第26話 再び町へ

「そしてやっと! 町に着いた! 四週ぶり二度目のレーメンの町!」

「カナタ、壁が薄いのでお静かに。あと化粧がずれるので動かないでください」


 前回と同じ宿屋でクラウスに言われるままに着替え、変装させられている。前にトラブルを起こしたので違う変装をしたかったが、それだと商業ギルドで怪しまれるという事になり、前回と同じく初老の旅商人風の服装と化粧を施されることになった。


「何で俺は旅商人風なのに、クラウスはそんなカッコイイ服着てるんだ? それって神父さんとかが着るやつだろ?」

「古着屋を見て回ったのですが、商人らしい服がなかったのです。あと趣味です」


 クラウスは白を基調とした聖職者っぽい服装をして、村の関係者だとバレないように初老の化粧もしていた。元々イケメンだから初老に化けようが変わらずイケメンだ。ぜひとも服を取り換えて欲しい。なぜ自分だけ趣味に走ってるんだ。それにその服を買うお金は俺が潰した魔獣で得た村の収入から出たんじゃないのか。


「塩を売るのについて来てくれるのは嬉しいけどさ、逆に目立たないか?」

「目立つようなら今回限りにしておきます。着てみたかったんですよ、こういった服」


 凄い自己中だった。この世界でもコスプレ文化とかがあるのだろうか。そもそもなぜこの服が古着屋に売っていたのかも疑問だ。もしもクラウスが注目を浴びる様なら、距離を取って他人を装おう。


 クラウスと一緒に、疲れた足で商業ギルドに向かう。背負った塩10kgが重い。今回も欲張りすぎた。この町の近くに塩サウナを設置できるなら、塩を背負って半日も歩かなくて済むのに。前回物色した町の外の木々が立ち並ぶ場所に足湯やサウナを遠隔で設置しようとしたが、何があるか分からないからといって村長のエゴンさんとクラウスに止められた。明日村へ帰るまでに、必ずいい場所を見つけてやる。



「おや、カナタ。あの店はもしやカナタが可愛い女の子に目が眩んだがゆえに罵倒されるといった褒美を受けた店ではありませんか?」

「いや、褒美て……そうだ、あの店だ。受付カウンターに座ってるお姉さんたちは本当に美人なんだけどなあ」


 クラウスが指さしたのは、前回金髪ツインテールの女の子に大声で騒がれた店だった。商業ギルドのマフレッドさんから聞いた話では、商品を安く買い叩くという悪徳店舗だ。


「寄って行きましょう。私もその美女を見てみたいです」

「えっ、クラウスも女に興味が?!」

「当たり前でしょう? 私が男に興味があるとでも? なら今後風呂に一緒に入る時には己の尻に気を付けることですね」

「たしかに……うーん、女の子を見るだけなら……金髪の子はもういらないとして、銀髪ロングヘアーのお姉さんはクールで綺麗だったしなあ。でも顔割れてるしなぁ。フード被ったらちょっとくらいならいけるかな……」


 痛い目見たのもなんのその。綺麗なお姉さんの為なら、俺はへこたれないのだ。


「もし騒がれたり買い叩かれたりしたらクラウスは助けてくれるのか?」

「私は服装からも分かるように、ただの付き添いです。聖職者です。聖職者が価格交渉をすることはありません」

「何しに来たんだ?」


 全く期待の出来ないクラウスを引き連れて、大通り沿いの悪徳店舗を覗き込む。受付カウンターには前回もいた銀髪ロングヘアーのクールビューティーと、今回初めて見るピンク色のふわふわ髪の天然系女子が座っていた。すごく地雷臭がする。


 銀髪ロングはいいとして、ピンク髪のゆるふわなんて昨今のファンタジー小説からするとどう考えても地雷だ。でも、可愛い。地雷とは、見えていなくて踏んでしまう事で被弾するのだ。そこに設置してあると理解しているのであれば、踏んだ瞬間に防御に徹すれば被害が少なくなる可能性がある。自分でも何を言っているのか分からない。


