第44話 手紙
「あっ、忘れるとこだった。マフレッドさん、他国と連絡をとりたいんですが、どこへ行けばそういった事が出来ますか?」
「他国と連絡ですか。封書でしたらこちらの商業ギルドからもお送りする事は出来ますが……」
アマーリエから託された手紙を、どこからどのようにトワール王国へ送れるかを確認しなければなならなかった。本当はアマーリエとビアンカをあの悪徳商店が探していないかとか、アマーリエに嫁ぎ先からの追手がかかってないかなどを聞き込みしたかったのだが、一枚も二枚も上手のマフレッドさんから情報を聞き出すのはなんとなくヤバイ気がする。
なので今回はとりあえず手紙を送る方法だけでも確認したい。一応手紙は預かっては来たが、すぐにどこかから送れるとは思っていない。その方法や金額だけでも知っておきたかった。
「連絡をとるための手段は多岐に渡ります。実物を人の手で運び込む方法や、使役魔獣を使う方法、または文字限定になりますが遠隔地に同じものを転写する方法などもございます」
マフレッドさんの説明によると連絡方法は主にふたつの手段があり、人や魔獣に物を託す方法とFAXやメールのように転写する方法があるという。
人や魔獣に託すのは比較的安価で多くの物品を送れるが、届くまでに相当な時間がかかることと必ず相手に届くかは保障されないのがデメリットだ。郵便物と同じで、配達途中に何らかの危険に遭遇してしまう可能性がある。他国への直接の配送は大型魔獣が増える以前はよく使われていた手だとか。
もう一方の転写式のものは、高価な魔石を組み込んだ装置を使用して送信し、その送信の際にも高価な魔石を消費するという。素早く確実に届きはするが、相手も同じ装置を持っていなければ使えない事と、紙に書かれた文字に限定される事、一度の送信でかなりの高額になってしまう事がデメリットだ。
どちらもデメリットが大きいが、大金も手に入ったしここはやはりFAX方式の方が無難だろうか。
「この町から転写式で送られるのでしたら、商業ギルドか冒険者ギルドにしか装置は置かれていませんので、そちらからの送信になります。受け取る側も同じです。この国でも大きな街にある貴族様の家でしたらそういったものもあるのでしょうが……」
「個人間でのやり取りは難しいという事ですか?」
「……宛名はお分かりでしょうか?」
アマーリエから預かった封筒をマフレッドさんに渡すのは一瞬躊躇したが、ここまできたら見せてみるしかないだろう。封はされているし、もし中身が見えてしまったとしてもアマーリエも見られる事を前提に内容を書いた可能性が高い。
封筒の表面には”ベアトリクス・ド・ラヴァルへ”とだけ書かれており、住所などは書かれていない。預かった時に確認すればよかった。住所がなければどこにも届かないのではないか。そもそもこの世界に住所とかはあるのだろうか。裏面にはアマーリエの名とサインらしきものが書いてある。
「これは……トワール王国のラヴァル公爵家宛てですか。ユアサ様は公爵家との関わり合いがおありで?」
マフレッドさんは狐のような目をさらに細めて封筒の宛名を眺めている。だが俺の内心は穏やかでない。
公爵家と聞こえたが。なんだそれ貴族じゃないか。公爵家ってあれだろう、王族と血のつながった人とかが名乗る身分とかだろう。アマーリエは王族関係者なのか? そういえば政略結婚でデンブルク王国に来たって言ってたし、よく考えたら中途半端な身分だったら政略に使えもしないだろうし、やんごとなき身分だと安易に予想できるじゃないか。どうして今まで放置していたんだ。この世界のややこしい事には関わりたくなかったのに。
「……俺は預かっただけですので何とも。それよりも、住所とか書かれてないですけど送れそうですか?」
「詮索はやめておきましょうか。ラヴァル公爵家でしたら以前封書をやりとりした事もございますので、こちらのギルドから公爵家へ直接お送りする事は可能です。しかしお送りするのに銀貨30枚がかかることと、公爵家の方が必ずこちらの内容に目を通すかは保障外となることにご了承頂きますが宜しいでしょうか?」
「送っても本人が中身を見ないということですか?」
「身分の高い方々が、見覚えのない差出人からの封書に対してどのような対応を取られるかは……」
マフレッドさんの言いたいことは何となく分かった。貴族の人は知らない人からの手紙は開けることもしないということだろう。だが裏にはアマーリエの名前も書いてあるし、本当にアマーリエが公爵家の関係者であるならそのあたりは大丈夫だろう。
