第50話 ビュッフェ
【小型足湯・屋根有半円・机有り(保護付き)を削除しますか? ※返金不可】
【中型足湯・屋根有八角・足裏ツボ押し有り(保護付き)を削除しますか? ※返金不可】
「はい、消してください。それで同じ場所にこの和風な露天風呂付客室を設置してください。あっ、もし希望が通るなら外観はボロい感じでお願いします! でも内装はそのままで!」
所持金 0円 2,690,500リブル 【2,100,000リブルが使用されました】
【露天風呂付客室・外湯一据え 団体用大広間・松(和室) 大人十名・ビュッフェあり(保護付き)を設置しました】
「に、にひゃくまんえん……きつ……」
『あれぇ? 湯浅先輩、ビュッフェって書いてますよ! これ和室なのに和食じゃないのかも?!』
「どれかったの?!」
佐久間から指摘されて画面を見ると、確かにビュッフェと書いてある。選んだ客室は、みんなで見ていた候補の中のふたつめの、一室十名まで入れる和室が三部屋ついた客室のはずだ。和室だから懐石料理が付くのだと思い込んでいたが、どうやら違ったようだ。
「選んだのは間違えてないはずだけどなあ。十人前のお膳を用意するのは手間がかかるからこうなってるのか?」
どのような形態で食事が提供されるのかは分からないが、欧風の客室と同じように箱の中に料理が入っているのだとしたら、テーブルに並べるだけでも一苦労だ。でも一人前がきっちり決まっているものより、少々多めに提供されるであろうビュッフェのほうが今は都合が良いような気もした。
「カナタ! 見てきたけどボロい家出来てた! 早く入ろう! どうせ先に入ったら怒るんだろ?!」
「いこういこう!」
「ねえ、そこでも食事が出るのよね? ここの家よりも豪華なのかしら? しゃんぷーは、化粧水はどんなのがあるのかしら?!」
「おや食事とはどういう意味ですかカナタ? この家にワインが置いてあるのは知っていますが、もしや食事も出るのでしょうか? 私達は聞いたことも頂いたことがないような気がするのですが?」
浴槽設置するとすぐに外野がうるさくなってきたので、さっそく実物に見に行くことにする。ティモを抱えながら美女を引き連れてかつて足湯があった場所に向かうと、そこには大きなオンボロの建物が建っていた。
平屋タイプなので横に大きく見えるが、木造でかなり年季が入っていて今にも崩れそうだ。高さはないのでそれほど目立っていない、はず。もしも貴族たちに見つかったとしても、いつ倒壊するか分からない程の痛みっぷりを見せているこの建物であれば欲しがられないだろう。そんな建物だった。
「タブレットさんが願いを叶えてくれたんだ! もしかして中も廃墟みたいになってんのかなあ?」
『湯浅先輩、中の様子を見てきました! うん、すごく……普通です』
喋り続けるクラウスやルイス達を引き連れながら玄関の扉を開ける。扉を開けた瞬間、懐かしい畳の香りが鼻腔を刺激した。実家の一階にあった和室を思い出す。
広めの玄関で皆に靴を脱いでもらい、裸足で部屋の内部へと踏み込む。ティモを下ろしてやると嬉しそうに室内の襖をスパンと開けて部屋の中へと消えていってしまった。襖や障子があるのだとしたらティモには言い聞かせておかないと、遊んでボロボロにされるかもしれない。いや、汚れは一晩で落ちるのだから直るのか?
