第22話 浴槽を物色
町からの帰り道は、村人たちと無口な若者ペーターが魔獣を追い払いながら村へ急いだ。やはり魔獣の数は増えているようで、せっかく町まで売りに出たのに村に帰り着くころには、ホーンラビットや見たことのない鳥などでまた荷台が埋まりかけていた。ペーターは槍の扱いがとてもうまく、小型の魔獣であればさくっと倒してしまう。
「ただいま、あああああ疲れた!」
「カナタおかえり! お邪魔してるぜ、風呂も入ったぜ! なあなあお土産は?!」
「おみやげ!」
家族風呂の入り口をくぐるなりへたり込むと、自分の家のようにくつろぐチャラ男ルイスがいる。なんでここにいるんだ。
「ティモただいま。……アレ復活してたか?」
「ふっかつしてた。かくしてる。あとで」
「何? 何の話? オレにも分かる話してくれよ! なあなあ、お土産は?!」
ティモには、温泉まんじゅうが復活していたら隠しておくように伝えてあった。食べてもいいけどルイスに絶対見つからないようにと念を押してある。ティモはとても良い子だから食べずに置いている様だった。
町で見かけた商人のドミニクさん対策を考えなければならないから、今日中に湯浅邸へ一度戻りたかったが、もう俺の足は限界を迎えていた。たった半日でも足場の悪い雪道を歩き続けるのは辛すぎる。
「俺、お風呂入ってくる……」
「ティモも入る」
「オレも入る」
なんで男と一緒に入らねばならんのだ。文句を言いたかったがその気力もなく、体を軽く洗ってから浴槽に沈む。疲れた体に温かい湯が心地よい。風呂なし宿しかない町で過ごすよりも、この平和な村でダラダラと毎日を無駄に浪費したい。
手足を伸ばしてくつろいでいると、クラウスとペーターがしれっと家に入ってきて、しれっと浴槽に入って来た。狭いんですけど。湯に浸かると疲れの取れ方が違いますので、とかしれっと言い放っていた。だからそうじゃなくて狭いんですけど。
「カナタたちがいない間にこの家で一晩ティモと過ごしてたんだけどさ、いつ追い出されるかと考えるとおちおち寝てられなかったぜ!」
「ねてたよ?」
「問題はその点でしょうね。村の人々にこの家の内部を公開すると住みたがる人も出てくるでしょうが、やはりいつ追い出されるか分からない、いつ無くなってしまうか分からないという不安が残ります。この村の人々は一度国から居場所を奪われた身ですから、カナタのスキルで作られた不安定な家は需要が少ないでしょう。住居ではなく、一時的に利用できるような入浴施設を別に建てるのであれば問題ないでしょうが」
浴槽はいくら広いと言っても男四人と子供一人では狭すぎる。これが美女に囲まれてギュウギュウであれば文句などないのに。クラウスたちとの話し合いで、彼ら三人が住むための家を建てるという計画は保留になった。ルイスはとても残念そうにしていたが。
クラウス達にはお世話になってるし、お金さえ払って貰えたらすぐに建てられるのに。権利譲渡みたいな機能がないのかタブレットを調べてみようか。いやもし譲渡できるとしたら、それこそ国に目を付けられるか。大人しくクラウスの助言に従っておこう。俺は平和に生きられればそれでいい。
村長から打診されている、風呂を村人に解放する件もまだ保留にしてある。クラウスの言うように、家を丸ごと建て替えてしまうのではなく、公衆浴場のように誰でも利用できる大きな浴槽を設置しようか。この家族風呂内の風呂を一時的に使ってもらう事も考えたが、村人が風呂に入っている間の俺とティモの居場所がなくなってしまうから困る。それに家電や蛍光灯はまだ見せない方が良さそうだ。
五人で早めの夕食を取ったあとは、そのまま狭い脱衣所内でまったりと過ごす。ルイス達は寝るときは帰ってくれるみたいだけど、暇なときは基本ここにいるつもりらしい。狭すぎる。広い部屋のついた家が欲しい。
「俺とティモの居住空間は増設してもいいんだよな。お金もたまったし、次の浴槽でも見てみるか」
「ティモもみる」
「また塩サウナ買って儲けようぜ! てかいくらくらい儲けたんだ?」
「村長に相談せずに行動すると、また怒られますよ? しかし非常に興味深い」
タブレットを引き寄せて声で操作すると、わらわらと周りに男が集まってくる。この密集具合が嫌だから新しく広い休憩所とかがついた浴槽を買おうと思ってるのに。
「今持ってる合計金額は88万リブル程度か……広めの家族風呂を購入してもいいが、露天風呂付客室ってのにも手が届くんだよなあ。それか今は買わずに、村人用に銭湯が買えるようになるまでお金を貯めるのもアリだな」
