第16話 一晩で復活

「それにしても、何故風呂なんですか? カナタには記憶がないと聞いていますが、この風呂のスキルは覚えていたという事ですか?」

「いやあ、自分でも良く分からんがなぜか覚えてたんだよ。ええっと、そういやクラウスは自分のスキルを知ってるのか?」


 話の雲行きが怪しそうだったので話を逸らそうとすると、意外にもクラウスは乗ってくれた。


「ええもちろん! 教会で調べてもらったわけではありませんが、私にはとても有用なスキルがあります!」

「どんな?」

「地面に高速で穴を掘るスキルです!」


 ドヤ顔で言われましても。地面に穴を掘ってどうするんだろう。ここほれわんわん的なあれなのか? それは土魔術ではないのか? そしてそのスキルは何をしている時に持っていると気づいたのか疑問だ。宝探しでもしていたのか。


「そんな顔をされていますがね、この村を開拓するときには大変役に立ちまして、村民からも大変好評だったのですよ。何せ、この村の井戸は全て私が掘り当てたのですから!」

「村中を穴ぼこだらけにして怒られてもいたけどな!」


 なるほど、この村が村として成功したのはクラウスの穴掘りスキルがあったからこそなのか。湯浅邸からこの村に来る時に川や湖を見なかったし、水の確保はそのまま命の確保に繋がる。王国は結構無茶ぶりをしているらしく、近くに水源がないのに開拓村の場所を指定したりするらしい。水場の近くでスタートするのは開拓ゲームの基本だろうに。


 クラウスによると、村人たち全員で井戸を掘るために農具を持った瞬間に天命のようにどのように土を掘ればいいかを閃いたという。それまでクラウスは自称インテリのインドア派だったので、農具を持ったことがなかったとか。


「だからこそ、カナタの家の内部の様子は村人には明かしてほしくありませんね。家さえあれば水が無限に使えると知られたら、私の存在意義が薄まってしまいます。あの土にまみれた日々の思い出が消えてしまいます」

「ええええ、別にいいじゃん! 井戸からの水汲みも毎日大変だし、オレら毎日風呂に入れるんだぜ?!」


 クラウスに説得された結果、当面の間は必要がなければ家族風呂内部に村人を入れない事になりそうだった。しかし楽に穴が掘れるなら他にも出来ることは色々とありそうなものだが。井戸を掘り切った後のクラウスは、その後はスキルを使うことなく十年ほど過ごしているらしい。


「それなら村の周りに堀とか作ったらいいんじゃないのか? あんな誰でも飛び越えられそうな木の柵じゃなくて、ほら城とかでも周りに溝掘ってるだろ?」

「概念が分かりません」

「いや概念て……王都とかにある城は堀を作ってないのか?」

「私は辺境生まれ村落育ちなので、王都に住む者と比べて知識は著しく欠如しています」

 

 そんな、ヒップホップ育ちみたいな言い方やめて欲しい。クラウスは博識ぶっていても、田舎者ゆえに世間知らずだった。知識は噂などから得るしかないのだとか。


 あと、ペーターのスキルはおそらく槍術だろうということだった。幼い頃に槍を持った瞬間、敵の急所へつながる糸のようなものが見えるようになったらしい。槍術があれば国に仕えるか、冒険者として一旗揚げることも出来るかもしれないが、自分を育ててくれた村人たちの事が大切でこの村を守りたいという。ルイスとクラウスとペーターは三人とも両親を亡くしているらしかった。


「それにルイスは、いつ外に放り出されるかも分からない家に大金をつぎ込んで住みたいと思うのですか? カナタ自身がスキルの詳細を把握していないと言っています。もしも大金をカナタに渡して家を建ててもらったとしても、カナタでさえ予想しない事が起こり、突然家が消えてしまったらどうしますか?」


 クラウスの冷静なツッコミに、ルイスはハッと気づいたような顔をしている。裸で外に放り出されておきながら、その可能性を考えもしないとは。


「えええええ、それは困るなあ。家が消えても嫌だし、よく考えたらカナタに嫌われて目の前に家があるのに入れなかったりしても嫌だ!」

「ですので、スキルの詳細を知ることが先ですね。もしも他の村人に家の内部について知られてしまい、村人が同じものを欲しがったとしてもカナタはその可能性を伝えなければなりません」



