掲示板
数日、勇人はごく普通に生活していた。美雨は勇人の安全を第一に敵が現れた時に勇人だけ学校に残して倒しに行く、その細かな繰り返しだった。
勇人が生活する上で特に変化はなかったが敵が日に日に増えていくことは分かった。それは今朝ニュースで不可解な事件が報道されることが多くなったからだ。それを見て心配する両親に奏美も分かっていながら今の現実を実感する。
その日の昼休み、勇人と奏美そして美雨と奈々が空き教室に集まる。
「美雨。やっぱり敵は最初と比べて増えてるのか?」
「はい。雑魚なのは変わりないですが不思議と中ボス級の敵はまだ見てないんですよね。いい事なのですが逆に怖いことでもあります」
美雨の言うように倒してくるのはほとんど雑魚と呼ばれる低級の初心者でも狩れる敵、中ボスと呼ばれる中級者や上級者でも狩るような敵は大して遭遇はしてない。被害としては安心だが逆に嵐の前の静けさということもあってか怖いものもあった。
「私も時々敵を倒しますが――」
「別に奈々の話はいいわよ」
「えー酷いですよ、美雨ちゃん」
「ちゃん付けはやめて、私は奈々がやったことは許してないんだから」
「でも最後は許してくれたじゃない」
「それはゲームの話。本当の私は許してない」
「ま、まぁまぁ今はその話はやめよ」
奈々を睨みつける美雨に何も動じずにニコニコしている奈々と嫌悪な雰囲気になるが勇人が割って入り一時止める。
「お兄、プロメモのヒロインってこんな人ばっかりなの?」
「いやまあ彼女達は特殊……いやこんな人ばかりだったわ」
ギャルゲーそのものはジャンルとしてもゲームとしてもそれなりに理解しているつもりだった奏美だがそのヒロイン達が予想以上にギスギスしてることに波乱万丈を超えて本当にギャルゲーのヒロインなのか疑う奏美、しかしこの二人以上に特殊な人がいるため勇人にとってはまだ軽い程度ではあった。
「とりあえず奏美としてはどう思う?一応二人はブレイブファンタジーソードの事は頭に入ってるけどいちプレイヤー目線としてそれなりにやった奏美は」
「う〜ん、私としても聞いた話でしかないんだけどその〜ブレイブファンタジーソードはかなりシステム構造が複雑ではあるらしいんだよ、それでいてバグが起きないのが不思議で人気の理由もそこにあって例えばとある掲示板の人が悪意でウイルスを作ったらしいんだけどダメだったらしいんだよ」
「それって捕まったとか?」
「違う。今はそのスレが消えたから確認のしようがないけど覚えている限りではウイルスを混入させることは出来たらしい、けど何故かソフトが自己修復したかのように直したんだって」
「は?そんなこと可能なのか?」
「いえ不可能です。現実的に考えてウイルスを差し込まれたソフトは作った人またはその手に通ずる人が修復しないと直りません。それが修正パッチと呼ばれるものですがソフト自身が自己修復なんてありえない話です。でも今の私達が存在する以上ありえない話もありうる話です」
美雨の言ったことは説得力のある話ではある、実際には存在しない美雨達が今この場にいる。ウイルスを自己修復するブレイブファンタジーソード。十分にありうる話ではあった。
「今では都市伝説とはなってるけど私はその時はあんまりゲームはね……ごめん」
「俺でもその都市伝説に関しては小耳には挟んだが都市伝説と言われていたからあんまり興味はなかった、そんな事があったなんて知らなかった」
「ただ今の状況では有益な情報ですね、他にこの件を知ってる人がいればさらに深く聞けそうなのですが……」
「桐谷が知ってるかもしれない」
「――と言うと思いまして連れてきましたわ」
奈々が脇に抱えて持ってきたのは桐谷だった、桐谷は訳も分からずポカーンと口を開けていた。
「何か静かだなと思ったらいつの間に、てかなんで連れてきてるんだよ」
「そりゃ勇人くんの気持ちぐらい分かりますよー」
「は?勇人君の事なら私の方が知ってますが?」
また喧嘩が始まりそうになるが勇人は美雨を止める。
「まぁとりあえず離してやってくれ、桐谷が思考停止してる」
猫が首根っこ掴まれた時みたいに微動だにせず心配になった勇人、奈々は優しく下ろすことなくその場で手を離して桐谷を落とす。
「いだっ!つぅ……一体何なんだよ、ゆう、と……」
また固まる桐谷の目線の先は美雨に止まる。勇人はハッと思い出し美雨を見ると美雨は首を横に振り奈々を指さす、その意味は幻影魔法は使っておらず奈々のせいで幻影魔法使うのが遅れた。を意味していた。
「き、桐谷これにはワケが……」
「――お前、まさかゲームだけじゃ飽き足らず女の子にまでコスプレさせるとか……」
「いやいや違うから、とりあえず話を聞け」
「おう聞いてやるよ、言い訳とやらを」
「言い訳ではないけどまあいいや、もう見られた以上明かすしかないな。いいよな美雨」
「私は別に構いませんけどただ奈々が勝手にやったことは少し……いや許せませんね」
