第11話 家族風呂購入
俺たちが村にお世話になることに決まり、ブラッディベアという熊は村へ持ち帰ることになった。村長とペーターが熊を荷車に積み込んでくれるそうなのでお任せして、ティモと二人で湯浅邸の中に入る。いつ来るか分からない商人よりも、これからお世話になる村の長のほうが大切。
「ティモ、さっき行った北の村に家を建てようと思うんだ。足湯設置したの見ただろ? あんな感じで画面から建物を選ぶから、ティモも見てくれないか?」
「ティモがえらんであげる」
タブレットへ希望を伝えれば浴槽購入画面が表示される。
◆手湯・足湯 30,000リブル~
◆サウナ室 80,000リブル~
◆ユニットバス 200,000リブル~
◆家族風呂 400,000リブル~
◆露天風呂付客室 700,000リブル~
◆銭湯・温泉宿 3,000,000リブル~
◆スーパー銭湯 50,000,000リブル~
「この中で生活出来そうで外から見ても目立たなそうなのは、ユニットバスか家族風呂だよな。客室とかいうのは高すぎるし。でもユニットバスってどうなんだ? ここの風呂もユニットバスだけど、湯浅邸と同じだとしたら脱衣所があったとしても狭いよなぁ」
「せまくないよ」
「ティモは小さいからな。俺は手足を伸ばして寝たいんだよ」
俺の声に反応するように、家族風呂一覧がプレビューで表示される。今の会話からユニットバスを除外して家族風呂だけを表示するとは、このタブレットの音声認識機能がヤバすぎる。
小さな画像を注意深く見て、目立ちすぎない大きさの家族風呂を選び出す。露天風呂が付いてるのは外からどう見えるのかが心配だしやめておこう。内風呂が一つだけ付いてるものから選ぼうか。脱衣所とは別に六畳や八畳の休憩室がくっついてるものもあるけれど、それだと家が大きくなりすぎてしまいそうだから却下した。
残された選択肢は、四畳半ほどの脱衣所に洋風インテリアでソファーが設置されているものか、同じ広さの脱衣所に和風インテリアで畳を使った大きな椅子が設置されているものの二つだった。浴槽を購入するスキルのはずが、浴槽や湯の効能などちっとも見ていない。
「この二つのうちどっちかだな。40万リブルからって書いてるのに、この二つは45万リブルかあ。ええぇ、脱衣所が広いからか?」
「これなに?」
「ん、どれ? 小さくてよく見えんな……アメニティか?」
ティモが指さしたその先を見てみると、洋風の脱衣所に設置された洗面台の上に、小さなカゴに入った何かが置いてある。髭剃りやヘアーブラシではなさそうだ。
「これは……サービスの飴か?! なら和風の風呂には何が……まさか温泉まんじゅう?!」
「あめちゃん! あめちゃんのいえにしよう!」
「いや待てティモ、一度食べきったら終わりの可能性がある。目先のものに釣られて決めるのは、良くないっ!」
温泉まんじゅうの中身はつぶあんかこしあんか。俺はこしあん派だが、この際つぶあんでも許してやろう。もしも食べ切りでその後は無くなってしまうのなら、また家族風呂を買うしかない。この画像で見る限り温泉まんじゅうは小さめのものが四つ置いてあるように見えるので、まんじゅうひとつがおよそ10万円か。結構高くつくな。ああ、飴ちゃんは塩飴がまだあるから却下だ。
「ヨシ! タブレットさん、この45万リブルの和風家族風呂を、北の村の西にある空地へお願いします!」
「どれかったの?!」
俺が声を発するとタブレットの画面がマップに切り替わり、北の村をアップにした地図が出てきた。西の端の空き地っぽい場所に、この湯浅邸よりも少し大きいくらいの四角が点滅している。そしてそのマップに重なるように画面中央に色々と文字が表示された。
所持金 0円 450,000リブル 【400,000円を400,000リブルへ変換しました】
【家族風呂・内湯一据え・和風(保護付き)を選択しました】
所持金 0円 0リブル【450,000リブルが使用されました】
【家族風呂・内湯一据え・和風(保護付き)の設置が完了しました】
「ああそうか、円をリブルに交換するの忘れてた。自動で交換してもらえるのも自動で使用されるのも楽でいいけど……画面上の所持金がゼロかあ。手持ちが180,500リブルあるけど、これいつか増えるんだろうか。増えてほしい……」
「はやくいこう。あめちゃんももっていこう」
木箱に湯浅邸内の雑貨を全て詰め込み、村長とペーターの元へと戻った。
熊と毛虫の乗った荷車を村人ペーターが牽き、俺が後ろから荷車を押す。毛虫に触らないような角度の調整がむずかしい。村長とティモは武器を持って辺りを警戒してくれている。湯浅邸に大量に運び込んだ空の木箱は、明日以降に回収する事にしたらしい。村長はそれほどまでに熊と毛虫が欲しいようだった。その価値観が理解できない。
