第7話 村へ出発

「じゃあ明日は北にあるっていう村を探してみて、もし村があれば武器が売ってないか聞いてみようか。ティモは留守番してる?」

「いっしょにいく」

「魔獣が襲ってきたら走って逃げないといけないぞ?」

「ティモがこのぶきでたおす!」


 ティモは剃刀がお気に入りのようだった。それで寝首を掻かれなければいいのだけど。洗い終わった服を持って湯浅邸へ戻り、洗濯機でもう一度洗いながら靴も風呂場で浴室乾燥にかける。


 ティモにもう一度果物を与えてみると、白い苺を五粒ほど食べてもういらないと言われた。俺もイチジクを数個食べてから、バスタオルを敷いた上に二人で身を寄せ合うように横たわる。


「狭くてごめんな。寒かったらバスタオルもっと掛けるから言うんだぞ?」

「床があったかいからいい」


 そういえばあの足湯といいこの湯浅邸といい、保護付き機能のせいか空調は整っているし床暖房が入っているように暖かい。ここから出ずにスローライフをして過ごすのなら、これは素晴らしい機能ではないだろうか。



 もしも目が覚めた時にこの湯浅邸が日本に戻ってしまっていたら、ティモのことはどうしよう。養子にでもしようかな。いやいや、日本の戸籍の登録とか面倒くさくないはずはないからやめておこう。それに変に繕って隠し子だと思われて、この歳になるまで秘密にしてたとか疑われたら何かの罪になるかもしれない。そもそもティモがかわいすぎて、どこかから誘拐してきたとか思われそう。


「あめちゃん食べたい」

「食べすぎは良くないんだ……明日になったら一個食べていいぞ。ああ、色々あって疲れた……ねむ……」


 精神的にも体力的にも限界だったのか、洗濯機の回る音や電気の明るさも気にならないくらいにストンと眠りに落ちた。




 頬をぺちぺち叩く感覚に目覚める。目の前数センチの場所に、ものすごくかわいい顔の子供がいた。


「カナタ、あしたになった。あめちゃん食べたい」

「なんだティモか……ってか俺の事は呼び捨てじゃなくてお兄ちゃんって呼んでくれよ」

「カナタ」

「もういいけど。今何時?」


 室内は窓がなく時間の感覚がない。ちなみに電気のスイッチは脱衣所の外にあったはずで、外の木の壁からは消えてしまっているので明かりの消し方が分からない。昨日はたしか陽が完全に沈む前くらいに寝たはずだった。扉を薄く開けて外を見てみるとまだ薄暗い。


「あれっ、まだ夜明け前? ティモ、もしかして飴ちゃん食べたくて早起きしたのか?」

「うん」


 瞳をキラキラとさせて塩飴を強請ってくるティモ。その食い意地に呆れかけたが、かわいいので許す。男の子だけど。塩飴を袋から取り出すと、口をぱかっと開けて待っている口の中にひとつ放り込む。


「噛まないで、こう舌の上でころころっとするんだ。そしたら長く楽しめるから」

「ころころ……」


 必死で飴をなめている姿が可愛らしい。朝早く起こされてしまったが、よく考えると八時間くらい寝ていたので体と頭がすっきりしている。今日は村に武器を買いに行く予定だ。洗濯カゴに必要なものを入れておこう。


「武器が売ってたとして、いくらくらいするのかなあ? あっ、タブレットからお金下ろさないとだ。ティモ、武器の値段分かるか?」

「わかんない」

「分かんないよなぁ……」


 この世界におけるティモと俺の知識レベルは同じようなものだった。


「そうだ、塩がたくさんあるんだけど、これ売れたりするかな?」

「しお?」

「そうこれ。しょっぱいの。見たことあるか?」

「これたいせつなもの。しきゅうひんは少ししかないからとりあいになる」


 ティモが言うには、塩は高価で毎月少ししか支給されなかったらしい。という事はこのあたりは海がないのかもしれない。湖とか陸地でも塩が取れると聞いたことがあるのはテレビで見たのだったか。


 町ではなく村と呼ばれる場所に高価なものを大量に持ち込んでも怪しまれるだろうし、様子見で一袋だけ洗濯カゴの一番下に忍ばせておこう。もしも村で売り買いされているなら、いくらくらいでどんな風に扱われているかもチェックしたい。


 ティモの勧めで昨日倒したホーンラビットもカゴに入れて、武器の剃刀も入れる。商人のドミニクさんからは魔獣を置いておくように言われたが、次にいつドミニクさんが来るかもわからないし、一匹くらいどう扱ってもいいだろう。相場も知りたいし。


 ホーンラビットの角をティモに言われるままに折った。買取価格は下がってしまうけれど、この角で木に目印を入れながら進むと迷わないらしい。それにプラスして、空に浮かぶ惑星チョコレートのような物体の位置から、時間や現在地を認識するのだとか。幼いのにサバイバル知識すごいな。


 そして洗濯カゴごとドミニクさんから貰ったマントで包み込む。マントは三着あったので、残りの二着は俺とティモが頭からかぶることにした。まだちょっと臭い。洗濯機に乾燥機能が付いていたので、放っていても朝には乾いていた。



「そうだ、お金お金。でも大金持ち歩くのも怖いしなあ」


 体育座りをしてタブレットを見つめていると、ティモが足の間に割り込んできた。二人で俺のステータス画面を見つめる。文字は読めないみたいだけど、それなら日本語とこの世界の言葉をティモに教えて読めるようにしたら、バイリンガルになれるかもしれない。



 所持金 400,000円 50,000リブル 【50,000リブル出金しました】


 タブレットの上方からコインが飛び出してくるのを、ティモが楽しそうに受け止める。俺が最初に飛び出してくるのを見た時は驚きまくったのに、ティモは何をしても何を見てももう驚かなくなっていた。子供は慣れるのが早い。


 まだ陽も登り切っていなかったので、朝風呂に入ってからティモの伸びすぎた茶髪を切ることにした。洗った剃刀で頬の横くらいの長さに切り落とすと、なお一層かわいらしい。ショートカットにしなかったのは、少しでも女の子感を残しておきたかったからだ。断じてロリコンではない。


 荷物を持って湯浅邸を出る。鍵は、結界があるからいらないかな。もしも誰かが入ることが出来たとしたら何かを盗まれるかもしれないけど、それはそれで寝ている時に入られなくて良かったと思う事にしよう。泥棒よりも居直り強盗のほうが怖いと聞いたことがあるし。


 準備の整った俺達は、手をつないで北の村へと出発した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る