第30話 金と銀

「カナタ! 大物がかかったぞ、見に来い!」

「うわあヤベえなにあれ?! すごいのかかってる!」

「ああこれは、カナタを呼ぶべきですね。私が呼んできましょう」


 家族風呂に佐久間という居候が増えた翌朝早く、俺とティモは叩き起こされた。昨夜は可愛いティモを観察したい佐久間と、それから逃げたいティモの熾烈な戦いが深夜まで及んだ。だから俺もティモも寝不足だった。佐久間は怨霊になってから眠る必要はないらしく、ピンピンしている。


「カナタ、そんちょうがよんでる」

「うん……俺行く必要ある? 佐久間見てきてくれない?」

『湯浅先輩なんですかこれは! 温泉まんじゅうじゃないですか! 悔しいっ! 私にも触覚と味覚が残ってさえいればっ!』


 堀に魔獣がかかるのなんてこの数日では珍しい事でもないのに、なぜか起こされた。そんなに大きな魔獣なのだろうか。あとで昼寝しよう。


 顔を洗ってからティモを連れて村の様子を見に行く。佐久間はこそこそと付いてきている。村の人達はルイス以外誰も佐久間の事は見えないようだったが、堂々としているのも気が引けるらしい。風呂には遠慮もなく入って来たのに。



 村の南の堀までたどり着くと、村人全員が堀の下を覗き込んでいる。そんなに珍しいものがかかったのだろうか。


「やっと来たかカナタ! あれ、なんとかしてやってくれ!」

「何ですか、またサウナでも設置すればいいんですか。そんなに大型なんですか……って、人間?!」


 村人たちがのぞき込む堀の下には、見たことのある人物が泣きべそをかいて座り込んでいた。土壁を登ろうとしたが腕力が足りなくて登れなかったようだった。いつからそこに、もしかして一晩中そこにいたのだろうか。


 泣きべそをかいていたのは、一昨日見たばかりの金髪ツインテールのツンデレ女子だった。真っ白な肌を泥だらけにして、ツインテールもほどけてぐしゃぐしゃになっている。体中が傷だらけのようだが、幸いにも骨は折れていないようだった。一昨日のような強気な表情は消え失せている。


「うわぁ、見たことある人だ。けどなんでこんな場所まで? もしかして俺たち尾行されてた?」

「あれカナタの言ってた、個人商店の盗品受付嬢だろ? 村まで来たって事はカナタ目当てじゃないのか?」

「それ以外考えられませんよね。一昨日も町で話しかけられましたし、カナタを探し回っていたのでしょう。責任を持って保護するべきですね」


 そう言われても、ただ店でやり取りしただけの女の人をなぜ俺が保護しなければならないのか。確かに見た目は可愛いし、金髪ツインテ大好物だし、年齢は未成年ぽいけどこの世界では法律は関係ないだろうから、何もなければ喜んで保護する。だけど一度こっぴどく罵倒された経緯があるので尻込みしてしまう。


『湯浅先輩、創作上にしかいない金髪のツインテールですよ! 知り合いなんですか?! まさにファンタジーじゃないですか!』

「そう言ってもなあ。俺は大人しくて胸の大きな可憐な女性が好きなんだよ。あんなキンキン声で怒鳴る女の子はタイプじゃないというか……」


「ひっく、あっ、あなた……見た目は違うけど、あの商人なの? ひっく、なっなんで誰も、ひっく、助けてくれないのお?」


 金髪ツインテは泣きながらも俺を見つけて話しかけてきた。クラウスの施してくれた変装は完ぺきだったはずなのに、速攻で見破られている。クラウスをジト目で見つめてみたが、さっと目を逸らされてしまった。


 村長と村人たちは厄介事に関わりたくないのか、ただ上から眺めているだけだ。こんな魔獣のポコポコ出る森の中の村に女の子が一人で来たというのはあり得ないことで、おかしいと思っているのだろう。皆が怪訝そうな顔をしながらも手を貸さずに様子を伺っている。


「えっと、以前に俺の持ち込んだ商品を盗品だと騒ぎ立てましたよね? こんな遠くまで何しに来たんですか? もうここにあの商品はありませんよ?」

「それは、ひっく、悪かったと、思ってるわ。ひっく、じっ事情があって、追いかけてきたの、ひっく。あなたを害するつもりは、もっもうないわ……」


 もうないって、前は害するつもりだったのか。どうするべきか。暴れないように後ろ手に縛ってから引き上げるとかか? でも女の子だし村人たくさんいるし、縛らなくてもなんとかなるか。


 村長の顔色を伺ってみたが、面倒見てやれと、自分の起こしたトラブルは自分で解決しろと目で言われてしまった。クラウスとペーターは苦い顔をしているし、ルイスは野生の勘が働いているのか若干引いている。


「うーん、ではとりあえず引き上げますので、上に着いたら俺たちに危害を加えないと誓って一筆書いてもらえますか? 妙な動きをしたら捉え……」

「危害なんて、加えないわ! ひっく、こっここで誓うわ! ひっく、あと、それと」

「それと?」

「もう一人いるの……」


 金髪ツインテが手を伸ばすと、俺たちの足元側の陰になっていたあたりからもう一人の人物が姿を現した。


 その人影は長身の女性で、年齢は二十代前半、細身なのに胸は大きく、ウエストは引き締まっていた。まっすぐに長い銀髪と菫色の瞳をしており、肌は今は薄汚れているが汚れを落とせばおそらく透き通るように白いのだろう。そう、金髪ツインテと同じ店で受付に座っていた銀髪ロングヘアーのクールビューティーなお姉さんだった。


「ひっく、わけあって、彼女も、ひっく、つっ連れて、きたんだけど……」

「すぐ保護しましょう誰か梯子を持って来てください。ないのならクラウスが土を掘って登りやすくしてあげてください俺の家ならまだ人が入れますし風呂ならいつでも沸いています。風呂の入り方は俺が教えてあげましょう着替えが必要なら用意しましす。怪我をしているのであれば俺が処置しますお腹はすいていますか?」


「カナタ、息継ぎをしましょう」

『湯浅先輩、露骨なのは嫌われますよ?』


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