 銀髪ロングのカウンターは商談中で、ピンク髪のゆるふわ女子のカウンターは空いている。これは試しに踏んでみるチャンスなのかもしれない。


「クラウス、あのピンク髪の子と話してみたいんだけど」

「カナタはああいった女性が好みなんですか? ルイスと似ていますね。しかし少々若すぎはしませんか? 私には手に余りますので、カナタ一人で行って来てください」

「えええ? 付いてきてくれるって言ったじゃないか。じゃあ隣の銀髪ロングの列に並んでみるのはどうだ?」

「銀髪の女性はとても美しいですが、嫌な予感がします。私には勝てる気がしませんので近づきたくありません」


 何の勝負をする気かは分からなかったが、クラウスは美女よりも己のプライドを優先するようだ。そしてピンク髪のことは好みではないようだった。仕方がないのでクラウスを商店の入り口に残し、フードを目深に被った俺は一人で店に入った。ピンクふわふわ髪のカウンターの前に立つ。


 ピンクのふわふわ髪が地雷だと誰が決めた? そんなもの、誰かの想像から生まれた誤解に過ぎないじゃないか。俺はその悪質な想像の真相を探るべく、ピンクゆるふわのいる個人商店に潜入し接触を試みようとしてい……この子は他の子とは違うと思う。可愛いし愛嬌があるし、初対面の俺に対してでもすごく柔らかな笑顔を向けてくれる優しさもある。これは俺しか気づけなかった事だけど、この子はきっと心に闇を抱えていてそれを普段は人に見せないように気丈に振舞っているんだ。色々と勘違いされやすい容姿だが、俺が救ってあげなければならないのだ。


「ようこそお越しくださいました。どのようなご用件でしょうか?」

「えっと、あの、物品の販売を、塩を、おっおっお願い、したいのですが……」


 ダメだった。美女を目の前にするとたじろいでしまう。鬼の形相をした金髪ツインテが相手なら、下心も引っ込んで普通に喋れそうなのに。


「販売ですね。商品を拝見したいのですが、現物はお持ちでしょうか?」

「あ、え、えっと、こっこれです……」


 小さな麻袋に入れた塩をカウンターに置く。ピンクのゆるふわは袋の口を開けて真剣な表情で塩を検分している。塩を指先で触って確かめているようだが、この店では商品を直接触るように指導されているのだろうか。あの手つきで俺の頭も撫でてほしい。ペロッと舐めてもらってもいいですよ。


「こちらはとても良い品質ですね。本日はいかほどお持ちでしょうか?」

「えっと、あの、この背負ってる袋の、ぜっ全部がそっそれです。あのっ、価格はどれくらいに……」

「まあ、素晴らしい! 是非とも全てを買い取らせて頂きたいです!」


 ピンクのゆるふわは、頬を染めて俺の両手を握りしめてきた。きゅるんっと効果音が聞こえてきそうな可愛さだった。全てをこの店で売る気はないのだが……異世界に来てひと月ちょっと、やっと女性と触れ合う事が出来た。女の子の手の平が柔らかくて自分の顔が赤くなるのが分かる。これはまさに出会いイベントなんだ。これから俺とピンク髪はなんやかんやあって村へ一緒に帰る事になり、家族風呂に入れてやることでさらに可愛くなった彼女と一緒の家で暮らすことになるのかもしれない。やっぱりあの家族風呂では手狭だな。


 確かこの店では商品にいちゃもんをつけて最低価格で買い取るとか聞いたような気がするけれど、この様子だとそれはなさそうだ。誰がそんなホラ話を流したのだろうか。


「背負っているのは重いでしょう? ひとまずこちらへ背負い袋をお乗せください」

「えっ、あ、はい」


 言われるがままにカウンターの上に背負っていた袋を置く。袋を置いた瞬間、店の奥からワラワラと男性従業員が出て来て袋を持ち上げ、そのまま店の奥へと回収されていった。驚いた俺は袋を取り返そうと手を伸ばしたが、ピンク髪が俺の手をまたもや握りしめてきたので取り返すことは出来なかった。色地掛けとは、こやつやりおるな。手が柔らかくて気持ちいい。


 男性従業員が別の麻袋に硬貨を詰めてカウンターの上に置き、そのまま奥へと引っ込んでいく。あまりに素早い動作に唖然とするしかなかった。


「ではこちらがお代金となります。銀貨が60枚入っておりますので後ほどご確認ください。またのご利用をお待ちしております」

「えっ、おわり……?!」


 ピンク髪は手を放し、来た時と変わらない笑顔で俺を送り出す。待て、銀貨60枚と聞こえたがそれはどうなんだ。たしか村で販売した時は1kgで銀貨6枚と小銀貨6枚だったから、10kgだと銀貨60枚と小銀貨60枚になるのではないか。小銀貨60枚も損している計算になる。日本円にして60,000円も損している。商業ギルドに前回の金額で販売する事を考えるともっとだ。


