第43話 大口取引

 レーメンの町はいつも通りに賑わっている。以前来た時よりも革鎧や重そうな金属製の鎧を着た人が増えているが、それは町の周りに魔獣が増えていることと関係しているのだろうか。


 村長のエゴンさんから教わった通りに、商業ギルドの裏側に待機しているギルド職員に販売許可証を見せて荷台ごと渡した後、ギルドの表の入り口から入りなおす。荷物が大きくてギルド内で邪魔になりそうなときは、販売許可証があればこのような裏技が使えるという事だった。荷台にはハニーキラービーの巣と大量の薬草、だいぶ前に村に出た大型魔獣を塩サウナで潰した時に取り出した塩十キロが乗っている。


 村長たちはハニーキラービーの針を売るために冒険者ギルドへ、佐久間は設置した浴槽の具合を見るために廃洋館へと向かっている。ハニーキラービーの針は魔獣素材なので、冒険者ギルドへ売りつけると討伐報酬とやらが上乗せして貰えるらしかった。



 町中に人が増えていることに比例してか、商業ギルドの中は以前と比べてかなりの込み具合だ。大通りには鎧を着た人が多かったから冒険者ギルドのほうが混雑しているかと思ったが、そう単純でもないらしい。旅商人風のおじさんおばさんたちがギルドの中でごった返している。


「さあクラウス、ここからが勝負だ」

「心得ていますよ、カナタ」


 初老の旅商人へと変装をした俺とクラウスは、商業ギルド内の衝立で仕切られた受付カウンターを吟味する。クラウスが以前着ていた白を基調とした聖職者っぽい服は、目立ちすぎるからと村長のエゴンさんに売られてしまった。人の持ち物を売っぱらうなんて、勝手な奴だ。だから今は二人とも旅商人に見える服を着ていた。


 受付カウンターは相変わらずずらりと美人の受付嬢が座っている。今日こそは綺麗なお姉さんと会話がしたい。思い返せばこの世界に来てから、綺麗でなお姉さんと正しく会話をしたことはないのではなかろうか。ビアンカはツンツンしてるしアマーリエはあんなんだし。いや可愛さはピカイチなんだけどさ。


 クラウスと並んで遠目から観察して、最適解を選び出す。ここからは真剣勝負だ。


 前もいた初々しい感じの金髪ストレートの女の子は良さそうだけど、金髪はビアンカで痛い目見てるからちょっと怖いな。赤髪のたわわなお姉さんがいなくなってるのはお休みなのだろうか。水色髪の天然可愛い系の子の列は相変わらず長すぎる。狐っぽいおじさんがちらりと見えたが気づかないふりをして、黒髪ストレートの清楚系は嫌な思い出があるからパスして、やっぱり茶髪ウェーブの小悪魔的なお姉さんがいいかもな。そういえば初めて町に来た時に茶髪のお姉さんの列に並ぼうとして叶わなかったんだ。あの小悪魔お姉さんの手のひらで転がされたい。


「クラウス、決めたか? 俺は右からふたつめに座っている茶髪のお姉さんが良いと思う」

「ええ、私はあの端に座っている橙色の髪をした女性が良いと思います。彼女はとても美しく魅惑的ですね。ぜひお近づきになりたいです」

「橙色の髪のお姉さんなんていたか? ……えっ?! あの人の事か?!」


 クラウスの目線を追いかけてみると、一番奥の受付カウンターに橙色の髪をしたお姉さんがにこやかに座っていた。長い髪をゆるく括って肩から垂らしており、物腰は柔らかそうで、人好きのする優しそうな笑顔で豊かなお胸をした小柄なだった。そう、俺たちよりもだいぶお姉さんだった。子供が何人かいそうだし何なら子供成人してそう。


「……熟女好きだったのか?」

「熟女! その言葉は初めて聞きますが、彼女にぴったりですね! まさに熟された女性、全てを包み込むような優し気な雰囲気! 私が道を踏み外さんとした際には、あの朗らかな笑顔で咎めてもらえそうな安心感があります!」


 言いたいことは分かる。安心感があるのも分かる。だが今はそうではない。しかし早くどこかに並ばないと、狐っぽいおじさんが獲物を捕獲するような目で俺たちをじっと見つめている。だが橙髪のお姉さんのカウンターに並ぶのは何か違う。


「悲しい事に私は気づいてしまいました。私達がどこへ並ぼうとも、あちらの痩せ型の男性が私達の前に立ち塞がるのでしょう。先程からずっと監視されています」

「見るなクラウス。目が合うと石にされるぞ」


 おじさんの方向を見ないようにクラウスを引っ張って移動しようとしたが、物凄い吸引力で視線がおじさんの狡猾そうな笑顔に惹きつけられてしまった。ぐっ、すごい吸引力だ。目を逸らしたいのに逸らせない。微笑んでやがる。クラウスの袖を引っ張って助けを求めると、肩をすくめて諦めた表情をされた。なんだその外国人ぽいリアクションは。


