第45話 廃洋館地下
『あっ湯浅先輩とクラウスさん! おかえりなさぁい! 館の地下に設置したサウナは無事でしたよ!』
町の外れの廃洋館の前に、怨霊の佐久間がふわふわと漂っている。入り口付近にはいつも悪霊がいっぱいいると聞いていたはずが、今は佐久間しかいない。現地の他の悪霊から本当に怖がられているようだった。かわいそうに。
『あれ? 後ろに誰かが付いて来てますよ?』
「あいつらは強引なキャッチみたいなもんだよ」
「怨霊の女性がそこにいるのですか? ならばお願いがあります。この廃洋館では私とカナタだけを守ってください。あの人達は我々とは無関係です」
クラウスの冷たい物言いに、佐久間は特に質問もなくへぇと言いながら納得してくれた。あの二人の風貌から感じ取れる不審な感じは、佐久間にも伝わったのだろう。そしてやはりクラウスは佐久間のいる場所とは逆側に話しかけていた。
「今日は疲れたから、サウナの確認だけして宿にもどるか。あっ塩を移しておかないとな」
佐久間に案内されるまま、階段の下にある扉を開けて地下へ続く階段を降りていく。階段を下りきるとそこは以前と同じくだだっ広く暗い空間が広がっている。隅に木造の外観をした小屋が建っている事だけが前回との類似点だった。塩サウナの外観は、何度か村で魔獣を潰したのと同じものだった。
「このサウナの中に入れば悪霊は寄ってこないのでしょうか? カナタの結界は悪霊にも有効なのでしょうか? 私としたことが、ペーターから聖なる槍を借りてくるのを忘れてしまいました。冒険者ギルドへ追いかけて、聖なる槍を借りてくるべきでしょうか?」
「霊が入ってきてもクラウスは見えないから何も出来ないだろ」
『私は結界とか関係なく通り抜けできますけどねぇ。怨霊と悪霊の違いでしょうか?』
塩サウナの内部は電気がついていて明るかったが、温度は初期設定にされていて肌がチリチリと焼ける感覚がする。温度を適温に設定してからクラウスを招き入れ、塩を背負い袋に詰めて出ることにした。
商業ギルドから受け取った小金貨も盗難防止でタブレットに入れておかないと。初めて手にする小金貨は、本当に金で出来ているのか分からないくらい色が黒ずんでいて、くすんだ五円玉と同じような見た目だった。形も綺麗な丸ではなくていびつに歪んでいる。
『大金ですねえ! 元手がこれだけあれば、お金の無限増殖ができそうですね!』
「でも今回は安全に売れるのがこの町だと商業ギルドくらいなんだ。他の店は物騒な事になってるらしい。商業ギルドに何度も売りつけるとしても今でさえ怪しまれてるし、今回はあと三十キロほどが限界だろうな」
『もっと王都に近いっていう隣町の様子を見てきましょうか? そっちまで行けばまた売れるかもしれませんよ?』
佐久間は提案をしてくれるが、もといた村から離れてしまうことに抵抗がある。何となくあのエゴンさんの村がホームのような気がしていて、帰れる保証もなく遠出してしまって何かあればどうしようかと不安になる。それにこれ以上の長距離を歩くのはしんどいし。
佐久間が乗合馬車とかあるかを調べてきましょうかと言ってくれたが断った。なぜにそんなに積極的なんだ。
『湯浅先輩は異世界に来たのに冒険しないんですか? レベル上げて無双したり、悪い奴を捕まえたりモンスターを狩りまくって大金がっぽがっぽ稼いだりしないんですか?』
「いいんだ、俺は温かい食事と風呂があれば満足なんだ。身の丈を超える金銭は必要ない」
乗合馬車で移動中に魔獣に襲われてすごい技で撃退して他の客からお礼を言われるとか、盗賊に襲われている馬車を発見してすごい技で撃退して馬車に乗っていた富豪や大商人に感謝されるとかそういった事は他の人に任せておけばいい。すごい技持ってないし、安全地帯にいても蜂一匹倒せないし、怖い事はしたくない。
商業ギルドへの追加販売用に塩サウナを二つ新たに設置し、クラウスの背負い袋にも塩を大量に詰めておいた。地下のホールはサウナ三つが並んでもまだ余裕があるほどに広かった。いい場所が見つかって良かった。
すぐに宿に戻ろうかと思っていたが、せっかくサウナを出したことだし宿の夕食までにもまだ時間があったので、村では一度も使わなかったサウナを初めてサウナとして利用してみることにする。クラウスは慣れない暑さにすぐギブアップしていたが、たまに銭湯でサウナを利用していた身としては雪道を歩いてきて冷え切った体で入る熱々のサウナは気持ちが良かった。
