第52話 性懲りもなく
「あのまま逃げ帰ると思ったのになあ」
「手ぶらでは帰れないのでしょう。あの様子ですと出発前に散々宣伝してから来ているでしょうし」
「ホントはペーター達が倒したのにな?!」
クラウスとルイスと一緒になって、貴族の子息たちの様子を盗み見る。ティモとビアンカとアマーリエは昨日の惨状が衝撃的だったようで、見なくていいなら見たくないと言って家に籠ってしまった。
昨夜遅くに戻って来た貴族たちは、何事もなかったかのように村人の住居に戻り一夜を明かした。怪我をしていたお付きの人達がどうなったのかは知らない。村長のエゴンさんたちが夕方から夜にかけて捌いた魔獣の素材や肉は、当然のように自分たちの荷物に加えている。おそらく領主に提出するのだろう。貴族の剣で倒したのだからそれは貴族の功績だとかなんとか言っていた。
領主もこんなに回りくどい方法をとらずに、村で倒した魔獣を全て献上するようにとか命令すればいいと思うが、それをしないのは何か理由があるのだろうか。
「今日は少し作戦を変えるみたいだな」
「変えるのは場所だけじゃないか? ほら、餌撒く場所変えてるだけじゃん」
『森の中に入って倒せば村にも被害が出ないのに、汚れるのが嫌なんですかねえ?』
ブラッディベアは体が大きいものだったので一匹でも武勲になるだろうと思ったが、貴族たちにはまだ足りないらしい。貴族の子息たちは十人以上いるのでブラッディベア四匹とハンターウルフ二匹とその他小物では数が合わないのはまあ分かる。
今日は何か策があるのか、昨日失敗したというのに全く同じ方法をとろうとしていた。
「あっ、道塞いでる! 冒険者たちはどうやってこっち側に帰って来るんだ?」
「帰らせないつもりでは? 何せ貴族と平民ですし」
お付きの人達が木箱などを積み上げて、昨日ブラッディベアが渡ってきてしまった道を通れないように塞いでいる。そしてせっかく積み上げた塀に穴を開けて、人が覗いたりくぐったりできるように工夫しているようだった。心を込めて固めた塀が、穴ぼこだらけになっていく。
準備が終わるとようやく作戦が実行される。堀の外側に餌を撒いた冒険者たちは、撒き終わったら木の上に登り始めた。戦うつもりはないらしい。
今日は魔獣が歩いて渡れる道がないので、またもや余裕そうに踏ん反りがえっている貴族の子息たち。
結果、昨日と同じだった。道を塞ごうが、人が簡単に持ち上げられる木箱など魔獣の体当たりで簡単に壊れる。そこから魔獣が侵入し、お付きの人が立ち向かうが敗れ、それを見てワンテンポ遅れてから貴族たちが逃げまどう。
村長のエゴンさんが合図を出してからペーター達が飛び出していき、大型魔獣を数人がかりで仕留めた。
「これいつまで続けるんだ? 森の大型魔獣を大量に駆逐してもらえるってのは嘘?」
「この様子では延々続くでしょうね。せめて一日一人一体倒して貰えれば、十日で百匹にはなるのですが」
「森の中に百匹もいんの?! それが順番守って出てくるわけないじゃん!」
同じことを何日も続ければ、倒した大型魔獣も貴族一人につき数匹が割り当てられるようになってくる。貴族子息たちは逃げまどっているだけなのだが、村人が数人がかりで倒した魔獣を当然のように自分たちの手柄にしていた。ペーターと戦闘村人のレベルだけが上がっていく。これを実績にしてしまうと、本番では碌に戦う間もなくやられてしまうんゃないだろうか。
同じような出来事が数日続き、そろそろ満足して帰ってくれるかなと思っている頃、それは森の中から姿を見せた。
「モンゴリアン・デス・ワーム?!」
「あれ見た事あるぞ! カナタが潰した奴だろ?! オレらのイモ食おうとしてた!」
「たしかあの魔獣は皮が硬く武器が刺さらないと村長が言っていました。果たして貴族たちに倒せるのでしょうか?」
「どう考えても倒せるわけないだろ! それ皮肉かクラウス?」
見たことのあるうねうねとした巨大ミミズのような物体が、村に向かって這って来ている。大きさは以前よりも小さく見えるが、それでも人を丸呑みできそうな大きな体をしていた。胴体を引き摺るように進むデスワームを見た貴族たちは今日までの失態も忘れて歓声をあげている。ちょっとしたレアモンスターの扱いのようだった。