「分かった、そこは俺があとで言っておく。とりあえず桐谷。率直に言うここに居る美雨と奈々はプロメモのヒロイン本物だ」
「…………ふぅん、本物ねぇ……」
かなり騒ぐかと思えば意外と落ち着いた様子の桐谷は勇人の隣にいた奏美に目が止まる。桐谷は奏美が勇人の妹だと知っている、そして手招きすると奏美は首を傾げながらも桐谷の所に近づく。
「なぁお前の兄貴とうとうぶっ壊れたんか?」
「んなっ!?桐谷お前!!」
「元々ですよ。妄想癖もぶっ壊れてますけど」
「はぁ?奏美お前まで言うか?」
桐谷が騒がない理由はまだ信じてないからだった、奏美も調子に乗って兄である勇人を桐谷と共に冷たい目線を送りながら罵る。一向に話が始まらないのを見兼ねた美雨が間に入る。
「――はいはい、話が進まないから私が進めますね」
「話ってなんだ?それより君は本当に神凪 美雨なのか?」
「信じるかは別としてとりあえずこれで分かりますか?」
美雨は幻影魔法を使い普段周囲から認識される「三浦 凪」へと姿を変える。
「な、凪ちゃん?」
「これは幻影魔法ですが本物は私、神凪 美雨です。信用させるにも材料は足りませんがとりあえず軽く説明はします……――」
美雨は桐谷にこれまでの経緯を軽く説明する。
「――と、まあ今に至る訳ですがここまで話を聞いて信用するかは桐谷さん次第です」
「…………………」
桐谷は黙って目を瞑り天井を見上げている。そしてゆっくりと深呼吸して目を開く。
「なるほど、ちなみに君は本物の神凪 美雨で間違いはない?」
「ええ、はい……」
それを聞いた桐谷は苦笑いして小声で「マジかよ……」と言うが美雨には聞こえてなかった。その後桐谷はまだ信用出来ないながらも協力することに決める。
「んーーなるほど、例の掲示板ね」
「実際、本当なのか?」
「正直に言わせてもらうとほぼその話は本当だろうな、ブレイブファンタジーソードでオンライン仲間が居たから色々と話は聞いていたがそれなりに噂はあった」
「噂だろ。なんでそれが本当だと言えるんだ?」
「まあそのなんだ……あんまり大きい声では言えないし言ったらいけない事なんだけどそのウイルス作ったのが俺の仲間の一人なんだ」
衝撃の告白に全員が聞き入る。
「本気で言ってるのか?」
「俺は手伝ってねぇよ、ただ話を聞いただけだ」
「それは分かった。他に話は?」
「サッパリだ、何故か知らないがそれが起きてからそいつはログインして来なくなった。垢BANされたという話で終わったんだ」
進展があったようでなかった話に全員がその場で考える。
「悪いけど俺から言えるのはこれまでだ、ただ最近気がかりなのはブレイブファンタジーソードの敵が弱体化されたという噂もある」
「そうなのか?」
「あくまで噂だ。そもそも運営側が意図的に弱体化するのは簡単だ、それにこの世界と繋がっているのであれば何らかのキーとなる物があるはずだろ。とは言ってもこれは憶測であって単なるゲーマーの妄想に過ぎないけど」
「そうだよな、しかしキーとなる物か……敵を倒すばかりではダメだよな。美雨、奈々、奏美はどうだ?」
「私は特にないですね、すみません」
「私もないです」
美雨、奈々はそれぞれ反応すると奏美は何か思い出す。
「あっ!そういえば前にお兄から教科書借りた時にブレイブファンタジーソードで見る硬貨を見つけたよ」
「本当か?」
「うん。多分机の中にしまってあるから家に帰れば出せるよ」
「机の中だな、美雨行けるか?」
「はい!お任せください」
「頼む、今すぐに」
「分かりました、とその前に桐谷さ……」
美雨は桐谷に一言お礼を言おうと近づこうとした時、桐谷は不意に引き下がって気づく。
「――あっ!ごめん、これはその……別に君が嫌いという訳じゃない、ただ咄嗟にというか反射的にというのかな……」
その反応からして美雨は桐谷がプロメモを全てクリアしているからこその反応だと分かり美雨は怒ることも悲しむこともなく優しく微笑む。
「協力してくれてありがとうございます桐谷さん」
「あ、ああ……」
美雨はそれだけ言うと窓から飛び去って勇人の家に向かって行った、先程の一部始終を見ていた勇人が桐谷に聞く。
「まだ本物か実感してないのか?」
「……どうだろうな、ただほんの少し勇人が羨ましいと思ったわ」
「は?どいうこと?」
「さぁな、とりあえず教室戻ろうぜ」
「そうだな。奈々は美雨と一緒にすると危険だろうからいつも通り奏美の傍にいてくれ」
「別に美雨が居ない今は勇人さんの隣に居てもいいのですよ」
「いや遠慮しておきます」
「あーそこの仲は勇人でも理解してるんだな」
「天音と美雨本人から直接聞いたからね」
「ふーん、天音もいるのかマジでヤベェな」
「あとで会ってみるか?」
「遠慮しまーす」
「じゃあ奏美、奈々またあとで」
勇人と桐谷そして奏美と奈々はそれぞれの教室に戻り美雨は急いで勇人の家に向かっていた。
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