第15話 儲けの相談
ルイスの提案で、村の人達が町に行く時に塩を託して売って来てもらおうという事になった。お金がないので三人で住むための家はしばらく見送るらしい。
塩については湯浅邸から持ってきた物もあるけれど、食用の塩とサウナ用の塩のどちらを自分が食べるかと聞かれたら食用の塩を選ぶだろう。日本のスーパーで購入した食用の塩は、自分の為にも置いておくことにした。
今の手持ちが180,500リブルあるから100,000リブルの塩サウナならすぐ買える。ルイスたちが住む為ではなく、自分の儲けの為だけに今すぐ塩サウナを買ってしまうのも手だ。所持金がかなり減ってしまうが、それが660,000リブルにもなるというなら皮算用もしてしまう。
「近いうちに町に行く予定はあるのか?」
「村長がブラッディベアを持って帰って来ただろ? あれの解体をしてたから、数日中には素材を売りに行く可能性が高い。ホーンラビットもいつもより溜まってたし、商人が来るのはまだまだ先だろうから」
「ああ、俺とティモが倒したやつかな。村で加工までして何かを作るのかと思ってたのに、町に売りに行くんだな……」
思わずつぶやいた言葉に、ルイスは目を剥いて驚いている。
「ええっ?! おまっ、戦えないんじゃなかったのか?! なんであんな大物倒せてるんだよ! しかもホーンラビットもかよ!」
「ウサギはティモがたおした」
ティモの言葉に、ルイスが絶句する。ルイスはホーンラビットすら倒せないらしい。俺も倒せないけど。ブラッディベアを倒したのだって偶然が重なったのと薬剤のおかげだが、倒せたことに違いはない。
「じゃあ熊を売りに行く時に、その村人にこの大量の塩を託して、町で全部売って来て貰ったらいいのか?」
「うううううん、魔獣の素材はいつもの店で買ってくれるだろうけど、大量の塩になると……どこで売れるんだろ? もしかしたら盗品だと思われたりするんじゃ? それにこんなに大量に託してしまっていいのかな」
「
ルイスはうんうんと唸りながら考えていたが、ついには音を上げた。
「オレはいつも付いて行くだけだったから正直分からん。オレと一緒に住んでるクラウスは頭の回るやつだから、あいつに相談すればいい案がでるかもしれん。でもカナタのこの家とサウナについて説明する事になる」
「そのクラウスは信用の出来る奴か?」
「オレらは十年来の付き合いだからオレはクラウスを信用出来る。もちろん村人全員信用できるけど。あとはカナタ次第だな!」
タブレットに表示されたマップを見てみると、村の中には何人か黄色の丸がある。チェックするのを忘れていたが、家族風呂の中には青丸がふたつあるのでルイスは安全だった。
どうしようか。クラウスという人はルイスが信用できると言っているし、先ほど考えていた信頼できそうなら仲間になってもらうというのが可能かもしれない。ルイスはこの調子だから俺のこの家のことを秘密にするように言いくるめても、いずれはクラウスとやらに話してしまうだろう。それならもう今の段階で取り込んでしまおうか。頭の良い味方がいれば心強い。
村へ到着した初日にはこの家の事をいきなり二人に話すことになるとは想像もしてなかった。それを言えば村人全員に結界の事とかを知られてしまったのも想定外だった。本当にこの選択で良かったのだろうか。まあ、考えても仕方ないか。
「じゃあ一旦この家の前までクラウスってのを連れてきてもらおうか?」
「おう! ならそろそろ夕食の時間だし、ここで食事にしようぜ! あっ、ペーターも呼んでいい?」
「そんな、飲み会じゃないんだから……秘密を守るって約束はどうしたんだよ……」
ルイスによると、食事は朝夕の二回で炊き出しのように一括して作って配られるらしい。村全体が一つの家のような考え方で、狩りや農業で得た収入は全て村長が取りまとめる。それを一つの家庭のように税金やら食費やら何やらに割り振って、あとは村長が管理しているとか。44人しかいない村だからそれが可能だし、全員が村長を信頼しているからこそこのシステムで成り立っているのだろう。希望すれば帳簿も見せてくれるらしい。かなり風通しのいい村だった。だから俺とティモのような余所者は、受け入れるとなると躊躇する人が出てくるとか。
