第8話 村での交流

 夜の間に雪が降ったのか、新雪のような真新しい雪が積もっているのを踏みしめながら進む。ドミニクさんという商人達の乗った馬車の足跡は消えてしまっていたが、所々木の枝が折られていて、あの金髪碧眼のクリストフさんとかいう名の人が気をきかせて目印を付けてくれたような気がした。


 一人の時は湯浅邸から少し離れた場所に果物をとりに行くだけで怖かったのに、横にティモがいると思うだけで少し心強い。と言いつつコソコソと身を屈めて木々の間に隠れながら、念のため角で木を傷つけながら移動しているけれど。ティモは一晩ぐっすり眠ってお風呂にも入って体力が回復したのか、ちょこちょこと歩きながら付いてくる。


 まだ朝早いからか、動物の姿は全く見られない。そう考えると陽ののぼりきった帰り道が心配だ。でも帰りには武器があるかもしれないし、今はとにかく進むのみ。今後の食事の為にも、食べごろの木の実などを見つけると採集してカゴに入れながら進んでいった。



 一時間ほど歩くと、小さな村が見えてくる。本当に真っ直ぐ北へ進んだ場所に村があった。村の中は木造の家がちらほらと建っていて、畑らしきものもある。今は雪が積もっていて休ませているようだが、暖かくなれば色々植えられそうなほど広い。村全体をぐるりと木の柵で囲ってあるのは害獣対策だろうか。柵が低すぎて、大きめの動物や人間なら飛び越えてしまえそうな完成度だった。


「朝早いから門番とかはいないな。勝手に入っていいのかな? ティモのいた村はどんな感じだった?」

「まんなかにそんちょうの家があった。来た人はそこに行く」

「村長の家か。行ってみよう。俺達は、魔獣に村を襲われたショックで記憶がなくて、身を守る武器を探しに来た人だぞ」

「うん」


 村長の家らしき中央の家に着くまでに数人の村人を見かけたが、俺が子供連れだからか騒がれることもなく、不審な目で見られるだけで話しかけてはこなかった。危機管理とかどうなっているんだろう。村人はたとえおじさんであっても皆が彫りの深いキリっとした顔立ちをしていた。村の人の服装は、ティモが着ていたようなペラペラの薄汚れた上着服の上に、商人のドミニクさんに貰ったマントのようなものを羽織っている。



「ごめんください、南方から来た者ですが」

「お、なんだ子供連れか? あんたら二人だけで来たのか? 二人だけで来るとはめずらしいな……なんでそんなに小綺麗なんだ?」


 村長宅らしき家の扉をノックすると、体格のいい真っ赤な髪のおじさんが出てきた。毛根が気になる。肌の色は元は白いようだけど、日に焼けているのと汚れているので全体的に茶色っぽく見える。朝風呂まで入ってしまった俺とティモは明らかに異質な存在だった。


「ええと、村を襲われてここへたどり着きました。俺が奏風カナタでこの子がティモです。村長はおられますか?」

「俺が村長のエゴンだ。村に何か用事か?」

「えっ!? 村長って白髪のおじいさんとかじゃないのか?」


 脳内イメージでは、白髪白髭のよぼよぼの長老っぽい人が村長なはずなのに。目の前のおじさんは働き盛りの活発そうな男性だった。


「じいさんに村長が務まるのか? だいたい村を開拓するってのに、年寄りだと何の役にも立たんから選ばれんだろう。ハハハ、あんたらは相当な世間知らずか?」


 村長のエゴンさんはもっともな事を言った。そうだ、この村は開拓村からスタートして成功した村なんだった。だったら指揮していたこの人がそのまま村長になったのだろう。全滅する事もよくあると聞いているし、この村は魔獣を倒せて畑仕事も出来る逞しい人達の集まりなのかもしれない。


「あんたら親子……じゃないよな? 全然似とらんし。奴隷でもないようだな。南から来たって、南の開拓村は商人から滅んだって聞いてるぞ?」

「実は記憶がなくて。ここから南の方に小屋が建ててあったのでそこに住んでます。この子は近くにいたので保護しました」

「ひろわれた」


 かなり怪しい目で見られたが、俺たちが武器も持っていないということで危険はないと判断されたようだった。まさしくその武器を求めて来たと伝えれば、村長が武器屋へ案内してくれる。