「村に着くまでに、スキルの事とか教えてもらえませんか?」
「ああ? スキル? そういえば記憶がないんだったな。そんな状態でどうやって生き延びるつもりだったんだ?」
「あはは、まあ気にしないでください」
村長のエゴンさんからの情報によると、この世界の人は皆何かしらのスキルを持っているらしい。実戦に役立つ攻撃スキルは、剣術、槍術、馬術などの近接戦向きのものから、火魔術、土魔術などの遠距離戦向きのものまである。一方、生活するうえで役に立ちそうな建築関係や、農作業関係のスキル持ちもいる。中には何の役に立つのか不明なスキルもあるとか。
その中でも戦いに有利な攻撃スキルや戦いの支援が出来るようなスキル持ちは数が少なく、持っていると分かると王国からスカウトという名の捕獲班が来て、国の為に戦いに出されたりするらしい。中には自ら冒険者となって一旗揚げたりする人もいるとか。
スキルの話からは少しずれるが、拉致とかしちゃう系のこの国は、湯浅邸に来たクリストフさんからも聞いたがデンブルク王国という名で、今から俺たちが移り住む村はその国の中でも端っこの方に位置しているらしい。西にある隣国との境目ギリギリの場所であるが、隣国までの道は森とか荒野とかが延々続いていて簡単には国境越えは出来ないとか。
ファンタジー小説とかでは主人公が珍しいスキル持ちで、国とかに目を付けられて死ぬまで働かされるとか、有用だと思われたのに実際は役立たずで捨てられてあとで開花するとか色々あるけれど、村長の話を聞く限りでは俺の浴槽設置スキルは何の役に立つのか不明なスキルに位置する気がする。
「じゃあティモもスキルを持ってたりするんですか? どんなスキルを持ってるのか、どうしたら分かりますか?」
「大きな町に行けば教会があるんだがな、そこで金を渡すと調べてもらえるんだ。これが結構高くてなあ……大枚はたいて調べてもらっても何の役にも立たないスキルの可能性もあるし、平民は調べない事もよくある」
村長の話によれば、貴族であれば産まれてすぐ調べてもらえると噂で聞いたことがあるそうだ。戦闘狂な親の元に産まれてしまった攻撃スキル持ちの赤ん坊なんて、可哀そうでしかないと思うのだが。それは日本人の考え方なのだろうか。
「村の奴らは誰も教会で調べてないぞ。なけなしの金を何十万もつぎ込んで、刺繍術とか整頓術だと目も当てられんだろ?」
他にも現時刻を正確に当てられるスキルや、魚を綺麗に三枚におろせるスキル、手から温風が出せるスキルなど様々なスキルがあるらしい。手から温風はちょっと欲しい。
でもこの子には才能があるんです、って言いながらティモをドヤ顔で教会に連れて行って、卵を綺麗に割れるスキルとかだったらどうしよう。失ったお金を想って泣いてしまうかもしれない。
「この子供の事だけを気にするって事は、あんた……カナタだったか? カナタは自分のスキルを分かってるのか?」
「ええまあ。じつはさっき家の中で使ってみたんですよ。二回目なので上手くいってるか分からないから、村に着いてから言いますね」
「ん? 何で村に着いてからなんだ? まぁよく分からんが、教えてくれるってなら聞いとこうか。何で今じゃ駄目なんだ?」
「だって失敗してたら恥ずかしいじゃないですか」
話をしているうちに村長のエゴンさんと少し仲良くなり、村人ペーターは無口だったが優しい表情で俺とティモを見てくるようになった。いやこれは、無知な俺を憐れんでいる目なのかもしれない。心を強く持って生きていこう。
しかしこの調子であれば、これから先は穏やかな農村ライフが送れるかも。そういえば村に綺麗なお姉さんがいるかどうか確認してなかったな。今のうちに聞いておくか……いや、そんなことを聞けば警戒されてしまうか。
やっと前方に村が見えてきた。家族風呂はうまく設置できているだろうか。村に滞在するのは一応はお試し期間という事になっているが、村長の人柄を見る限り楽しい毎日が待っていそうな気がする。村の出入り口には数人の村人が集まっていて、俺らを出迎えてくれているようだ。人見知りだけど頑張って村の人達と仲良くなれるように努力しよう。
さあ、希望に満ちた日々の幕開けだ……!
「村長! 村の西の端に突然家が! 明らかにおかしいだろ!」
「急に家が建ったんだ! 誰かがどこかから妙なスキルを使ったのかもしれん!」
「歩いてたらすぐそばにいきなり家があらわれたんだ! あと少しでオレは潰れてた! 死ぬとこだったんだよ!」
「見つけたら捕まえて縛り首にしてやる!」
「家の中に入ろうにも結界が張られてた! そんなの見たことない! 怪しすぎるだろ!」
「どう考えても悪意しかない!」
「見つけ次第監禁だ! そのあとは拷問してから殺してしまおう!」
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