「お帰りはあちらですよ」

「えっ、あっ、はい……」


 こうして、俺の二度目の塩販売は惨敗に終わった。




「おや、買い叩かれましたか。予想通りですね」

「予想してたなら付き添ってくれよ……クラウスは交渉事上手いんだろ?」

「好みの美女ではありませんでしたので。それに丸損という訳ではないでしょう? 仕入れが銀貨10枚ですので、それが銀貨60枚になったのなら十分ではありませんか」


 それはそうだが腑に落ちない。全部渡してしまわずに、少し残して商業ギルドのお姉さんの所へ行けばよかった。商品が全くない状態だとギルドに行ったところでする事もないので、今回は顔を出すことも出来ない。やはりこの町に拠点を作っておいて、いくらでも塩サウナを設置できる環境が必要だな。


「クーリングオフとかないのか? 俺は売る側だからないのか? それに販売許可証も使わなかったし、どうなってんだ……」

「販売許可証を使わなかった? 販売時にはどこに行っても必要なはずですが。という事はあの店舗は相当悪質なようですね」


 宿に戻ったら村長や村人に面白おかしく話されて笑いものにされるんだろう。村人には塩の存在は秘密だから笑われるのは村長とペーターだけか。それにしても気が重い。


 村長たちが魔獣素材を売りに行っているのは冒険者ギルドだというので、今からでもそちらに混ざって冒険者ギルドの受付嬢と話せないかと提案してみたが、クラウスに即却下される。クラウス曰く冒険者は気性の荒い人達が多いので、その人達を相手にしている冒険者ギルドの受付嬢は一筋縄ではいかないらしい。俺の好みの可憐で清楚な女性はいなそうだった。


「まあまあ、そう気を落とさずに。一気に販売できて時間があきましたので、町の探索でもしましょうか。次回も塩を背負って来なくていいように人気ひとけのない場所や廃墟を探してみると言っていたでしょう?」

「うん……しょうがないか。次に目を向けよう……。拠点になりそうな墓地とか廃墟とかがあればいいんだけどな……」


 異世界に来たことで女性不振になりそうだ。そうならないためにも次回は商業ギルドに直行しよう。小悪魔お姉さんに癒してもらおう。




 クラウスと共に町はずれに向かって歩いていると、見覚えのある金髪ツインテールがものすごい勢いで近づいてきた。思わず顔が引き攣るが、そんな俺にはお構いなしで近寄って声をかけてくる。しまった、一ヵ月前とはいえ前回と全く同じ初老の商人の格好をしている。


「そちらのアナタ。ひと月前にあの店に来ていた人ですよね?」

「……どなたか探しておられるのですか? 人違いではありませんか? あの店で商品を販売したのは今回が初めてですよ」


 精一杯声色を変えて返答する。金髪ツインテに対しての下心は完全に消滅したので、普段の調子で話すことが出来た。それに商品を販売するのが初めてなのは嘘ではない。


 何なんだろう。一ヶ月も経っているのにまだ俺を探しているのだろうか。そんなにもあの塩が重大な意味を持つのだろうか。


「本当に? すごく似てるわ。その声にその服装……本当にアナタじゃないの?」


 声を変えたはずが全く効果がなかった。クラウスが俺を庇うように前に進み出てくれる。インテリ野郎って思っててごめん。帰ったら温泉まんじゅう一個やるよ。


「貴女はどなたかを探しておられるのでしょうか? あいにくですが、私達は久方ぶりにこの町を訪れましたので人違いかと存じます。商人など皆同じような格好をしているので、見間違えたのではありませんか?」

「見た目だけじゃないのよ! この男の匂いが……あれ? アナタも同じ匂いがするわ。なんで?」


 臭かっただろうか。毎日お風呂にシャワーに足湯にも入ってるのに。半日汗だくで歩いてきたからそのせいだろうか。でもそれなら他の商人だって同じようなものだ。


「これでも清潔を保つように心がけているのですが、女性は手厳しいものですね。それに、記憶を辿ってみましたが私達の知り合いに貴女のような麗しい女性はおりませんよ」

「うっ、麗しい……? ふんっ! アンタは正直なのね。違うのならもういいわ!」



 金髪ツインテは顔を赤らめると、ふいと顔を逸らしてそのまま歩き去って行った。ツンデレなのか? 金髪ツインテはツンデレキャラだという王道をいくのか?


 金髪ツインテを見送った俺とクラウスは、安堵のため息をついてからお互いの匂いを確認し、町はずれへと向かって急いだ。




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