第12話 饅頭の中身

「ごめんなさい」

「謝って済む問題じゃねえ! こういうことは先に言えよ!」

「いや、成功してるか分からなかったし……」

「言い訳を聞きたいわけじゃない! 村の奴らと上手く取り持ってやろうと色々考えてたってのに! 全部無駄になっただろうが!」

「ごめんなさい」


 家族風呂の外観は、木造平屋の小さめの家だった。村の中の他の家と同じくらいの大きさで、外観の違いを上げるとすれば木材が少し新しく見える程度だ。早く中に入って温泉まんじゅうを食べたいのに、村長と村人たちがそうさせてくれない。


 俺とティモは40人ほどの村人に取り囲まれて説教されている。ボロ靴を雪が貫通してきて足全体が冷たい。トイレのスリッパ履いて来れば良かった。早く浴槽に浸かりたい。


「それで、カナタのスキルは家を設置できるってことでいいのか?」

「家……まあそんな感じですね。使ったのは二度目なので自分でもよく分からないんですが……」

「結界が張られてるのはティモのスキルか?」

「それも俺のスキルの一部みたいです。誰が入れて誰が入れないとかはよく分かりません」


 村長と40人ほどの村人は、はああぁと一斉にため息をついて俺を呆れた目で見てきた。ざっと見た感じでは、おじさんか青年かおばさんか子供しかいない。美女と美少女がいない。村人たちは全員日焼けしていて、体も服も埃っぽい感じがする。小説にあるような真っ白な肌の身なりのいい落ち着いた物腰の人は一人もいなかった。


 ヒロイン枠の色白美女を、照れながらも家族風呂に誘ってみるとかそういったイベントは起きそうにない。もしも美女がいたとして、カフェに誘うような気軽さで風呂に誘ってくる男ってどうなんだろう。怪しいだろうか。


「あのなあ、こんな結界付きの家をポンと建てられるようなスキルが王国にバレたら、捕まって即戦場行きだぞ?」

「ええっ?! ただの家ですよ? 結界の強度も分からないし。それに建てるには色々と条件があって、お金もかかるし……」

「国がそんな言い訳を聞いてくれると思うか? 戦場の真ん中に結界付きの家を一軒建てれば、誰も破壊できない無敵要塞の出来上がりだろ?」

「ああー……本当ですね。でも強度が……」


 言われてみてはじめて納得する。村長のお小言を聞いていると、国に捕縛されて良いように使われそうな気がしてきた。国ならお金はたくさんあるだろうし、建てるのに魔力とかも関係なさそうだから睡眠もなしで一生こき使われるかもしれない。せっかくブラック企業を退職できたというのに。それより戦場って言ってるけど、このデンブルク王国はどこかと戦争中なんだろうか。今は怖くて聞けないから今度聞いてみよう。


「おいみんな、良く聞け! こいつらはカナタとティモって名で、今日からこの村に住む。聞いてた通り、こいつらの存在とスキルは他言無用だ! まあ本人が国に使い潰されることを希望するなら別だが……だがこいつらの情報を売ったやつは村から追い出すからな!」


 村長、いい人。付いてきて良かった。


「あのう、言い忘れてたんですけど。ドミニクさんっていう商人とクリストフさんとあと一人の革鎧を着た人に熊を売ったことがありまして、代金はまだ貰ってなくて……ティモはその人たちから預かってるので返さないといけないんですけど……」

「なんだと?! なんでそんな重要な話を後出しするんだ! ああもうおまえ面倒くさいな!」


 村人はここに集まった44人で全員らしい。一気に自己紹介出来た形になって手間が省けた。家が急に建ったことに全員が戸惑い怒っていたが、俺とティモが村長に説教されている姿を見て、次第に同情するような目になってきた。同情というよりも哀れな子を見るような目な気がするけど。ステータスによれば俺は楽観的な性格らしいので気にしない。


