第29話 テレビ付き

『湯浅先輩、この家テレビないんですか? 私このアバターを選ぶときに、テレビから出てくることも想定してたんです。このレベルの内装の建物が建てられるなら、テレビの設置されてる建物くらいいけますよね?』

「あー、テレビかあ。たしかスーパー銭湯の中にはテレビいっぱいあったな。温泉宿にももしかしたらあるか?」

『じゃあそのスーパー銭湯を設置しましょうよ!』

「でもお金が足りないんだよなあ……」


 風呂から上がり脱衣所でくつろぎがてら、タブレットを引き寄せる。浴槽購入画面を表示して佐久間に見えるように置いた。タブレット前に人が集まってくる。


◆手湯・足湯    30,000リブル~

◆サウナ室     80,000リブル~

◆ユニットバス   200,000リブル~

◆家族風呂     400,000リブル~

◆露天風呂付客室  700,000リブル~

◆銭湯・温泉宿   3,000,000リブル~

◆スーパー銭湯   50,000,000リブル~


「このリブルってのは円と同じ価値だと思ってもらっていい。今の俺の所持金は1,580,500リブルだから、買えるとしても露天風呂付客室が限界だな。あっ、客室だとしたらテレビもついてるのか?」

「なになに? また何か買うの? オレにも見せてよ!」

「非常に興味深い。ですが村長に怒られない程度にしてくださいね。この文字の事を教えてくださいと前にお願いした事は覚えていますか?」

『私、露天風呂付客室に泊まったことありますよ! あっ、もちろん家族とですけどね! その時テレビついてましたし、それにしましょう! それぞれの詳細とかって見れます? っていうか浴槽設置なんて聞いたから、浴室だけがポンと出てくるかと思ってましたが家丸ごとなんですね!』


 タブレットの周りの人口密度がすごい。過疎地へ避難したいが俺のスキルなので俺しかタブレットを操作できない。硬貨の投入はティモにも出来るのになぜだ。お金を回収する時だけ規則が緩むのはどこの世界でも同じだな。


 男連中と女怨霊にもみくちゃにされる。だんだんと悲しくなってくる。唯一の癒しのティモは佐久間を警戒して少し離れた場所で見てるし。足の間に割り込んできていた頃がなつかしい。


『ああ、やっぱり今はブラウン管テレビを置いてる宿なんてないんですね。理想はブラウン管から出てきて人を驚かせたかったんですけど。じゃあもうこの薄型テレビの付いてる二人用のやつでいいですよ』

「いやいやそんな簡単に言うけどさあ。この158万リブルを稼ぐのだって結構大変だったんだぞ? 佐久間はリアルに日本で買い物するとして、100万以上するものを、じゃあこれでいいやってなるか?」

「おいこれ銀貨何枚なんだよ!? ヤバそうな気配がするぞ!」


 文句を言いながらも、佐久間の希望する二人用の客室の中からひとつを選択し、プレビュー画面を表示して全員に見せる。二人用になってテレビがついただけで値段が跳ね上がり、130万リブルにもなってしまった。せっかく増えた俺の所持金が、一気になくなりそうな予感がする。


「だいたい、テレビにこだわらなくても村にある井戸を使えばいいだろ? 元々は井戸から這い出てくる描写なんだから」

『それだと趣がないじゃないですかぁ』


 表示した二人用客室は、白を基調とした南欧風のメゾネットタイプのものだった。客室の雰囲気がヨーロッパっぽいので、この世界に設置したとしても違和感がないかもと思い選んだ。和風タイプは何かあった時に言い訳もできなくなるだろうから除外。すでにこの家族風呂の畳椅子が異彩を放っているが、何かあった時には建物ごと消すつもりだから大丈夫だ。しかし100万リブル以上もする建物を消すとなると躊躇してしまうではないか。


 客室内部の詳細画像を見てみると、一戸一戸が独立した家のようで間取りは吹き抜けのある二階建てになっており、一階には広いリビングルームとトイレとシャワー、そして内風呂一つに露天風呂が一つある。露天風呂は遠赤外線を含んだ温泉らしい。二階にはダブルベッドが二つ並んで置かれており、横には小さなバーカウンターがある。


『これオシャレですね! これにしましょう湯浅先輩! 一階のリビングにテレビもついてますし! あっ、このバーカウンターに置いてあるワインってサービスとかですかねえ?』

「でもこれどうなってるんだ? 間取り図見てもいまいち……なんで二階に玄関があるんだろう?」

「カナタ、この家を買うのでしたら高さが問題です。村長にも言われたでしょう? この村は全て平屋ですので、高さのある建物は目立ちます。商人が回ってきた際にどのように言い訳をするおつもりで?」


 一番のネックは建物の高さだった。価格は有り金はたけば手が届くが、この村にお世話になっている以上村に迷惑はかけられない。


『建物の高さが問題なんですか? じゃあ一階を地下に埋めて、二階の部分だけが見えるようにすればいいんですよ!』

「ああぁなるほど! これは二階から入って階段で下に降りるタイプなのか! 坂の多い外国のイメージだな!」

「埋めるってどういうことだ? 家を埋めてしまったらどうやって生活するんだ?」


 佐久間の考えでは、家の一階部分を地下室のように地下一階になるように設置し、二階部分だけが地上に顔を出すようにしたらどうかと言う。まあそれなら他の家と謙遜なく見えるだろうし、今表示しているタイプであれば二階に玄関があるからちょうどいいのだが。


「クラウス、家の一階部分だけが埋まるような穴を掘ることは出来るか?」

「なるほど、一階部分を地下室のように偽装するのですね。私が毎日作業しているように、穴を掘る事自体は苦ではありません。しかし掘り出した土が問題です。その土さえ何とか出来るのであれば、穴くらいいくらでも掘りましょう。もちろんその家は私達も利用できますよね?」


 ダメって言っても入ってきて使うのだろうに。クラウスと相談して、新たに穴を掘るのは時間と手間がかかるし、今掘っている村の南側の堀を利用できないかを考えることになった。落とし穴が結界付き家になるだけだし、どちらでも魔獣は防ぐことが出来るだろう。堀の幅を広げなければならないが、明日にでも村長に許可を貰いに行こう。


 あれ、でもよく考えると露天風呂のある一階部分が地下に埋まるとすれば、景観はどうなるんだろう。オーシャンビューとかいうのはなくなるのだろうか。


「今よりも広くなってろてんぶろってのが増えるのか! 楽しみだなあ!」

『私の為にテレビ付きの家を購入してくれるなんて、さすが湯浅先輩ってば太っ腹ですね!』

「まんじゅうある?」

「以前よりこの家は私達が過ごすには少々手狭だと感じていました。この家よりもさらに広くなるという事には期待が高まります」


「新しい浴槽を買うのは、おまえらがいつも集まって狭いからだからな!?」


誰も俺の言葉を聞いてはくれなかった。


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