怠ける問題児ヒロイン
勇人が通う学校はいつもの教室に変わらない風景、それは退屈だと感じる人もいればそれでいいという人もいる。
教室の隅でイヤホンを付けて音楽を聴きながら寝ている女の子が居た。
彼女は最近転校してきたばかりだが転校初日からずっと人を寄せ付けたくないオーラを醸し出して一人でずっと音楽を聴きながら寝ていた。
彼女が立ち上がった姿は登校と下校と体育の授業や移動教室のみ、それ以外で立ち上がった姿を見たことがない。だが彼女は既に何度も立ち上がっている。そして今も立ち上がったが誰も見向きはしない。
「はぁ……ダルいなぁ……」
彼女は制服からフードを被った軽装備の格好に変わると窓を開けてそのまま飛び立つ。
「……居た」
学校近くで蠢く液体のような物、それはスライムと呼ばれるモンスターだった。
彼女はそのモンスターの近くに降り立つとサバイバルナイフを持ち一瞬にして切り刻む。
倒したかに思えたが切り刻まれたスライムはバラバラになってもそれぞれが意思を持ったかのように別々に蠢く。
「面倒臭い……」
まだ動くことに苛立ちを見せスライムの方に手を広げ何かを唱えようとした時、突然スライムの上から火の玉が落ちてきてスライムが燃え上がり塵となって消えた。
それと同時に彼女が着ていた制服と同じ制服姿の女の子が彼女の前に現れた。
「この世界では初めましてかしらね、神桐 沙羅さん」
初めて会ったはずなのに名前を知っている、だがしかし彼女も同じだった。
「神童 天音……」
突然現れた女の子の名前を彼女は知ってる。
それもそのはず、彼女は神桐 沙羅。プロメモのヒロインの一人だった。また神童 天音もその一人でもあった。
「何の用?」
「大した用ではないですわ」
「あっそ、じゃあ教室戻る」
背を向け教室に戻ろうとする沙羅を天音は落ち着いた様子で止める。
「神桐 沙羅。あなたはどちらにつきますか?」
突然何を言い出したのか分からず沙羅はため息を吐いて答える。
「はぁ……何の話?」
「すでに知っていると思いますが勇人くんと私どっちにつくかの話ですわ」
「急に何の話かと思えば、ウチはどっちでもいいんだけどな」
「ひとつ。私達はブレイブファンタジーソードの敵の殲滅、ひとつ。私達は芹沢 勇人を守ること、そしてもうひとつを知っていますわよね」
「んぁ、そんなのあったな。どうでもいいけど」
「どうでもよくありませんわ、特に私達は。それでどっちにつきますの?」
面倒臭いと感じたのか沙羅は頭を掻きむしり答える。
「あのなぁ、会長さん。ウチは元々こういう性格なの知ってるでしょ、そもそも主人公と設定されてる芹沢 勇人は美雨以外のルートをクリアしてない。性格どころかまともな攻略は出来やしない。たとえネタバレを踏んでその通りに攻略したとしてもウチ達は本物だ。ゲームの設定じゃない、本物の人間なんだ」
「そうだけど私達は芹沢 勇人に好意が向いている。これについては?」
「さぁね、たとえそれがゲームの設定だとしても今こうして私達はゲームから逸脱した行為にプロメモにはないファンタジー要素を扱いこなしている。正直言っちゃ本来のウチ達がコレなのかもしれない」
沙羅の言葉に小さく何度も頷く天音。
「そうね。でも私達はゲームの世界の住人。だからこれ以上はこの世界に干渉してはいけない。それでいて彼女は厄介よ、勇人くんを引き離さないと大変なことが起きる。だから私達についてほしい」
真剣な眼差しで沙羅を見つめる天音、数秒の沈黙のあと沙羅は観念したかのように大きくため息を吐いて分かったと言う。
「ただし、ウチは大きく動いたりはしない。ただ自由気ままに動くそれが条件だ」
「構いませんわ、それがあなたの性格ですものね」
ニッコリと笑う天音に沙羅はその笑顔が腹立たしいと思いつつも教室に戻って行った。
それを見届ける天音の背後から牧亜が現れる。
「首尾はどうだ?」
「とりあえず怠け者は働き者に変えましたわ」
「ま、使えればいいんじゃね?」
「そうね……あ、お腹空きましたので私はこれで」
「はぁ?ふざけんな、これから例の敵を探しに行くんだろ」
「それは牧亜にお任せしますわ」
「おまっ!それでも生徒会長か!?」
「残念。この世界では会長関係ありませんもの」
「せけぇ〜あぁクソっ、分かったよ。今日の夕方いつもの場所に集合だな」
「ええ、お願いしますわ」
牧亜は渋々文句を言いながら軽やかに家の屋根を飛び伝って行く、天音はそのまま近くのコンビニに空腹を満たすために向かった。
学校の授業が終わり勇人と美雨が一緒に帰る、校門に出る前に二人は前を歩いていた沙羅に気づく。
「あれ?もしかして沙羅ちゃん?」
「んー?あー、美雨?」
「沙羅、神桐 沙羅なのか?」
「と、勇人も一緒とは」
勇人と美雨は驚いていたが沙羅は驚きもせず眠そうな顔をしていた。
「いつから居たの?」
「んー、この世界に来てからすぐかな?」
「全然気づかなかった、美雨もか?」
「うん。というか沙羅ちゃんは私達より一つ下だから教室が違ったのね。それにいつも教室の隅で寝ている子だから」
「うわ……本人の目の前でそれ言いますか先輩」
「あっ!ごめんね、それより別に先輩なんていいよ、この世界では私達に年齢は関係ないでしょ」
沙羅は設定では一年生、美雨の一つ下で勇人の一つ下でもあった。
「…………あー、そうですね」
何か考えたのち沙羅は頷いた。
「それより沙羅ちゃんは天音さんと会った?」
「いや会ってない」
さらりと嘘をつく沙羅、勇人と美雨はそれを信じる。
「会ってない?じゃあ……」
「すみません。無理です」
「え?」
「すみません、美雨先輩には悪いですけどウチはあんまり動きたくない性格なのは知っていますよね、だから無理です」
「いやでも……」
話をする前に断られた美雨はそれでも話そうとするが沙羅はそれを無視して勇人の前に立ち見つめる。
「な、なに?」
「ウチは何もしたくない性格なので、攻略は出来ないと答えときます」
「えっ!?」
「じゃあ、帰ります。勇人先輩、美雨先輩さようなら」
一方的に話を進め一方的に話を終わらして帰っていく沙羅にただ呆然と立ち尽くすしかなかった勇人と美雨。そして我に返る美雨。
「もー!何なの!別に難しくない話なのに、ねぇ勇人君!!」
「んっ!?あ、ああそうだね」
勇人は牧亜の言葉を思い出す、プロメモのヒロインは勇人に好意を向いているはず、しかし沙羅の言葉は明らかに矛盾していた。何故なのか深く考えようとしたが美雨がご立腹の様子でそれどころではなく軽くなだめながら家に帰った。
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