第5話 スキル使用

 女の子の手を引いて湯浅邸に入ると、無表情だった女の子は驚いたように目を瞬かせていた。外観は吹けば飛びそうな木造の小屋だから、室内に煌々と電気がついていて家電とかもあればそうなるのも無理はない。床が暖かいのが気になるのか、屈んで床を触ったりしている。


 タブレットをちらりと見ると、湯浅邸の中には黒丸と青丸が見えた。荷台の中には黄色もあったけれど、黄色は悪意があったりする可能性もありそうだ。この子が黄色でなくて良かった。


「まずは……お腹すいてるか? 食べ物もらったやつ食べてみる?」

「いらない」

「あっ、俺は奏風かなたって名前だよ。君は?」

「ティモ」


 女の子は意思疎通が出来た。ガリガリに痩せこけていて今にも倒れそうで、体も汚れまくっている子供を前にした俺は、何から手を付けていいのか正直分からない。どうして勢いに任せて引き取ってしまったんだ。


「ティモな。ティモ、ティモ。よし覚えた。ティモも俺の名前覚えた?」

「カナタ」

「良かった……じゃあティモ、水飲む? ぬるいお湯も出るんだ。ほら、このレバー上げたら出るぞ」

「おゆ?」


 洗面台からお湯を出して、歯磨き用のコップに入れて渡してみると、ティモは喉をゴクゴクと鳴らしてお湯を飲んでくれた。何度かおかわりをすると満足したようで、顔にも少し表情が戻る。雪が降って乾燥しているからか、喉が渇いていたのかもしれない。


「とりあえずお風呂に入ろうか? 体の汚れを落としたら食欲も出るかもしれんし」

「おふろ?」

「そう、お湯で体を洗うんだ。服脱げる?」

「うん」


 ティモは自分でボロ布とも呼べそうな服を脱ぎだした。五歳くらいの子供は自分で服を脱げるのだろうか。子育てしたことないから分からん。この湯浅邸の中はなぜか暖房が効いたように暖かいから、裸にさせても安心できる。外はあんなにも寒かったというのに、ティモはペラペラの服を一枚しか着ていなかった。足は裸足だし、開拓村の人達は皆こんな感じなのだろうか。


「えっ……ティモ、男の子だったのか?!」

「うん」


 全部服を脱がせたら、男の子の体が出てきた。俺はロリコンじゃないからがっかりなどしていないし、いい女に育てあげてゆくゆくは……とかそういった事も考えたりしていない。本当だ。ティモは骨と皮だけの体つきだったが、痣などはなくただ痩せているだけだった。性別以外は問題ない。ちなみに俺は大人の女性が好きだ。男にも子供にも性的な興味はない。


 いやでも、ティモが男の子で逆に良かったのかもしれない。どこかの市の条例で七歳から混浴不可になったとニュースで見たし、いくら異世界だとはいえ問題になる可能性もあった。


 そういえば疎遠になっている高校の同級生女子が、二十歳で子供を産んだと噂で聞いたけれどその子供ももう七歳くらいのはずだ。俺も早いうちから婚活していれば今頃ティモみたいな子供がいたのかも……やめよう。この話はやめよう。


「ティモにはパパとママはいないのか?」

「しんだ」

「あっ、ごめん……体洗ってあげたいから、俺もお風呂一緒に入るけどいい?」

「うん」


 浴槽にお湯を溜めながら、まずはシャワーで体を洗っていく。ティモの体は汚れがこびりついていてボディソープが全然泡立たないし、元は茶色らしき髪の毛も絡まりまくってシャンプーはもちろん泡立たない。どこから手を付けたらいいんだ。


 三度ほど全身を洗ったところで浴槽にお湯が溜まったので、汚れは落ち切っていなかったけど諦めてお湯につかることにした。俺が洗っている間、ティモはされるがままだった。浴槽に入る時には入り方に戸惑っているようだった。水浴びはしたことがあっても、お湯に体ごとつかることはなかったらしい。


