第32話 事情説明

「アタシがこの村まで来たのは、店に塩を持ち込んだ商人を探していたからよ」

「やっぱりな」

「あの初老の商人がこぼした塩が高品質だと分かって、店主から探してくるまで給与を支払わないって言われたから必死だったわ」


 入浴を済ませて、金髪のビアンカから事情聴取をしている。家族風呂の脱衣所は狭かったが、それは俺に佐久間の姿が見えているからだ。肝心の客人二人は気にしていないようだった。


「でもあんなに騒ぎ立てたら相手に逃げられるって思わなかったのか? あの時騒いだりせずに通常通りの取引をしてもらえてたら、多少安かろうが俺は塩を売ってたぞ?」

「騒ぐように言われてたのよ! 店主から受けた説明だと、アタシが騒ぎ始めたら衛兵の格好をした店員が奥からいっぱい出てきて、商談相手を捕縛するって計画だったの! 今まではすぐに出てきてくれたのに……」

「誰も出てこなかったぞ?」

「そうなのよ……」


 ビアンカの説明によると、店主に言われたとおりの行動をとったのに一向にフォローが入らず、騒ぎ足りないのかとエスカレートしてみたがやはりフォローが入らず、結局商談相手を逃がしてしまいこっぴどく怒られたという。その後は塩を持った商人を見つけてくるまで戻って来るなと店を追い出され、町中を探し回っていたらしい。


 それらしき人を数人見かけはしたが服装や年齢が違っていたり、質問しても店には行っていないと言われてしまい、毎日町中を探しまわる日々だったという。それもあってビアンカは町で広く顔を知られてしまった。


「やっぱりあの時の初老の男はアンタだったのね」

「ああ、俺だな。でも何で分かったんだ? 商店には変装して行ったのに」

「匂いよ。二度目に町で会った時も言ったけど、アンタたちから石鹸のような匂いがしていたわ。いいえ、石鹸よりももっと強い花の香りよ。今になって思うと、ここの浴室にあったしゃんぷーの香りだったのね」


 俺とクラウスは臭いわけではなかった。実は匂いを指摘されてクラウスと二人ひそかに落ち込んでいたのだが、それが臭い方の匂いでなくて良かった。


「それで、何日も何日も探し回っても全然見つからないし、持っていたお金も無くなるしで途方に暮れてたのよ。それでふと思ったの。今さらあの商人を探し出して商店に突き出してもたいして給与が貰えるわけでもないし、それならあの商人を探し出してお願いしてどこかの国へ連れて行って貰おうって。デンブルクから出られるのなら、トワールでもロヴァニアでもどこでもいいって思ったの」


 ビアンカの話では、実家であまりいい扱いをされておらず衝動で家を飛び出し、日々の生活のために仕方なく悪徳商店で働きだしたという。しかしその働き先からも追い出されてしまった。町では顔が知られてしまい、他に雇ってくれる店はない。もちろん実家に居場所はない。ならば商売で儲けているであろうあの塩を売っていた商人を探し出し、隣国まで連れて行って貰おうと考えたという。


 町角で見かけた俺とクラウスにはあの商人ではないと否定されてしまったが、珍しい香りは同じだったため、俺たちに付いて行けば商人にたどり着けると考えたらしい。


「無茶するよな。こんな辺鄙な村まで付いてきて、もし見つからなかったらどうするつもりだったんだ?」

「もう他の手段が残ってなかったのよ! それに最近はまともに食べてなかったから、難しい事を考えられなかったの!」

「ふーん、まあいいか。じゃあビアンカの目的は、デンブルク王国から逃げ出す事……じゃないか。今までの生活を捨ててどこかで静かに暮らす事、か?」

「……そうなるわね。でももうどこにも、アタシの居場所はないわ」


 あれだけキンキン声で怒鳴っていたビアンカはすっかり大人しくなり、もうあの時のような敵意は感じられなくなっていた。本人が平和に暮らしたいだけであれば、村長に説明してこの村で暮らせばいいのではないか。


