第2話 観察者《葵》 ~ ①世界を創る、無限回の問いは可能か?


 強い風に流され、無数の粉雪が地にある全てを追い抜き先へ先へと飛んでいく。ハワイに生まれ育ったあおいが初めて目にする吹雪だった。蔵王ざおう山中にあるスキー場の一番下のリフトの近く。既に強風でリフトが止まってしまっており、皆、近くの食堂やロッジに入ってしまっていた。

 吹き付ける強風を背に立つあおいの目に映るものの全てが、粉雪。初めて目にする純然たる白の圧倒的な光景を前に、あおいの脳裏に問いが浮かぶ。

(吹雪く雪片の、典型的な動きを決める式はどのように表されるのだろうか?)


 粉雪をCGとして十全に表現したいとの思いが、その問いを生み出していた。13歳になった頃から、あおいは、家のPCを使いコンピュータグラフィックスを作る遊びをはじめていた。

 ゴーグル越しのあおいの目が、強風の作る奔流の中で、下から浮かび上がる粉雪と、上から一気に落ちる粉雪とを捉える。

(吹雪において、雪片の落下速度の平均と分散とを決めるパラメーターは?)


 年齢にはそぐわないとされるであろう問いを発したあおいは、思いにふける。

 しばしの後、スキーウェアを通じてでも体温を奪ってくる強風の寒気に負けた彼女だったが、近くのロッジに向かいながらも、

 (ここで何個くらいの粉雪を見続けていたのか?...私はこの光景に何を期待エクスペクトしていたのか?)と自らをいぶかしむ。

 (期待エクスペクトという語が光景にはふくわしくない...のかしら。)

 そう思った葵に、〈眼前に広がる光景を肯定イエス否定ノーの二択の問いに変換し続ける装置は、無限回の問いを通じて万能の表現者に近づくのだろうか?〉という抽象的な疑問が浮かぶ。その意味を掴みかねた葵だったが、そうした万能の表現者があるとすれば万能の計算者であろうと気づいた時に、彼女は抽象力は芽吹きを得た。

 

 1年半後の7月、15歳となったあおいは、無限の問いを発し続ける装置を創り上げる道を進路に選んだ。

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