第10話 村へもう一度

 数日ぶりに訪れた北の村は、特に変わった様子もなく穏やかな雰囲気だった。


「ごめんください、以前も来た奏風かなたとティモですが、村長はおられますか?」

「おっ、あんたたちまた二人だけで来たんか。魔獣増えてるんだから気を付けろよ? 来る途中に襲われんかったか?」


 真っ赤な髪をした村長のエゴンさんは俺達の事を覚えてくれていて、俺達の体の事も気遣ってくれる。頼れるおじさんのようだった。


「朝早いからか魔獣はまだ寝てるみたいで、一匹もいませんでした。今日はまた欲しいものがあって来たんですが」

「おう、ちょうど暇だから案内してやるぞ!」


 村長は前回来た時もずっと付き添ってくれていたが、やはり仕事もなく暇なようだった。自分の口ではっきりと暇だと言った。村付近の見回りは男性村人で交代制をとっており、村長は村人たちをまとめたり指示したりする立場なために日中は本当に暇らしい。



「えっと、大きめの木箱をいくつかと頑丈な板が欲しいです。木箱がなければ素材は何でもいいので、箱っぽいものがあれば」

「木箱なら運ばれてきた支給品が入ってたやつが余ってるが、何に使うんだ?」


 不思議そうな顔で聞かれたので、経緯と作戦を説明する。村長は魔獣に効く液体というものに興味を惹かれたようだったが、液体について説明しようにも俺にも原理が分かってないのでうまく伝えられなかった。混ぜたらダメなんだよ。それしか知らないんだよ。


 木箱は各家で荷物入れにしていたりするらしく、購入したいと言えば家々をまわってかき集めてくれた。上に被せる頑丈な板も、隅のほうに穴を開けて用意してくれるらしい。


「でもこんな大きなモン、どうやって運ぶんだ? 荷車も持って来てねえし、まさか担いで持って帰るつもりか?」

「あっ、そういえばそうだ……どうしよう? 何も考えてませんでした……」

「はあぁ? 仕方ねえな、村にある荷車で運んでやるか。あんたらがどんな場所に住んでるか見ておきたいし、暇だし。でも運搬料はきっちり貰うからな!」


 手の空いている村人たちによって大きな荷車に次々と木箱が乗せられていく。作業してくれている村人たちを観察したが、見渡す限り全員が男だった。どこかに一人くらい若い女の人いるだろ? 隠してるのか?


 木箱はノコギリとかがあればDIY未経験の俺でも自作できるだろうか。いや、釘とか金づちとかも必要だろうし、長さを測ったりしなければうまく出来上がらないかもしれない。知識皆無な俺には無理そうだ。


「ついでと言ってはなんですが、ホーンラビットを五羽倒したので持って来てるんです。買い取ってもらえますか? あと塩も少しあります」

「おっ、いいぞいいぞ! 塩があれば干し肉が作れるし、少しなら買い取れるだろう。今のうちに雑貨屋に行こうか!」


 前回も来た雑貨屋をやっている木造平屋の一軒家で、ホーンラビットを五羽買い取ってもらう。洗濯カゴに汚れてもいい布を敷いてホーンラビットを敷き詰めて、その上にまた布を敷いて布で直にくるんだ塩を持って来ていた。文明レベルが分からない中、ビニール袋はさすがに見せられない。


「ホーンラビットは小さいし魔石がないから、うちの村ではこれが限界だな」

「あっ、その魔石ってどういうものなんですか? どうやって使うんですか?」


 俺の質問に、村長はため息を吐きながら呆れた表情をした。


「そんな事も忘れちまったのか? 魔石はなあ、大型の魔獣からたまにとれるんだが、王都にいるスキル持ちしか使いこなせんからって商人が全部買って行っちまうんだ。使い方は知らん。でもこれが高く売れて儲かるんだ!」


 村長も詳しい使い方は知らないらしい。さっきのため息は何だったんだ。


 ホーンラビットは角が綺麗な状態だったので聞いていた通り一羽小銀貨八枚で、塩も一袋分の一キロ全てを大匙一杯が小銀貨一枚のレートで買い取ってもらえた。


「塩は少しならって言っただろ? 何でこんなに持って来てんだよ……何なんだよあんたらは……もしや他にも売るもんあったりすんのか?」

「えっと、住んでいる場所の近くにキャタピラーって言うんですか。黒い毛虫が三匹キンキンに冷えてます。体から液体出てきそうで気持ち悪いんですけど、荷台に乗せてもいいなら家の前でお渡しできます」

「キャタピラーか……あれ美味いんだよなあ。そうか、冷えてるか。うーん、背に腹は代えられん。買い取って帰りの荷車に積むか!」


 あの大きな毛虫、食用なんだ。そういえば熊も真っ先に毛虫食べてたし、美味しいと言うのは本当なのかもしれない。俺は絶対絶対要らないけど。湯浅邸の近くで熊も冷えてるけど、これは商人のドミニクさんが来た時のために置いておこう。


 所持金 400,000円 50,000リブル (手持ち150,500リブル)




「ここがあんたらの家か! 思った以上にボロ家だな! 柵もないし、魔獣の突撃でひとたまりもなさそうだな? よく今まで生きてたな!」

「あはは……なんとか持ちこたえてます。でも意外と住みやすいんですよ?」


 村長のエゴンさんと、がっしりとした体格の村人男性ペーターが荷車を牽いて湯浅邸まで来てくれた。ペーターは暗めの灰色の髪をしていて体格が良く、無口で若いイケメンだった。イケメン率が高すぎる。平凡な顔をした俺はこの世界で生き残れるのか。


