第17話 大蛇
朝食を貰うためにティモを連れて村長宅へと向かう。するとそこには異様な光景が広がっていた。
村長のエゴンさんの家の前で大規模な炊き出しの準備をしているようだったが、それを狙うように気持ちの悪い物体が迫ってきている。うねうねとした巨大なミミズのような物体が、大きな体を引き摺って村長宅へ向かって移動していた。全長は十メートルはあるようで、胴体をぐにゃりと曲げて頭らしき部分を持ち上げている。鎌首をもたげるとかそういった表現で合ってるだろうか。その鎌首が、村長宅の屋根よりも高い位置にあるほど巨大だった。
「モンゴリアン・デス・ワーム?!」
ゾンビを倒すゲームで見たことがある。あいつの正式名称は知らないが、中ボス的存在でショットガンを何発も撃ち込んでやっと撃退出来たような生き物だった。
この世界ではこういった生き物がゴロゴロいるのだろうかと辺りの様子を見てみたが、村人たちは口々に叫びながら逃げまどっている。ペーターと数人のおじさんが槍を持ち、突きながら追い払おうとしている様子が見えた。しかしそれもものともせず巨大ミミズは村長宅前の炊き出しに狙いを定めてずるずると進み続けている。
「俺たちの朝食が! おのれ許せんっ、モンゴリアン・デス・ワーム! あっ、そこの村人! あいつ潰してもいい?!」
「あんた昨日の新入りのやつだな?! 倒せるなら倒してくれ!」
近くにいた鎌を持ったおじさんは、顔を覚えてくれていた。
「体が全部潰れてもいい?! 潰しちゃうけど?!」
「皮が高値で売れそうだから頭だけにしてくれ!!」
注文の多いおじさんに背を向けて、ティモを担いで家族風呂へ走って向かう。あいつの上にスキル浴槽を設置してプチッと潰してやろう。せっかくの朝食を横から攫おうとするなんて許せない。潰せるかはまだ分からないけれど、もしも潰れなかったとしたらあいつの周りを浴槽で取り囲んで出られないようにしてやろう。食べ物の恨みは深い。
タブレットを引き寄せてマップ画面を見ると、村の中央に赤丸、それを囲うように青や黄の丸がうごめいていた。離れた位置には状況を見守っているのか青や黄の丸が散在している。
「うわ、この状態で浴槽設置したら周りの村人も潰れるんじゃないか? ティモ、俺が離れるように呼びかけて来るから、この銀貨とか全部タブレットにいれといて!」
ティモにジャラジャラと硬貨を渡し、もう一度村長宅へ走る。ワーム系の生き物は今にも炊き出しの食材に食らいつこうとしていた。人間には興味がないようで良かった。しかし運動不足の体での全力疾走はキツい。
「すみませーん! そいつの上に家を設置してみるから、いったん離れてください! その炊き出しは引っ張ってずらしておいて!」
「カナタか! 分かった、離れるが炊き出しを移動させるのは無理だ! それごといってくれ!」
村長のエゴンさんに統制を任せて、再び家族風呂へ走って戻る。巨大ミミズを近くで見たけどやっぱり気持ち悪かった。ゲームの中ボスなだけある。家族風呂へ入るとティモが硬貨を全て投入し終わっていたので、マップ画面を確認する。赤丸の周りに集まっていた青や黄の丸が距離を取り、赤丸を囲うように円状に広がっている。
「確認ヨシ! タブレットさん、マップ中央の赤丸の上に、塩サウナを設置してください! 一番安いやつ! あっ、できれば赤丸の真上じゃなくて半分だけ潰れるようにしてください!」
無茶なお願いだと自覚しているが、こちらの要望は伝わったようで画面中央に文字が表示される。注文の多いおじさんのことをとやかく言えないのは分かっている。
【小型塩サウナ・温度調節機能有(保護付き)の設置が完了しました】
所持金 0円 80,500リブル 【100,000リブルが使用されました】
マップ上に、塩サウナらしき大きな建物が表示された。赤い丸は消えている。倒せたのだろうか。マップ上では塩サウナは村長宅の真ん前という、非常に邪魔な位置に建てられている。怒られるかな……でも取り壊せるみたいだし怒られたら言い訳しよう。そしてまた衝動買いしてしまった。所持金は減っていくばかりだ。これいつか増えるのだろうか。
ティモを抱えて村長宅へと向かう。村長宅前には俺の予想よりも大きな木製の建物が建っていた。外観は木造平屋の小屋に見える。一番安いサウナだし電話ボックスくらいの大きさかなと勝手に想像していたが、実際は幌付き軽トラック二台分程の大きさだった。高さは2メートル程もあり存在感が半端ない。表現力が欠如していることは自覚している。
炊き出しの準備は見事に巻き込まれて跡形もなく消えてしまっている。大きな鍋とか貴重品だっただろうに、ごめんなさい。
「あのう、さっきのモンゴリアン・デス・ワームみたいなんどうなりました?」
