第18話 饅頭と魔獣

「あれ? 復活してないな。温泉まんじゅうとの違いは何だろう?」


 昨日はルイス達三人に手伝って貰ってせっせと塩を運び出した。村長には浴槽設置スキルの実験結果や事情を話してしっかりと怒られ済みである。


 村長の考えでは、風呂は村人限定で公開して使用させてほしいとのことだった。長く雪が続いており、体の不調を訴える村人も多いと言う。たまに五右衛門風呂のようなものはやっているが、毎日ではないし狭いし、効果は実感できないそうだ。


 広い浴槽に温かい湯があるだけで体の不調が改善できるかもしれないと言われたが、クラウスの事もあるしいったん保留にさせてもらった。ちなみにサウナは暑すぎて嫌だと言われた。わがまま言うな。


 村長に人払いをしてもらって、いつぞやの木箱に塩を詰めて家族風呂へと運び入れる。大量の塩を村人たちに見られてしまうと、要らぬ争いを生みかねないということで塩の事は極秘になった。ルイス達はおこぼれを貰う気マンマンで手伝ってくれたけど。もしもルイス達が野蛮な村人だったら、塩だけ盗られて張り倒されているだろう。平和な村で本当によかった。


 俺の事を信頼してくれてお金も払ってくれる人に対してはケチるつもりもないので、塩が売れるように協力してくれた暁には素敵な風呂を設置してあげてもいいな。俺とティモは塩が順調に売れたとしたら、一つ上のランクの露天風呂付客室が狙えるかもしれない。客室って書いてあるくらいだから柔らかいベッドとかもあるだろうし、温泉まんじゅうよりも良いおもてなしサービスがあるかもしれない。どうしても皮算用をしてしまう。


「クラウス、どうしてシャンプーは復活したのに塩は復活してないか分かるか?」


 温泉まんじゅうの事は俺とティモだけの秘密だ。絶対に誰にも漏らさないとティモと誓い合った。ティモはまだ五歳ほどなのに、甘いものに対する食い意地が凄い。


「ふむ……想像でしかありませんが、建物内部で使用したかどうかでしょうか。この塩は本来、サウナ内で体にこすり付けるものなのでしょう? 本来の使い方通りにサウナ内で消費したのであれば、塩も毎日復活するのではないでしょうか。おそらく、シャンプーも建物から持ち出して使用した量については復活しないのではないかと。そう考えるとシャンプーの譲渡や販売は控えたほうが良さそうですね」


「なるほどなあ。じゃあ塩サウナの塩を持ちだしてどうにかするのなら、一度切りってことか。それが嫌ならサウナ内で塩全部を貪り食べるとか……死んでまうわ! じゃあ次はサウナ削除実験してみようかな」


 クラウスの予想では、塩サウナ内の塩はもう復活しないようだった。ならば建物を消して、下敷きになったデスワームの様子を見てみよう。建物削除も今までしたことがないし、どうなるのか試してみたい。


「村長、建物削除してくるので見張っていてください」

「おう、いいけどよ、ここではそれは出来ないのか?」

「それが外では操作できないんですよね。まだ不明な事がたくさんあって、俺には何とも」

「ややこしいスキルだなぁ。カナタを迎えてから厄介事ばっかりだ……」


 嘆く村長をサウナ室の前に配置しておいて、家族風呂に戻る。タブレットを引き寄せてサウナ室を削除するように頼むと画面にいつか見た文字が表示された。


【小型塩サウナ・温度調節機能有(保護付き)を削除しますか? ※返金不可】


「はい、削除してください……運び出した塩が消えたり、塩の代金が引かれたりとか、しないよな?」


 急に不安になったが、削除後も所持金は80,500リブルのままだった。家族風呂内に移動させた塩もそのまま残っている。良かった、でもこのままでは所持金は減る一方だな。


 村長宅前に再度向かうと、サウナ室はきれいさっぱり消えていた。地面には想像通りぺしゃんこになったデスワームがある。財布に入れる蛇の抜け殻みたいにペラペラになっていた。サウナがデスワームの血肉を吸収したようで怖い。


「おうカナタ! 皮だけ残ってるからちょうどいいぞ! しかしこれは肉のとれる魔獣には使えん手だなあ」

「ははは、中身はどこに行ったんでしょうかね……。肉の取れる魔獣が村に現れない事を願ってますよ」



 デスワームや熊の素材などをさっそく明日の朝から町へ売りに行くという事だったので、塩を売るために同行したいと申し出た。村長はとてもとても嫌な顔をしていたが、クラウスが説得してくれて渋々了承してもらえた。


