第31話 金銀の背中
金髪ツインテールと銀髪ロングヘアーがお風呂に入っている間、俺は村長宅へと向かった。金髪ツインテは同じようなお風呂に入ったことがあるというので室内放置でも良かったが、念のためティモを付き添わせた。
俺は追い出された。あの家族風呂、俺のスキルで出したやつなのに。
「村長、いらない紙とペン持ってませんか?」
「おうカナタか。紙はあんまりないな。ほら、これだけだからやるよ。しかし何に使うんだ?」
「それがあの銀髪のお姉さんが声が出ないらしくて、筆談をすることになりまして」
銀髪のクールビューティーは個人商店で働いていた時から声が出なかったらしく、商談も全て筆談で行っていたらしい。そのため他の受付嬢よりも取引に時間がかかり、俺が行く時はいつも商談中になってしまっていたようだった。しかし商人たちは時間がかかろうが何だろうが、美しい銀髪のお姉さんを間近で見たいがために彼女の列に並ぶ。
そんな大人気のお姉さんが今、俺の家で風呂に入っている。今すぐ戻ればラッキースケベが起こったりするだろうか。
それにしても家に引き入れるときに握った手が細くて柔らかくて、ずっと握っていたい気分だった。照れたような表情でおずおずと手を差し出してくる様子が初々しすぎて何かが暴走しそうだった。そうだ、彼女たちにはちょっとした嘘を吐いて毎回手を握らなければ家に入れないとでも言っておこうか。
「……けよ。おい、カナタ? おいカナタ! 聞いてんのか!?」
「ごめんなさい」
「はあまったく。もう一度言うが、あの二人がこの村に良くないものを引き込むようだったらすぐに追い出すからな。あの二人が出て行かないならカナタも一緒に出て行って貰う。だからあいつらの目的やら何やらをハッキリさせとけって言ってんだよ!」
村長には町の個人商店で起きた出来事などを話してあるので、あの二人の事を警戒しているようだった。何かあったら金髪ツインテだけ追い出そう。
村長から分けてもらった紙と、ペン代わりのチョークのようなものを持って家族風呂へとゆっくり戻る。ラッキースケベを狙ってはいるが、あからさまな態度をとって嫌われてしまっては元も子もない。気負ってない風を装って、しかし確実にフラグを立てていくのだ。
あれこれ考えながら歩いていると、家の前では佐久間がウロウロと漂っていた。
『あっ湯浅先輩、待ってたんです。今あの二人が入浴してるんですけど、背中のタトゥーみたいな汚れが落ちなくって。何かいい方法ありません?』
「タトゥー? なら落ちないんじゃないのか?」
『私も近くで見たんですが、なーんか落ちそうなんですよね。ティモちゃんがボディソープとかシャンプーで洗ったりしてるんですが、落ちそうで落ちなくって』
「うーん、何かあったかな……脱衣所に入っていいか聞いて来てくれ」
佐久間が家族風呂へと入り、ティモを通して許可を貰って戻ってきた。脱衣所で湯浅邸から持ち込んだ荷物を漁る。ああ、この壁を隔てた向こうには裸の女子がいるのか。ティモが羨ましすぎる。あとでどんなだったか聞き出そう。
しかし佐久間の言う通りタトゥーだとしたら、肌を傷つけて墨を入れてるわけだから落ちないんじゃないか。いや、この世界のタトゥーはまた違う方法なのか? 佐久間は落ちそうで落ちないとか言ってたしな。浴室用洗剤や漂白剤は除外、シェービングクリームもダメそうだな。重曹は使えるか?
『湯浅先輩、このメイク落としはどうでしょう? これってもしかして……先輩の彼女のですか?!』
「母親のだよ。聞くなよ……そうか、メイク落としならしつこい汚れもスルりと落ちるってCMやってたし、いけるか?」
『じゃあ私、浴室に野獣を放り込んでもいいか聞いて来ますね!』
何を言っているんだろう。こんなにも心優しい野獣がいるだろうか。もしも俺が野獣だとしても、心は紳士だ。野獣紳士なんだ。
『体にタオル巻いておくけど必要以上に見ないでって言ってました。私が目を塞いでおきますか?』
許可が貰えたので、堂々と浴室に入ってやった。服を着たまま、右手にはメイク落とし、左手には紙とペンを持っている。服を脱いで入って混浴するか迷ったが、ここで警戒されてしまっては銀髪ロングとの仲良し同棲計画がおじゃんになってしまう。
「あっ、そこの金髪! タオル巻いたまま浴槽に浸かるのはルール違反だぞ! 雑菌が繁殖したりして良くないから、湯から上がってタオルの張り付いたその体を俺に……」
『先輩、やめておきましょう?』
「金髪じゃないわよ! ビアンカよ!」
金髪ツインテはビアンカと名乗った。キンキン声が頭に響くが、タオルしか装備してない女に脅威は感じない。銀髪ロングもタオルにくるまって浴槽に浸かっていたが、その状態で紙とペンを渡すとアマーリエと書かれた紙が返ってきた。それが銀髪ロングの名前らしい。風呂に入りながらの自己紹介、実にシュールな図である。
それにしても二人とも体にタオルを巻きすぎではないか? これでは何も見えないではないか。こんなにもグルグル巻きにされて顔と腕しか見えないのなら、そもそも浴室で作業する必要性はあるんだろうか。
「ビアンカとアマーリエか。俺は