でも銀貨30枚という事は30万リブルという事だ。手紙を一通送るだけで30万……つくづくこの世界の相場が分からない。日本だと海外宛てでも数百円で済むのに。アマーリエが逃げ出してからも家族と連絡を取れなかったのはこの金額が払えなかったせいだろう。
「もうここまで来たら値段と相手の対応は仕方がないですね。銀貨30枚はお支払いしますので、お願いできますか?」
「はい、ではすぐにでも。お支払いは本日の金額より引かせて頂きますね」
こうして、アマーリエから預かった手紙はトワール王国のラヴァル公爵家へと送られることになった。30万リブルもかけたというのに、マフレッドさんは手紙と販売許可証を持ってギルドの奥の部屋へ行ったかと思うと5分も経たずに戻ってくる。FAXのように封筒の中身ごと転写するので、原本は持ち主に返却されるそうだ。本当に送れたのか気になるところではあるが、もう信じるしかないだろう。
所持金 0円 220,500リブル (手持ち 2,070,000リブル)
商業ギルドを出て廃洋館へ向かおうとすると、背後から聞き覚えのある声に呼び止められる。
「お忙しいところを失礼します。以前取引させていただいた者ですが……」
足を止めて振り返ると、見覚えのある女性と見知らぬ男性が佇んでいた。女性の淡いピンク色の髪がふわりと揺れる。出会った場所と服装が違っていたのですぐには分からなかったが、よく見ると前回町に来た時に取引をした悪徳商店の、受付カウンターに座っていた天然系女子だった。中身は天然じゃなかったけれど。
あの時は手を握られてぼーっとしているうちに、塩を低価格で買い取られてしまったのだった。嫌な予感しかしない。すぐにでも逃げ出したい。
「急ぎましょう。メイが待っています」
横にいたクラウスも同じ判断をしたのか、俺の背中を押しながら歩みを進める。
「お、お待ちください! 少しの時間で結構ですので、我々にお話しする機会を頂けませんか?!」
ピンクふわふわ髪の横にいた見知らぬ太った男性は、無視して歩き出す俺とクラウスの前に慌てた様子で飛び出してきた。商業ギルドのマフレッドさんが狐なら、この太った男性はたぬきを彷彿とさせる。狐も狸も油断ならないという点では同じか。
自分に不利益をもたらす女と、見るからに怪しい男。逃げるしかないだろう。そもそも町や村のほとんどの人が痩せている中、大きなおなかを抱えたこの男性はどう考えても関わってはいけない種類の人物だ。
「先日、当店にて良質な塩をお売りになられた方とお見受けします。貴方様が来店されるのをずっとお待ちしておりました。本当に少しの時間でもかまいませんので、今から当店へとお越しいただけませんでしょうか?」
「いいえ、我々は急いでいますので。それに商品は全て卸してしまいましたので、本日はもう何も取引できません」
「今後のお話だけでも結構でございます。昨今は物価が大きく変動しておりますので、前回と同じ取引とは申しません」
相手をしなければいいのに、クラウスは律儀に返答している。たぬきの男性はもみ手をしながらクラウスに狙いを定めて付きまとい始めた。こういった場合は何も答えずに黙々と歩いたほうが逃げやすい。駅前でキャッチセールスを
ピンクのふわふわ髪は、クラウスの姿に見覚えがない為なのかオロオロとしている。おそらくこのたぬきの男性があの悪徳商店のお偉いさんで、ピンクは俺の顔の確認のために連れて来られたのだろう。お偉いさんが前回店に訪れたひょろい男ではなく、見たことのない青髪の男の目前へと回りこんでいる姿に青ざめていた。
もしかして、この子も無理やり働かされていたりするのだろうか。そうしたらなんやかんやと言いくるめて店を辞めさせて村へ連れて帰って……やめておこう。よく考えなくても目に見えた地雷だ。ピンク髪は噂通り地雷だったのだ。ビアンカとアマーリエの顔が鬼の形相に変わるのが何故か想像できた。
「我々は待ち合わせをしていますので、これ以上はご遠慮ください」
「その待ち合わせのお相手というのは、商売をされている方でしょうか?」
クラウスの言葉に、さらなる商機とばかりにたぬきの男性が食らいつく。期待しているのに悪いけれど、待ち合わせ相手は怨霊の佐久間だ。たぬき男はピンク髪の女性の腕を引き摺るようにして、足早に歩く俺たちに平行してずっと付いてくる。強引な手段に出ないだけマシなのかもしれないけれど、知らない男にピタリと寄り添われて歩くのは不快だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます