第13話 実験と再入浴
「あのー、村長。ちょっとお願いがあるんですが」
「なんだ? また厄介事か? ブラッディベアを捌くのに忙しいんだが」
村長のエゴンさんが血まみれのナイフを持って振り向いた。ナイフについた血は紫色だった。あの熊はやはり魔獣だったのか。
「家の結界について実験したいんですが、村長さんお時間あります?」
「忙しいの見て分かるだろ? 実験て何するんだ?」
エゴンさんは胡散臭そうな顔をしながら俺を見てくる。さっきまではあんなにも親切だったのに、手のひら返しとはこの事か。
「家に誰が入れて誰が入れなくて、ってのを知りたいんですけど。村長さんが忙しいなら秘密が守れるような口の堅い人を誰か紹介してもらえませんか?」
「ああ、そうだな……ルイス! お前行ってこい!」
「ええええオレ?! やだよー、なんかめんどそうだもんソイツ!」
村長からルイスと呼ばれた若い男性は、浅黒い肌とこげ茶色の髪でギャル男のような風貌をしていた。体格は俺と同じくらいの中肉中背。すごくチャラそうに見えるんだが、俺の提示した口の堅い人という条件に当てはまるのか不安しかない。村長の代役ならさっき湯浅邸まで来てくれたペーターとかが良かったんだが。
「でもルイスおまえ、手先が不器用で捌くのも下手くそだし、見回りの時も怖い怖いって逃げ回るだけで何の役にも立ってないだろ? 畑仕事も雪かきも腰が痛いやら何やら言ってすぐへばるし! ちょっとは役に立ってこいや!」
「ええええ村長! オレを売るなんて、人でなし! 村長だって昔奥さんに体が弱いとか色々嘘ついて口説いてただろ!」
「その人本当に秘密を守れるんですか……?」
何の役にも立たないと言うルイスは、村長が熊を捌いているのをただ見ているだけのようだった。ナイフとかも持ってないし。不安だったので秘密を守るという誓約書でも一筆書いてもらおうかと思ったが、数字しか読み書きできなくて、文字は自分の名前しか書けないらしい。本当に何の役にも立たないやつのようだ。
「オレはおまえのことを村民だと認めた訳じゃないからな! どっちが村にとって役立たずなのか、ここではっきりさせてやる!」
ルイスを連れて家族風呂の前まで戻ると、すぐ実験に移行する。まずはルイスがそのまま建物に入れるかを試してもらった。
「いやいやいや、この家が出来た時に入れるかどうか試しまくったから! 無理だったから! 潰されそうになったのオレだから!」
次は心の中でルイスが入れるように念じてみた。どうぞお入りください。
「入れねえ! 念じたくらいで入れる結界なんて存在するわけないだろ! おまえ何なの?! 意味が分からん!」
ルイスと手をつなぎ、心の中ではルイスを拒否しながら扉をくぐってみた。知らない人を家に入れてはいけません。
「男と手をつなぐなんて気持ちわるいんだが! それに扉の前に見えない壁があるみたいで前に進めねえ! 男と手をつないだ意味!」
ルイスと手をつないだまま、心の中でルイスが入れるように念じてみる。忘れてたけど、そういえば知っている人だった。どうぞお入りください。
「おおおおっ!? 入れるようになった! えっ?! なんだここ?! あったかい! 見たことないもんがいっぱいある?!」
そのままルイスを蹴り出し、一人で入れるかどうかを試してもらった。ティモは一人でもいつだって出入り自由だが、ルイスにも適用されるのか。
「入れるもんねー! もうオレ入れるもんねー! それより家の中をもっと見せてくれよ! なんかいい匂いするし、床も何だこれ、板なのにあったかいんですけど!」
もう一度ルイスを蹴り出し、心の中でルイスを拒否してから一人で入れるかどうかを試してもらった。森へお帰りください。
「入れねえ! なんでいきなり入れなくなった?! ええええ、外寒いんですけど! おまえ……オレのこと嫌いになったのか? オレはおまえの事をこんなにも想ってるってえのに!」
一人で出入り可能なティモにルイスの手を引かせて、一緒に入って来るよう頼んでみた。
「いやいやいや、入れねえから! おい、なんでちびっこは入れてるんだ?! もういい加減中に入れてくれよ! オレが凍えてもいいって言うのかぁ?!」
