第6話 足湯体験
「本当にもう出来上がってる! すごい、どこかで見たことある足湯だ! お湯もはってあるし!」
「あしゆ? カナタはきぞくさま?」
「貴族とかいるんだ? じゃあこの世界は中世ヨーロッパ的なあれなのか? ティモは貴族に会った事あるか?」
「ない」
貴族に会ったことがないのにその言葉を知っているという事は、日常で耳にする言葉だったのかもしれない。開拓村を管理している人が貴族とかなのかな。さっき来ていた商人たちが、この地に住むなら領主に許可を取ってとか言っていた、その領主が貴族なのかもしれない。
「ティモは貴族と奴隷の他にどんな人がいるか分かる? その他はたぶん平民とか市民だろ。他に身分の種類はあるのか?」
「わかんない」
「分かんないよなぁ……」
ティモの年齢的に、おそらく両親が借金奴隷とかで開拓村で暮らしていて、そこで生まれ育ったのだろう。ずっと開拓村から出ずに生きてきたのだとしたら、他の地域の人がどんな生活をしていてどんな身分があってなどを知らないのも頷ける。
足湯の入り方をティモに教えてやると、裸足の足を湯面につけてバシャバシャと遊びだした。シンと静まった雪の森の中に、ティモの遊ぶ水音だけが響いて何だか平和だ。
浴槽設置のスキルを初めて使ってみたたけれど、ファンタジーでよく聞く消費魔力とかも関係なく、ただお金を払うだけで設置ができるようだった。魔力なんて使った事もないし、ステータスにも表示されてなかったから魔力が減らないのは当然なんだけど。
浴槽だけがスキルで設置されて、お湯は自分でせっせと沸かして入れなけばならない可能性も考えていたけど、この足湯を見る限りはお湯がセットになっていてしかも適温で湧き放題のようだった。足湯内の隅からポコポコとお湯が湧きだしているのが見える。妙な事をタブレットの前で呟いてしまうとお湯を全て抜かれてしまうかもしれないから、心のうちに留めておこう。
「ティモ、俺が服に石鹸付けてこするから、そのお湯少しずつかけてくれないか?」
「うん」
さっそく商人たちから貰った服を洗う事にする。洗濯用洗剤をまぶしてからゴシゴシと服をこすると、ティモが小さな手ですくったお湯を一生懸命かけてくれる。ティモはほんの数時間前まではいまにも倒れそうだったのにすごく元気になっている。あの疲労回復系の入浴剤が効いたのかもしれない。
マントのようなローブのような服が三着と、木と布で出来た靴が三足。洗っても洗っても黒い汚れが出てくる。今までは洗濯機とクリーニング任せで、手洗いなんてしたことがないから要領が全然分からない。とりあえずの汚れが落ちたら、あとは洗濯機で洗おう。体力は温存しておかないと。
「ひっ……」
ティモが急に引き攣った声をあげて、俺の背後を真ん丸にした目で見つめる。慌てて振り向くと、木の陰から角の生えた大きめのウサギが姿を現した。あの商人たちがホーンラビットと呼んでいた動物だった。
動いている所は初めて見たけれど、目つきが鋭くて怖い顔をしていて威圧感がある。日本でウサギカフェに行ったときはすごく可愛らしかったのに、目の前にいるのは可愛らしさの欠片もない動物だった。
「やばい、油断しすぎた! ウサギなのにめっちゃ怖い感じする!」
「ぶきは?!」
「元から無い! あっ、剃刀ならあるぞ! ってかあいつってやっぱ敵なのか?!」
洗っていた服を放り出して、ティモを抱きしめる。するとホーンラビットが勢いよく飛び掛かって来た。角が刺さる、と思って思わず目をつぶったが、ホーンラビットは見えない壁のようなものに弾き返された。弾かれたその瞬間は見えなかったけれど、この足湯全体を覆うように結界のようなものが張られている様だった。
ホーンラビットは最初は弾かれたことに驚いたような素ぶりをしていたが、何度も何度も足湯へと突っ込むように体当たりをしては弾かれている。ティモと俺は足湯に半分浸かりながら内側からそれを呆然と眺めていた。
「ぶきは?」
「うーん、倒さなきゃダメか? 剃刀でタイミング良く斬りつけられるかな? でもこっちから出る時は結界はどうなるんだろう?」
「ティモがやるからそれかして!」
ティモは俺から剃刀を奪い、勇敢にも剃刀を握りしめ、タイミングを見計らっている。何この子、すごい元気。
何度目かのホーンラビットの突進時にティモが剃刀を持った短い手を突き出すと、その手は結界を通り抜けた。飛び掛かって来たホーンラビットの首に剃刀が突き刺さる。ホーンラビットから紫色の液体が噴き出した。そのままホーンラビットは雪の上にボトリと落ちて転がって、ぐったりとしてしまった。
ホーンラビットがピクリとも動かなくなったので二人でゆっくり近づいて、剃刀でツンツンしてみる。何の反応もない。首のあたりの動脈を的確に切断されている様だった。ティモが心強くも怖くもある。
「えっ、ティモが倒した? 慣れてるな……俺の事は斬らないでくれな?」
「村でたおしたことある」
「そうなんだ。斬らないでってお願いに返事が欲しいんだが。この世界では草食とかは関係なく襲い掛かってくるのか? 血って動物全部が紫色なのか?」
「まじゅうはむらさき色、どうぶつはあか色」
魔獣と動物の違いが気になったが、おそらくティモに聞いても分かんないと言うだろう。どちらにせよ襲い掛かってくるものは倒さなければならない世界のようだった。それは地球でも同じか。
湯浅邸に熊が突進してきた時も、これと同じ結界に守られていたのかもしれない。今になってよく考えてみると、大型車くらいの大きさの熊が何度もぶつかっても壊れない木造の家なんて存在しないし。
そういえば外は雪が解けないほどに寒いのに、屋根があるとはいえ吹きさらしの足湯のある場所だけは守られたように暖かい。この暖かさと結界が足湯を購入した時に書いてあった保護付きという機能なのかもしれない。結界について確認しなければならないことはたくさんあるけれど、とりあえず一匹は倒す事が出来たのだからこれから先もなんとかなるかもしれない。まずは剃刀以外の武器を手に入れなければ。
「ティモ、このウサギの肉って食べられるか分かるか?」
「まじゅうは生ではたべられない。全身がそざいになるから冷やしておいてしょうにんにたかねで売りつける」
「へえ……商魂たくましいな……」
紫の血をしていても加工すれば食べられるようだった。だが火を起こせないし剃刀では上手く調理できないだろうし、血抜きもやり方が分からない。ティモの居た村では上手く解体できる人がいなかったので、下手に肉だけ取り分けると周りの素材をダメにしてしまう可能性があり、丸ごと売ったほうがお金になっていたそうだった。
魔獣や動物を倒した場合は雪に埋めて保存しておいて、商人が来た時に売りつけていたと言う。そしてそのお金で加工されたお肉などを購入するとか。今回はそれでいこうという話になり、足湯近くの雪の中にホーンラビットを埋めておいた。
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