「武器屋ってほどじゃないんだがな。手先の器用な奴が木を切り出したりして武器を作ってるから、それで良けりゃ安値で売ってやるよ。ただし鉄製のものは数が少ないから、欲しいなら高くなるがな」


 普通の一軒家に入っていくと、数人の年配の女性がナイフで太い木の枝を削って武器を作っていた。その中からただの棍棒と、棍棒の先を尖らせて槍のような形にしたものを選ぶ。本当に木を削って持ち手を付けただけなので、二つで大銅貨一枚でいいと言われた。包丁代わりになりそうな鉄製の小型のナイフはその家の使い古しで、一本銀貨一枚で譲ってくれるそうだ。


 記憶が曖昧でお金の事が分からないと言うと怪訝な顔をされたが、赤髪の村長エゴンさんが丁寧に説明してくれる。ティモ効果だろう。俺一人だったらこう簡単にはいかなかったかもしれない。


小銅貨=10リブル

 銅貨=100リブル

大銅貨=500リブル

小銀貨=1,000リブル

 銀貨=10,000リブル

大銀貨=50,000リブル


 これより高額な金貨などもあるが、庶民には縁がないらしい。大銀貨でさえ普段は使用しないとか。たしか湯浅邸に来た青い目のクリストフさんが、魔石は大銀貨数枚とか言っていた気がする。魔石がどのようなものかは分からないけれど、あの時少なくとも10万リブルに近い金額を支払おうとしていたという事だ。それを銅貨でいいと言いかけた俺はどう見ても怪しかったに違いない。


 村長に売ってもらった棍棒と木の槍のセットは日本円にして500円で、小型ナイフが10,000円というところだった。日本では数百円でナイフが買える時代にと思ってしまったが、何でもそろう日本と比べてもしょうがないか。



「そうだ村長、雑貨屋とかはありますか? 記憶がないのに何故か持ってたものとかもあるし、ホーンラビットも持って来てるんです」

「あんたらがホーンラビットを倒したんかい? 武器もなしでそいつぁすごいな! 雑貨屋も店って程じゃないんだが、案内するからついてきな」


 村長はずっと付き添って案内してくれる。暇なんだろうか。よそ者が村の中を歩き回るのも気が引けるので大変助かるけれど。



 案内された雑貨屋も普通の一軒家で、数人の年配の女性が商品を管理していた。この村では男性は魔獣を警戒して見回りをしたり食料の確保をしたりしていて、女性は武器を作ったりなどをしているらしい。畑は村人総出で管理しているという。


 それにしても若い女性がいない。男性も年配女性も全員が彫りが深くて海外俳優のような顔立ちだから、若い女性を見てみたい。武器屋と雑貨屋にいる女性は明らかにおばさんでなんか違う。俺は自分の母親ほどの年齢の女性には興味がない。


「ありゃ、ホーンラビットの角を折っちまったんかい。なら小銀貨五枚にしかならんな。全体が冷やしてあるし綺麗だから、角があれば小銀貨八枚にはなったんだがなあ」

「ティモ……角あったら高いんだってさ」

「ふーん」


 村に来るまでに木に目印をつけるために角を使ったし、今回は良しとして次回から気を付けよう。次にホーンラビットが襲って来ても武器があるから、角を折らないように気を付けて倒す事にしよう。


 塩はティモが言っていた通り貴重品らしく、大匙一杯程度で小銀貨一枚、日本円にして1,000円で買取してくれるという。ただし村人の数も少ないし、払えるお金もそんなにないので大量には要らないらしい。大きな町に行けば売れると教えてもらった。


 町に行くにはこの村からさらに北へまっすぐ半日程度歩かなければならないらしいが。もしくは見回りに来た商人に売ってもいいが、記憶がないのであれば買い叩かれる可能性があるから気を付けるように、とアドバイスがもらえた。


 今回はホーンラビットだけを買い取ってもらい、村長にお礼を言ってから湯浅邸に戻ることにする。


「あんたら二人で大丈夫なんかい? うちの村にも余裕が出てきたから、ここに隠れて住んでもいいんだぞ?」

「いえ、もう少し二人で頑張ってみます。しばらく生活してみてダメそうならお願いするかもしれません」


 面倒見の良さそうな村長はとても心配してくれたが、収入の目途がたちそうなのでもうしばらくはあの湯浅邸で過ごすことにした。結界があるし暖かいし、何しろ風呂トイレがある。



 所持金 400,000円 50,000リブル (手持ち44,500リブル)


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