本当はたっぷりの湯に体を沈めたいところだったが、ユニットバスでも20万リブルからで高くついてしまうし、安価な足湯に肩まで入るのはどうかと思うし。無駄遣いはやめておこう。塩サウナにはシャワーが付いているのでそれで我慢しよう。
夕食の時間が近づいてきたので、塩の詰まった背負い袋を持って一度宿まで帰ることにした。荷物を纏めて廃洋館を出る。
『ああぁ、やっぱり吸われちゃいましたねえ』
「うわっ、白目むいてる!」
「怨霊の女性がいなければ私達も今頃はこんな風に……」
廃洋館から出てすぐの場所に、先ほど付きまとっていたたぬきの男性とピンクふわふわ髪の女性が倒れていた。二人とも白目を剥いていて、男性は泡まで吹いている。
佐久間の話では半日もすれば目を覚ますはずだというので、女性を寝かせておくのは少し気がひけたがそのままにしておくことにした。クラウスはたぬきの男性の態度をよっぽど腹に据えかねていたのか、おもむろに男性の服を脱がせ始める。
「クラウス、
「服を持ち帰る気はありませんよ。ただ、目覚めた時に素っ裸でいたとしたら少しくらいは反省もするでしょう。特にすぐそばに顔見知りの若い女性がいればなおのことです」
そう言いながらもたぬきの男性を真っ裸にひん剥く。剥がした衣類を所在投げに持っていたクラウスは、思いついたようにその衣類をピンクふわふわ髪の女性に着せ始めた。元から来ている服の上から男物の衣類を重ねられたピンクは、着ぶくれして滑稽に見えてしまう。下着は近くの木の枝にぶらさげていた。
一仕事終えたクラウスは、今日はこのくらいにしておいて差し上げますとドヤ顔で言い放った。いい笑顔だった。
「あれっ?! こっちにも人が倒れてる……死んでないよな?」
『今日は大量ですねぇ、悪霊に生気を吸われたらみんなこんな風になれの果てみたいになっちゃうんですよ』
「……死んではいないようです。しかしいかにも悪党といった風貌ですね。この人たちが悪霊払いに来たとは思えません。もしやこの人たちも私達の後を付けてここまで来たのでしょうか?」
倒れている人たちは男ばかり五人で、ゴロツキと表現できそうないかつい顔と格好をしていて武器や縄を持っている。今は全員白目剥いてるけど。逆に怖い。
「あー、マフレッドさんが言ってた話ってこういう事だったのかな。俺たち本当に狙われてるっぽいな」
「ではいったん荷物と金をサウナに戻して宿に戻りましょう。宿に荷物を一晩中置いておくのは危険です。明日の朝一番にペーターをここまで連れて来て荷物を回収し、その足で商業ギルドへ向かい、その後はとっとと村へ帰りましょう。ギルドは早朝から開いていると聞いていますので、町の人々が目覚める前に行けば危険は減るでしょう」
クラウスの提案で荷物をサウナに戻し、サウナの内部で試しにマップ画面を表示してみた。町の中にどれだけ危険人物がいるのかを見ようとしたのだが、赤青黄色の丸がごちゃごちゃとうごめいていて何が何やら分からない。
しかし圧倒的に多いのが黄色、その次に青、そして少数ではあるがオレンジ色や赤色の人もいた。タブレットの判断基準は良く分からないが、まだ出会った事のない人の多くは黄色く表示されているようだ。赤色の人は既にすれ違うなりしているのか、それとも根っからの悪人だとタブレットが判断したのか。自分のスキルながらよく分からない事が多い。
タブレットのマップ画面を見て、人通りが多く赤丸の居ない道を選んで暗記してから宿まで早足で帰った。
佐久間はお金やらを差し出して命が助かるのであればそうしたほうが良くないかと聞いて来たが、もしもこの世界ではお金も命も両方奪うのがデフォルトだとしたらお金だけは阻止したい。お金を渡して見逃してもらえるのは比較的治安の良い国だけだと聞いたことがある。俺の事を倒した奴が俺の稼いだお金で良い思いをするのを想像するだけでも腹が立つ。俺は心の狭い男なんだ。
翌朝ペーターを連れて廃洋館へ来てみれば、倒れていたたぬきとピンクとゴロツキ達は姿を消しており、代わりに神父のような身なりの良い恰好をした一人の男性が倒れていた。昨日の人達は無事目が覚めて帰ったのだろう。幸いにも昨晩は泊っている宿に誰も訪ねてこなかった。
「この人は悪い人には見えないけど」
倒れている神父のような男性を佐久間とクラウスとペーターと共に見下ろす。この人は純粋に悪霊払いに来て被害に遭ったのだろうと想像する。
悪人ではないのならと、物取り防止のためにも男性を入り口から離れた建物の陰に移動させて寝かせ、館内から自分たちの荷物を運び出した。早くギルドへ向かわないと村長のエゴンさんにまた怒られる。