 今回も夢破れた……。逃げられない。綺麗なお姉さんたちに後ろ髪をひかれつつ、重い足取りで狐っぽいおじさんの待っているカウンターに向かう。このおじさんの名前なんだっけ。テンションが急降下して何もかもがどうでもいい。



「ユアサ様、お久しぶりでございます。今回も私、マフレッドが承ります。良いお取引をよろしくお願いいたします」

「はあ、どうもお久しぶりです」


 初老のおじさんはマフレッドと名乗った。そういえばそんな名前だった。そして俺の登録名は湯浅だった。


 横にいるクラウスを見やると……いない。どこにいるのかと商業ギルド内を見渡して探してみると、橙色の髪のお姉さんが良く見える位置に移動して格好をつけて立っていた。まあ、一人の女性を取り合いになったとしたら確実に負けるから、好みのタイプが被らなくて良かったと思う事にしよう。クラウスがアマーリエとビアンカに興味を持たない理由がようやく分かった気がする。


「裏口で受け取らせていただいたハニーキラービーの巣と魔力草、それと塩のお取引ですね。まず塩ですが、前回ユアサ様の持ち込まれた塩は品質が大変良く、予想よりも高値で取引されました。ギルドとしても有難い限りでございます」

「そうですか、それは良かったです。でもそれを本人に言ってしまって良いんですか?」

「ええ、おかげさまで商業ギルドは潤いましたからね。それを受けまして、今回は買い取り額を上げさせて頂こうかと考えております。ですので今後とも、他の店舗、特に大通りに立ち並ぶ悪徳店舗にはお売りにならないようにお願いしたい限りでございます」


 マフレッドさんの目がキラリと光った。これは俺が二度目に町に来た時に悪徳店舗に塩10kgをぼったくられた事を知っているに違いない。釘を刺されているようだ。でもあの店の女性受付は色々と怖いからもう行くつもりはない。ビアンカとアマーリエから良くない話も聞いているし。


「今回持ち込まれた塩全てをお売りになられるのでしたら、銀貨90枚で買い取らせていただきます。ちなみに前回は銀貨80枚でしたが、いかがでしょうか?」


 銀貨90枚という事は900,000リブルか。塩サウナが100,000リブルだから粗利益が800,000リブルだな。こんなに値上げして、インフレとか大丈夫なんだろうか。塩なんて大量に使うもんでもないし、いきなり相場が暴落したりはしないのだろうか。


「おや、やはり少々安すぎましたか。では銀貨……」

「ああっ、いえ、違います! それでお願いします!」


 またもや頭の中で考え事をしていたら、勘違いされて勝手に値上げされそうになった。今でさえ良心が痛んでいるというのに、これ以上値上げされると申し訳ない気持ちが炸裂してしまう。


 だというのにマフレッドさんはほくほく顔を隠しきれていない。もしかしたらこれでも利益が出るのだろうか。そうすると大通りの悪徳店舗はものすごく儲けているということになる。勉強代だったとしても何となく悔しい。


「あのう、実は仲間の商人が追加で塩を町に運び込んでくる予定でして、同じ品質のものをあと三回ほど持ち込めるんですけど……」

「おやそれはそれは。是非とも全てを買い取らせて頂きたいところですが……他店に卸されるお約束が?」

「約束とかはないんですが、色々な店を覗いてみたくて迷っていまして。危険ですかね?」


 前回商業ギルドに来た時に、魔獣が出没するせいで塩や魚介類の値段が上がっていると聞いていた。そして商店で販売しようとして、他の商人に目を付けられて危険だとも聞いた。マフレッドさんが言うには商業ギルドでの販売がどこよりも安全だとも。


 今回の取引でギルド側から値上げをして他に流させないようにしたくらいだから、危険度も上がっていると予想できる。


「ご心配の通り、現時点で他店での販売は大変危険でございます。優良店舗だと以前ご紹介した商店も今や安全とは言いかねます。特に大通りの悪徳店舗が最近大儲けしたようで、金にものを言わせて腕の立つ人物を雇い入れ、裕福そうな商人を影で襲わせていると噂で聞いております。証拠がなくギルドとしても手を焼いているのが現状ですね。ですのであちらこちらで売り歩くのはお勧めできません」


 マフレッドさんは恐ろしい事を言いながらもニヤリと微笑んでいた。どう見ても彼が悪徳商人だ。しかし予想通り命の危険があるようだな。今回はお姉さんよりも身の安全と利益を優先しよう。今回はお金沢山欲しいし、町が安全になるまで待っていられない。


 この決断は村に帰るとアマーリエとビアンカが待っているのが大きい。あの二人よりも可愛い人は、この商業ギルドにも町にもいなそうだからだ。二人とも黙ったままいてくれたら最高なのに。