◆手湯・足湯 30,000リブル~
◆サウナ室 80,000リブル~
◆ユニットバス 200,000リブル~
◆家族風呂 400,000リブル~
◆露天風呂付客室 700,000リブル~
◆銭湯・温泉宿 3,000,000リブル~
◆スーパー銭湯 50,000,000リブル~
俺の言葉に反応して、露天風呂付客室の一覧が画面に表示される。想像した通り最低価格の70万リブルで買えるのは、一人用と書かれていて狭い部屋にベッドがひとつしかない部屋だった。和風の部屋だと四畳半だ。室外に露天風呂がひとつついているようだが、外湯のついた広い休憩所付きの家族風呂との違いが分からない。
外湯付きの広い家族風呂は70万リブルもしないので、内部設備かサービスに何らかの違いがあるはずなんだが。温泉か普通の湯かの違いか、寝具が付いているかどうかだろうか。仮に寝具が原因なら持ち込めば問題ないように思えるのだけど。
「この文字はどの国の文字ですか? 東隣の共和国のものでしょうか? 私もまだまだ勉強不足ですね。しかしカナタはこの建物をどこに建てるつもりですか? 風呂の中で話し合った事をもう忘れてしまいましたか? この絵を見る限りは今私達がいるこの家よりも大きなものとなりますよね。それをまた突然建てるのですか? どう考えても騒ぎになりますよね。それにこの大きさであれば当然内部に興味を持つ村人が出てくることが予想できますよね。村人にはどのように説明をし、商人が見回りに来た時にはどのように言い訳をするおつもりで?」
「まだ建てるって言ってないし。見てるだけだし」
クラウスが怖い。見て楽しむくらいはいいじゃないか。ティモもルイスも嬉しそうにして画面見てるし。タブレットに二人用の部屋が見たいと伝えると、画面が切り替わり二人用の客室一覧が表示される。人数が増えただけで最低価格が90万リブルになってしまった。これでは今すぐに買えない。
「ほら見てくれクラウス。俺88万リブルしか持ってないから買えない証拠になるだろ?」
「しかって……大金なんだが! 銀貨何枚なんだよ!」
「聞く限り確かに購入は出来ませんね。後でこの数字らしき文字の読み方だけでも教えてください」
二人用の露天風呂付客室は、旅館の広めの部屋に露天風呂がついたものから、離れの客室のようにひとつの家として完成しているものまで様々な種類がある。メゾネットタイプの客室もあるが、値段が高いけれど広くて解放感があって良さそうだ。この平屋ばかりの村に二階建ての建物を建てると目立つだろうか。
浴槽も家族風呂にはなかった豪華さがある。ジャグジーやジェットバスがついたものや泡風呂まである。家族風呂でも探せばジャグジーくらいはあるのかもしれないけれど、客室ではけっこうゴロゴロと見つかる。浴槽がライトアップされていたり、浴槽の横に趣のある庭園が設置されていたりなど高級感が半端ない。
「この家族風呂は急いで安いのを買ったけど、客室はせっかくだからお金を貯めて良いものを買おうか。この村にいる限りは生活基盤は整っているし、あと何度か町に行って軍資金を稼ごうかな」
「ですからどこへ建てるおつもりですか? この村は平屋ばかりですからこのような背の高い建物は悪目立ちします。建てる前には必ず村長に相談するようにしてください」
新しい浴槽を買おうとしているのはクラウス達がこの家に押しかけてくるからなんだが。でもクラウスが言っている事には納得がいくので、次に設置する時には相談するのを忘れないようにしよう。
浴槽選びに満足したので、三人組を家族風呂から追い出してからティモと温泉まんじゅうを食べる。今日中に食べておかないと復活しないかもしれないから慌てて食べた。口を開けて待っているティモが今日もかわいい。男の子だけど。
「ティモ、明日の朝に湯浅邸に一度戻ろうか。商人のドミニクさんが来るかもしれないし」
「あしゆのところ?」
「そう、足湯のとこだ。そうか、村人に銭湯を開放するのは値段が高くて難しくても、足湯ならいけるかもしれんな。足だけ温めても体にいいっていうし」
村人の家と家の間とかによさげなスペースがあれば、ひっそりと足湯を設置するのも悪くないかもしれない。足湯なら家電などがあるはずもないし。クラウスじゃないけれど、戦えずに食っちゃ寝する俺のこの村での存在意義を見出したい。
翌朝目覚めると、またもや村の中が騒がしくなっていた。ティモを抱えて騒ぎの中心を見に行ってみると、村の東側に広がっている畑に二体の黒い魔獣がいた。二メートル程もある黒い魔獣は、雪の積もった畑を荒らしながらその下にある何かを食べているようだった。ビブラートのかかった良い声でめぇーと鳴いている。
