第51話 討伐作戦

 討伐隊が来てから、想像通り村の生活は一変した。村で暮らす人数は元々44人と俺たち4人を合わせて合計48人だったのに、討伐隊はその人数を大幅に超えていたのだ。


 内訳は大きく分けてふたつ。まず、貴族の子息とそのお付きの者を合わせて40名ほど。貴族のお坊ちゃまには護衛や身の回りの世話をする人が必ず付いてくるらしい。村人たちには作戦の数日前に知らされたが、偉い身分の人達には前々から通達が出ていたらしく、忙しいはずの貴族のお坊ちゃまがわざわざ予定を合わせて辺鄙な村へ来てくださったそうだ。


 貴族のお坊ちゃまについては噂とはいえ事情を聞かされているので複雑だ。以前レーメンの町へ行ったときに人が多いと思ったのは、この人たちが集結しつつあったからなのかもしれない。


 次に冒険者たち20名ほど。こちらは様々な思惑があるようで、どうみても新人な人からベテランぽい人までが入り乱れている。新人は単純に経験を積むために参加したのだろう。ベテランぽい人は貴族のお付きの人と会話を交わしているのをちらほら見ることから、護衛や用心棒的な役割で雇われたのかもしれない。


 このエゴンさんの村には宿屋がないから、貴族たちは村人の家から家主を追い出して宿屋代わりにしている。冒険者たちはそこまでの権限はないらしく、村の中心の村長の家付近にテントのようなものを設置していた。寒さが防げそうになくて可哀そうにも思ったけれど、露天風呂付客室に呼び入れてやることは出来ない。どこから情報が洩れるかわからないし。


「おい、そこの村人! 水が足りんぞ!」

「食事の支度はまだか?! 先に毒見をするから早めに作れと言っておいただろう?!」

「家が狭すぎる! 荷物の中に天幕があるから中央の家に隣接して設置するように! おいそこの冒険者も手伝え!」


 村人たちがこき使われるのは予想していた。貴族のお付きの人は態度はでかいけれど、指示を出してくれるので思ったよりもやりやすい。職場によくいる見て察しろとかいうタイプの人でなくて良かった。



 馬に乗ってきた貴族もいたけれど、この村には馬小屋なんてない。どうするのかと見ていたら、しれっと畑に解き放った。馬は鼻先で雪と土を掘り返して下にある農作物を貪っている。糞尿は垂れ流しだ。肥料になるのかもしれないけど、糞をそのまま撒いても効果が出るのかは知らない。以前に同じ作戦に利用されたどこかの村が農作物に被害を受けたと聞いたが、まさかこの事か。


「村長、あれあのままでいいんですか?」

「いいわけねえだろ! ああもう、せっかく育てた作物が。あいつらが帰ったらすぐ整備しねえとな……」

「どこかの町に預けてくるとか」

「カナタが馬に乗れるってぇなら任せるぜ。乗れるんか?」


 乗れるわけがない。口から飛び出た言葉が全部自分に返って来てしまうので、藪を突くのはもうやめておこう。




 大型魔獣討伐大作戦の初日は昼頃からスタートした。貴族の子息たちが寝坊をしたのか、それとも元から起床が遅いのかもしれない。とにかく集合するのが遅かった。


「村を拠点にして森の中に入っていくのかと思ってたけど……」

「この村でやろうとしてるの?! あの人達バカじゃないの?!」

『見るからに馬鹿息子って感じの人達でしたもんねぇ』


 村人たちが領主から命じられているのは、作戦中の衣食住のお世話だけだった。戦う必要はない。むしろ手を出すと利益配分がややこしくなるから隅でじっとしていろと言われている。なのでかなり後方から討伐隊の動きを覗き見ていた。


 貴族の子息たちはそれぞれが立派な盾と鎧を身に着け、手には重そうな金属の剣を持っている。子息のお付きの人達も同じように鎧を身に着けて立派な剣を持ち構えている。そんな彼らは村の南側に造られた堀の淵に横に列を作って並び、対岸を見つめていた。南側には通行用にと一部の塀を除去してある。その塀のない場所を埋めるように彼らが立っていた。


