござる!」

「えっ、守ってくれるんじゃ……? それに俺が表に出たらまずいんじゃ?」

「影武者をたててそちらを庇うように動く方が、下手に隠すよりも良いのでござる。それに施設については今の所カナタが一番詳しい」

「って言ってもなぁ、公爵様の案内かあ……」


 俺の影武者には盲目の美少女が選ばれたようだった。彼女を選んだ理由は教えてもらっていないけれど、今はその美少女が暮らす露天風呂付客室を見張り役の元村人たちが厳重に守っている。俺としては自由が手に入るのならば誰が影武者になろうが構わない。


 貴族に対する礼儀作法とか知らないからとやんわり断ろうとしても、元村人が案内すると伝えておくから心配いらないと返される。ござる兄さんが顔を合わせたくないような人なら俺も関わりたくないんだけどなあ。


「ということで、拙者は逃げるでござる。これにてドロン!」


 ござる兄さんは煙幕と共に消えてしまった。違うこれ煙幕じゃない、売店のアイスコーナーにあったドライアイスだ。




「で、なんでアタシが付き添わなきゃいけないのよ?」

「頼むよビアンカ。俺一人じゃ心細くてさ……それに公爵夫人も来るらしいから、男だけだと不都合が出るだろ?」


 公爵夫妻の案内役の相方にビアンカを選んだ。公爵夫妻からしたら娘のアマーリエのほうが良いかもしれないけど、俺がいるところではまだちゃんと喋れないから仕方がない。それにアマーリエこそ表に出すべきではないし、他の女の人が相方だと俺がどもる。


「嫌って言ってももう決めたんでしょ?」

「実はそうだ。ビアンカなら所作も綺麗だし、可愛いし、貴族の案内役にぴったりだと思ったんだ」

「かっ、かわい……?! ふ、ふんっ、今回だけだからねっ!」


 ビアンカは顔を赤くしながらプイッと横を向いてしまった。扱い方を覚えてきた。


 あのあとござる兄さんを探し出して問い詰めたところ、ご両親は建前上は観光だと言っているけれど、自分たちが手を出せそうな箇所がないかを探りに来るつもりのはずだという。


 俺の役目はそれをかわしつつ、支援金をさらに引きずり出すという難易度の高いものだった。無理じゃないかな。


 でももう決まってしまったので仕方なく案内役をすることにする。こうなったら温泉宿を隅々まで案内して心の底から楽しんでもらって、思わずお金を払いたくなってしまうように仕向けよう。手出しするとしても元村人設定の俺に直接は言ってこないだろうし、交渉役はござる兄さんの役目だ。


「飛んで火にいる夏の虫、ってか……」


 いつかござる兄さんがデンブルク王国の悪人に対して使っていた言葉を思わずつぶやいた。


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