『どうも~! 先ほどから失礼しております。メイって呼んでくださいね。あっ、これは見えてないタイプですねぇ?』
「えっ?! そこに何かいるの?! そういえばさっきからその男の子が不審な動きをしてたわ!」
金髪のビアンカが怪訝な顔でキョロキョロと浴室内を見渡している。だがそっちに佐久間はいない。佐久間はお前の後ろだ。
「えっと、一応汚れの落とせそうなオイルを持ってきたんだけど。どっちがタトゥー入れてるんだ? 背中だったか?」
銀髪のアマーリエに話しかける時にどもってしまうかとドキドキしていたが、なぜか普通に話すことが出来た。相手が話せなくて返事が返ってこないと分かっているからなのか、一対一ではないからかは分からない。待てよ、一対一でどもるとしたら、俺はこの先一生……やめよう。この話はやめよう。
俺が二人に話しかけると、アマーリエがまたも紙に何かを書いた。これは呪いです、か。うん。なにそれこわい。ビアンカに呪いとは何かと質問すると、ちょっと嬉しそうに答えてくれる。頼られるのが嬉しいとかそういうタイプなのかもしれない。
ビアンカ曰く今回の呪いのタトゥーは、相手の声を奪うスキルを使用した際の副反応のような物らしい。スキル保持者が対象者にスキルを発動した際に、その対象者の体のどこかにタトゥーのような紋様が現れるタイプのものがあるという。解除できるのはスキルを発動した本人、もしくは同じスキルを持った人物のみと言われているという。しかし多種多様なスキルがあるこの世界、同じスキルを持った人物を探すよりも本人に解除させる方が早いとか。
そしてスキルを解除すれば紋様も消え去るが、紋様だけを消すことは出来ないし、仮に消せたとしても、前例がないためスキル使用前の体の状態に戻れるかは分からないらしい。その性質から、対人で威力を発揮できるスキルを呪いと呼ぶことがあると。
「えっそれって消す必要あるか? 仮にタトゥーが消せたとしても、それによってまた別の副反応が起きたりしないか?」
『でもね先輩、女性からしたら体に望まないタトゥーがあるのはとても嫌な事なんですよ。今回は現れたのが背中ですが、もしも湯浅先輩もそのスキルを使用されて顔にタトゥーが出たりしたら、それだけでも消したいと思うでしょう?』
「いいからやるだけやってみなさいよ! 今より悪くなることなんてないわよ! アマーリエがどれだけ苦しんでるか分かってんの?!」
「それもそうか……じゃあやってみるか。ってかタトゥー入ってるの、アマーリエの方なんだな……うわっ、緊張してきた!」
ティモとビアンカが、紋様以外は絶対に見えないようにタオルを押さえている。余計な事を。アマーリエの真っ白な背中の中央には、直径二十センチほどの大きさの紋様があった。タトゥーとか紋様とか聞いていたので、魔法陣のような物かと勝手に想像していたが、実際にアマーリエの背中に浮かび上がっていたのはどす黒く気味の悪いシミのようなものだった。どことなく人の顔のようにも見える。近くで見ればなるほど佐久間の言う通り、何となくだが汚れが落ちそうな気配がする。
「ティモがやる?」
「いいや、このメイク落としはオイルタイプで、乾いた手で使用してくださいと書いてあった。だから俺がやる!」
『それ触りたいだけですよね? ティモちゃんでも出来ますよね?』
アマーリエの背中の水分をタオルでふき取ってから、オイルを手に取り白い背中にこすり付ける。オイルの量は多めにして優しく肌を撫でていく。これメイク落としのオイルじゃなくてもサンオイルとかでもよさそうだな。いや、それだと汚れが落ちないか。もし落ちなかったらどうしよう。この黒さだと漂白剤で落ちそうな気がするけど肌には良くないしなあ。
しばらくオイルをこすり付けながら役得感を味わっていると、ティモが俺の手元をのぞき込んできて叫んだ。
「きえてる! ここみて!」
「えっどこなの!? アタシにも見せて! ほんとだわ……アンタその液体なんなの?!」
『湯浅先輩、やりましたね! ただのスケベだと思われなくて良かったですね!』
言われた箇所を見てみると、紋様の端の辺りの汚れが落ちていた。まだ少しだけど、消えてよかった。メイク落としで一発ビンゴなんて運が良すぎる気もしたが。そういえば魔獣に有害物質が極端に効く世界だった。人間にもそれは当てはまるのかもしれない。
オイルを足しながら背中を撫でていると、三十分もすれば紋様の半分くらいは汚れが落ちていた。あとは中央の濃い部分と、所々残っている箇所を落とせば落ちる。
「ごめん……もう腕が疲れた。それに湿度が高すぎてぼーっとしてきた。続き今度にしていい? ってか二人とものぼせてないか?」
『あと少しなのに! でもそういえば結構時間たってますよね。私は暑さも時間も感じませんけどねっ!』
「実はアタシも少し前から意識が朦朧としてきて……倒れそうよ」
「ティモもたおれそう」
俺は慌ててティモと二人の女性を引き上げて、脱衣所に寝かせた。体を動かしても微動だにしないタオルがいい仕事をしていた。
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