 対岸の森の中では冒険者たちが何かをせっせと撒いている。


「何を撒いてる? 紫色してるんだけど」

「遠いのではっきりは分かりませんが、おそらく魔獣の血肉でしょう。餌でおびき出すのでしょうか?」

「キャタピラーとかホーンラビットだと思うぜ。オレ昨日箱の中見たもん!」

『私も見ましたぁ! 今朝切り刻んだっぽいですよ!』


 クラウスとルイスの解説によると、魔獣は共食いもするらしい。確かに熊が毛虫を食べているのを見たことがある。比較的人間にも倒しやすい毛虫やウサギなどを細切れにして、餌として地面に撒いているらしかった。そんなことで魔獣が寄って来るんだろうか。しかも南に撒いているから南からしか来ないと考えているのか、横と後ろがガラ空きだ。


「あんなので来るか? それだったらこの村で魔獣の解体をしてる時とかに来てるはずだけど」

「魔獣が好みそうな何かを混ぜているんでしょうか?」

「何で村の近くでするのかしら?! もっと遠くに行けばいいのに! 頭が悪いのね!」


 油断だらけの貴族の子息は笑みを浮かべながら貴族同士で雑談をしている。今回はなんちゃらという魔獣を目当てに来ただとか、かんちゃらという魔獣はこの辺りに出るのだろうかとか、遠足に来たような雰囲気で楽しげだった。まだ倒してもいないのに、未来の自分の功績を自慢したいのか、それぞれの声が大きくて離れていても聞き取れてしまう。


「外堀があれば絶対安全と思ってない? 堀は結界じゃないんだけど」

「明るいし頭のいい魔獣は落とし穴に気づくんじゃねえか? 落ちるのはビアンカくらいだ……ぐはっ」

「そもそも武器で致命傷を与えなければならないのですが。あの剣は槍よりもずいぶんと短く見えますが、果たして堀の上から届くのでしょうか?」


 俺たちの心配をよそに、貴族の子息たちはお互いを牽制しながらも楽しそうに会話している。まだ何も始まってないのに、不安しか感じない。


 そんな彼らをしばらく眺めていると、森の中へ偵察へ出ていた斥候役の冒険者が叫びながら戻って来た。


「来ました! おそらくブラッディベア、大型のものが四体! すぐ到着します!」


 目を凝らして見てみたが、木々が邪魔をして何も見えない。しかし前列の冒険者たちからは野太い悲鳴が上がり、血相を変えた冒険者たちが外堀の間に橋のように残してある道を全力で走って村の内部に戻ってくる。


「こっち戻って来たけど?! 向こう側で戦うんじゃないのか?!」

「あの冒険者たち戦えないの?! 何しに来たの?! 新人なの?!」

「オレ聞いたぜ! 冒険者が囮になって魔獣を外堀に落として、お付きの人が上から刺して弱らせて、貴族がとどめをさすって言ってた!」

「なにその三段活用!」


 ルイスの情報を聞きつつ向こう岸を見やると、地響きのような足音と共に大きな熊数匹が姿を見せた。遠くから見ただけでもかなり大きい。以前遭遇したブラッディベアと同じくらいに見える。それが四匹もいるらしい。


 護衛として貴族に雇われた冒険者たちは討伐に慣れているのかと思っていたが、彼らは役割を放棄して村の内側へと逃げ帰って来てしまっている。新人ぽかった人なら分かるけれど、ベテランぽい人もいたのにどういうことなんだ。


