第21話 本日二度目

 肩で息をしながら再び商業ギルドの中に入る。本日二度目の訪問だ。


「二回目なのに、ここは何故こんなにも落ち着くんだ……」


 綺麗なお姉さんと会話したいという己の欲望だけで、無駄な体力を消費してしまった。もう今から新たに値上げ交渉をする余裕はなかった。この商業ギルドで、さっきと同じ値段で背中の荷物を全て売り払って宿に帰ろう。


「金額はさっきマフレッドさんが決めてくれたから、どこのカウンターに並ぼうが変わりはないよな」


 受付カウンターを再び遠目から観察して最適解を導き出す。出来るだけ大人しそうな、激高しそうにない……茶髪ウェーブの小悪魔的なお姉さんにしておこう。物腰が柔らかそうだし、男を手のひらで転がすのがうまそうだ。全力で転がされてやろうではないか。


 俺が茶髪のお姉さんの列に並ぶと、カウンターの奥の部屋からマフレッドさんが出てきて、閉鎖されているカウンターに座って俺の事をじっと見つめてきた。狡猾そうな営業スマイルで俺の事だけをじっと見つめてくる。これ、呼ばれているのだろうか。目を逸らして気づかないふりを続けているが圧力がすごい。


 根負けしてちらりと様子を伺うとバッチリ目があってしまった。やっぱり呼ばれていたか。諦めるしかない。


 綺麗なお姉さんのカウンターを恨みがましく横目で見ながら、重い足取りでマフレッドさんのカウンターに向かう。ちょっぴり上向いていたテンションがだだ下がりだ。


「お待ちしておりました。その様子ですと、お取引は上手くいきませんでしたか?」

「はい……なんか盗品だとか騒がれてしまいまして。決して盗品ではないんですが。ああ、すみません。マフレッドさんから教わった店ではない店に入ってしまいまして……」

「おやそれはそれは。もしや大通りにある、金と銀の髪をした若い女性たちが受付をしている店でしょうか?」


 マフレッドさん曰く、俺がトラブルを起こしたあの店は以前から評判が悪いらしい。金髪ツインテと銀髪ロングのあの女の子たちは、この世界の人達から見ても相当美人な部類に入るらしく、客引きパンダのように受付カウンターに座らせられているとか。


 普段なら彼女たちで客を釣り、店から出られないように客を確保して、いちゃもんを付けて商品を最低価格で買い取っているらしい。何かの悪徳商法でそういうのあったような気がする。俺は何もなく店から出られたし、あれでも運が良かったのか。


「それ脅迫罪とかにならないんですか? どっと疲れたんですけど」

「最低価格ではありますが一応は買い取っておりますから。両者合意の上とみなされ、罪には問われません。明らかな瑕疵がないので、商業ギルドでも手を焼いているのですよ。しかし良質な商品をお持ちのユアサ様に逃げられたことは、相当の痛手となるでしょうね」


 マフレッドさんは狐のような表情で嬉しそうに微笑んでいた。どう見ても悪徳商人はこちらだ。結局持っていた塩を全て商業ギルドで買い取ってもらう事になり、銀貨が79枚増えた。


「問題の店は、ユアサ様を探している可能性があります。本日は寄り道せずにまっすぐに宿へ戻り、鍵をかけて誰が訪ねてきても外に出ない事をお勧めします」

「分かりました……色々とありがとうございます」

「いえいえ、お礼など結構でございますよ。私も善意だけではございませんので」


 鴨葱の鴨だと認識されたようだった。金の匂いを嗅ぎ分けるのが上手いんだろうな。俺は初老の狐に獲物として囲い込まれてしまったのだ。まあこちらは損をしているわけではないのでそれでいいんだけど。


 その他にもマフレッドさんから有難くも恐ろしい忠告をたくさん受け取り、俺は宿へと一目散に逃げ帰った。


 所持金 0円 80,500リブル  (手持ち790,000リブル)




「おうカナタ、だいぶ疲れてるみたいだな?」

「村長ぉ、酷い目に遭いましたよ……もうこんな町早く出ましょう? 今からでも村に帰りましょう?」

「なんだなんだ、そんな体で歩けやせんだろ?」


 今日あった顛末を村長のエゴンさんとクラウスに話すと、二人ともに爆笑されてしまった。ルイスも町に来た時にはよく変な女の人に引っかかって貢がされているらしい。俺はルイスと同じレベルなのか。


「っていうか俺が新規登録して俺の販売許可証で取引さえ出来ればいいんだから、クラウスも変装して付き添ってくれたら良かったんじゃないのか?」

「ああ、そういえばそうですね。考えが及びませんでした。失敬失敬」


 クラウスはしれっと言うが、面倒ごとが嫌で気づかないふりをしていたに違いない。目が笑ってるし。


「しかしその商人のドミニクがいたってのは気になるな。この町にいるって事はまた村に来るつもりか? いつもはもう少し間隔があいてるはずだが。ブラッディベアの事もあるし、カナタ目当てで予定を早めたか?」