ティモの開け放った襖をくぐって室内に入ると、足の裏が畳に触れる。ビアンカ達が広い畳の部屋を見て驚くかと不安があったが、そういえば家族風呂の椅子が畳だった。畳風椅子を何度も見ているせいか、誰も足元についてはノーコメントだ。
室内は画像で見た通り畳の部屋が三部屋繋がっている。畳や襖は真新しく清潔感はあるが、高級旅館というよりも庶民向けの一般的な旅館といった雰囲気だ。高校の小規模な部活の合宿とかで使われてそう。佐久間の感想の「普通」という言葉がしっくりくる。
手前の部屋には十人が食事できる大きな低いテーブルと座椅子があり、中央の部屋からは露天風呂のある庭園へ出られるようだった。一番奥の部屋には掛け軸や壺が並べて飾ってある。飾り方が上品ではあるのだが、やはり団体様向けの部屋だからか最高品質とはいかないようで、壺を持ち出して売ったとしてもそれほど値がつきそうにない気がした。いや、備品はそもそも持ち出せないんだったな。
「さっきの家とはまた違うのね? なんというか、変わった装飾ね? よく分からない物もあるけど、もう深く考えない事にするわ」
「まんじゅうなかった」
クラウスによるとこちらの方が村の家々に近い雰囲気だという事だが、アマーリエとビアンカには少し不評なようだ。女性はやはり色鮮やかな家具やオシャレな小物がある部屋のほうがいいのだろう。ティモもおもてなしサービスがなくて不満そうだ。でもこれ選んだの俺じゃなくてみんなだし。
「ティモ、入り口にお茶があったと思うぞ」
「ティモたべものがいい」
『緑茶ですね、煎茶ですよね。私は懐かしいですけれど、この世界の人の口に合いますかねえ?』
「お茶ですって?! また違う種類の紅茶かしら?!」
ビアンカの鼻息が荒くなってきたので茶葉の入った筒を渡してやると、蓋を開けて匂いを嗅いでから静かにまた蓋をした。顔から表情が消えている。お気に召さなかったのかもしれない。煎茶美味しいのに。ティモはビアンカの表情を見て逃げて行った。
煎茶と湯飲みはあるのにおもてなしサービスがないなんて、期待外れもいいところだ。日本人なら宿屋で最初にすることといったらお茶請けの確認だろう。塩昆布くらいはあると思ったのに。
中央の部屋へ移動して庭を眺めてみると、料亭の座敷にある庭といった説明が似合いそうな、趣のある日本庭園が広がっていた。庭の中央には本来あるはずの池の代わりに広めの檜風呂が設置されている。高級そうな檜の浴槽には濁った熱い湯が張ってあり、ほのかに硫黄の匂いがした。檜で出来た湯口からは絶え間なく湯気のあがった湯が飛び出しており、それをティモが楽しそうに見つめている。触ると熱いから注意しようかと思ったけれど、すでに佐久間が伝えてくれていた様だった。佐久間はティモにべったりだな。
室内を改めて見渡して気づいたけれど、ティモが湯口に興味を持ったのは、それ以外に興味を持てる物がなかったからなのかもしれない。団体様の中に子供がいて暴れたとしても被害を受けないようにか、室内の装飾は本当に簡素だった。唯一壊れて困る物があるとすれば壁に掛けられた大型のテレビだろうか。
「に、にひゃくまんえん……檜風呂しかないのに、にひゃくまんえん……」
『最初にグレードが高すぎる家を出した弊害ですね。大は小を兼ねない。ん? 使い方違いました?』
佐久間がまた何やら言っている。確かに二階建ての露天風呂付客室を買う時に張り切りすぎたのかもしれない。あれはビアンカとアマーリエの為に建てたようなものだし、知らずに見栄を張っていたんだ。これからはレベルの低いものから順番に建てるように気を付けよう。
「ねえ、この家には寝室はないの?」
「にひゃく……和室だから布団敷くんだろ。ほら、そこの押し入れ開けたらたぶん布団が入ってる」
奥の部屋の襖を開けると、そこは押入れになっていて布団が詰め込まれていた。十人分の敷布団と掛け布団だから量がすごい。布団を床に敷けばベッドの代わりになると説明すると、ビアンカとアマーリエはすごく引いていた。日本人からしたら畳に布団は常識なのに、この世界ではありえないそうだ。
「床で眠るなんて信じられない!」
「おや、私達はいつも床を使わされていますがその言葉は皮肉でしょうか? 貴女たちが柔らかなベッドで眠っている間、ルイスとペーターは床に転がっているのですよ」
「もしかしてクラウスがずっとソファ使ってるのか? ペーターにも使わせてやれよ……」
「そうね、この家は村民の為に建てたんだから、アタシたちはあのベッドを使えばいいのよね!」