そしてペーターもルイスと同じ家に住んでいるというので、ルイス経由でこの家の事がばれるのも時間の問題だと判断して呼び入れることにした。もう、裏切り者とか出たりしたら湯浅邸に戻ってティモと引きこもろう。誰を信頼して誰に話してとか考えるだけで頭が痛くなってきた。
ルイスが夕食を取りに言ってくれると言うので任せておいて、ティモと二人で家族風呂内で待つ。
「なあティモ、この家族風呂の中にあるものは、この世界で珍しいものなのか? ルイスも驚いてたし」
「わかんない」
「分かんないよなぁ……」
ノックの音に扉を開けると、ルイスとペーター、そして真っ青な長い髪を首の後ろで一つにまとめたインテリ風の男性が立っていた。それぞれの手には食事を乗せた板がある。
「カナタでしたか? ルイスに何をしたのですか? この男がこんなにも小綺麗になるなんて腹が立ってしょうがないのですが。先ほどから私に自慢のような話を延々としながら付きまとってきて、非常に迷惑です」
開口一番に文句らしき事を言われた。そういえばサラサラの茶髪になったルイスを何も考えずそのまま村に解き放ったのだった。念のためタブレットのマップ画面で確認してみると、家族風呂の前には青色の丸が三つ並んでいる。クラウスという男はぶつぶつとずっと文句を言ってはいるが、悪い人ではないようだった。
お互いに軽く自己紹介をしてから、ペーターとクラウスの手を引き家族風呂内に招き入れる。クラウスの手を触るときにかなり嫌そうな顔をされた。俺だって嫌だよ。
「なっ?! ここは何ですか?! 外観からは想像もできない造りになっている! 照明はどのような仕組みで!? この暖かい空気と床の温かさは何ですか?! そのツルりとした台はどのように使用するのですか?! この良い香りはどこから!? 王都ではこのような技術が開発されているのですか?!」
クラウスはルイスよりも面倒くさい人なのかもしれない。ペーターは目を瞬かせてはいたが、無言で室内を見回していた。ペーターは湯浅邸に木箱を運ぶ時にもついて来てくれたが、無口すぎてまだセリフらしきセリフを聞いたことがない。たまに言葉を発してはいるが、巨大な置物と大差がなかった。
三人の持って来てくれた夕食は、肉野菜の入ったスープとふかし芋と果物だった。いつもは肉が少な目らしいが、今夜は肉が大量に入っているらしい。もしかしてあのブラッディベアとかいうやつが入っているのだろうか。キャタピラーが入ってない事を願う。
「やっぱり温かい食事はいいなあ。ずっと果物だけってのも悪くはなかったけど、手作り料理には劣るよなあ」
この食事が毎日支給されるなら村への永住を決めてもいいかもしれない。食べ物に釣られるいい例である。洗濯も村の女性がまとめてやってくれるらしいし、至れり尽くせりすぎる。
狭い空間にぎちぎちと座り食事をしながら、ルイスと話した事をクラウスとペーターにも話して相談する。スキルの話になるとクラウスがうるさかったが、いったん黙ってもらった。
「町へ行けば大量の塩を買い取ってくれる店はありますが、私達村人が取引する事は出来ません。ルイスの言う通り盗難や転売を疑われますし、盗品でないことが分かったとしたらこの村の近くに塩が取れる場所があると勘繰られて、悪意を持った奴らが大勢村へ押し寄せるでしょう」
「村人が変装とかしてもダメなのか?」
「ええ、私達村人は元々は奴隷でしたから、全員の血が登録されています。変装しようが身元はバレます。もぐりの店であれば多少は販売できるかもしれませんが、それこそ後を付けられて危険な目に合うでしょう。一度に売買できる量も知れてますし、この村に危険が及ぶ可能性が高まるだけでしょう」