「あいつら、笑ってやがるぜ」


 しかし貴族たちは対照的に嬉しそうに談笑しながら魔獣の大きさを讃えていた。自分たちがとどめを刺せると信じて疑わないらしい。


 撒かれた餌の匂いに惹かれて全力疾走していたブラッディベアたちは、目前に新たな人間エサを見つけるとそちらへと標的を変えた様だった。そりゃあ誰だって地面に撒かれた細切れの肉よりも、とびきり新鮮な塊肉を選ぶだろう。魔獣からしたら人間は美味しいのだろうか。考えたら怖いからやめとこう。


 堀の内側にいる人間たちへ向かって走るブラッディベア達は、三体は勢いが良すぎて次々に堀の下へと落ち、一体は器用に橋のように残してある道をたどって村の内側へ入り込もうとしていた。


「ここはお任せください!」


 村の内側へと渡って来たブラッディベアに一番近かったお付きの人が、勇敢にも剣を構えながら前に出てブラッディベアに斬りかかろうとしていた。しかしその剣を振り下ろす前にブラッディベアの左前足が動き、声もなく土堀の下へと落ちていく。赤い液体が辺りに飛び散るのが見えた。


「ひいっ! 来るなっ!」


 それまで守られていた貴族の子息は、情けない悲鳴を上げながら尻もちをつき動けなくなっている。


 そんな子息を庇うようにまた別の貴族のお付きの人が前に出て戦おうとした。お付きの人は何とか剣を振り下ろすことが出来たが空振り、ブラッディベアはお付きの人の腹に噛みついた。そのまま腹を引き裂く。聞いたことのない種類の悲鳴が辺りに響き渡った。


 守られていた子息たちは、その悲鳴を聞いたことでようやく恐怖を感じ出したようだ。ある者は腰を抜かしてその場に座り込み、あるものは武器を投げ出して村の北側へと走り出す。阿鼻叫喚といえる光景が一瞬で広がった。


『逃げ足は速いんですね……』


 ブラッディベアは村の内部へと侵入し暴れまわっている。護衛役のはずの冒険者たちはどこかの家に隠れているようだ。木造の家に隠れてもどうにもならない気がするが。


「もう終わり?! みんな逃げたし! あの熊たちどうすんの?! サウナで潰す?!」

「ここも危ないんじゃない?! アタシたち安全なほうの家に入ってるわ!」

『大仰な計画な割にあっけなかったですねえ』

「貴族に見られちまうから潰さんでもいい! ペーター行けるか?!」


 村長のエゴンさんの呼びかけに、武器を持って控えていたペーターや戦える村人たちが返事をする。村長の頼むという言葉を合図に、ペーター達が飛び出していった。


 今あの貴族たちの中に戦えるものは一人もいない。お付きの人達も完全に委縮してしまっていた。そしてブラッディベアは人や建物を壊しながら移動している。村人たちは邪魔にならないようにしていろと言われていたが、見ていられなかったのだろう。


 外堀の上から魔獣を倒すのならリーチのある槍が効率的なのだろうが、平地で近接戦をするのなら貴族たちの放り出した剣のほうが強いのだろう。槍を持って飛び出したはずのペーター達は途中で拾った剣に持ち替えていた。


 ブラッディベアがその太い腕を振り回してペーターの腹を切り裂こうとする。ペーターは地を蹴り後ろに飛ぶことでその一撃を免れた。タイミングを合わせるように村人A が剣を振り下ろし、ブラッディベアが伸ばしていた腕がボトリと地面に落ちる。ワンテンポ遅れて紫色の液体も地面へと散った。貴族の持っていた剣の切れ味を目の当たりにして、振り下ろした張本人の村人A が一瞬固まる。


 自分の腕が切り落とされたと気づいたブラッディベアは、残った方の腕で村人Aの首を掻き切ろうとした。ブラッディベアの後方に回り込んでいた村人Bがこれを防ごうと大剣を振り下ろす。こちらの貴族の大剣は切れ味がそれほどでもなく、ブラッディベアの肩で刃が止まってしまった。


