第28話 白い女

「……ってわけで、これこんな格好してるけど俺の知り合いの佐久間。こっちの青い髪はクラウスだ」

「残念ながら私には見えません。悪霊ですか? アンデッドですか? いいえ、アンデッドなら私にも見えるはずです」

『怨霊です。これからよろしくお願いします』


 日本で働いていた時の後輩女子が、なぜか怨霊化してこの世界に来ていた。全くもって意味が分からない。佐久間は俺の記憶の中では元気に生きて働いていたはずだが、俺が退職したせいで激務になって過労死したらしい。ごめんな。でも俺関係なくない? 悪いのは仕事を均等に割り振らなかった上司だと思う。


「悪霊じゃなくて怨霊らしいぞ。でも憎いのは元いた場所の人達だから、俺たちを害するつもりはないって言ってる。上手に痛みなく浄化してくれる人を探してるらしくて、でもなかなか見つからないから俺たちについて来るんだって」

「そうですか。見えないとどこを見て話せばいいのか分かりませんね。とりあえず、宜しくお願い致します」

『あっ、ご丁寧にどうも。あと、どう考えても逆方向に話しかけるのやめてもらえません?』


 佐久間をクラウスに紹介しようとしたが、クラウスには姿が見えないそうだ。何故俺には見えているのか、佐久間にもよく分からないらしい。怨霊になった佐久間の声は不思議で、耳で聞くというよりも脳内に響いてくる感じがする。くっ、こいつ直接脳内に……?


「それで、佐久間はずっとこの廃墟を彷徨さまよってたらしいんだが、ここの地下に良さそうな場所があるって言ってる」

『そうなんですよ! ホールみたいに広い場所で、湯浅先輩のスキルの事はよく分からないんですけど、天井とかすごい高く作られてるからちょうどいいんじゃないかと思うんです。いつもは入り口に悪霊いっぱいいるから地下まで人来ませんし!』

「そこは安全な場所なんでしょうか? 悪霊はこの槍で撃退できますか?」


 佐久間に案内されるまま、階段の下にある秘密の扉を開けて地下へ続く階段を降りる。この廃洋館に悪霊がいっぱいいるのなら、戦えない俺たちはどうなるんだろう。見つかれば憑りつかれるんじゃないか。


「悪霊ってどこにいるんだ? さっきいっぱいいるって言ってたな? 全然いないんだが。俺に見えてないだけか?」

『それが、私のこの格好が怖いらしくて、私と一緒に移動すれば悪霊たちは寄ってこないみたいです。そう、誰も寄ってこないんですよ、誰もね……ふふ』

「うん、なんかごめんな」


 真っ白で長めのワンピースを来て黒髪を前に垂らした貞子スタイル、この世界の人からしたら怖いのだろうか。町の人達の服装は元は白かった服も黄ばんでいたり汚れが落ちていなかったりするから、白すぎて光を放っているようなワンピースは異様なのかもしれない。廃洋館を彷徨っている他の悪霊たちがどんな姿なのかを聞こうかと思ったが、夜にトイレに行けなくなるしこの廃洋館に近づけなくなるからやめておいた。


『じゃじゃーんっ! ここです! この辺りまでは生きている人間はたどり着けないので、悪霊たちもめったに来ないんですよ。悪霊たちはいつもは玄関の扉の辺りに集結してます。なのでここに来るときは必ず私を連れてきてくださいねっ!』

「お、おう……でも、広くていい感じだな!」

「ここは何かの儀式を行っていた場所でしょうか? 地下にこのような広い空間があるなど……なるほど、悪霊がいるというのはこの館で過去に何らかのやましい儀式を行っていた可能性がありますね……」


 怖いからそういうのやめて欲しい。佐久間もクラウスもやめて欲しい。クラウスは霊感が全くないらしく、佐久間のことも見えないし悪霊も見たことがないと言っていた。アンデッドなら見る自信があると言うが、実際に見たことはないらしい。俺も霊感全くないけど、怨霊の佐久間の事は見えているしこの世界では見えてしまうのかもしれない。