慌てて向かった早朝の商業ギルドは閑散としており、受付カウンターも一つしか開いていなかった。ペーターは体が大きくて目立つし服装が村人なのでギルドの外で待ってもらっている。
しかし今朝は運がいい。唯一開いている受付カウンターに座っているのは、以前見たことのある赤髪の綺麗なお姉さんだった。人を魅了するような妖艶な笑み、胸元には熟れた果実のような豊満な……やめておこう。今日は紳士的対応をして仲良くなるんだ。
「商業ギルド、レーメン支部へようこそ。本日はどのようなご用向きでしょうか?」
「あっ、えっ、えっと……」
「商品の販売をしに来ました。昨日マフレッドという男性に伝えていますが……こちらの販売許可証をお渡ししておきましょう。商品は私達が背負っている袋に全て入っており、昨日販売した量のおよそ三倍となっております。こちらでお渡ししてもよろしいでしょうか?」
せっかくの俺とお姉さんの会話に、クラウスが割り込んできた。しかもいつから持っていたのか俺の販売許可証を手に持ち、赤髪のお姉さんに差し出している。どういうことなんだ。
受付のお姉さんは販売許可証を一瞥するとクラウスの顔を見ながら、話はギルド長から伺っていますと答えている。その販売許可証、俺のなんだけど。この会話イベントも俺のなんだけど。クラウスの事を横目で睨みつけてみるが、涼しい顔で無視された。
「そちらの背負い袋ごとお預かりし、奥の部屋で中身を拝見いたします。しばらくお待ちください」
お姉さんが奥の部屋に声をかけると、ギルドの職員らしき男性が出てきて背負い袋を回収していく。今のうちにお姉さんと会話をと意気込むも、クラウスが最近の町の様子や商品の物価などを矢継ぎ早にお姉さんに質問し、それにお姉さんが答える形で会話が進んでいってしまう。
クラウスは熟女専門のはずなのに。どうして俺の楽しみをとってしまうんだ。
イベントを盗られてしまった俺に出来ることはただ一つ、お姉さんの胸元に表示されているであろう会話ウィンドウを凝視する事だけだ。おかしいな、ゲームでは表示されるはずの会話ウィンドウが良く見えない。ウィンドウの表示が薄すぎて向こう側にある大きなお胸ばかりが目に入ってしまう。なぜなんだろう。ほんとうにわからない。俺はただ会話ウィンドウを見ているだけなんだから下心なんて少ししかない。
「検品が終わったようです。お聞きしていた通りの品質の様でしたので、ギルド長との取り決め通りの金額をお渡しします。お返しする背負い袋に硬貨を入れてありますので、他の方に見えないようにご確認ください」
返却された背負い袋の中をクラウスと一緒に覗くと、小金貨2枚と大銀貨14枚が入っていた。これだけで270万リブルだ。廃墟から商業ギルドまで物を運ぶだけで荒稼ぎできるようになってしまった。
背負い袋の中には見慣れない封筒も入っている。これは何だろう。
「金額は確認しました。しかしこちらの封書は見覚えがありません」
「そちらはギルド長からお預かりしていたものになります。詳しい事は存じませんが、昨日の返信が来たとお伝えするように申し使っています」
「なるほど。では確かに受け取りました。また近いうちに伺いますのでマフレッドという男性に宜しくお伝えください。カナタ、帰りますよ」
「えっ、おわり……?! 俺、まだ……!」
クラウスは俺の腕を引っ張りながらぐんぐんとギルドの出入り口へ向かって歩く。結局お姉さんと一言も会話できずに終わってしまった。お姉さんずっとクラウスの顔見てたし。そりゃクラウスはイケメンだけどさ。でもあの赤髪のお姉さん、仕事の時はキビキビしてて出来る女っぽくて良かったなあ。色地掛けとかしてきそうな雰囲気なのにビジネスライクだった。俺に色地掛けしてくれたら即効で落ちる自信あるのに。
クラウスが筆談用の紙を売っている場所を雑談ついでに聞いたらしく、いつのまにか背負い袋の中には紙と書きやすそうな細いチョークが詰め込まれていた。お姉さんのサービスだろうか。イケメンだからサービスしたのだろうか。解せぬ。
しかしだ。ここにきて自分の顔がこの世界の平凡にさえ遠く及ばないという事を改めて認識してしまった。村に帰ってアマーリエとビアンカに慰めてもら……うのは無理そうだからティモと遊んで癒されよう。
所持金 0円 2,090,500リブル (手持ち 2,700,000リブル)
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