 村からの道のりでは途中二度ほどホーンラビットが寄ってきたが、ペーターが槍で素早く突いて倒していた。荷車に積みこんでいたので村の収入源になるのだろう。


「あの木の根元の辺りにキャタピラーを冷やしてあります。俺は見たくないから勝手に積んで持って帰ってください。あ、でも買い取り代金は先にください」

「盗賊みたいだな……まあいいか、遠慮なく勝手に積ませてもらうぞ!」


 村長とペーターは二人がかりで荷車から木箱を下ろし、キャタピラーを積み込む。うわ、あの黒いトゲトゲを素手で……うわあ。


 キャタピラーは大きさで値段が変わるらしく、この一メートル級のものは一匹10,000リブルらしい。色々と物価がおかしい気がしたけれど、村長たちは親身になってくれているし良い人そうだし、価格に偽りはなくこれくらいが相場なのだろう。


 所持金 400,000円 50,000リブル (手持ち180,500リブル)




「うわあ、これブラッディベアじゃねえのか? こんな大物、あんたらだけでよく倒せたなあ? もしやこのボロ屋には他にも誰か腕利きの奴が住んでるのか?」

「ええまあ、はい……」


 すっかり忘れていたエアー同居人の事を、村長が思い出させてくれる。


「大物は見回りの冒険者たちが倒してくれてるはずなんだけどな? こんなでかいのがうちの村に来たら壊滅だろうよ」


 村長のエゴンさんの話ではこの熊は結構強い魔獣らしく、冒険者と呼ばれる戦い慣れた人たち数人がかりで討伐するようなレベルらしい。俺からしたら、勝手に建物に突進して勝手に脳震盪起こして気絶するような呆れた動物なんだけど。


 この大きさであれば、一匹だけでも村の近くに現れると開拓民上がりの一般人である村人たちにはどうしようもなく、建物が壊されたりしてそれはもうパニックになるらしい。


 村長は熊を物欲しそうな目で見ていたけれど、かなりの買取金額になるらしく今の村の予算では足りないとか。腕の一本だけでもくれとか言い出しそうな雰囲気だ。


「こんなのが出る場所に住んでて本当にいいのか? 前にも言ったが、うちの村であんたら数人くらいなら受け入れることも出来るんだぞ?」

「木箱も手に入ったし何とかなるんじゃないかと……」

「いやいやいや、熊は木箱に入らんだろう? このボロ家を離れられない理由でもあるんか? なければこのまま一緒に村へ戻ろうや。小さい子もいるし、心配でおちおち夜も眠れんわ!」


 村長の言葉に、改めて考えてみる。俺がこの家に住むことにこだわっている理由は何だろうか。風呂トイレがあるから? 洗濯機があるから? 結界があって暖かいから? いや違う、この湯浅邸からなら日本へ戻れるかもしれないからだ。今の段階で積極的に日本へ戻りたいとも思わないが、心の片隅にもし戻れたらという考えがあるのだろう。


 今すぐ帰りたいとも思わないのならば、この湯浅邸は結界があるのだからここに保存する形で置いておいて、どうしても日本に戻りたいと思った時や戻る方法が分かった時にこの湯浅邸へ帰ってくるのはどうだろうか。気になるなら数日に一度でも様子を見に来ればいい。


「ティモ、さっきの村に引っ越しするのはどう思う?」

「カナタといっしょならどこでもいい」


 わかんない、と言われるかと思ったが予想外の返答があった。でもそのセリフは男の子からじゃなくて綺麗なお姉さんから聞きたかった。


「村長、俺は事情があってこの家にこだわりがあるんです。さっき言った家の中に他の人がいるというのは実は嘘なんですが……」

「嘘かよ! 妙な嘘つくなよ!」


 突然語り出した俺の話に、村長とペーターは耳を傾けてくれる。


「でも村長の言う通り、ここで二人で暮らしていくのは厳しい気がしてきました。この家はこのままここに置いておいて、まずはお試しという形で村に住まわせてもらえませんか?」

「おうおう! そういうことなら歓迎するぞ! 家を建ててやるから、しばらくはうちの家に泊ればいい! ああでもこことは違って、村で魔獣を倒しても村全体の売り上げになるから、売上金は山分けになっちまう。それは我慢してくれよな!」

「ああ、そうか。住む場所か……」


 ティモもいるし、安全や食料と引き換えであれば収入が減るのは問題ない。住む場所について考えてみると、北の村なら二度行ったし、この湯浅邸の中でタブレットを操作すれば遠隔で浴槽設置スキルが使えるかもしれないと思い当たる。魔獣と塩を売ったお金もあるし、以前物色した家族風呂の脱衣所広めのやつを村に設置させてもらおうか。


「村で住む家なんですが、空いてる土地はありませんか? 村の端っこのほうでいいんですが、出来れば畑とかもなくて人が寄り付かないただの平地がいいです」

「んん? 平地なら村の西側にあるが。おいおい、自分たちで今から家を建てるつもりか? 木材はまだ切り出してないからすぐには無理だぞ?」


 怪訝な顔をする村長とペーターから、空き地の情報を聞き出して使用許可を貰う。

 

 湯浅邸の裏に足湯を設置するときは木々の間を縫うように設置したが、木や物の上からでも設置できそうだった。もしも家族風呂を遠隔で設置した時にその下に村人がいたりしたら、踏みつぶしてしまうかもしれない。大型魔獣とかがいたならラッキーだが……そう考えればお金さえあれば、大型魔獣が現れても真上に足湯とかを設置して潰してしまう事が出来るかもしれない。その場合は魔獣の素材とかが取れなくなって完全な赤字だろうけど、村が壊滅状態になるよりはマシだろう。


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