第42話 bathではない
「明日町へ出発する前に、廃洋館の地下に塩サウナを設置しておく事を忘れないようにしないとな。あとタブレットも持って行かないと」
『あっじゃあ私、夜の間ヒマだから廃墟まで様子を見に行ってきましょうか?』
俺の独り言に怨霊の佐久間が反応してくれる。佐久間は体力の限界がないし眠くならないし、足はあるけど少し浮いているから足裏の痛みなども全くないらしい。障害物はすり抜けてしまうし、崖から落ちても平気だったとか。
ちなみに最高速度は人間が実際に全力で走ったくらいの速さ。疲れないし風の抵抗をうけないから、ずっとずっと全力で走り続けることが出来るらしい。裸足で森を駆け抜ける貞子。でも走っている間はとにかく暇だとか。そして空を飛ぶことは出来ない。空を飛べたら便利なんだが、俺のスキルと同じで色々と制限があるようだった。
魔獣からはたまに襲われるけれど、突進してきた魔獣はやはり佐久間の体を通り抜けてしまうらしい。これまで出会った人間と魔獣で佐久間に触れることが出来た人はいないそうだ。聖職者やそういった関係の職業の人ならばもしかしたら触れることが出来るのかもしれないが、そういう人たちには出会った瞬間に浄化させられてしまうだろう。
『もしも洋館が取り潰されてたり、丸ごと浄化されてたりして別の人が住んでたら騒ぎになっちゃいますもんね!』
「よろしく頼むな。でもいきなり浴槽が出てきたとかで騒ぎになってたりした時は、知らんふりするから大丈夫だ!」
佐久間と話をしていると、アマーリエとビアンカが風呂から上がってくる。ほかほかと湯気が上がる湯上り姿は色っぽくていつまでも眺めていたい。
「またあの女の霊と話してるのね? ……ってアンタ、やらしい目で見ないでよ!」
「明日村長たちとレーメンの町まで行くけど、ビアンカとアマーリエはどうする? 変装して一緒に行くか?」
「アタシたちは村で留守番してるわ。あの町では顔も知られてるし、途中の魔獣も怖いし、体力もあまりないし、ついて行ったところで何もできないわ」
アマーリエとビアンカは村でいつも通り土塀を作る作業をして過ごすという。なんやかんやと言い訳しているが、一晩でもフレンチを食べ逃したくないのかもしれない。
この露天風呂付客室を購入してからは毎晩四人でフレンチを食べ続けていて、メニューは毎回違うものが出ている。女性陣には大好評だ。だけどさすがに毎日のフレンチに俺は少し飽きてきていた。あっさりした和食も食べたい。
しかし彼女たち二人とティモは、相も変わらず目の色を変えて奪い合うように食べている。たまに奪われる。出会った頃は食事を摂れていなかったというビアンカは、女性らしい丸みを帯びた体つきに戻りつつある。ティモはすでに健康優良児だ。
「あっでも、アマーリエが実家と連絡を取りたいらしいから、明日までに手紙を書いてもらって渡しておくわね! 町のどこかから送れたらお願いね!」
「じゃあまたクラウスと二人での行動だな。美女を引き連れて町中をドヤ顔して歩くという俺の夢が……」
『湯浅先輩っ、私がいるじゃないですか!』
長い前髪で顔の見えない佐久間は美女にカウントしていいものだろうか。着ぐるみ貞子アバターだし。
「でも雪道を半日歩くのは何度やっても慣れないなぁ。南の開拓村へ行くのもしんどかったし」
『車があればいいんですけどねえ。この世界では馬車になるんでしたっけ?』
「車なぁ……せめてバイクでもあればいいんだけど」
ビアンカとアマーリエはドライヤーをかけあい始めたので、ティモを膝に乗せてタブレットを引き寄せる。本当は彼女たちの髪は俺が乾かせてあげたいのだが、初回から拒否られてしまっている。混浴が無理なら髪に触るくらいは許してほしい。俺のスキルで出したドライヤーなのに。
タブレットの画面を浴槽購入画面にすると、ティモがどれかうのと言いながら嬉し気に覗き込んでくる。明日町まで行けば少し金持ちになるだろうし、少々お高くても役に立ちそうな浴槽があればいいんだが。
◆手湯・足湯 30,000リブル~
◆サウナ室 80,000リブル~
◆ユニットバス 200,000リブル~
◆家族風呂 400,000リブル~
◆露天風呂付客室 700,000リブル~
◆銭湯・温泉宿 3,000,000リブル~
◆スーパー銭湯 50,000,000リブル~
『客室とか宿だと、レンタサイクルみたいなのついてたりしません?』
「自転車かあ。あるかもしれんが、道が悪いから運転しにくそうだしタイヤがパンクしそうじゃないか?」
『でも結界張ってあるんですよね』
「そうだった」
佐久間に言われて露天風呂付客室の一覧を表示する。以前にも見たことのある客室画像をずらりと並べて、一つ一つ注意深く見ていく。その中でひとつだけ、マウンテンバイクがインテリアとして展示されているものがあったが、家の中にある備品は持ち出し出来ない事を思い出した。塩やシャンプーなどの消耗品であれば持ち出しができるが、備え付けの備品は持ち出せない。
「くっ……実家の風呂場にマウンテンバイクを常備しておけばよかった」
露天風呂付客室にはそれ以上期待できそうなものは映っていなかったので、次に銭湯と温泉宿の一覧を表示する。そこには日本の街並みの中に溶け込んでいるような、古き良き雰囲気を持った銭湯の外観がずらりと並んでいた。地球での外国諸国やこの異世界にも公衆浴場があるのかもしれないが、俺が狭い日本の知識しか持っていないせいなのか日本にある銭湯が基準になっているようだった。
「銭湯の一覧を詳しく見たのは初めてだな。今までは購入価格が高すぎてまともに見てなかった。ここから一気に金額が上がるのはなんでだろう?」
『浴槽の広さとか収容人数とかですかねえ? ……あっ、湯浅先輩。こっちの温泉宿の詳細を見せてください!』
佐久間が指さす画像を言われるままに選択し、温泉宿の外観写真を大写しにする。
「これは……バス?」
『そう、バスです! お風呂のバスじゃなくて、送迎用のバスです!』
温泉宿の正面玄関を映した画像に、温泉宿がサービスで行っているであろう送迎用のシャトルバスが写り込んでいた。これは持ち出せるタイプのものだろうか。でも元から建物の外に出ているし、外でしか使用できないものだからもしかしたら外を自由に運転できるのかもしれない。
サウナカーの画像を見たことがあったが、そちらは六人乗りくらいの大きさだった。それに対してこの送迎用バスは詰めれば二十人ほど乗れそうだ。異世界なので交通法とかは考えない事にする。
「これがあれば楽が出来るな! でも値段と外観がなあ……バスがついてて一番安い宿でも370万リブルかぁ。もしも動かせなくて運転できないタイプだったとしたら、ただの展示物に大金をつぎ込むことになるし……」
『いやいや湯浅先輩、よく考えてみてくださいよ! こんな大きな送迎用のバスが、たったの370万ですよ? 日本でバスを一台買おうと思ったらもっともっと高いんですよ? 道を走れないくらいの微々たる欠陥が、何だっていうんですか!』
「道を走れないならただの鉄の塊だろ」
値段が値段だけに、賭けに出るにはリスクが高すぎる。ものすごいお金を稼いで、この宿を買うくらいのお金がはした金だと思えるようになったら賭けてみるかな。
その後も画像を眺めてみたが、明日は徒歩になりそうだった。
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