 場所も確認できたし、今後遠隔で塩サウナを設置しても問題なさそうだ。これで次回からのレーメンの町訪問がかなり楽になる。毎回10kgの塩を背負って半日歩くのは拷問に近かった。悪霊の事とか難しい事は考えずに村に帰ろう。



 レーメンの町の宿で一泊し、また村へ歩いて戻る。背中は軽くなったが半日はやはり長い。


「村長、村で馬を飼ったりしないんですか? 商人のドミニクさんは荷馬車みたいなの乗ってましたよね。八本足の馬のやつ」

「馬なあ……維持費と手間がかかるんだよ。餌代が馬鹿にならんし、糞も垂れ流しだしなあ。それに詳しい知識を持った奴が村にいないから、飼ったとしても弱らせちまう可能性が高いんだ」

「四本足の普通の馬でも同じですか?」

「村で飼うとしたら八本足のスレイプニルになるだろうな。普通の馬だと魔物にビビって逃げちまうし簡単に食われる。スレイプニルは魔物相手に怯んだりせんし、道が悪くても走れる。だが餌代がすげえ」


 毎回町へ歩いて行っている村長が渋い顔つきでそう言うのなら、馬を飼うのは相当な手間なんだろう。バイクとか車があればいいのに、この世界にはまだないようだった。以前サウナを検索していた時にちらりと見たサウナカーはどうなんだろう。しかしもしもサウナカーを購入して、音や外観などで使用できない事になったら大損だし、やめておいた方が無難だな。


 ちなみに怨霊の佐久間の姿は村長たちにも見えないようだった。村について来たいと言っていると伝えるも、見えないし悪意がないのなら別にいいと返事を貰えた。村人の家々を勝手に覗かない事が条件だったけど、俺は村人の家での生活ぶりには興味がないので問題ない。


「ああ、ルイスから頼まれていた酒が重い……でも連れて行くと動き回って面倒になりますからしょうがないですね」

「酒か……あっ! ティモにお土産買うのすっかり忘れてた! うわ、前回も忘れたし怒るかな……」

『湯浅先輩、ティモって誰ですか? 女ですか?』



 半日歩くと、懐かしの村が見えてきた。体中汚れているし足先が冷えすぎているから先に足湯に入ろう。いや、もうなりふり構わず家族風呂に沈もう。村の入り口をくぐると、村で待っていた村人たちへの挨拶もそこそこに俺だけ家族風呂へダッシュで戻る。室内の畳の椅子ではティモが昼寝をしていた。


「ただいま……ティモは寝てるのか。じゃあ一人で風呂に入って来るか」

『うわああ、懐かしい! こんな感じのお風呂、昔家族で来たことありますよ! ……ってか、何ですかこの子?! 湯浅先輩の隠し子ですか?! いや、この子の顔、湯浅先輩の隠し子なわけありませんね。先輩からこんな綺麗な顔した子が産まれるわけありませんよね』

「服脱ぎたいんだけど、佐久間出てってくれる? 聞こえてないな。まあいいか、幽霊に見られても痛くも痒くもない」

『いやもうホント何ですかこのかわいい子は! はっまさか……天使? これは幻?』


 錯乱状態でティモを観察し始める佐久間を見ないふりして服を脱ぎ、手早く体を洗ってから家族風呂の浴槽に沈む。疲れた体に温かい湯が気持ちいい。いつでも適温でお湯が沸いているというのは素晴らしい事だな。


 レーメンの町にいい場所も見つけたし、今後は町に行く時にもお湯に浸かれるかもな。むしろ銭湯とかの大衆浴場を設置して町の人相手に商売をしてみるのはどうだろう。その場合はどこに許可がいるんだろう、商業ギルドかな。


