第27話 廃墟にて (sideメイ)

 町はずれの廃洋館には、今日も幽霊たちが漂っている。



 私は佐久間さくま芽衣めい、享年24歳。異世界転生した日本人女子である。


 ブラック企業で文字通り死ぬまで働き、一人暮らしのマンションの玄関先で靴を履いたまま息を引き取った。私の魂はそのまま天に召されようとしたが、勤めていた職場や社会への恨みつらみが膨れ上がって怨霊となってしまった。でも怨霊となる時に何かの手違いで異世界に渡ってしまった。自分でも何を言っているのかわからないが、つまりはそういうことだ。


『早く天に召されたい……』


 元の世界で私を苦しめた人達に仕返しとかしたかったけれど、異世界に来てしまった私にはどうすることも出来ない。写真に写り込んで怖がらせたり、夜中に道端で佇んで驚かせたり、テレビの中から出てきてビビらせたりでもすれば気も晴れて成仏できるかもしれないのに。世界が違うから手出しが出来ない。私はもう奴らには何も出来ないのだ。


 怨霊となりしばらく過ごして気づいたが、どうやらこの世界は最近流行っていると噂の中世ヨーロッパ風の世界のようだった。だがしかし、怨霊の私には何にも触れることが出来ないから、世界観を楽しむとかそういう事も出来ない。ああいうのは自分の体で見て触れて体験して、それで初めて楽しいと感じるのだ。映画を見ているように楽しめばいいかと一旦は気を取り直してみたが、映画はそれぞれの良いとこ取りをした結果の“作品”なのだ。主人公っぽいイケメンを見つけたとしても、普段の筋トレを延々眺めているだけの日々は楽しくない。


『なんでもいいから穏やかに成仏したい……』


 ちなみに今の私の外見は、白いワンピースを着て長い黒髪を前に垂らした女である。鎧を着た落ち武者とか真っ白な体の子供とか船長の服を着た骸骨とかのアバターがいろいろ選べたけれど、元の自分に近いほうがしっくりくるような気がしたから白ワンピースの女にしておいた。狐やら火の玉やらフランス人形やらの人外も気にはなったが、テレビから出て来て脅かしやすいように人型を選択した。せっかく人型にしたのに、この世界にはテレビがなかった。もちろんパソコンも漫画も恋愛小説もない。


『安らかに眠りたい……』


 楽しみがないのならいつまでも漂っていても仕方がないし、早めに天に召されたい。けれど私一人の力では成仏できそうになかった。


 異世界という知らない世界でどこへ行けば安らかに浄化してもらえるのか分からなかったので、とりあえず目についた廃れた洋館に居候する事にした。この町には定番の教会はないようだった。


 この洋館はもうずっと前から廃墟となっているようで、先住霊がたくさん漂っている。けれど人型の浮遊霊は私のアバターが怖いのか、近づいても逃げて行ってしまうし、動物とかの獣系はもちろん言葉が通じなかった。会話が出来ないと情報も集まらないし毎日暇だ。


 洋館の中を彷徨っている霊たちは、悪霊退治として館に訪れる人間を襲って生気を吸って遊んでいるようだった。私はそんなことより浄化して欲しい。お腹もすかなくて、娯楽もなくて、誰かと会話もできなくて、本当に何もすることがない。この状態で毎日ただウロウロとしているだけなんてつらい。


『今日こそはどんな人が来るのか見極めないと……』


 悪霊退治としてこの洋館を訪れる人はちらほらいたが、私が気づく前に他の浮遊霊にとられてしまう。元動物もいるから鼻が利くのだろうか。霊に感づかれた人達は、洋館に入ってすぐに生気を吸われてしまい、玄関先でそのまま卒倒する。死んだときの自分を見ているようで少し可哀そうな気持ちになる。


 卒倒した人は半日ほど寝かせておくと、ハッと目覚めて慌てふためいて逃げ帰って行く。生気を吸われても死んでしまう事はないようだった。逃げ帰る前に私を除霊してほしい。




 そんなある日、二人の人間がこの廃洋館を訪れた。洋館の中は暗くて遠目でははっきりと分からないが、武器を持った男性二人組のようだった。ラッキーな事に、たまたま玄関近くを彷徨っていた私が一番乗りで気づけた。他の霊は午前中に悪霊退治に訪れた人たちで遊んで満足したのか、まだ姿を現さない。


『今日こそは……! あの人たちならば……!』


 柱に隠れながらもゆっくりと近づいて見てみると、商人風の服装をした黒髪の初老男性と、神官服のような服を着た青い髪のインテリ風男性だった。


『神官服! これアタリじゃない? 彼ならきっと……!』


 神官服の彼は見るからに聖職者だ。昔見たアニメでは神官とか僧侶とかがアンデッドモンスターに対してディスペルという魔法を使っていた。彼なら怨霊を払えるに違いない。怨霊とアンデッドモンスターが同じ括りなのかは知らない。


 私が彼らを見定めている間にも、彼らは手分けして洋館内部を探索する事に決めたようだった。彼らはゾンビ映画とかを見たことはないのだろうか。分散すればするほど危険度が上がるという事は私でも分かる。ああ、テレビがないんだった。


『まあいいや……。私はあの神官服の彼を尾行しよう……』


 二人きりになったところで姿を現し、穏便に除霊してもらおう。というのも、いくら実体がないとはいえ除霊の際に痛みを感じるようだからだ。


 人間を襲うのを失敗した先住霊が、絶叫しながら昇天したのを見たことがある。私は痛いのは嫌だ。その霊を昇天させた人についでに除霊してもらうなんて論外で、その彼が他の霊に生気を吸われるのを陰ながら見守った。