 ティモを抱えて浴槽で足を伸ばしてくつろぐ。


「はぁー……生き返りますなぁ……」

「しんでたの?」

「いや、言葉のあやっていうか、決められたセリフがあるんだよ」

「ふーん」

「……ティモお腹すいてきた?」

「まだ」 


 入浴剤の買い置きがあったので途中でそれを投入すると、ティモは目を瞬かせて湯面を眺めていた。お湯の色が変わるのが不思議なようだ。


「それなに?」

「これを入れると、疲労、腰痛、肩こり、冷え性に効くんだって。ティモの体冷え切ってたし、効くといいなと思って。体あったまってきたか?」

「うん。このおゆ飲んだほうがきく?」

「飲む?! うーん、汚いからやめとこう。あとで飴ちゃんあげるから!」


 あめちゃんってなにと聞くティモを洗い場に戻して、もう一度シャワーで洗うと結構汚れが落ちた。やっぱり温かい湯につかると汚れが浮きやすいのだろうか。艶やかな白肌と髪があらわになり、同性ながら見惚れてしまうほどだった。



 ほかほかになったティモをタオルで拭いてやると、タオルの触り心地に目を瞬かせている。洗って干してあった俺のパーカーを着せると、彼シャツ状態になった。ほんとうにかわいい。この子を育てあげたい。男だけど。



「はい、飴ちゃんだ。噛まずに口の中で転がすんだよ」

「あめちゃん」

「塩飴だからあんまり甘くないけど……まずかったら出してくれ」

「うん」


 飴を食べさせておいて、ドライヤーでティモの髪を乾かせていく。自分の事はあとまわしになる。全国のお母さんたちの気持ちを大変よく理解した。勘違いかもしれないが、お風呂に入っただけでティモの顔色は見違えるように良くなり、ぐったりしていた体も動きが良くなったように見える。


「もういっこほしい」

「えっ?! もう食べちゃった? ……噛んだだろ?」

「うん」

「次は噛むなよ? 塩が入ってるから食べすぎも良くないし、今日はあと一個だけな?」


 水を飲ませてからもう一つ塩飴を口に入れてやると、口に入ったそばから飴をガリガリと噛みだした。ダメだこの子。



 脱衣所にバスタオルを敷いて二人で座り、果物を食べさせてみる。入浴前はいらないと言っていたけれど、塩飴を食べて胃が動き出したのか、酸っぱいと言いながらも少しだけ果物を食べてくれた。徐々に量を増やしていこう。


 商人のドミニクさんから受け取った袋を開けてみると、干し肉と乾パンのような物が入っていた。試しに干し肉の端っこを齧ってみたが、硬くて噛みちぎれない。塩気もほとんどないし、味のしないゴムを食べているような感覚だった。剃刀で端の方を切り落として食べてみたが、分厚いゴムが輪ゴムに変化しただけだった。乾パンは小さな欠片を食べただけで口の中の水分を全部持っていかれた。慌てて水を飲むと、その水さえも吸い込んで膨張してしまった。いつぞやに食べたスコーンの何倍もひどい。


 困惑する俺を見て、ティモは少しだけ頬を緩めていた。ティモが楽しいのならもうそれでいいか。これからは果物と木の実を主食にして、この干し肉はたんぱく質を補うためだけにちまちま食べることにしよう。果物だけで生きてる人の特集を前にテレビで見たし、ビタミンさえ取っていれば死ぬこともないだろう。



「さて、次は貰った服と靴だな。なんか汚れてそうだし洗濯機に入れるのもなあ……。風呂場で洗っても排水溝が詰まったら嫌だな」

「せんたっきー?」

「そういえば足湯とか買えるんだっけ。足湯設置してみてうまくいけばお湯で洗ってみようかな? 浴槽設置スキル試してみたいし」


 タブレットを手に持ちそう呟くと、画面がマップから浴槽購入画面に切り替わった。俺の言葉に反応して、画像検索結果のように手湯と足湯の一覧がプレビュー画面で表示される。