クラウスの話によると、物品を販売する前に商業ギルドで販売許可証を発行してもらう事になるという。その販売許可証があれば、商業ギルドや個人経営の店でも物品を取引できるようになる。販売許可証を発行する際には血の登録が必要があり、既にデンブルク王国に市民や奴隷として登録がされていれば個人特定ができる仕組みになっていると言う。何そのテクノロジー。
討伐した魔獣や村の農作物を販売する時には村長の販売許可証を使用しているが、村人の誰の販売許可証を新たに作成して使用しようが、奴隷になる時に登録された情報と紐づけられるのでバレるらしい。家は木造なのに、そういうところは何故にハイテクなんだ。
「じゃあどこにも登録していない俺なら、その販売許可証を発行しても村との関係は勘繰られないだろうか?」
「カナタならそうですね……ですが記憶がないと言っていませんでしたか? 登録した事を忘れている可能性は?」
「いや、それはだぶん大丈夫じゃないかと……」
歯切れが悪くなってしまったが、たぶん大丈夫だと信じたい。こっちへ来てから血を登録した記憶なんてないし。
「でしたら旅商人として各地を旅している設定にして、デンブルク王国には初めて訪れたとでも言えば上手くいくかもしれませんね。もしも既にカナタがデンブルク王国の奴隷として登録されていれば、その時点で指摘されますので逃げ帰ってきてください」
「奴隷だと登録できないのか?」
「そうですよ、奴隷が商売を出来るわけがないじゃないですか。村長も奴隷から解放された時に登録していました」
クラウスの提案で、俺は世界を旅する商人で、独自のルートで仕入れた塩を売り歩いている設定になった。どこから仕入れたかと聞かれても、商人として儲けの秘密を明かすことは出来ないと言って答えなくていいらしい。良識のある商店などではそれ以上は追及してこないが、もしも脅されるなどして命の危険が迫るようなら、隣国のトワール王国へ続く山道に秘密のルートがあると答えればいいと言われた。そんなアバウトでいいのだろうか。あと、命の危険があるのは怖い。
俺達の今いるデンブルク王国は内陸地で海がないが、西隣のトワール王国は海に面しているので塩は比較的容易に手に入るらしい。十年程前までは盛んに取引が行われていて、デンブルク王国でも塩や魚介類は珍しいものではなかった。
だが十年前に自然災害が頻発して各地が大荒れとなり、トワール王国へ続く街道が軒並み潰れてしまったらしい。そのために塩や魚介類が入手困難となり、塩は貴重品になってしまったとか。
街道の修復は行われているらしいが、大洪水に火山の噴火、地割れに大豪雪などありとあらゆる自然災害が数年にわたって連続して起こったため、十年経った今でもほとんど修復が進んでいないらしい。隣国との境目はのどかな農村地域だったが、今ではもう荒れ放題で畑に戻せるかも分からない程の土地の状態だという。
「えっ……俺はそんなヤバイ場所に秘密のルートを持ってる設定なのか? さすがに疑われるだろう?」
「いえいえ、今でも一部の商人は抜け道を確保しています。少量でも国内で塩が取引されているのはその商人たちによるものですので」
本当にうまくいくのだろうか。ちなみに、この村との関りを探られないためにも、途中までは村人たちと一緒に行くが商業ギルドの手前くらいで単独行動をすることになるらしい。
子連れだと目立つので、ティモは村で留守番させていた方が良さそうだ。商業ギルド内では完全にソロ活動になりそうで不安だ。商人のドミニクさんに顔を見られているし、どこで出会ってしまうかも分からないので変装も必要だとか。とにかくこの村と俺が扮する商人との存在を切り離すことが必要らしい。
貴重な塩を大量に抱えた危機感の薄そうな奴なんて、一発で命を狙われる気がする。簡単に儲けられると思ったのにそう上手くはいかないな。
クラウスと話していて疑問に感じたが、なぜ村長は最初からクラウスを紹介してくれなかったのだろうか。ルイスが何の役にも立っていない。
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