「見ての通りカナタはバカだが悪い奴ではなさそうだ。出来の悪い息子が増えたと思って面倒見てやってくれ!」


 バレたら厄介らしいスキルがいきなり44人に知られてしまう事になったけど、結界の事とかも実験してみたいし、実験を手伝って貰えるならずっと隠し通すよりは良かったのかもしれない。村長の言葉によると王国には内緒にしてくれるようだし。


「おいカナタ聞いてんのか?!」

「ごめんなさい」

「聞いてなかっただろ?! はあぁぁ、もういいから簡単に挨拶しろ」

「えっと、戦闘は出来ないんですが村の役に立てるように頑張ります……」


 村長と村人たちは盛大なため息をつきながら生暖かい目で俺とティモを歓迎してくれた。想像していた希望に満ちた日々は遥か遠くへと旅立ってしまった。




「あめちゃんあめちゃん!」

「悪いなティモ。飴ちゃんじゃないほうを選んだんだ」

「ええええええ!」

「でも飴ちゃんよりももっと美味いのがあるかもしれんから期待しててくれ!」


 村人たちは散り散りになって家へと帰って行ってしまった。結界付きの家なら皆が欲しがるかと一瞬身構えたが、外観は自分たちと変わらない木造ボロ屋で、ただ結界がついただけの家には興味が湧かなかったようだ。内装を見たら欲しいと言われるかもしれないから、見せるなら秘密の守れる少人数にしておこう。


 ティモを抱えて家族風呂の入り口をくぐる。木造平屋建ての家に入るとすぐに靴を脱ぐスペースがあり、その先には和風にコーディネートされた脱衣所が広がっている。和風というよりアジアンテイストといった方がしっくりくる。一番小さいものを選んだはずだが、湯浅邸と比べると倍以上の広さだった。


 左手にトイレの扉があり右手には内風呂に繋がる扉がある。この世界の生活基準は分からないが、珍しい家具などもきっとあるのだろう。室内は湯浅邸と同じく暖房がきいたように暖かいし、床は床暖房が入っているかのようにホカホカしていた。だが今はそれどころではない。


「あった! 温泉まんじゅう! やっぱ四個ある!」

「まんじゅう?」

「すぐ食べよう。延々怒られてストレスがたまった脳には、糖分を補給しなければならない!」


 畳風の長椅子にティモと並んで座り、手のひらにちまっと乗るサイズの温泉まんじゅうの包みを開けてみる。外側の生地は茶色でふわふわとしていて、半分に割ると内側には黒いこしあんが入っていた。


「ヨシ! こしあんだ!」

「それなに? たべもの?」

「そうだ、甘くて美味いんだ。ティモもきっと気に入る」

「あまいの?!」

「でもなティモ。おそらくこれは食べ切りで、お湯のように無限に増えない可能性が高い。そう考えるとこれ一つはキャタピラー10匹分、半分でもキャタピラー5匹分だ。心して食べるように!」


 半分の温泉まんじゅうをさらに半分に割り、ひとかけらをティモの口の中に入れてやる。俺もひとかけらを自分の口の中に入れた。


 外側の皮はやや厚めでふっくらとしており、中の餡は滑らかな舌触りで食べやすく、甘さ控えめで上品な仕上がりになっている。果物と干し肉ばかり食べていた俺の口は大喜びだった。ティモは塩飴を舐める時と同じように、温泉まんじゅうを口の中にとどめてチュウチュウと吸っている。餡子がスカスカになるんじゃないだろうか。嬉しいのか、足をバタバタさせている。


「ティモ、これは噛んでいいんだ」

「あまい! ティモあめちゃんよりすき!」

「まあ塩飴よりは餡子のほうが甘いだろうさ」


 温泉まんじゅうは四つしかなかったが、結局俺とティモはその場で四つとも食べてしまった。いいよね、もうゴールしてもいいよね。


 順序が逆になってしまったが、脱衣所内と浴室をチェックする。脱衣所は四畳半ほどの広さで、浴室は六畳ほどの空間にモダンな感じな石でできた浴槽があった。シャワーはもちろんシャンプーとリンス、ボディソープもある。脱衣所の洗面台には化粧水なども置いてあった。