布団を敷き詰めれば、十人分の布団でも二十人くらいなら余裕で寝れるだろうと思う。村人は四十四人いるそうだから半数はあぶれてしまうけれど、村長からの指定の範囲が狭かったのでもう一軒出すことは出来そうにない。あとは村長が調整でもするのだろうと思う。
この客室を購入した目的は、村の人達が不憫に思えて何とかしたいと思ったこと、いつもお世話になってる恩返しのためと、和食を食べるためだった。
「そういえばビュッフェはどこから出るんだろう?」
「びゅっふぇって何?! さっきからオレとクラウスずっと喋ってるのに、カナタ聞こえてなくない?!」
全員で室内を捜索すると、玄関に近い部屋の片隅に襖や障子とはまた違う扉が設置されていた。色は壁と同じ色で高さが1mほどの扉だ。ティモなら屈むことなく通れるかもしれない。その扉を開けると、中は扉と同じ幅で奥行きのあるクローゼットのようになっていて、キャスターのついたキッチンワゴンが入っていた。
「あら、ここではそれが食事なのかしら? 時間もちょうどいいわね」
「ビュッフェって、こういうことか! でもビアンカ、これ村人用だからな」
「わ、わかってるわよ! 見るだけよ!」
「カナタ、ここでこのように食事が用意されるという事は、今まで過ごしていた二階建ての建物からも食事が出るのですか? まだ先ほどの質問に対する返答を頂いていませんがどうなっているのでしょうか」
キッチンワゴンの把手を両手で掴んで引き出すと、ずるずると空間からワゴンが出てくる。どんだけ長いんだと思いながらも全てを引っ張り出せば、一部屋の端から端までの距離分だけ出てきた。空間とか質量とかおかしい気がする。こんな大きなワゴン、どうやって収納されてたんだ。使い終わったら直さなきゃだよな。ワゴンが長すぎて真っ直ぐ押すのが難しい。
キッチンワゴンの上には大皿が所狭しと並んでいて、料理が山盛りに盛られている。予想した通りに、それは食べ放題レストランでよくあるようなラインナップだった。
「懐石料理を食べたかったのに……」
「すごい量ね! 十人分って聞いたはずなのに、多くないかしら?! この家、冴えないと思ってたけどなかなかやるわね!」
『お刺身はなくても、シュウマイとかウインナーとかパスタとか餃子とかありますよ! 和洋中で色々ありますよ! 激安バイキングの店を思い出しますね!』
「すげー! ワインねぇの?!」
料理からはほかほかと湯気が上がっている。ご飯、みそ汁、焼きそば、ピザ、麻婆豆腐、カレー、春巻き、フライドポテト、オムレツ……庶民的な客室だからなのか、ラインナップも庶民的だった。だけどどれを見ても懐かしい。これなら原材料や調理法が分かるし、フレンチみたいにどれをどこまで食べていいか分からんという事もなさそうだ。
料理は十人前のはずなのに、二十人前と聞いても納得できるほどの量が盛られている。十人で温泉付きの貸し切り宿を借りようとするバイタリティー溢れる人達はみんな大食いなんだろうか。食事の量が足りないという文句が出ないように多めに用意されているのかもしれない。
四十四人いる村人の数に対しては少ないかもしれないけれど、いつもの夕食だって用意するんだろうし、栄養面を考えたらこれをプラスしたらちょうどいいかもな。村の人達は村長やペーターみたいに体が大きくて筋肉のある人もいるけど、全体的に痩せ気味だし。パスタやピザで太らせたい。
「せっかくだから村人たちを呼び入れて食事にしようか?」
『湯浅先輩、先にお風呂入らなくていいんですか? 露天風呂付客室なのに結局ゴハンの事しか考えてませんよね?』
「しかしそうすると量が足りませんが? 見たことのない料理が並んでいるので、どれも一口は頂きたいです。今日の所は私達だけで頂いてしまいませんか?」
「クラウスよ、今日俺たちだけで食べたとして明日以降はどうするんだよ。独り占めしただろって村長に怒られるときはクラウスが怒られろよ」
村長のエゴンさんから怒られるのはクラウスも嫌なようだった。渋々といった様子で村人たちを呼びに行き、今夜の夕食から通常の食事にビュッフェが追加されることになった。
ビアンカとアマーリエは胃の容量を考えた結果、ビュッフェには手を付けずにこれまでどおりフレンチに集中するらしい。俺はご飯とみそ汁だけを分けてもらった。二百万リブルは俺のポケットマネーなのに。
懐かしい味噌の味が心に沁みた。
所持金 0円 2,690,500リブル (手持ち 0リブル)
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