「おうカナタか! よくやった! 皮が硬くて武器が刺さらんし、倒すのが難しかったんだ!」
村長のエゴンさんが迎えてくれる。鮮やかな赤髪と満面の笑みが暑苦しい。村人たちも突然の建物の出現に驚いてはいたが、俺が声掛けをしたのと村長が引率してくれたのもあってか比較的落ち着いていた。ほうれんそうは大切だ。
ただ、俺が最初に話しかけた注文の多いおじさんは残念そうな顔で巨大ミミズの近くに屈んでいる。思った通り、巨大ミミズは体の大半が潰れていた。泥雪にまみれて悲惨な事になっている。
「あの、ごめんなさい。頭だけ潰すつもりだったのに、体ごと潰しちゃって……あと皆さんの朝食も」
「いやいや、いいんだよ! こいつは名前は分からんが、ブラッディベアと同じで村が滅びるほど厄介な魔獣のはずだ。素材が取れないくらい……取れないくらい……」
「村長、これだと剥がしても銀貨五枚くらいにしかならんかもしれやせんぜ……」
ごめんね村長。でも俺のせいじゃないよ、タブレットセンパイのせいだよ。
「なんだこの中?! あっつうー! 全身火傷するかとおもった!」
「目の前に大量の塩があるのにたどり着けないとは! これが私達に与えられた試練だと言うのでしょうか……! ならばそれを乗り越えて見せましょう!」
出現したサウナ室の中に入ったルイスとクラウスが叫びながら飛び出してくる。そうか、実験するのを忘れていたがひとつの建物に入る許可を得た人は、他の建物にも入れるのか。ならば一度手をつないで入れておけばもう手をつなぐこともなくなる。良い事を知れた。でも綺麗なお姉さんを招き入れる機会があれば毎回手をつなぐことにしよう。
「サウナは暑さで汗をかくためのものだから、100℃くらいあるって聞いたことがある。塩サウナはどうなのか分からないけど……温度調節できるみたいだし下げておこうか?」
「下げてもらえると助かります。しかしこの場所ですと邪魔になりますし、建物ごと村の端へ移動させることは出来ませんか? 動かせるのであれば下敷きになった魔獣の素材が回収できるかもしれません」
「いや、それが移動できないんだ……消すことは出来るんだけど」
サウナを削除すれば、もしかしたらぺしゃんこになったデスワームの素材が回収できるかもしれないが、今朝温泉まんじゅうが復活していたことを考えると中にある塩も一晩で復活する可能性がある。塩を取るか、デスワーム素材を取るか。
「ちなみにこのモンゴリアン・デス・ワームみたいなのって、素材全てが回収できたとしていくらくらいになるんですか?」
「そのモンゴリなんとかって呼び方やめろよ……こいつは皮が高値で売れるだろうが、全身の皮を綺麗に剥ぐことが出来れば、そうだな……大銀貨十枚にはなるだろうな」
大銀貨十枚は五十万リブルか。その銀貨換算ややこしいからやめて欲しいんですけど。なんでこの世界の人はそれが普通なんだよ。でも十進法でよかった。
「消せるってぇなら消してもらえんか? 村の貴重な収入になる。倒したのはカナタだし分け前は多めにやるからよ。ああ、でも鍋が逝っちまってるだろなぁ……」
ということは塩が明日の朝復活したとしたらプラス六十六万リブルになるし、うまく販売できるとしたら塩に軍配が上がる。村長にお願いして一晩だけ様子見でサウナを置いたままにさせて貰おう。ああ、あと温度を下げて塩を運び出さないとな。本当に復活するんだろうな?
「おいカナタ聞いてんのか?!」
「ごめんなさい」
サウナの建物の中に入ると、手前にシャワーが設置されており奥にサウナ室へ通じる扉がもう一枚ある。サウナ室の中はカラリとした独特の匂いと、チリチリと肌の表面が焼かれるような懐かしい感覚がした。サウナ室に入ってすぐの壁面に檜のような素材でできた箱があり、それを開けると中にコントローラーがある。最低温度は20℃のようだから、春くらいの気温の25℃くらいに設定しておくか。
室内中央には画像で見たとおり、山盛りの塩と水瓶に入った水がある。これを食べ物と認識した事は今までの人生ではなかった。もしも一気に食べるとしたら致死量だ。部屋の両端には平らな板が張り巡らされていて、椅子としては問題なく利用できるようだったが、幅が狭くて寝るのは難しそうだった。
俺はサウナで一気に汗を流すよりも岩盤浴でじっくりと汗を流すほうが体に合ってるようで、日本でスーパー銭湯に行く時もサウナには入らずに岩盤浴にばかり入っていた。久しぶりに岩盤浴に入りたいな。でもそれには五千万リブルもするスーパー銭湯を買うしかないのか。サウナでは代わりにならないだろうし。いや、工夫すればできるのかもしれないが。スーパー銭湯設置まで何年かかるんだろう。
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