デスワームは外堀に近づくと、こちらの狙い通り堀の下へとボトリと落ちる。堀へ落ちてしまえばこちらのものと、貴族のお付きの人達が剣で突き始めるが、村長から聞いていた通り剣は皮膚を軽く傷つけるだけで身には達していないようだった。体長が10mほどもあるので、体を起こせば簡単に堀から出られるはずだけど大丈夫なんだろうか。
お付きの人達が剣で突きまわしているというのに、しばらくするとデスワームは平然と堀を登り始めた。レアモンスターはやはり防御力が高い。垂直に掘られた堀の横壁に吸い付くようにして登り、塀を乗り越えて村へ侵入しようとしてくる。
「入ってきちゃったけど?!」
「あれはペーターでも厳しい気がしますね。カナタの不思議な液体を使うにしても量が足りそうにないですし、どうしましょうか?」
「混ぜるな危険も、そろそろなくなりそうだからなあ」
村へと難なく侵入し、鎌首をもたげるデスワーム。それを見た貴族たちはつい先刻までの嬉しそうな表情を投げ捨てて、いつものように腰を抜かしたり逃げまどったりだった。状況判断が早い。いや、この場合は遅いのだろうか。
しかしデスワームの狙いは人間ではないようで、人を無視して村の中をずるずると体を引きずりながら移動する。しばらく村の中を蹂躙していたが、やがて貴族たちの食料が保管されている場所へと一直線に向かい出した。
「前も炊き出し目当てに来てたんだった! あいつ意外にグルメだな!」
今回は自分の食料ではないので、デスワームの動きを遠目からじっくり観察する。顔の部分にぽっかりと大きな穴が開いていて、目や鼻はないようにみえるのだが、着実に人間の食料に狙いを定めて移動しているようだった。
貴族たちがまた使い物にならなくなってしまったので、ペーターや戦闘村人が飛び出して槍で突付き始めた。だが表皮が硬いようでダメージを与えることが出来ていない。食料は村の中央の村長の家近くに纏めてあり、南側から侵入したデスワームは村の家を壊しながら真っ直ぐにそれ目掛けて進んでいる。
「うちの家が潰される! もう見てられん! カナタ、あいつ潰してやってくれ!」
「えっ、人いっぱいいるけどスキル使っちゃっていいんですか?」
「ペーター達は避難させる!
たぶんという村長の言葉には不安が残ったが、お許しが出たのでスキルを使う事にする。俺がタブレットを操作する姿さえ見られなければ、もしも建物が突然現れるのを見られたとしても誰が出したのか分からないだろう。そして言われた通りすぐ消そう。
露天風呂付客室へ戻ってタブレットを引き寄せると、ビアンカとアマーリエが心配そうに寄って来た。ティモは外の謙遜が気にならないのか、柔らかいベッドで昼寝をしている。
「そんな顔してどうしたの? 魔獣倒すの手こずってるの?」
「ビアンカは心配してくれてるのか?」
「そっ、そんなことあるわけないじゃない! 聞いてみただけよ! それより一人で何しに帰って来たのよっ?!」
ビアンカは顔を赤くしてふいと横を向いたが、すぐに真剣な顔をしてタブレットを覗き込んでくる。アマーリエも無言ではあったが心配そうな表情をして近づいて来た。今日はテレビ画面に大写しにせずに、タブレットで操作しよう。近くには美女しかいないし、これこそ両手に花だ。
二人にも見えるようにマップ画面を表示すると、村の中央に赤丸、それを囲うように青丸がうごめいていた。
「この赤丸が魔獣だ。今来てるヤツは物理攻撃が通りにくいらしいから、スキルで潰していいって言われたんだよ。前も大型魔獣はサウナで潰したんだ」
「へえ。そんな使い方もできるのね。建物は選べるの?」
「選べるけど、今は急いでるから塩サウナかな。出した建物すぐ消せって言われてるし」
設置した後も残していいのなら、ここぞとばかりに和風の客室を出してやったのに。でも怒られたくないから、村長の指示通りにすぐ消しても懐の痛まない塩サウナを出すことにした。室内の塩の回収くらいはさせてほしい。
マップを眺めていると青丸が赤丸から距離をとるように離れた。村長が呼びかけてくれたのだろう。