 町へは荷車を牽きながら半日かけて移動し、物品を販売してから宿で体を休め、次の日の朝早くに村へ向かって出発するらしい。一泊二日の小旅行のようだ。


 道中は魔獣が襲ってくる可能性があるため、毎回腕利きの村人数人を連れて行くらしい。ルイスは役に立たないので今回は留守番で、ペーターは腕利きの村人扱いで同行、クラウスは物品の販売をする時に屁理屈をこねて値上げする役をするそうで同行らしい。ルイスは本当に何の役にも立たないな。何で最初に紹介されたのだろう。




 空に浮かぶ惑星チョコレートを眺めながら、魔獣に襲われながらも半日かけて町へ向けて歩く。向かっている町の名前はレーメンというらしい。


 道中は兎やら鳥やら蛇やらが襲い掛かってきたが、どれも小ぶりだったのが幸いしてペーターと他の村人男性達で追い払う事が出来ている。追い払う事が主だが、運よく倒せたものは荷車に乗せられた。俺とクラウスは全くの役立たずだった。


 村人男性達と話す機会もあり、名前を聞いたはずなのだが聞いたそばから忘れてしまう。全員中年だから、おじさんと呼べばいいか。ちなみに村に残ったおばさんの名前も聞いたそばから忘れてしまった。自分の事ながらはっきりとした性格だと思う。



「村の周りにはあんまり魔獣がいなかったのに、離れると結構いますね」

「腕利きの村人総出で毎日見回っている成果でしょう。昨日は珍しい大型の魔獣が出たのと、カナタの元居た場所ではブラッディベアが二体出たようですが、普段は見回りのおかげでとても平和な村なんですよ?」

「いや、それにしてもこの数はおかしくねえか? また王都の奴らが要らん事したのかもなあ」


 王都の奴らの要らん事とは何か。村長のエゴンさんに詳しい話を聞くと、このデンブルク王国の現国王は好戦的な性格らしく、変わったスキル持ちを王都に集めては何やら要らん事をするらしい。10年程前には隣国に攻め込むための戦力として、魔石を大量に使用し勇者召還の儀式を行ったが、見事に失敗して各地に天変地異が起こったとか。勇者ってそんなことで呼び出すもんじゃないと思う。


 天変地異については自国に被害が出るならまだ自業自得で済むのだが、10年前は西隣のトワール王国との国境あたりに被害が出たそうだ。それもトワール王国側に。何だか聞いた話だな。クラウスから聞いたのだったか。


 一応は責任を感じたらしいデンブルク王国の王は、天変地異を治めるべく聖女召喚の儀式を行った。するとなんということでしょう。天変地異の起こっていたトワール王国との国境付近に、追い打ちをかけるようにありとあらゆる自然災害が連続して起こり、国境付近は壊滅状態となってしまった。それによって国同士の仲もかなり緊迫した状態になったとか。元々そんなに仲が良かったわけではないが、今ではほとんど断絶状態となっている。


 えっと、クラウスの設定では俺はそのトワール王国への秘密の抜け道を知っていて、そこから塩を運んできた事になるのだったか。大丈夫だろうか。隣国からのスパイとか疑われていきなり捕まったりしないだろうか。


「国同士の仲が悪くても、それを行き来する旅商人にはあまり関係ありませんよ。今から行くレーメンという町は王都からも離れていますし、一人の商人が塩を仕入れて売りさばいたところでさほど注目は浴びません」

「本当かよ……」

「おそらく」


 クラウスは自信満々に言うが、こいつは田舎者なのでインテリぶっていても情報が足りていない可能性がある。まるっと信じるのは危険な気がする。


「でもそれと魔獣って関係あるんですか?」

「おう、あるぞ。召喚術を使って天変地異を起こした時や、そのほかにもデンブルク王国がやらかした時には、必ずと言っていい程に魔獣の数が増える!」


 村長のエゴンさんの説明では、普段は簡単に倒せるような小さな魔獣しか出ない地域に大型の魔獣が出るようになるらしい。その出現確率は顕著であり、また国が何かやらかしたなと国民の皆が推測するそうだ。


 そう言いながら村長は荷台の上の熊の素材を指さした。この熊は王が要らん事をした結果増えた魔獣の可能性が高いらしい。何となく俺がこの世界にきた辺りから増えているような気がしないでもない。俺が現れたせいで魔獣が増えたとか言いがかりをつけられるかとドキドキしたが、長年の積み重ねによって絶大な負の信頼を誇るデンブルク王国の存在があるのでセーフっぽかった。



 話を聞きながら半日雪の中を歩き、俺の足はもう限界が近づいている。背中に背負った推定10kgの塩は重いし、布と木の皮で出来た靴の外側からじくじくと雪がしみ込んでくるし、道も獣道のような整備されていない道だから足の裏の感覚がもうない。町の中には長靴とか売ってるのだろうか。


 もう歩けないと音を上げる頃に、やっとレーメンの町が見えてきた。


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