実験は終了した。
結果、俺が心の中で相手を受け入れながら手をつなぐなりして家へ入れば、その後は何度でも入れるようだった。一度受け入れた人でも信用できなくなった時点でもう家には入れない。やばい、チートきたかも。
この現象が湯浅邸でも適用されるなら、あの家は放っておいても何者にも侵入されない無敵の要塞になる。洗濯機とか置いて来たから盗られたらどうしようかと密かに思っていたが、この分だと大丈夫そうだ。
ただ、あの商人たちが俺の居ない時にあの湯浅邸に来たとして、中に入れないと分かったら問い詰められるかもしれない。家ごと建てられることは内緒にして、自分の家一軒限定で結界を張れるスキルとでも偽ってみようか。
「隣の部屋のあの湯はなんだ?!」
「ああ、あれは体を洗うための場所なんだ。ルイスの家にはないのか?」
「そんな贅沢なもん、オレの家にはねえよ! 外から見たら分かるだろ? あ、でもたまに村の真ん中で木の入れモンに沸かした湯を入れて交代で入ったりする!」
村の中の家は全て木造だからそんな気はしていたが、内装も想像通りのようだった。日本の戦時中とかは木造の家でも風呂釜があったような気がするんだが、東洋と西洋の文化の違いだろうか。各家に風呂釜はなく、大勢で湯を沸かしたものを一カ所に溜めて順番に入浴するらしい。一日で全員が入れるわけではなく、数人ずつの入浴でしかも毎日沸かすわけではないそうだが。
「気になるならオレんち見に来るか? いつでも見せてやれるぞ!」
「まあ、機会があれば……」
「それ絶対来ないやつ! それより湯に入らせてくれよ!」
この家の中の事を口外しないと約束するならと条件を出してみると、声が大きくすぐ騒ぐルイスは一応は秘密を守ると約束してくれた。あんまり信用できないけれど。ルイスが家の中にいる時に信用できなくなったらルイスはどうなるんだろう。いきなり死んだりしないよな?
「守るよ守る! なんかよくわからんが誰にも言わん! だから入らせてくれよ、えっと名前なんだっけ。そうだカナタ!」
「俺はもう入ったから……ティモ、お風呂もう一回入るか?」
「はいる!」
ルイスの体は薄汚れていたので、まずはシャワーで洗ってから風呂に入れるようにティモに言いきかせる。ティモは最初に俺と入浴した時にシャワーで何度も洗われた事を覚えているらしく、その時と同じように先にルイスの体を洗い始めた。ティモの頭脳はルイスよりも上かもしれない。ルイスの髪と体を何度も洗ってから浴槽に沈める。
「うわー、この湯めっちゃ気持ちいいな! 風呂にいつでも入れるなんて貴族だけかと思ってたが、こんなところにこんないいモンが出来たなんてなあ!」
「はあーいきかえりますなあ」
「おいっおまえ! 死んでたのか?! いつから死んでたんだ?! もしやおまえら悪霊なのか?!」
相手が家の中にいる時に、心の中で相手を拒否してみるデータも取らないとな。今のうちにやってみるか。
心の中でルイス要らないと念じると、浴槽内でくつろいでいたルイスの姿が一瞬で搔き消えた。建物の外でドサリと音が聞こえる。
「いやいやいや、何でこんなことするのお?! オレらうまくやってたじゃないか! ねえこれいじめ? いじめじゃないの?!」
外へつながる扉を開けると、真っ裸のルイスが半泣きで立っていた。そうか、中にいるときに拒否したらこうなるのか。ならば信用して招き入れたけど実は敵でしたとかでも、安心して追い出すことが出来そうだ。裸のルイスはかわいそうなのでもう一度お風呂に入れてやるか。
倍の時間をかけて入浴し、ほかほかになったルイスにドライヤーをあててやると、体と髪の汚れが落ちたイケメンギャル男が出てきた。こげ茶色の髪に見えていたが、髪を洗ったおかげで艶やかな茶髪に変わっている。完全に俺の負けだ。俺が女ならアホキャラだろうが何だろうが気にせずルイスを選ぶだろう。ていうかこういう場合は薄汚れた女の子を洗ったら美少女になって驚くとかいう展開じゃないのだろうか。
「綺麗になったけどなんかギシギシするな。ティモ、ちゃんと髪はシャンプーで洗ったか?」