 クラウスは他にも様々な仮説を立てて話し、当面は村人たちに家の事を話さない方がいいと念押しされた。そして食事が終わると、彼ら三人はちゃっかり風呂に入ってから帰って行った。ルイスは本日二度目、ティモは三度目の風呂になる。風呂から上がったクラウスとペーターは、悔しい程に男前度が上がっていて完全に敗北した。


 ルイスの髪の毛もそうだったが、クラウスの長い青髪はシャンプーで何度か洗っただけで手触りがまるで変わり、テレビCMにでも出られそうなほど艶々としていた。


 俺らの家で一晩過ごしたいとルイスがずいぶんと粘っていたが、クラウスとペーターが両脇を抱えて連れ帰ってくれた。クラウスとペーターはさすがにこの狭い空間にルイスを置いて帰るのは気が引けた様だった。イケメン同士で固まって寝てたらいいんだよ。



「さあ、寝るかティモ。久々に人とコミュニケーションをとると疲れるな……ってかこの世界に来てからやたらと眠くなるのはなんでだ」

「どこでねるの?」

「もうこの畳の椅子でいいだろ……ああ、ねむ……」


 室内は煌々と電気が灯っていたが、やはり消し方が分からないのでそのまま寝ることにした。畳で出来た広めの椅子は、大人が寝ころんでも余裕があるほどの長さをしていた。手足が伸ばせるのは嬉しい。そんなことを考えていたが、意識が急速に薄れて行った。




 頬をぺちぺち叩く感覚に目覚める。既視感がある。重い瞼を開けてみると、目の前数センチの場所にティモの顔がドアップであった。


「カナタ、おきて、たいへん」

「ティモか……また夜明け前? 眠いんだけど」


 体の感覚的にまだ陽が昇っていない気がする。脱衣所には窓がないから時間が分からず、とりあえず体を起こす。この世界には時計とかはないのだろうか。


「たいへん、まんじゅう!」

「まんじゅう? ……うわっ! 温泉まんじゅうが、復活してる?!」


 昨日ティモと食べ切ったはずの温泉まんじゅうが、何事もなかったように洗面台の上に復活している。洗面台に置かれたカゴの中に鎮座まします温泉まんじゅうは、後光を放っているようにも見えた。


「やったなティモ! よく分からんが、これから毎日まんじゅうが食べられるかもしれんぞ!」

「やったー! はやくたべよう!」


 小さな両手を広げて瞳をキラキラとさせながら温泉まんじゅう強請ってくるティモ。自分で勝手に食べることも出来るのに、俺の許可を待っているのがとてもかわいい。この子を生涯養いたい。男の子だけど。


 まんじゅうの包みを開けて半分に割り、口をぱかっと開けて待っているティモの口の中に放り込む。昨日は四分の一ずつ食べさせたが、あまりの嬉しさに大盤振る舞いをしてしまった。


「……ってことは、昨日使ったシャンプーとかも戻ってたりして?」


 洗い場に置いてあるシャンプーのボトルを手に取ると、昨日減ったはずの中身が元通りに戻っていた。ルイスとペーターとクラウスはかなり薄汚れた状態だったので何度も体と髪を洗い、シャンプーとボディソープも相当な量を使っていたはずだった。入浴介助は全てティモに任せていたが、ものすごく無駄遣いしているのを横目で見ていた。


「湯も綺麗になってる……」


 三人が帰った後は垢や汚れが浮いていて汚かった浴槽が、新品のように綺麗になっている。昨日は風呂掃除の事を考えるのが嫌で見て見ぬふりをしていた。ルイス達に今後は入浴の代わりに掃除しろと交換条件を突きつけようと心に誓っていたのに、その必要がなくなってしまった。


「いつふえたの? よなかにみてればいい?」

「……いや、それはやめとこう。気づかないふりも大切だ」

「なるほど?」


 寝ずの番をして見張り続けたせいで増えなかったら泣いてしまう。この仕組みはいずれ解明したいところではあるが、温泉まんじゅうが毎日食べられるなら知らん顔しながらしばらくは放置でもいいだろう。何せ俺の好きなこしあん饅頭だし。


 脱衣所に戻ってティモと温泉まんじゅうの残りを食べていると、外が急に騒がしくなる。朝食の時間だろうか。そういえば食事は一日二回支給されると聞いているが、どこに行けばいいのだろう。まだ何の仕事もしていないのに食事を分け与えてくれるとは、いい村に巡り合えたのかもしれないな。


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