「確認ヨシ! タブレットさん、マップ中央の赤丸の上に、いつもの塩サウナを設置してください!」
【小型塩サウナ・温度調節機能有(保護付き)の設置が完了しました】
所持金 0円 2,590,500リブル 【100,000リブルが使用されました】
タブレットに向かって指示すると、画面中央に文字が表示される。そしてすぐにマップ上に塩サウナらしき四角い建物が表示され、それまで表示されていた赤い丸は消えた。
ビアンカとアマーリエが、声で伝えるだけでいいのかと驚いている。この露天風呂付客室を出した時もそばにいたはずなのに、あの時は何をしているのかよく分からなかったらしい。言われてみれば説明らしい説明をしていない。
魔獣がどうなったのか一応確認しようと思い外まで様子を見に行くと、いつも通り村の中央に木造の建物が出来上がっていた。俺の思惑が通じたのか、さっそくペーターやルイスが中から塩を運び出している。手伝おうと思い近づこうとすると村長に追い払われてしまった。
「でも他の村人に塩を見られるわけには……」
「今さらだな! もうみんな知ってるぞ!」
「カナタが何かを町に売りに行ってることくらい、村人たちは知っていますよ。それよりも家に戻っていてください。貴族に姿を見られたら面倒な事になりそうです」
あとからクラウスに話を聞くと、町に付いて行く時に怪しい動きをしているので村人たちには最初からバレバレだったらしい。売っているものが塩だという事は知られてなかったそうだが、何かをスキルで出して売ってるんだろうと簡単に予想されてたそうだ。
塩を売っている事はバレてしまったが、今の村人たちで他人から物を奪ってまで儲けようと考える人はいない。奪ったところで海のない村に住む村人が持ち込む塩なんて盗品だと思われて通報されるだろうとのことだった。それに俺がへそを曲げでもしたら足湯を消されてしまうと思っていたとか。村人たちは足湯の虜だった。今は檜風呂とビュッフェの虜だ。
露天風呂付客室へと戻ると、ビアンカから質問を受ける。アマーリエはティモと一緒に昼寝に入ったようだった。意外に図太い性格だな……でもそれすら可愛い。
「ねえ、さっきの建物に塩が入ってるの? 商店で売ったのはそれなの? お金がかかるって言ってたのはどれくらいなの?」
「えっと、見たほうが早いかな」
タブレットを持ち、塩サウナの詳細を表示する。ビアンカがのぞき込むその画面には見慣れた塩サウナの内部が映っていた。六畳ほどの板張りの部屋の中央に、塩がてんこ盛りに設置されている。
「これは値段は10万リブルだから……銀貨で言えば10枚なんだけど」
「銀貨10枚さえ出せばこんなにも良質な塩が手に入るのね? ここから塩を持ちだして商店に売ってたのね。でもお風呂なのよね? 塩が関係あるのかしら?」
ビアンカはやはり塩サウナの事を知らなかったので、ルイスにした説明と同じ説明を聞かせた。塩を体に塗り込んで汗をかけば肌がすべすべになる事や、ダイエット効果がある事を伝えると目の色を変えていた。ビアンカは碧眼のはずなのに紅く見えるほどだった。ダイエットについても聞かれたけれど、ビアンカはやっと体に肉がついて来たのだからそれ以上痩せなくていいと思う。
マップ画面へと切り替えるとサウナの内部から青い丸が消えているので、塩を運び出し終えたのだろう。口頭でタブレットに塩サウナの削除をお願いすると、マップに表示されていた四角が消えて灰色の丸が残った。
【小型塩サウナ・温度調節機能有(保護付き)を削除しました】
「なるほど。金さえ出せば建物を瞬時に建設できて、あの料理がついてくるってこと?」
「そうだよ……って、え!? だれ?!」
女性にしては低い声が耳元で聞こえたので驚いて振り返ると、俺の顔のすぐ横に整った顔があった。菫色の瞳が爛々と輝いてタブレットを凝視している。
「ベネディクト?! いつからいた?!」
隣国の実家に帰ったはずのアマーリエの弟が、なぜか同じ家の中で不敵に微笑んでいた。
所持金 0円 2,590,500リブル (手持ち 0リブル)
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