「おふろはいる!」

「そうだな、さっそく入ってみよう! でも温泉とかのシャンプーってノンシリコンで髪の毛がキシキシになるんだよな……。ティモの髪がキシキシになったら悔しくて泣いてしまうかもしれん。持ってきたやつ使うか……?」


 全裸になり、湯浅邸にあるユニットバスの二倍はある大きさの浴槽に体を沈める。なぜか既にお湯が満タンに入っていてすぐ入れた。逆にお湯の入れ方や抜き方がわからん。お湯が抜けなければ掃除もできないし、どうするべきか。


 石造りの浴槽はティモと並んで寝ころべるほどに広かった。その広さにティモははしゃぎ、水中でバタ足やでんぐり返しをしていた。何だか懐かしい。


「はあ……生き返りますなぁ……」

「こな入れないの?」

「粉?……ああ、入浴剤のことか? うーん、どうだろう。これちょっと濁ってるしたぶん温泉だよな。ティモ、このお湯にはもう粉が入ってるみたいだ」

「いたれりつくせり」


 かなり薄かったが微かに温泉特有の匂いがした。温泉効果が出てきたのか、浸かっているうちにティモの肌がプルプルになってくる。男の子なのになぜにこんなにもかわいいんだ。


「ティモ、これは秘儀なんだが教えてやろう。タオルをこうして湯の上に浮かべてだな……」

「ひぎ?」


 湯の表面に浮かべたフェイスタオルの下から手を入れて空気を含ませて、タオル風船を作る。子供の頃に父親から教わった、自宅の風呂でしかできない遊び方だ。風船の口を縛ってティモの前に差し出すと、嬉しそうに噛みついてくる。


「がうがう」

「食べ物じゃないんだけどなぁ」


 もう一度もう一度と何度もねだられているうちに二人して湯あたりしてしまった。ティモはおいしいたのしいと言っていたが、美味しいわけないだろ。


 風呂を上がって休んだ俺たちは実験として、家族風呂の中にあるもので外に持ち出せるものを調べてみた。シャンプーやボディソープは大容量ボトルいっぱいに入ってるし、村人たちにお近づきの印として分けてもいいかなと思ったからだ。皆薄汚れていたから喜んでくれるかもしれない。


 結果、洗面器やドライヤーなどの備品は持ち出せず、消耗品であるシャンプーや化粧水の中身のみは持ち出すことが出来た。容器ごとはアウトだった。容器を持って扉から出ようとしても透明な壁があるように前に進めなくなる。手のひらにシャンプーの液体を乗せながらウロウロする俺とティモ。村人に分けるとしても移し替える容器をどうするかなどを考えるのが面倒くさくなり、この案は廃案になった。


 湯浅邸からは何も考えずに洗濯カゴやらスリッパやらを持ち出したが、元々あった湯浅邸と後から設置した施設では違いがあるのかもしれない。湯浅邸からは何でも持ち出せるとしたら、ウォシュレットのついた便座とか持って出れるのかも。サイズ合わないだろうしもう付いてるからいらないけど。


 この家が設置された時に村人たちが中に入れなかったと言っていた。なぜティモは入れたのか、誰が入れて誰が入れないか、どうすれば入れるのかを実験する必要がある。



 持ってきたタブレットのマップ画面を見ると、村の中にはたくさんの青丸と黄丸がうろついている。数を数えようとしたけど20個数えたあたりで挫折した。動き回りすぎだろう。この村の人達はどんだけ働き者なんだ。黄丸はかなり薄い黄色なので、悪意はなくただ俺らを警戒しているだけだと信じたい。赤丸がないのだから、もう何でもいいや。


 村長宅の裏側に灰色の丸がたくさんあるのは運び込んだ熊とか兎だろうか。数人で取り囲んでいるので何かしているのかもしれない。村長宅に行ってみよう。


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