「それって俺の倒すかもしれない魔獣を買いに来ようとしてるってことですか?」


 ドミニクさんは近いうちにまた来るから魔獣を他の商人に売らないで置いておいて欲しいと言っていなかっただろうか。預けた熊の代金もまだ貰ってないな。俺がまた熊を倒す事を当てにして湯浅邸に行こうとしているなら、早めに戻らないと湯浅邸と足湯を調べられて結界の事とかバレてしまうかもしれない。


 バレたらどうなるんだったか。そうだ、王国にチクられて拉致されてこき使われたり、戦場の真ん中に放り出される可能性があるのか。それは避けないと。


「じゃあ明日は予定よりも早めに出発するか。ドミニクが来るなら村にいたほうが良い。カナタも早めに寝ておけよ!」

「あの、足先冷えてるんですけど町に銭湯とか……ないですよね?」

「んなもんあるわけないだろ! 厨房で桶に湯貰って体拭いとけ!」


 異世界ってつらい。町だから共同浴場くらいはあるかと思ったが、それもないらしい。この町にはまた来る事もあるだろうから、町の隅とかに隠れて足湯を設置できそうな場所がないか見て帰って、次来る時までに勝手に設置してやろうかな。それが俺のスキルだと紐づけられなければいいし、危なければ削除すればいいし。


 パンとスープとふかし芋という定番の夕食を宿の食堂で頂き、硬くて冷たいベッドで体を休めることになった。



 翌朝は陽の昇る前にたたき起こされて町を出発することになった。時間がないので朝食は屋台で購入したものを食べながら歩くらしい。屋台は朝早くから開いていて、夜はまだ明るいうちから店じまいするとか。


 大通りの隅に荷車を置いてクラウスたちが屋台でお金を払うのを眺めていると、すぐ近くを見覚えのある金髪ツインテールが通った。自分の顔が引きつるのが分かる。しかし今の俺は変装をしておらず、昨日の初老の商人とは格好も顔も違うはずだ。


「あの、あなた。昨日あの店に来ませんでしたか?」


 金髪ツインテは俺に近寄り声をかけてくる。顔も格好も違うのに、どうして俺に狙いを定めてくるのだろう。昨日の変装はクラウス監修で完ぺきだったはずだ。


「いえ、行ってません。人違いじゃありませんか?」

「本当に? あなたじゃないの?」


 声か? 声を変えることはすっかり忘れていたが、どこかで俺が話しているのを聞いて寄って来たのだろうか。それに何で探してるんだろう。今の俺たちは素材を売り払って荷台もすっからかんで、どこからどう見ても何も持ってない集団なのに。まだ塩を隠し持っていて売って貰えるとでも思ってるのだろうか。


「あなただと思ったんだけど……本当に違うの?」

「さあ、朝食も購入しましたし、帰りましょうか! 早く出発しないと魔獣が出ますよ! 早く早く!」


 朝食を購入し終わったクラウスが良いタイミングで声をかけてくれたので、女の子を見ないようにしながら横を通り過ぎた。足早に町の出入口へ向かう。村長と村人たちも俺に合わせてくれている。あの女の子、何で俺に声をかけてきたんだろう。あの一件がなければ可愛い女の子に逆ナンされたと飛び跳ねて喜んでいただろうが、昨日のアレは強烈すぎた。単なる偶然だと信じたい。追いかけて来たりしないよな。



 町を出るときはノーチェックで通れるようだった。門番をしている人は獲物を売り払った人間には興味がないらしい。しばらく歩くと林道が見えてきたのでクラウスに相談する。


「なあクラウス、あの木々の奥とかに小屋……というかガゼボみたいなのを設置したら目立つかな? 本当は町の中に設置したかったんだけど、見て回る暇なくてさ」

「そうですねえ。もうしばらく進むと木が重なり合っている箇所がありますので、その辺りなら目立たないと思います。しかしまた何かするつもりですか? やめておいたほうがいいですよ。昨日はあんな目にあって、今朝はその当事者らしき女の子に目を付けられていたでしょう?」


「……あれやっぱりヤバいかな?」

「やばいですね」


 クラウスの予想では、俺を取り逃がしたことで店の主人から追いかけて連れ戻してくるように言われているのだろうとのことだった。もう荷物を売り払ったとは考えないのだろうか。


「ああ、これで俺に惚れて追いかけまわしてるとかだったら最高なのに……」

「カナタはその凹凸の少ない顔でよくそんな事が言えますね。あの顔だけは良く出来たルイスでさえ女性に手こずっているというのに」

「そうハッキリ言うなよ……」


 ルイスがモテないのは単にバカだからだと思っていた。モテないって勝手に決めつけてるけど。だけど実際はバカだからではなく、この世界の女性は美形男性を見慣れているので、評価が厳しくなりがちだという事だった。顔が超絶イケメンなのは最低条件であり、それにプラスで筋肉質で健康な体を持っていたり、戦闘に秀でたスキルをもっていたり、頭が良かったりしなければモテないらしい。やっぱりルイスはバカだからモテないんじゃないか。


 でもそうなると、俺は勝負の土俵にも立てないという事か。何だか悲しくなってきた。ティモも村人たちも優しいから、俺もこの世界でやっていけるんだと勝手に思っていた。エゴンさんの村の人達、ほんと良い人達だな……。


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