「カナタああああ! へんなひとがいる! たすけてええ!」

「起きたか。ティモこっちおいで! 風呂入ってるから!」


 泣きべそをかいたティモが、それでもきっちり服を脱いで浴槽にダイブしてきた。それを受け止めながらティモに説明をする。


「外にいた白い服の女の人は、俺の知り合いだから大丈夫だ」

「めがさめたら、めのまえに! こわい!」

『ティモちゃん男の子だったんですか?! まあ性別はどっちでも構わないんですけど、へへへ。ほらティモちゃん、芽衣めいお姉ちゃんですよお。こわくないよぉ?』

「佐久間、堂々と入って来るなよ……」


 目が覚めた時に視界いっぱいに黒髪を顔の前に垂らした女が居たらどうだろうか。俺ならチビる。


「あれ? それよりティモは見えるのか?」

『ホントですね! 子供とか動物には霊が見えるとかいうアレですかね? ほらティモちゃん、芽衣めいお姉ちゃんは怖くない怨霊ですよぉ?』

「こわい。みえないほうがよかった」


 怨霊な時点で怖い気がするのだが。ティモに拒否られた佐久間はいじけながら洗い場の隅に座り込んだ。いじけながらもティモの姿を凝視している。怨霊になってからは座っていようが立っていようが走っていようが、体力的には変わりがないそうだが。そもそも体力の限界が無くなったらしい。食欲も眠気もなくなり、物には触れられないしせっかくの温かい湯の温度も分からないとか。何で生きているんだろう。あ、死んでた。



「カナタおかえり! クラウスに酒買ってきてもらったから風呂の中で飲もうぜ! ……ってえええええ?! 何その白い女! こわいこわいこわい! いつからこの家にいるんだ!? なんでそんな隅っこに?! ってか家に入れたって事はカナタの知り合いなのか?!」


 ルイスが大声で騒ぎながら全裸で浴室に入って来た。手には酒瓶のような物が握りしめられている。クラウスとペーターもちゃっかり全裸で一緒に入ってくる。湯に浸かりながら酒を飲むというのもいいな。この世界の酒類のアルコール度数は未知だが、どんなもんなんだろう。


「このように、私がせっかく重い思いをして持ち帰ったというのに、ルイスは味わう事もせずに湯水のように一晩で飲みきってしまうのですよ。カナタにはぜひ味わって飲んで頂きたいです」

『湯浅先輩、なんですかこのギャル男は?! それにそっちのマッチョな無口君とか美味しそう……!』

「みえないふり」

「だから浴槽小さいんだから大勢で来たら狭いんだって言ってるだろ」


「いや、ちょっとカナタ! オレの話聞いてた?! この部屋の! 隅に! 白い服の女がいるんだってば!」


 怖がるルイスと無言のペーターに近づき、品定めし始める佐久間。ペーターには佐久間の姿は見えないらしい。ルイスはばっちり見えている模様。


「なんでルイスは見えるんだろう? ティモは子供だから見えるとして……あ、ルイス。これ俺の知り合いで怨霊の佐久間。元の姿はもうちょっと可愛かったんだが、死んだ後にこの姿になったらしい」

「なんで可愛いままでいてくれないんだよ! なんで怨霊になっちまったんだよ!」

『はじめましてぇ。今日からこちらでお世話になります。悪さはしないので安心してくださいねっ』

「ルイスがバカだから見えるのでしょうか……いやそれとも、精神年齢が低いから見えてしまうのでしょうか。おや、どちらにしてもバカですね」


 ルイスはひとしきり騒いだ後、佐久間と打ち解けて話せるようになった。子供は慣れるのが早いと聞いたしティモで実感もしていたが、ルイスはもれなく子供の心を持っていた。ティモはまだ若干怖がっている。


 湯に浸かりながら酒が飲めるかと思って期待していたが、ルイスの持ってきた酒は俺の口に入ることなくルイス達三人が飲み尽くしてしまった。あの前振りはなんだったんだ。

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