「しゃんぷー?」
「あっそうだ、ティモ文字読めないんだった! ボディソープで洗ったからギシギシするのか!」
ま、いいか。ルイスだし。
「でもさあカナタ。オレがこんなピッカピカな体になってこの家から出て行ったら、村のみんなは不思議に思わないか?」
「あっ……考えてなかった。やばいな、どうしよう」
「ティモがどろのついた雪もってこようか?」
泥雪をなすりつけられるルイスは気の毒だったので、ティモの行動は止めておいた。しかしルイスが綺麗になったせいで、村人に水と湯が無限に使えると知られたらまずいかもしれない。ルイスを洗う前に村長に相談すべきだったか。やはり泥雪を持って来させようか。
「中がこんな不思議な空間で、風呂まであるってバレたら村のみんなは欲しがるだろうな。どうすんだ?」
「やっぱこの家の中身は普通じゃないんだな……だから秘密を守れる人をって村長にお願いしたのに、ルイスを押し付けられたんだよ。ああ、失敗したなあ。どうしようか……」
まああの村長の仕切る村だし、知られたとしても村長がなんとかしてくれるかもしれない。内装について黙っていたことを怒られるくらいですむかもしれない。こういうことは深く考えないほうが良い。聞かれなかったから答えなかっただけだ。
「ああでも、さっきもやったように俺が手を引いて招き入れないと入れないんだ。家の中に居ても俺が念じたら追い出されるし。そんな家、欲しがるかな? それにこの家を建てるには大金がいる。みんなが欲しがったところでほいほい建てられないんだよ」
「大金ってどれくらい?」
「ええっと、この建物は45万リブルだったかな?」
「オレそういうの苦手なんだよ。銀貨換算で教えてくれ」
「銀貨か……大銀貨7枚ってとこかな」
俺の言葉にルイスは目を剥いて驚いていた。村に居てまず大銀貨など使わないし、大量の魔獣素材を売ったとしても支払いは銀貨や小銀貨で済まされることが多いと言う。
村人への割り当ては均等配分で、毎月銀貨2枚程度らしい。ルイスは狩りなどでもあまり活躍できないし、出来高制にされてしまうと何も貰えない可能性も出てくるから、ルイス的にはそれで満足しているとか。月給20,000円で満足とかどんなブラック企業だ。
しかし話を聞いてみると、土地は領主から割り当てられているし食費は自給自足に近いし光熱費なども森から調達するので無料だ。領主に納める税金は村の収入から出るしで、お金を使う機会がない。
「じゃあルイスはそのお金をどうしているんだ?」
「それはその、たまに来る商人から酒を買ったりだとか……町に行く時に店の女の子に使ったりとか……」
「女の子の話を詳しく頼む」
ルイスの話によると、暖かい季節になると倒した魔獣が腐ってしまうとかで、町に行く機会が交代制で回ってくるらしい。商人は数週間に一度しか来ないので雪がある間は長く待てるが、雪が溶け出すと半日かけて町へ魔獣を売りに行くしかないとか。
その時に可愛い女の子が働いている居酒屋のような店で飲食をし、女の子を口説くためにプレゼントをしたりするという。風俗のような店もあるが、高すぎて手が出ないらしい。
「思ったんだが、なんでこの村には若い女の人がいないんだ? おばさんはいたが、みんな俺の親くらいの年代に見えたんだが」
「そりゃあこんな辺鄙な村に若い女がいるわけないじゃないか。村の開拓には、働けそうな男とその妻しか送り込まれない。女子供と老人は、町中でそれぞれ出来そうな手仕事をさせられるって聞いたぜ。まったく、男って損だよな」
開拓村は借金奴隷となった人が送り込まれると聞いていたが、女子供と老人は除外されるのか。奴隷は性別関係なくこき使われると思っていたが、イメージしていたよりもきちんとした制度なのかもしれない。
でもそう考えるとティモは借金奴隷になった両親が開拓村で産んだ子で、親が死んでから村の人達に育てられたとかだろうか。その場合はティモはどういう扱いになるんだろう。両親の借金を引き継ぐのか、子は免除されるのか。
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