 手湯は初めて見るもので、使い方も分からないし今回は無難な足湯にしよう。足湯の値段は30,000リブル~と書いてあるけど、それは本当にシンプルな四人用くらいの大きさで、規模が大きくなる程値段も高くなっていく。


「それなに?」

「これはな、俺の持ってるスキルらしくて、浴槽というかさっき入ったようなお風呂が買えるみたいなんだ。ティモも見るか?」

「ティモもみる」


 体育すわりをしている俺の股の間にティモが割り込んできて、二人で画面を見つめる。ティモはタブレットの画像を不思議そうに眺めていた。男の子とこの体勢は悲しいものがあるな。女の子だと思い込もう。


「あっ、そうだ。タブレットさん、ティモのステータスを表示できますか?」


 画面には見たことのある俺自身のステータスが表示される。見たいのは俺のステータスではないのに。どうやら他人のステータスは見ることができないらしい。そりゃ俺のスキルだから当然か。これで他人のステータスが見れたらそれこそチートになるしな。


 画面を戻し、ティモに聞いてみる。


「ティモ、この文字とか数字とか読める?」

「よめない」

「じゃあこの国で使われている文字とか数字は?」

「すうじわかる。もじはわかんない」

「分かんないよなぁ……」


 スキルの言語翻訳というのが、話し言葉だけでなく文字にも適用されればいいのだけど、まだこの世界の文字を見たこともないしどうなるか分からない。ティモは数字が分かるようだし、俺が読めなくても買い物くらいなら何とかなればいいな。小学生になる前くらいの年齢で数字が読めるのならきっと大したものだ。


「これがかえるの?」

「うん、でもそれは高すぎるから、買うとしたら……これかこれかなあ?」


 ティモの指さした画像は、70,000リブルの中型足湯だった。服を洗うためにお試しで買おうとしている足湯にそれはきつい。30,000リブルでもどうかと思うのに。


 分類としては大まかに小型・中型・大型があり、オプションでジャグジーや飲食用の大きな机、飲泉所や手湯がついたものもある。しかしそれらは総じて値段が高い。


 安い物を探すと、長方形の石でできた穴の中にお湯が溜められていて、その周りに椅子代わりの板が張り巡らされているものが30,000リブル。同じサイズでそれに木製の屋根が付いたものが40,000リブルだった。買えそうな価格で選ぶとこの二種類になる。この世界でのお金の稼ぎ方も分からないので、無駄遣いは極力避けたい。でもスキルは使ってみたい。


「うーん、やっぱり屋根があったほうがいいよな。10,000リブルの違いで屋根が付くならお得だし」


 俺が呟くと、タブレットは購入意思があるものと判断したのか、再びマップ画面へと切り替わる。マップに重なるように画面中央に大きな文字が表示された。


【小型足湯・屋根有(保護付き)を選択しました】

【どの位置に設置しますか?】


マップ画面にはこの湯浅邸の半分くらいの大きさの四角が点滅している。


「うわ、町を作るゲームみたいだ。場所が自由に選べるのか!」

「どれかったの?」


 場所選びに再び思案する。湯浅邸の正面に設置してしまうと、あの商人たちがまた来た時に不審に思われるかもしれないし。俺のすぐ前でティモがそわそわしているが、悩みに悩んで位置を決めた。湯浅邸の後方に歩いて三十秒ほどで行ける、森の木々に隠れるような場所を指定する。俺の声に反応して点滅する四角が移動した。


 試しに遠く離れた場所に置いてみようとしたがキャンセルされてしまい、設置できるのは一度歩いたことのある範囲だけだと分かった。


【小型足湯・屋根有(保護付き)の設置が完了しました】

 所持金 500,000円 0リブル 【40,000リブルが使用されました】


「もう設置できたのか! 町を作るゲームみたいに設置時間とかあるかと思ってた。うーん、保護付きって何だろ? でも40,000リブルを一瞬で使ってしまったのか……」

「できた? どこ?」


 あんなに無表情だったティモが興味を持ってくれているので、さっそく見に行くことにする。タブレットで周囲に赤丸がない事も確認して、裸足のティモをおんぶして湯浅邸を出た。


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