 村の周りの魔獣は増えてきてはいるがそれも対処出来ているし、この村はとても穏やかで過ごしやすい。ビアンカの元の暮らしぶりは知らないが、問題がないように思える。


 ビアンカにこの村で暮らすことを提案してみると、とりあえずは仕事を貰いながら住んでみたいという返答だった。ひと月でずいぶんと丸くなったものだ。体つきは、本人の言う通り食事をあまり取れていないのか女性特有の丸みがなくなってしまっている。由々しき事態だ。


「じゃああとで村長の所に相談に行かないとな。それで、アマーリエはなんで連れてきたんだ? 彼女とは面識がないはずなんだが」

「アマーリエは、少しの間だけど同じ店で働いていたの。喋れないからか安い給与でこき使われていたわ。数日前に町で偶然出会って、アタシの計画を話したら自分から付いてくるって言ったのよ」


 アマーリエに紙とチョークを渡すと、小さな文字を書き始めた。紙を節約しようとしているようだが、チョークでよくそんなに小さく書けるのかと感心するほど小さな文字だった。次に町に出た時に紙も買うことを忘れないようにしなければ。


「よく分かんないけど、アマーリエはトワール王国に行きたいみたい」


 その紙に書かれた内容によると、アマーリエは西のトワール王国の出身で、婚姻によりこのデンブルク王国へと移住してきたという。しかし結婚相手の男の不興を買ったため、声を奪うスキルをかけられて離れの家に押し込められた。一応食事は与えられていたらしい。長い間放置されていたが隙を見て逃げ出し、町で運よく悪徳商店に雇われて日々を過ごしていたという。喋れない彼女を雇ってくれる店は他にはなかった。


 アマーリエの目的は、出身国であるトワール王国へ戻る事。もしくはトワール王国の実家と連絡を取る事。俺が二度目に町に出た時にピンクふわふわ髪に販売した塩を見て、トワール王国から持ち込んだものだと思ったらしい。そして声をかけてきたビアンカと利害が一致し、トワール王国へのルートを持っているであろう商人を探すことにしたとか。


「期待させてしまっていたようで申し訳ないんだが、俺の販売した塩はトワール王国のものじゃないんだ。建前上はそうなってはいるんだが……」


 俺の言葉にビアンカは憮然とした顔をしたが、アマーリエは見るからに沈んでしまった。


「じゃあどこから手に入れたのよ? やっぱり盗品なの?」

「どこから盗むって言うんだ。あれは俺のスキルで出したものだ!」

「えっ、スキルで塩が出せるの?! すごいじゃない! それだけで大儲けできるじゃないの!」


 アマーリエはトワール王国へのルートがないと分かったらこの村から出て行ってしまうのだろうか。ビアンカはともかく、アマーリエにはこの村に住み着いてほしい。


「スキルで出せるって言っても色々と制限もあるし、そう簡単には儲けられないんだ。あ、でも今後は収入が増える予定だから、そのトワール王国の実家に連絡するってのがお金で解決できるのであれば、助けになれるかもしれない」

「まあ、いいじゃないアマーリエ! お金出してくれるって言ってるんだからお願いしちゃえば!」


 いいぞビアンカ。そうやってアマーリエをこの村に縛り付けておいてくれ。アマーリエは何かに迷っている様だったが、行く当てもないらしくこの村に泊まることに決めた様だった。


「話がまとまって良かったわ。じゃあ今日からこの村にお世話になるわね。アタシでも出来る仕事を探さなきゃ! そうだ、この村の宿屋はどこかしら?」

「えっ宿屋……? あったっけ……?」

「どういうこと? こんなに立派なお風呂付きの小屋があるのに、宿屋がないなんてあり得るの?」

「……村長に聞いて来よう」


 嫌な予感がする。俺とティモの居住区が奪われそうな予感がする。村長に相談したところでおまえが面倒見ろとか押し付けられそうだ。そしてどうせ俺は家から追い出されるんだろう。そうしたらどこで寝ればいいんだ。足湯で寝ろってか。ルイスたちの家は寒そうだし男ばっかりだし却下だな。綺麗なお姉さんとの風呂付き同棲計画はいつになったら叶うのだろうか。


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