「じゃあ今日の夕方か、明日の朝にでもまた持って来ます」

「夕暮れは危険ですので朝一番のほうが宜しいかと。他の者でも対応できるように伝えておきます」

「うーん、ならそうします」

「では次にハニーキラービーの巣ですが、こちらはどこでどのように入手されましたか? ユアサ様がおひとりで巣の中の魔獣全てを倒されたとは思えませんし、あれほどの巣が町の近くに他にもあるとすれば情報共有しなければならないものでして」


 村長のエゴンさんが心配していた通り、ハニーキラービーの巣に関しては俺の思いつくその場しのぎの嘘では何とかなりそうになかった。なので村長と村人たちで考えた言い訳を使う事にする。


「あの巣は西のトワール王国からこちらへ向かう途中に一つだけありました。俺の通ってきた道は明かしたくないので、詳しい場所はお教えする事はできません。でも町からはとても遠く、町に被害の出ない場所です。中にいたハニーキラービーは、偶然すれ違った商人が連れていた護衛達が倒してくれました。巣が大きかったものでその商人が持ち運べないと嘆いていたため、荷台に空きがあった俺が買い取る形で引き取りました」


 村人たちと考えた嘘の話をした。嘘を吐くときは自信ありげに堂々と話せとクラウスに言われたのでそのとおり一気に話した。マフレッドさんはその内容に一瞬訝し気な表情をしたが、すぐに営業スマイルに戻り納得したような顔を作って黙っている。真相を究明することとギルドの利益を天秤にかけている気配がプンプンする。


「……町に被害が出そうにないのであれば問題ありません。そういう事にしておきましょう。では、ハニーキラービーの巣の価格ですが、そうですね。銀貨50枚ではいかがでしょうか?」


 ギルドの利益が勝利したらしい。しかし銀貨50枚は村長から聞いていた予想金額よりもかなり少なかった。


「その値段なら俺がすれ違った商人に支払った金額よりも少なくなってしまいます。大赤字だ。それなら多少危険でも他の商店に持ち込みます」

「おや、急に手厳しくなりましたね」

「東のロヴァニアからの砂糖の仕入れが減っていると聞いていたので、蜂蜜の値上がりを予想して高値で買い取ってしまったものでして」


 マフレッドさんは営業スマイルを崩さずに俺の目を見つめてくる。どうやら試されている様だ。でもあの蜂の巣は大きな蜂を必死で突きまくってなんとか手に入れた大切なものだ。安価では販売できない。蜂倒したのペーターとティモだけど。


 しばらく視線でバチバチとやりあってしまったが、次に提示されたのは銀貨80枚だった。一気に銀貨30枚も値上がりした。リブルになおすと300,000リブル上がったことになる。どれだけぼったくるつもりだったのだろうか。いや、マフレッドさんのことだから最初からこの値段にするつもりでカマをかけてきたのだろう。


 俺がその金額で了承すると、魔力草の金額交渉に移り、こちらは草全てで銀貨40枚になった。その辺に生えてる草を摘んで、400,000リブルである。いくら山盛りだったとはいえ日本では考えられない。あの魔力草は日本にある違法で怪しい草と同じような扱いなのだろうか。


 たかが草がこんな値段になるのなら、これからも佐久間をこき使って探させてもいいかもしれない。魔獣はペーターが倒すだろうし。自分が何もしなくてもお金が手に入るなんて、なんて良い世界なんだろう。


「では塩が銀貨90枚、ハニーキラービーの巣が銀貨80枚、魔力草が銀貨40枚。しめて銀貨210枚、重くなりますので小金貨と銀貨でお支払いいたします。しかし宜しいのですか? 交渉次第ではまだまだ値上げが可能でございますよ?」

「いえ、俺は小心者でして。もう充分です。それよりも田舎者の俺は小金貨を見るのが初めてで今から楽しみですね」


 金貨も小金貨もまだ見たことがないが、どんな形状だろうか。本当に金で出来てるのかな。持って帰ってティモに見せてやろう。確か小金貨が100万リブルだから金が2枚と銀が10枚か。少なく感じるけど200万リブルもある。


「大商人でさえこれほどの大金を現物で持ち歩く者はそうおりません。寄り道せずにまっすぐに宿へ戻り、安全な場所へ隠す事をお勧めします。商業ギルドから一歩出るともう私どもに庇いたては出来ませんので」


 やっぱり怖いから宿に戻る前にいったん廃洋館に寄って、タブレットに小金貨を入れてしまおう。廃洋館の入り口で待っていてくれるはずの佐久間はまだ浄化されずに元気でいるだろうか。格好つけてギルド内に立っているクラウスも忘れないように回収して帰らないと。



 所持金 0円 220,500リブル (手持ち 2,100,000リブル)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る