 しかしそれでも十分な牽制になったようで、ブラッディベアが振りかぶった腕の方向が変わり宙を斬る。その一瞬の隙を見逃さず、ペーターが全体重を込めて剣をブラッディベアの首元へと突き立てた。遠目からでも明らかな致命傷に見える。ペーターは剣を槍のように扱っていた。そういえばペーターは槍が得意なんだった。ペーターに押されるように横倒しに倒れたブラッディベアの喉や心臓へ、村人ABは念入りに剣を刺し込んでいる。


「えっ……強くない?」

「そうだ、ペーター達は強いぞ。町に行く時に見てただろう?」

「あの時はウサギとかだったから……」


 時間にして五分も経っていない。数で勝っているとはいえ、早すぎだと思う。出会った頃はウサギ一匹倒すのもタイミングを見ながらだった気がするが、明らかに強くなっている。この世界にはレベルの概念がないみたいだけど、あれば絶対に上がってると思う。


 ペーター達は座り込んでいる貴族たちを飛び越えて堀の下を覗き込み、武器を槍に持ち替える。堀の深さは二メートルほどでさらに塀も作ってあるので、外堀の下にいるブラッディベア達はまだ登ってこれていない。堀の上からの攻撃はペーター達にとって慣れたもので、作業のように急所を突いて終了となった。



 ブラッディベアを退治している間に鹿やウサギが餌の匂いに釣られて寄ってきていたが、だいたいが外堀の下に落ちてしまっていたのでこちらも他の村人たちが難なく処理する。



「あれ? なんか変な気配が……また来てない?!」

「来てる来てる! クラウス、アレ何て魔獣?!」

「狼……ハンターウルフでしょうか? 動きが早すぎて識別できませんね」


 村人たちが外堀の底から魔獣の引き揚げ作業をしていると、また森の中から魔獣が飛び出てきた。


 クラウスがハンターウルフと言った動物は、灰色の混じった黒い毛並みで物凄い速さで村へと向かってきている。つがいなのか二匹で並走していた。ハンターウルフの姿を認めた村人たちは素早い動きで一目散に村の内部へと戻ってくる。


 地面に落ちている餌から人間へと標的を変えたハンターウルフは、物凄い速さで駆け抜けてきたそのままのスピードで堀の淵を蹴り、外堀を難なく乗り越えた。そのままするりと村の内側へと侵入してくる。


「すごい速いけど倒せる?! サウナ出そうか?!」

「いや、目の良い奴がいるから心配いらん! あいつらは速いだけで軽いからな!」


 村長の言葉によれば、ハンターウルフはその速さで背後からの奇襲を得意とする魔獣のようだった。こちらが先に見つけてしまえば、大した脅威にはならないという。それはペーターはじめ戦闘のできる村人限定の話だとは思うけれど。


 ベテラン冒険者たちが尻尾を撒いて逃げ出しているというのに、問題なく魔獣を倒せているペーター達はなんなんだ。格が違う。


 二匹いたハンターウルフは、村長の言葉通りペーター達に難なく仕留められた。しかしハンターウルフを倒した後も、次から次へと小さな魔獣が村へと寄って来る。


「外に撒いた餌を回収しないと、いつまでも終わらなくないですか?」

「きりがないですね。何を混ぜ込んでいるんでしょうか。回収してレーメンの町のたぬき親父の家の前に撒いてやりましょうか」

貴族あいつら帰ってこんし、もういいだろ! 撤収だ!」

 

 村長判断で、村の外側に撒かれた餌を回収する。地面に大雑把にバラ撒かれていたので思ったより時間がかかってしまったが、夕方には森は元の静けさへと戻った。



「貴族の人達戻ってきませんけど、今日はこれで終わりでしょうか?」


 腰を抜かしていたはずの貴族やお付きの人達は、片づけをしている間にいなくなっていた。冒険者たちは居心地が悪そうに村の中央に固まって震えている。村長宅の裏に積み上げられる魔獣に視線が向いているので、この素材が欲しいのかもしれない。


 その夜遅くに、貴族の子息たちとお付きの人達はこっそり村へ戻って来たようだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る