 怖がらせないようにぬるりと姿を現して話し合おう。そうすれば聖属性の魔法とかで、ふわっと痛みもなく浄化して貰えるかもしれない。そう思った時だった。


「そこに誰かいますか?」


 神官服の彼が鋭い声で呼びかけた。私がいる場所とは反対側へ。


「この邪気は、悪霊に違いありません。その証拠に私の中の何かが反応しています。さあいつでもかかって来なさい、悪霊よ! この槍で、お前の存在をこの世から消し去って差し上げましょう!」 


 彼は何もいない空間に向かって意気揚々と演説をしている。もしもその場所に何かがいたのなら、既に彼は生気を吸われて卒倒しているだろう。それに私は“悪霊”じゃなくて“怨霊”だ。


「おや、外れてしまいましたか。ふふ、私の腕もまだまだのようです」


 神官服の彼は恍惚とした表情で目を閉じて含み笑いをしている。嫌な予感がする。もしかしなくても、この人には霊感が全くないのではなかろうか。


 試しに彼の後ろをすすっと移動してみる。……反応がない。


 彼の後ろで反復横跳びをしてみる。……反応がない。


 神官服を着ていて霊感がないのなら、この人の職業とかそういうのは何なんだろうか。コスプレでもしてるのか。


「悪霊がいたのならこの聖なる槍の力を試すことが出来たのですが……。ペーターから無理矢理借りたこの神聖な力の宿っているかもしれない槍で、悪霊を力いっぱい突き刺す……なんと優美な情景でしょうか。女の霊ならやさしく突き刺し、男の霊ならボコボコに。誠心誠意弔って差し上げるというのに……」


 放置してたら何か一人で喋り出した。この人、いかにも聖職者な服装をしているのに、パワー系なんだ。それにあの槍、レンタルなんだ。浄化できないんだ。ふーん……。


 この人は色々と痛そうだしやめておこう。他の霊に生気を吸われたらいいんだよ。私はもう一人の男性の様子を見に行く事にした。



 隣の部屋へ移動すると、商人風の服を着た黒髪の初老男性がウロウロしていた。背後からそっと近づく。黒髪でひょろりとした体つきが懐かしい。この世界にも黒髪の人はいるけど、色合いが微妙に異なっているようだった。体型も肩幅の広い人が多いし、顔つきもみんな彫りが深くて……。


 この人、化粧してる。いや変装か。どちらにしても不自然であることに変わりはない。遠目では初老だと思ったけれど、それは化粧で皺を書き足しているからそう見えたのだ。近くで見ると意外に若く、顔の凹凸も少なくて、なんだか見覚えのある顔つきだ。


「ひっ……貞子?! えっ!? なんでこの世界に貞子がいるんだ?!」


 初老風男性は目が合ったとたんに懐かしいワードを喚きながら一目散に逃げだそうとしている。その彼の前に回り込んで顔をじっくりと眺める。


『貞子って……日本人なの? 私と同じ転移者とか転生者だったり?』


 私の声が聞こえるのか、男性は逃げるのをやめて立ち止まった。その顔をもう一度じっくりと見る。


『……あれ、もしかして……湯浅先輩!?』


 ブラック企業で働きだした時、一時的に仕事を教えてくれた男性社員がいた。彼はいつも疲れた顔をしていたが、仕事は根気強く丁寧に教えてくれた。疲れた表情に隠れていたが、元々の顔立ちはそれなりに整っているようで、女性社員から差し入れやバレンタインチョコなどを貰ったりしているようだった。かくいう私もバレンタインデーには奮発してちょっとお高いチョコレートを渡したものだ。ホワイトデーには何も返ってこなかったけど。


「俺の事知ってるのか?! 貞子に知り合いはいないんだけど! ってか怖いからどっか行ってくれ!」

『湯浅先輩、私です! 佐久間さくま芽衣めいです! ほら新人時代に仕事教えてくれたじゃないですか!』


 私の叫び声に、後ずさり始めていた初老の男性が足を止める。私の長い黒髪の間から覗き込むように顔を見ようとしている。すっごく距離遠いけど。


「……いや、佐久間はもっと可愛かったはずだ。そんな貞子じゃなかった。えっ、なんで貞子……それに佐久間まだ生きてるし」

『これはアバターなんです! 人型の女性アバターはこれしかなかったんです! 湯浅先輩が退職した後に、先輩の仕事全部私がすることになって残業が続いて休みもなくなって、それでぶっ倒れて死んだんです!』

「……ここは異世界だぞ? そんな偶然があるわけ……俺を騙してどうする気だ?」


 私の魂の叫びに、湯浅先輩は訝し気な表情をしながらも距離を縮めてくる。わあ、なんだか懐かしいやら嬉しいやらの感情がごちゃごちゃしてる。こうして湯浅先輩に再会できたのだから、今まで成仏できずにいて良かったのかもしれない。


「……本当に佐久間なのか? あの惑星チョコレートをくれた佐久間なのか?」

『バレンタインデーにチョコは渡しましたけど、私が渡したのは惑星チョコじゃなくて貴腐ワインのやつです。湯浅先輩ってホントに……』

「そうか、佐久間か……俺のせいで死んだんか。……あの、なんか、ごめんな?」

『雰囲気で謝るとか。先輩、そういうところですよ』


 久々に出会った湯浅先輩は、ちっとも変わっていなかった。

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