「羊……ヤギか? 何食べてるんだ? もしかして俺達の芋か?!」
「あいつはグレートゴートって魔獣だ。 あんなでかいのは初めて見るぞ!」
「奴らはこちらから何もしなければ畑を荒らして帰っていくだけですが、ひとたび怒らせてしまうとあの立派な角で猛然と襲い掛かってきます。そうなると村にある武器では抵抗しようがありません」
ルイスとクラウスが駆け寄ってきて教えてくれる。そうは言っても畑を荒らされるのは困るので、怒らせてしまうのを覚悟で石を投げたり突っついたりして追い返すしかないと説明を受ける。雪が積もっているから畑には何も埋まっていないと思っていたが、芋やら根野菜やらが埋まっているらしい。異世界だから何でもありなんだろうか。
「この間やったみたいに、サウナをあいつらの上に落とそうか? ぷちっとさ!」
「いいえ、あのグレートゴートは肉が大変美味です。潰してしまっては肉が取れないのでしょう? 角も素材として高く売れます。ワームの時のようにひしゃげてしまっては売ることが出来なくなります」
「それにあの下には畑なんだ! せっかく耕してあるのに、建物を置いたら土が固まってしまうだろ!」
二人の説明になるほどと思う。潰せたら簡単だったのに。
「攻撃しなければ怒らない? 近寄っても平気か?」
「ええ、体に触れなければ至近距離まで近づいても安全なはずです。しかし少しでも触れれば途端に怒って襲いかかってきます」
それならば、恒例の混ぜるな危険はどうだろうか。水風船みたいなのがあれば中に仕込んで投げつければいいが、この村にそんなものがあるとは思えない。ならば近づいて鼻先に直接垂らすとかどうだろう。
「この村で一番逃げ足の速い人は?」
「ルイスですね」
「えええええオレ嫌だよ! 絶対何か危険な事やらせようとしてるだろ?! 逃げ足って言っちゃってるし!」
嫌がるルイスだったが、村長のエゴンさんも呼んできて俺の作戦を説明すると、その方法を試してみようという事になった。村人たちからも説得されて渋々引き受けるルイス。俺のスカスカな作戦が通るほどに、グレートゴートというヤギは暴れると厄介だそうだ。注文の多いおじさん村人が今回も注文をつけてくるが、聞いていられるほど余裕はない。
鼻から下を布で覆ったルイスが、混ぜたら危険な二本の容器を両手に持ちジリジリとヤギに近づく。ヤギはちらりと目線を上げたが、またすぐに地面に視線を戻して前足で畑を荒らしだした。ヤギって草とか食べるんじゃないのか。なんで俺の芋を食べてるんだ。
ルイスはヤギの鼻先ギリギリの場所に第一剤を垂らし、すぐに第二剤を被せるように垂らした。素早く移動してすぐ近くにいたもう一匹のヤギの鼻先にも混ぜるな危険を垂らしたルイスは、一目散に走って戻ってきた。ルイスが走ってくる後ろでヤギが良い声でめぇーと鳴きながら音を立てて倒れる。かなり即効性があるようだ。
「えええええ! 効くの早すぎない?! オレがもしアレ吸ってたら今もう死んでるよね?!」
「ヨシ! 倒れたからペーター早くあのヤギを! ヤギ……羊? ヤギ?」
「ペーター、動脈の通ってる箇所は分かるな?! 斬りつけてやれ!」
村長のエゴンさんと俺の詳細で的確な指示にペーターが飛び出し、首の辺りを刃物で切り裂いた。周りに紫の液体が飛び散る。首を斬られた二体のヤギたちは体をびくりと動かしたが、すぐにぐったりと沈んだ。ペーターはそのまま内臓を取り出す作業に移行した。
「あっけなさすぎる……盛り上がるところじゃないのか?」
村人たちは倒れたヤギを見て歓声をあげていた。数人が井戸水を汲んだ桶を持って走り寄って行ったりしている。村人はサバイバル能力に長けているようだった。ティモも知識すごかったし。
「先に血抜きじゃないのか? ってかペーター血まみれなんだけど全然気にしてないな」
「血抜きも必要ですが、まずは内臓を取り出して体内温度を下げることが必要です。ああ、グレートゴートの肉は絶品なんですよ。それが二体もなんて、素晴らしい事ですねえ……」
クラウスが恍惚とした表情で涎を垂らしている。そうか、美味しいのか。ペーターに感謝しないとな。
「いやいやいや、オレも頑張ったよね?!」
目の前にご馳走を並べられた村人たちは、誰もルイスの主張を聞いていないようだった。
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